第25話:杞憂ではない
実が来てから3週間ほど経った。
今のところは、相手からの動向はない。それどころか、俺に対して送られてきた半グレも来なくなった。
やけに大人しい。逆に勘繰ってしまう。
何かを準備しているのではないか、と。
そしてそれは、現実味を帯びて行く。
「これ、何だろう」
ホワイトがテーブルに広げたのは、今朝ホワイト向けに届けられた手紙だった。
しかし、そこには手紙らしい内容は書いておらず、ひらがな、カタカナ、数字、アルファベットが入り混じった奇怪な文字の羅列だけが、そこに書いてあった。
ホワイトは心当たりがないと言った。もちろん、俺にも心当たりがない。
あるとすれば...。
「実か?」
そう言って隣の実を見る。本人の表情にこれといった変化はない。
「...私にもわからないな」
やはり表情に変化はない。本当に何もわからないようだ。
俺の第六感センサー君も、問題ないと言っている。ここは信じてみよう。
「うーん、となると悪戯かな?送り主もわからないし、動揺を誘った嫌がらせかも。ま、今はまだわからないし、要警戒だね」
ホワイトはそう言うと、学校に行くために、カバンを肩にかける。
「じゃ、行ってくるね。大人しくしてなよ」
家を出て行くホワイト。
それを2人で送り届けると、またいつもの時間がやって来た。
いつもこいつの朝のテンションは高く、その都度俺をゲームに誘ってくる。俺としても、まあ楽しめるから良いんだけど。
「あー、なんか眠くなっちゃったな」
そしてそのようなルーティンを終えると、実はこんなことを言い出した。
「珍しいな。お前は朝元気なイメージがあるんだけど」
「昨日夜更かししちゃってさー、いやはや我ながらやってしまったわけですよっ。てことでこの辺でお暇させていただきます」
そう言うと、実は自室に戻っていった。
その姿を見ていると、俺にも眠気が舞い戻ってきた。
朝からゲームはやはりキツイな。俺ももう一回寝よう。
俺も自室のドアに手をかけ、中に入ると、ベッドにインした。段々と瞼が重くなる。そして数分としないうちに意識が途絶えた。
あれ?
なんだ?
この違和感。
おかしい。
おかしい。
起きないと。
何か、何か大変なことが起きている。
その予兆を、みすみす見逃している。
起きろ。
起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ。
起きろ!
「はっ!」
俺の体が跳ね上がる。
夢?いや違う。今でもあの感覚が離れない。
強烈な違和感。そして、眩暈がするほどの嫌な予感。
これは。
「...急げ」
走り出す。
行き先は実の部屋だ。
実は1人で拠点を離れることはしない。狙われているんだから当然のことだ。だから、この拠点に残っているはず。脂汗を浮かべている俺を見かけて、大袈裟に笑うはずだ。
その、はずだ。
俺は躊躇うことなくドアを開け放った。
綺麗に整理された部屋が目に映った。いや、それ以外重要なものが映っていなかった。
「冗談だろ」
焦りを心にしまいながら、急ぎ目に部屋を巡る。
「...」
実がいない。おかしいそんなはずはない今朝だって違和感ひとつ感じなかったダメだそんなこと許されない。
頭に色々な考えが浮かぶ。動揺が全身を駆け巡る。
「落ち着け」
自分に言い聞かせる。
俺は何をすべきか。まずそこを考えろ。
探しに行く?いやだめだ。そもそも俺自体も狙われてる身なんだ、1人で出て行って殺されたら目も当てられん。
ホワイトに連絡する。これだ。
あいつらに頼るしかない。
俺は祈る思いでスマホに手をつけ、ホワイトに電話をかけた。
コール音が焦燥感を増幅させる。
1コール2コール3コール456。出ない。
2度目。
「頼む...!」
祈る。
『何?』
繋がった。
『私が比較的不真面目な学生でよかったね。授業ほっぽって電話を...』
「すまんが冗談は後にしてくれ、緊急だ」
声の真剣さで伝わったのか、ホワイトはすぐにふざけるのをやめた。
『どうしたの?』
「実がいなくなった」
『拠点全部探した?』
「上から下まで探したがいない。外に行ったっぽい」
少し沈黙が流れた。そしてその後、ホワイトらしからぬ震えた声が聞こえてきた。
『...わかった。今から虚と火花連れて探しに行く。そっちには日暮と裕樹を向かわせるから、待っといて。後、待ち時間に一之瀬組に連絡しておいて。協力してくれると思うから』
「わかった」
俺が電話を切る前に、向こうが電話を切った。
次やることは一之瀬組に連絡だ。
あの人は少し苦手だが、シノゴの言っている暇はない。
「頼むぞ」
祈りながら電話をかけると、3コール目でかかった。
「あ、亮吉さんですか?」
食い気味に言ったが、返ってきた声の主は亮吉さんでは無かった。
『亮吉ではございませんが、亮吉にどのような要件が』
「俺はシルバーの朝霧大斗です。とりあえず亮吉さんに代わっていただけますか」
苛立ちのこもった声で言うと、しばらくしてから低いしゃがれた声が聞こえてきた。亮吉さんだ。
『何のようだ』
「うちで預かっていた名取実の捜索を手伝ってもらえませんか」
名取実を預かっていることは、ホワイトから伝えられている。この人なら協力してくれるだろう。
しかし、返ってきたのは、嫌な沈黙だった。
「あの?」
『心当たりは』
「無いです」
『近くにいるのではないか?』
「まだわかりませんが、コンビニとかにはいないと思われます。そもそも1人で出歩くこと自体おかしいので、何かあるかと」
『ふむ』
そう言うと、再び沈黙が降りた。
『うちの組はそっちと違って何でも屋ではない。便利に扱うものでは無いのだ。それをわかっているか?』
「重々承知です」
『名取実は私の親友の娘だ。協力はする。ただし』
一呼吸置いた。
『もう裏社会に手を出すな。お前らじゃ無理だ』
そう言われた瞬間、俺は何も言い返すことができなかった。
「...」
『美月。あいつは諦めが悪い。どうも父親に追いつこうと必死なようだが、全然ダメだ。リーダーとして引っ張って行く器でも無いし、何かを守ることなんか向いていない。まだまだ未熟だ。美月を信頼して預けたが、やはり間違いだったな』
低く落ち着いた声だが、威圧されるような感覚に襲われ、押し黙ってしまう。
しかし、それよりも怒りの方が込み上げてきた。
『あいつだけじゃない、お前らもだ』
「亮吉さん」
『何だ』
「俺らのリーダーはすごいやつです。1人で何でもできて、戦闘力も高い。何より、しっかり人のことを考えています。守りたいという気持ちは人一倍あります。人一倍思いやって、人一倍傷ついています。そういうやつなんです。だから」
『だから何だ?それでも失敗は失敗だ。一度ではなく二度も、だ』
「それは...そうですけど」
『お前は、美月のことを何一つ理解出来ていないんだな。お前も美月も、所詮は未熟者だ』
何も、何も言い返せない。
言いたいのに。言わないといけないのに。言い返す言葉がない。
『名取実を見つけ次第、何でも屋シルバーには無期限の解散を命じる。お前と実はうちで預かる。裏社会のことは今後一切関わらないように』
キッパリと言い放ち、電話が切られた。
俺はただ茫然と天井を見つめることしかできなかった。




