7話 錬金術を使うのです
アキは目の前の少女から困窮している現状を聞いて、同情心溢れる優しい笑顔を返してあげた。
「うんうん、わかるよリーフ君。ご両親が亡くなってとっても大変だったんだね」
わかるわかる、大変だったんだねとリーフの肩をぽんぽんと優しく叩き慰めてあげる。とっても優しいその言葉にリーフはウワーンと泣き出して、アキの胸に顔を押し付けて泣き始める。
わかる、分かるよ、大変だったんだねと、それだけ言っときゃ良いよねと、おっさんはあくびをして、涙を浮かべていたが。
正直、よくある話だ。もっと言うと、この少女は恵まれている。いや、不幸だとは思うが、同情も同じようにするが、でも1年半も店にほとんど売上がない状態で生活にあまり困ることなく、店を手放すこともない。その点が恵まれていた。
両親が魔物によって殺されて孤児暮らしとなった子どもは山といる。さっき情報収集したときに、そのような孤児はたくさんいたのだから、同情心も薄れると言うものである。
だが、ここで放り投げることはしない。幸運にも劇の題材がやってきたのだ。活用するしかないだろう。
『おいおい、両親の知り合いを名乗るなんて、罪悪感は沸かないのか?』
器用にも完全不可視モードになれる魔本ニアが呆れたように念話をしてくる。姿も消して、念話も可能とはチートな魔本である。
『まったくしないな。良いかね、ニア君。よーく考えてみたまえ、テンプレだとどうなるかを』
『テンプレだと? ……見も知らぬチートな冒険者がいきなり助けますよと提案するんだろ? で、自分のハーレムメンバーに加えると』
考え考え、この場合、困窮した薬屋に主人公が来た場合をニアは考える。確かによくあるテンプレだ。最後の発言は偏っている感じもするが。
『そのとおりだ。だが、現実的に考えてみたまえ。君は自分の店に突然やって来た経営コンサルタントでもない飛び込み営業の荒くれ者を信じるか? 冒険者だぞ、冒険者。世間一般的に考えて、責任を持たないやばい職業の奴らだぞ』
『たしかにそうなのです。飛び込みの経営コンサルタントでも普通は門前払いするのです。いかに人の良さそうな笑みが得意な詐欺なおっさんでも、信用されるのはなかなか難しいのですよ』
メイが念話に加わり、もっともな意見を口にする。地球でそんな奴が店に来たら確実に詐欺だと思うだろう。
『詐欺のおっさんは余計だ。私ほど善人はいないからな。だがメイの言うとおりだ。現実でいきなり助けますと言う者など信用できない。自分を信用しろと言う人間こそ一番怪しいのだ』
なるほどねぇと、ニアは納得した。だからこそ、知り合いだと、平然と嘘をついたのだろう。アキの恐ろしさも垣間見える1幕であったが。
グスグスと泣くリーフへと、そっと頭を撫でて、とりあえずの提案をアキはする。
「とりあえずポーションの素材を売ってくれないか? そうだな、ざっと金貨10枚分」
店の奥には乾燥させた薬草なども色々あると、目敏くアキは見ておいたのだ。なので、ポーションが欲しい。
身体中が痛いので、そろそろ限界なのである。
『うぅ、あたちも身体が痛くなりましたのです』
ハツカネズミもピクピクと身体を震わすので、どうやら無敵というわけではなく、普通の身体だと判明した。
「金貨10枚! わかりました。なにが必要ですか?」
泣いた鴉がすぐに笑い、アキへとずいと顔を近づけて、フンフンと興奮気味に顔を輝かせる。やはり一番の薬は金らしい。
「少し魔法を使って必要な薬草を選ぶので、待ってくれ。少しだけ目を瞑ってくれないか? あまり見られたくない魔法なのでな。なに、ほんの一瞬だ」
「は、はい。一瞬なら」
盗む時間も一瞬なら無理だろうと、リーフは頷き目を瞑る。その瞬間にアキはスキルを使用して、必要な薬草を記憶して、解除する。
「オーケーだ。それじゃ、これとこれとこれを……」
