第1話:地獄へようこそ
*新しいやつです。不定期更新です。基本13時に更新してます。
「あっちぃ」
汗をダラダラとかきながら、ふとケータイを見る。
時刻は午後4時。大学から帰るには、このクソ暑い道を辿って電車に乗らなきゃいけないのだが、どうやら無理みたいだ。
『事故発生。運転を見合わせています。』
「マジかよ」
呟いた声はセミの合唱にかき消される。
と、言うわけで。徒歩で帰ることになってしまった。とほほ。
「......」
ケータイを見る。時刻は午後5時。
2102年7月20日。東京と俺は、地獄のような様相を呈していた。
どれくらい歩いた後だろうか。今日の晩飯のことを考えた時、何故か目の前の路地裏が気になってしまった。
「......」
気になる。
生唾をゴクリと飲んでから、慎重に足を踏み出す。
徐々に距離を詰め、角に手を当て、そーっと覗き込む。
俺は時々こういうところがある。幼かった頃に家が燃え、両親を亡くしたとき以来、何故か無性に何かが気になる時があるのだ。それは物だったり場所だったりするが、結果それらがもたらすものは総じて...。
「っ!?」
地獄のような状況なのだが。
「って何もねえじゃねえか」
地獄ではなかった。珍しく嫌な予感が外れてくれたみたいだ。大いに助かる。これからもその調子でよろしく。
「にしても」
何かまだ気になる。
いや、杞憂で終わったんだからそれ以上深追いするなって話だが、どうしても先に進みたいのだ。
そして、そう思った時にはもう行動に出ている。
一歩一歩踏み出していく。
しばらく歩いても何も起きない。
BARゴールデンと書かれた看板に差し掛かったところで、帰る決心をつけた。
「よし、帰」
振り返ると同時に、大きな音が鳴った。
「...は?」
灼熱感を持つ頬にそっと手を触れると、生ぬるく赤い液体が付着していた。
そして、前を見ると、黒い何かを持った男が立っている。
「これは...」
状況が理解できず、呆然としていると男は黒い何かをこちらに向け、狙いを定めるような仕草をとった。その行動が、危機感を生みだし、脳へ危険信号を送る。
ああ、これは。
「うっそだろ、冗談じゃねえぞ...!」
走り始めと同時にまた何かが横切った。
いやもう何かじゃない。あれは銃だ、チャカだ、ハジキだ。
運よくかわしたけど、圧倒的にヤバい。
後ろから何発も銃弾が飛ぶ。当たらないようにあれこれ物を使って全力疾走するも、何発か掠めている。
「うぐっ...!」
そしてついに脚に鉛玉がめり込んでしまった。
直後に襲う灼熱感。
「くっそ!!!」
死にたくない。
その一心で痛む脚を引き摺るが、逃げるにはどう見ても速度が足りない。
さらに追い討ちをかけるように、前方から男と同じ服を着た数人の人物が歩いてきた。
そして皆、銃を持っている。
「...何だよ何なんだよ!?!?!?何が狙いなんだ!?!?!?」
答えは返ってこない。
「何でだよ...俺が何したんだよ...」
立っていられず、膝から崩れ落ちる。
ああ、終わりか。
これまで嫌な予感がすることは何度かあったが、どれもここまで酷くはならなかった。
つまらない人生だったな...。
「今行くよ、父さん、母さん」
奴らの中から代表して1人の男が前に出て、銃を頭に押し付ける。
引き金を引く音。
覚悟を決める。
そして、一発の銃声が裏路地に響いた。
「...?」
その銃声が俺に対して撃たれたものではないとわかるのに少し時間を有した。
「い、生きて」
言葉が出切る前に、1人の若い女の子が前に出た。
彼女は耳に手を当てて何か言った後、こっちに振り向き、覗き込むように前屈みになった。
「立てる?」
「は、はい」
差し伸べられた手を取り、立ち上がる。
よく見ると制服を着ている彼女は「後ろに居て」と言い、体を前に出した。
「いや、危ないって!?」
「いやいやいや、今はキミの方が危ないから」
「流石に...だって、女子高生ですよね?」
「そうだけどさ...足りないなぁ、色々と」
そう言うと、彼女は腰からナイフを取り出してにっこりと笑った。
「キミより強く、この状況を打開できる」
言葉を遮るように男たちが容赦なく銃を構え、引き金を引こうとする。
が、いない。
「可愛い女子高生、だよ」
既に間合いを詰め、手の腱を切り裂かれていた。
切られた男は「グアア!」と悲痛の声を上げ、銃を手放す。
「この...!」
「なんだこいつ!?」
動揺しながら、他の男たちが銃弾を放つが、どれも彼女に当たることはない。
そして、一瞬にして間合いを詰められてしまう。
「狭い路地裏、人数も多い、そんな状況で銃を頼っちゃダメだ...よ!」
「ヒィッ!」
次々と斬りつけていく。
肩甲骨まで伸びた綺麗な黒髪が、動きに合わせて舞う。
正直、容姿も相まって、華麗で綺麗だと思ってしまった。
見惚れていると、ものの5分程度で10人ほど居た不審者たちを戦闘不能にした。
「ふぅ、終わった終わったー!」
「お、おー」
思わず声が出る。
いや、感心してる場合ではないな。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「あ、ちょっと!」
深々と頭を下げて感謝を述べた後、足早にその場を去る。
だってそうだろ?
あれほどの戦闘力を持った人間は只者じゃない。きっとなんか裏があるはずだ。それも俺にとってろくでもないやつ。
なら、命の恩人だろうが、関わらないに越したことはない。違うか?そうだよな。
てなわけで退散だ。
「ちょっと!」
「うわあっ!?」
気配もなく一瞬にして目の前に姿を現しやがった...!
やっぱヤバいよ、足音なかったじゃんか...。
「朝霧大斗さん、だよね?」
「は、はいぃ」
ビビり上がってしまっている。
なんで名前知ってんだよ...。
「率直に言うね」
セミロングの女性は口をゆっくりと開く。
あれ?何だ、この感じ。
これまで味わってきた嫌な予感とはまた別の、もっとこう...白と黒が合わさったような、不思議な予感がする。
ただ1つ言えるのは、これから俺の人生を変えるようなことを、この人が言うということ。
天国か地獄か。
どっちだ...!
「私たちの組織に入ってくれない?」
あーこれは。
地獄かも。
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