夜会に向けて。
シルフィーナがスタンフォード侯爵家に嫁いでまる三年が過ぎた。
特にこの春は、三年間だけだと思っていた契約婚の期限が過ぎ、悲しみに包まれていた彼女が報われて初めて過ごす春。
幸せな気分に包まれサイラスとともに訪れる社交の場は、それまでになく、自身が侯爵夫人であると自負して臨むことのできる場でもあった。
もちろん。
それまでであっても、侯爵夫人として恥ずかしくないようにつとめなければとの思いは片時も忘れたことはなかったけれど。
それでも。
サイラスと、旦那様と、心が通じ合っている。
旦那様に、愛されている。
そう感じることができるようになった今では。
より一層、ちゃんとした侯爵夫人にならなければ、と。
旦那様に相応しい妻にならなければ、と。
そういう気持ちが強くなっていた。
♢ ♢ ♢
「シルフィーナ様は赤よりも青、それも少し紫のかかった薄い蒼がお似合いになりますねー」
「でしょう? タビィはよくわかっていますね。ほんと優秀な子。奥様にはこのシフォンの蒼がお似合いですわ」
そう言ってリーファが手に持ったドレスをシルフィーナに合わせて見せる。
寝室に立てかけられた大きな姿見の前で、そうやって何枚ものドレスを比べて。
「わたくし、先日のパーティの折のドレスがけっこう気に入っていたのよ」
そう主張してみる。今目の前にあるドレスはいずれもいまだ袖も通していないものばかり。
ほんとうは。
できればこうした社交の度に新品のドレスそれも複数枚ものそれを一度に仕立てるなどという贅沢は止めたいとも思っているのだけれど、と、ため息をつく。
こういう消費が経済を回すのだ、と、言われて最初は納得もしたけれど。
それでも。
ワードローブの中にはどんどんと身につけもしないドレスが増えていく。
それはやはり、贅沢を通り過ぎて無駄な罪深いことであると感じてしまう。
「ほらこちらのドレス。コット夫人の新作ですのよ。トレーンの部分が七色に輝いて見えますわ。ほんと素敵です」
「シルフィーナ様に似合いますね」
「でしょう、タビィ」
「ええ、これが一番良いとおもいますよ」
ちょこまかとシルフィーナの周りを動き回りながら、ドレスの裾をつまんで見せてくれたり代わりのドレスを運んできてくれる猫型オート・マタのタビィ。
そして、そんなタビィを助手に、次から次へと違うドレスを見立てる侍女リーファ。
彼女らに言われるままに大鏡の前に立つシルフィーナは、それでも綺麗なドレスたちには心がときめいて。
贅沢だとおもう罪悪感を抱きつつも、それでも実際に鏡の前でドレスをあててみるとその煌めきに酔いそうになる。
(ああ。こうしてできてしまったドレス達には罪は無いもの。であれば、わたくしができることは……)
当日の夜。
サイラス様に相応しい姿をみせること。
より美しく見られるように、精一杯努力すること。
それしかないと、そう思って。