治癒ポーションに、解毒、病魔退散のポーションの材料をアキは選び買い占めるのであった。
ほくほく顔で、金貨を数えるリーフ。笹のような耳をピクピクと動かして、頬は興奮で紅膨している。
「金貨10枚! これならツケも払えるし、薬草も仕入れることができます。救ってくれてありがとうございます、アキさん!」
「まだ救ってねーよ。買い物しただけだよっと………あ〜、コホン。これで当座の資金は大丈夫かね?」
現金すぎる小娘に、ついつい素を見せてしまったので、咳払いをして誤魔化す。どうやら金貨の魔力にやられたようで、アキをまったくみてこないリーフなので、特に問題はなさそうだが。
「大丈夫です。これでなんとか半年は生きていけます。まずはツケを支払いに行かないと」
金貨を握り締めて、早くも店を飛び出そうとするリーフ。この娘はアホっぽいなと思いながらも、とりあえずお願いをしてみる事にアキはした。
「君が出掛けている間に、空き部屋で良いので貸してくれないか? 実は身体が痛くてね。ポーションを作っておこうと思うんだ」
そろそろメイも痛みで限界そうであるし、アキも身体が痛い。死にはしないが次の日に青痣ができて腫れていそうな感じであるので、治しておきたいのだ。
だが、その言葉を聞いて、リーフは飛び上がって驚き目を見開いた。アキの手をガッシと掴むと、爛々と目を輝かす。
「錬金術師なんですか? ポーションを作れるということは錬金術師なんですね! 私はリーフと言います。恋人無し、経験なし、夫を募集中の可愛らしい少女です。お友だちからお願いします。年の差は気にしませんので!」
「まずはツケを払ってくるんだ。それと私は行商人で風来坊気質だから、結婚はする気は今のところないんだ」
「わかりました! 今のところは結婚する気はないんですね。それじゃお友だちからということで! ツケを払いに行ってきまーす。あ、空き部屋は使って大丈夫です。入って台所の反対が空いています。私の寝室は入って2階の左の部屋です」
離れていた恋人が帰ってきて、お金をくれたのと説明をしようと呟きながらリーフは店を飛び出していった。いらん情報も置いていった。
「ギャハハ。なんだ、ファンタジーがあるじゃねぇか!」
誰もいなくなったので、楽しげに姿を現して、笑いながら魔本がバタバタと羽ばたき、嫌なことを言う。
「たしかにファンタジーなちょろいんぶりだが、あれはファンタジーではないな。普通に玉の輿に乗る気満々の女だ」
ファンタジーどころか、リアルすぎる。金に目が眩んでいるだけである。
「錬金術師って、珍しいのです?」
ネズミのキグルミがムクムクと大きくなり、チャックが開いて、メイが姿を表して、小首をコテンと傾げてくる。もっともな話だとアキは頷き説明を始める。既に魔本から情報収集済みだ。
「錬金術師ギルドは王都にしかないようだ。他は一子相伝だな。この街でも錬金術師は弟子を含めて人口30万人の内、たったの5人しかいない。魔術士は数千人単位でかなりいたから、錬金術師は希少だということだな」
魔本の『情報収集』は優秀だ。級が低くても、人口、職業分布、扱っている産業から、どこに誰が住んでいるか、調べようと思えばすぐにわかる内容が手に入る。調べようと思えばというところがミソだ。本来調べようとおもっても伝手を探したり、時間をかけたりと、かなりの労苦を伴うからだ。チートな魔本であるということだ。
「そんなに希少なら仕方ないのです。同じ人間として納得なのですよ。玉の輿からのニート生活は人類の夢なのです」
しみじみとした口調でメイが言う。大企業の社長と出会ったようなものなのですと。大金持ちを目にしたらアタックするのは当たり前。それが流浪人である行商人ならば、千載一遇のチャンスと思うのは当然なのですと。
「ニートを人類の希望みたいに言うんじゃない。それよりも錬金術を使うぞ」
