第10話:やることは変わらない筈だった
*不定期更新です。基本13時に更新してます。
私の家庭環境は劣悪だった。
母が私を産んで早くに病死し、それを皮切りに、父は私に虐待するようになった。毎日毎日、殴られ蹴られの生活が続いた。そうやって育ってきた私は、学校でも馴染むことはできず、どころか、アザや傷が多く、それが原因でいじめられていた。先生も誰も、そんな私を助けなかった。
ただ、私にも友達と言える人がいた。いつも公園にいたその子は、私と同じくらいの年齢の、赤みがかった髪の
女の子で、私と同じように、毎日傷だらけで、私と同じように、陰気な子だった。毎日学校の帰りは、その子と遅くまで公園で喋っていた。私は、学校のことも家庭のことも全て話したけど、今思えば、彼女は自身の話を全くしなかった。そんな会話を楽しみに日々を過ごしていた。しかし、ある日を境に彼女は来なくなった。
そして、あの子が来なくなった日の翌日、私が公園にいた時、ある男の人と出会った。名前は白井充。今のシルバーの前身を作った人だった。彼は不思議な人で、私の事情を知っていた。そして、彼は私を親から引き剥がした。当時9歳の私は、彼を親として新たな人生を生きることになった。その後、私は彼の元で色んな教育を受けた。普通の学校教育だけでなく、人の殺し方や、戦い方も学んだ。美月も裕樹も、同じような教育を受けてた。そして、ある日、充さんは死んだ。と言うより、殺された。恐らく、彼が追っていた組織による犯行だったと思う。そして、彼の死をきっかけにして、シルバーは消えた。
「...これが私の人生。まともに生きられなかった私は、この組織に入ることしか考えることができなかった。でも、後悔はしてない。多分、それは他のみんなも同じ」
「なるほどな...。てことは、今のシルバーは別なのか」
「充さんが亡くなってシルバー自体が無くなった後は、充さんの娘の美月が何でも屋シルバーを作った。それが今」
「そうか...。そんな過去があったんだな。この組織も...虚も」
「うん。でも、この組織に入ってる人は一様にして、そう言う境遇の人が多い。後から入った日暮もそうだし、大斗もそうでしょ」
言われて思い返す。
確かに両親はいないが、虚ほどの辛い人生だったわけではない。
俺は他のメンバーを少し舐めていたのかもしれない。みんな、苦労してここにいるんだな。
天井を仰ぐ。いつもより少し暗く、高く感じた。
ま、事情を知っても俺にできることは、ただこの組織で頑張っていくことだけだ。
と言っても、警備や見回り、たまに喧嘩の仲裁とかそういう任務をやって、任務がない日は家でゴロゴロするか、日暮と手合わせをするくらいしか、今のところはない。
そう、何を知ったところで、やることは変わらないのだ。
今まではそうだった...。
ある日の朝。
俺と日暮は、ホワイトから指示を受け、一之瀬組に出向くことになった。
「なんなんですかね、話って」
「なんだろね。でもま、全員で行かないってことは、そんなに大したことじゃないんじゃない?」
日暮は笑って答えた。
日暮らしい楽観的な考えだ。
ただ、何か嫌な予感がする。誰かに命を狙われているような...。
直感に従い、周囲を見るが誰もいない。
俺の行動に何かを感じたのか、隣を歩く日暮はそっと口を耳に近づけた。
「やっぱ感じる?」
「なんとなく」
「ここはスルーね。変にキョロキョロすると気づかれちゃうから、いつも通りで」
「わかった」
やっぱり居るのか...。
あの日以来、特に危険を感じることはなかったが、今回はあの日と同じくらい嫌な予感がぷんぷんする。外出時を狙われていたか...!
「どうぞこちらに」
恐怖と緊張の中、平常を保つのに必死で辺りが見えていなかったが、いつのまにか一ノ瀬組に着いていた。
「やっと解放されたぁ」
「まだ気は抜けないよ。外にいるんだから」
「そうだよな」
もう一度襷を締める。
そうして組長のいる部屋まで移動していると、見覚えのある姿が見えた。
「お、火花ちゃん。久しぶりだね」
「お久しぶりです、倉敷さん。朝霧さんは3日ぶりくらいですね」
「そうだな。火花さんは今日も修行?」
「まあそれもありますが...聞いてないんですか?」
聞いてないって何?
