第22話:【SIDE.C】狂気
*不定期更新です。基本13時に更新してます。
都内某所にある高級料理店。
その店内に、2人の男女が来店した。2人の格好はその場にふさわしくないものだったが、誰も訝まなかった。否、彼らの姿を直視しなかった。もっと言えば、出来なかった。
明らかな狂人のオーラ。
その2人の仕草は至って普通であり、格好も少し汚いだけで、極端に変ではない。しかし、おかしい。
そんな感覚が場を支配し、その場にいた客は皆、怯えていた。
2人はある人物を見つけると、表情を一切変えずに、その人物の前の席に座った。
その人物はヘラヘラとした表情を浮かべた、中年の男だった。
「やあ風一郎君、灑鳥ちゃん。元気にしてたかい?まあ座って座って」
風一郎と呼ばれた男と、灑鳥と呼ばれた女は、言われた通りに席に座った。
「おっさんこそ、脚と腹撃たれたんだろ?平気かよ」
風一郎は心配などしていない。その言い方、表情には、嘲りが含まれていた。
嘲笑されながらも、中年男は、笑うだけ笑って「大丈夫だよ」と言った。
「で、要件はなんだ。こっちもこっちで忙しいんだが」
「まあまあ、とりあえず食事でもしようよ」
中年男がウェイトレスに注文をしようと手を挙げた瞬間、風一郎の右手にある拳銃が、男の腹に向けられた。
「聞こえなかったか?それとも、もう一回腹に穴空けたいか?」
「おー、怖い怖い。最近の若い子は血気盛んだこと」
中年男はヘラヘラと笑いながら、手を下げる。
「ま、本題話しますかね」
そう言うと、中年男は腕を組んだ。
「端的に言うと、君たちに頼み事があるんだよ」
「朝霧大斗の殺害依頼は、頼み事じゃ無かったのか?」
「頼み事さ。でも君たち、全然出来てないじゃん」
「今、手回ししてるところだ。本当ならこんな小綺麗なとこに来る余裕もねえんだよ」
「朝霧大斗の居場所は既に割れているんだろ?なら爆破でもなんでもすればいい」
「警戒心とセキュリティ、そして戦力が想定よりも上だったんだよ。準備をしないと、勝てる相手じゃねえ」
「君たちでもかい?」
中年男が嘲笑混じりに言うと、風一郎は「チッ」と小さく舌打ちした。
「まあ、時間がかかるのはわかるよ。君に回した構成員も何人か犠牲になってるし、おじさん自身も現に戦ったりしたからね。でも、あんまりかかっても困るかな。こっちだって予定があるんだし」
「そもそも、お前らで苦戦するからって、俺たちに回したんだろうが。なら、俺たちのペースでいかせてもらう」
「そうだね。そこで、今回の依頼が役に立つってわけだ」
そう言うと、風一郎は「ほう」と言って、中年男の目を睨んだ。
「今回の依頼は、朝霧大斗の殺害をスムーズに進めるために、ある人物を連れ戻して欲しい、というものだよ」
その言葉を聞いて、風一郎の目つきが鋭くなった。
「連れ戻す...?俺たちと一緒だな」
「そうだね」
「名前は」
尋ねられた瞬間、中年男の口がニヤリと曲がった。
「名取実。君たちが知ってる名前で言うなら、海堂実だね」
海堂実と聞いた瞬間、風一郎の口元が少し曲がった。
「あーあいつか。生きてたんだな。てか、今話題の名取実のことだったのかよ」
気味の悪い笑い声をあげると、興味ありげな表情で「で?」と続きを促した。
「知っての通り、あの女は相当な手慣れだ。並の構成員より遥かに強いし、なんなら、君たちよりも強いかもしれない。そんなのがおじさんたちの元に着いたら、便利だとは思わないかい?」
「確かにな。で、そいつは何処にいるんだ?」
愉快げな表情を浮かべながら、嬉々として問う風一郎に対し、中年男は難色を示していた。
「最近わかったんだけど、それが、朝霧大斗と同じ場所なんだよ」
「...おっさん、そういうのを本末転倒って言うんだ」
先までの気味の悪い笑みは消え、興味が失せたように、普段の表情に戻った。
「はあ、とんだ茶番だったわ。行くぞ、灑鳥」
2人が立ち上がると、中年男は慌てた様子で「ちょっと待って!」と引き留めた。
「あ?時間ねえって言ってんだろ。ぶっ殺すぞ」
「待って待って落ち着いて!あの女は行けるんだって!」
その言葉を聞き、2人はもう一度席に座った。
「とっとと言え」
「餌があるんだよ」
「餌?」
「ああ、君たちもよーく知ってるもの」
そう言うと、中年男は頼んでいたコーヒーを一気に飲み干した。
「あの女は、ずっと我々に追われていた。そして、ようやくセーフティエリア辿り着いた。が、彼女の心の中は、未だ『追われている』という恐怖心が蠢いている。それを逆手に取ってやるのさ」
「勿体ぶらずに言え。何を欲しているんだ」
回答を催促すると、男の顔がニヤリと歪んだ。
「それはね」
中年男がある言葉を呟いた後、少しの間、時が止まったかのような沈黙が続いた。
そして、その沈黙を破ったのが風一郎の、狂気に満ちた笑い声だった。
「ハッハッハッハッハ!なるほどなぁ。そりゃ釣れるな!」
「だろ?だから出来るんだよ。彼女を操ることはね」
「ま、そうだな。でも、なんでお前らはわざわざ俺らに依頼した?やり方はわかってるはずだろ」
「そうなんだけどね。おじさんたち正規構成員はさ、こういうのに慣れてないんだよ。しかも、君たちはこの辺にアジトを作ってて地理に詳しいし、名取実の周辺戦力もわかっている。適材適所ってやつさ。君たちはこういうの得意だろ?特に風一郎君、君は」
「まあ、お前らよりは優秀だな」
「だからさ、頼むよ。言ってくれれば人員も渡すし、できる限り協力もするからさ」
手を擦り懇願する中年男に、風一郎は鼻を鳴らすだけで、興味なさげにその場を去った。
「ちょっと!?」
呼び止めようとする声を無視して、その場を後にする2人。
2人はそのまま、タクシーを止め、乗り込んだ。
「めんどくせえけど、面白えことになってきたよなぁ、灑鳥」
「......」
灑鳥は、終始微笑を浮かべているだけで、喋ろうとしない。
その態度にため息を吐きながらも、風一郎は話を続けた。
「面白そうだから、名取実の案件もやりたいところだが、生憎と俺は、十文字組の件で忙しくてな。ま、これも戦力増強のためなんだが...」
「......」
「だから今回の件、お前に回すわ。五十嵐灑鳥さん」
そう言われた途端、これまで動かなかった灑鳥の口がゆっくりと動いた。
その表情は慈愛に満ちており、まるで全てを愛する慈悲深い敬虔な信者のようであった。しかし、反面、その柔和な笑みはあまりにも不気味で、狂気に満ちていた。
「神の尊き選択とあらば、いくらでも従います...!」
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