メイの額にデコピンを入れてから、足速に空き部屋へと移動する。中は何も無く、ガランとした石造りの部屋があるだけだった。
「ここならオーケーだ。『変身』」
マナを身体に巡らせて、変身を使う。恐ろしき悪魔の身体だ。しかし、この身体は別枠として扱われるので、チートスキルもまた設定されている。
「いだっ。ダメージは持ち越しなのか」
ズキリと身体が傷むので、顔を顰める。ダメージが回復するとか期待したが、そう上手い話はないらしい。
「ほうほう。名前は光澤アキ。わかりやすい名前だな。チートはハイクオリティ錬金術4級、おいおい人間の最高クラスだぞ。超一流とは言えないが1流じゃねぇか。しかも完成品がハイクオリティ以上になるとはねぇ」
『万能最高級錬金術セット』
アキはニアの感心する声を聞き流し、万能最高級錬金術セットを亜空間ポーチから取り出す。
「状態異常無効にアイテムを無限に仕舞える亜空間ポーチ。それとその万能最高級錬金術セットかよ。お前、しょ」
「悪魔に変身するんだから当然だ。サッサとポーションをつくるから少し黙っていろ」
ニアの言葉に被せるとアキは錬金窯にポイポイと素材を入れて作っていく。ゲーム的感覚で、ぽんぽんとポーションの錠剤を作る。
悪魔の長い銀髪が邪魔なので、ハラリと手でかきあげて、マナを窯に注入。テキパキとその白魚のような手で作る。
「なんで言語読解がないのです?」
「この姿で異世界人と話すつもりはないからな。この悪魔めと酷い目に遭うのは目に見えている」
「う、う〜ん……確かにそうなのかもです。たぶん悪魔払いを受ける可能性が高いのですよ」
メイの問いにキッパリと答える。たらりとメイは額に汗を流して同意する。そうだろう、そうだろう。私もそう思う。悪魔め、退散しろと勇者があらわれるかもしれない。ちくしょー、造形に凝るんじゃなかった。絶対に悪魔めと言われる未来が見えるぞ。
服がぶかぶかで転びそうになるので、堪えながらどんどんポーションを作る。回復ポーションから、解毒、病魔退散ポーションまで。
かなりの量があるので、汗だくになりながら制作して、しばらく時間が経過する。数時間は経過しただろうか。ポーションの錠剤が山となり、マナが枯渇し始めた頃に
「ただいま〜、アキさん。食材をたくさん買ってきたのでご馳走を作りますよ〜。アキさーん?」
チリンチリンと、ドアベルを鳴らし、リーフが帰ってきた。
「意外と早かったな。だが、丁度作り終えたところだ」
ちっこい手を伸ばして、亜空間ポーチに錬金術セットとポーションの7割を仕舞い、口に1錠放り込む。メイは既に飲み終えており回復を終えている。メイはネズミに、魔本は不可視となる。
パアッと仄かな優しい光が身体を覆い、痛みがなくなり、痣が消えて、艷やかな張りのある純白の肌へと戻る。
「アキさん、まだポーションを作っているんですか〜?」
ガッチャンとドアが開こうとするので
『変身解除』
恐ろしき地獄の悪魔の姿を見られるわけにはいかないと、変身を解除した。ポーションは大量に作ったのでしばらくは変身しなくてすむだろう。
「あ、いた。ポーション製作は終わったんですか?」
リーフがドアを開けて入ってくるので、ぜぇぜぇと息を切らして、汗だくの額を手で拭う。
「あぁ、終わった。さて、小袋をくれないか? とりあえず製作したポーションを仕舞っておきたい」
「わ! こんなに作ったんですか? この短時間で! しかも見たことのない綺麗なポーションだ」
普通のポーションは見かけは草団子だ。ハイクオリティで作ったアキのポーションは小さな錠剤であり、飲みやすく持ちやすい。しかも、この数時間で小山のように作っている。
「なにかわたしはやってしまったかね?」
あ〜疲れたとアキはテンプレの台詞を言いながら息を吐き、リーフの目の輝きは獣のようになった。