多分それらしきものは聞かされてないと思うよ?
俺の態度に察したのか「はぁ」とため息を吐くと、火花さんは歩き始めた。
「とりあえず、ついてきてください」
「はぁ」
そうやってついていくと、組長である一之瀬亮吉さんの部屋の前まできた。
「失礼します、お爺さま」
火花さんが襖を開け、俺たちは順に入る。
そこには一之瀬亮吉さんと、見知らぬお爺さんが立っていた。
歳は亮吉さんと同じくらいだ。
長い白髭を蓄えたお爺さんは、俺たちを、と言うより、俺を見るなり近づいてきた。
眼帯を付け、顔面傷だらけのお爺さんが接近する絵面は、めちゃめちゃ怖い。
そして近づいたかと思うと、俺の腕を触ったり、背中を押したりなど、めちゃめちゃ物色してきた。俺が女だったらセクハラものだぞ...。
ひとしきり触り終えると「ふむ」と言って俺の肩に両手を乗せた。
「弱いな、倅」
「...はぁ」
いきなりそんなこと言われたら、そんな返事しか出ない。
「ま、安心せい!儂の弟子が倅を守ってくれるからの!ほっほっほ!今のままじゃ死あるのみじゃからの!ほっほっほ!」
「...師匠、少し黙っていてください」
火花はそう言うと、師匠と呼んだ人を下がらせた後に、俺の方を向いて頭を下げた。
「私の師が申し訳ありません。この人の名は新倉重蔵。こう見えても剣術の達人であり、私の師匠です」
そう言われてハッとした。この人あれだ。初めて一之瀬組に行った時、火花さんと打ち合ってた人だ。
...と、自己紹介自己紹介。
「あ、どうも、朝霧大斗です」
挨拶をすると、ふと頭にさっきの言葉がよぎった。
「あの、今のままじゃ死あるのみって...」
疑問を発すると、日暮が「そのことだけど」と割って入ってきた。
「今、ちょうど奴らは釣れているところですよ」
奴ら?釣れている?何のことだ?
「あの、どう言う...」
更なる疑問を発すると、日暮は俺の肩に手を置いてサムズアップした。
「すまないね、我が弟子。あんたを使って釣った」
「はい?」
まだ容量を得ないんだが...?
「最近、新古町で銃を持った謎の集団の目撃情報が多くてね。しかも、そいつら、中々足が掴めないから、試しにあなたの存在を使って誘い込んだの。そしたらビンゴだったね」
どこか愉快そうに言う日暮。
「あの、それってつまり...」
「あなたは今、狙われている。そして、私たちはそいつらをブチのめす。そのために、今日ここまで来たんだから」
「へ?」
「その不審者が黒の仲間だと仮定して、そいつらを誘い込むために、美月、虚、裕樹と別れて大斗を外に出し、一之瀬組で正面から、別れた美月たちは、私たちに気を取られている隙に背後から殺るっていう作戦」
「聞かされてないんだけど?」
本当に聞かされていないんだけど!?
ていうか、道中の会話、全部演技だったってこと!?俺の命で釣ったのかよこの組織...!
心の中でテンパっていると、後ろの襖が開いて、スーツを着たいかにもな人が、片膝をついた。
「外に怪しいものが複数名。車や、電柱の影などに潜んでいます」
「そうか...そろそろ連絡が来るはずだ」
「ほっほっほ、楽しみじゃのう...大斗、と言ったか?」
「はい?」
問われてなんとか返事をすると、重蔵さんは俺の肩をまた叩いた。
「今のままじゃ死ぬとはこう言うことじゃ。ま、死んでも関係ないがの!ほっほっほ!」
「し、死にたく無いんですけど...」
「なら」
振り返り、俺の顔を見る。
片目の無いその顔は笑っていたが、異様なまでに迫力があった。
「殺し合いの場で学ぶしかあるまいな?」
そう言い残して、部屋から出ていった。
その時、日暮のスマホが鳴った。日暮はすぐにとり、会話を始める。
「うん...うん、わかった。そっちは任せる。死ぬなよ」
電話を切る間際、聞き馴染みのある声で「死なねーわ!」と言う声が聞こえた。
「みんな」
日暮は皆の方を向く。
「始めよう」
何を知ってもやることは変わらない、そう思っていた時期が俺にもありました。
そうして訳もわからないまま、はじめての命のやりとりが始まってしまった...。
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