49話 困窮する孤児院は素材の宝庫なのですよ
アキはトオルを連れて王都を散策していた。目的は劇の素材だ。孤児院だ。トオルはコアラのように離れないので仕方なく連れてきました。
王都は広いため、辻馬車に乗ってガタゴトと揺られながら。
「何度見ても不思議な素材だな」
馬車の窓から覗き石畳を観察する。白い不思議な石畳だ。ゴミは消えないようだが、傷一つなく汚れ一つない。神の作った都ということは本当なのだろう。地区ごとにゴミ箱も用意されて、そこにゴミを捨てると浄化されて消えるらしい。ちなみに人間や盗んだ物はアウトらしい。消えないのでそこらへんも考えられているようだ。抜け道はありそうだが、抜け道を使ったら神罰がありそう。
「上下水道もバッチリに見えるけど、拡大を続けているようだから、いずれは限界が来ると思うけどね」
ゴロニャンと胸に頭を押しつけてくるトオル。この子は地頭は悪くないんだよなぁ。暗記は苦手なようだけど。
増築に増築を重ねたのか、家屋は普通の石造りだ。時折、大通りの角などに豆腐のような長方形の白い建物がある。結構な大きさであり、役所などに使われている。多くの人が出入りしており活気がある。あれも神器らしい。
女神が建てたらしいけど、皆豆腐のような長方形のシンプルな建物だ。女神は手抜きすぎるだろ。もう少し荘厳な建物にすれば良かったのに、面倒臭がって作った感じがはっきりとするよな。もしくは、豆腐職人だったのかもしれない。
「旦那。そろそろ教会でさ」
御者が振り返ってきて教えてくれる。ここの孤児院は教会と一緒らしい。ルーシズの教会は王都に多数建てられており、孤児院も併設されていた。
教会は長方形の豆腐のような建物だった。やはり手抜きが酷い。神の家を真似したようだけど、それは手抜きなだけだから。それか建てた職人がセンスがないだけだから。
「個人の経営する孤児院ってないんだね」
まぁ良いけどさとため息を吐き、外の様子を眺めていると、トオルが意外そうな顔になる。
「だな。……ここが地球の中世時代を模しているとすれば、当然の帰結かもしれない。近代ならともかく、個人の経営する孤児院は怪しすぎるからな」
「教会がバックにいれば信用できるということだね。たしかにそのとおりだと僕も思う」
不思議そうな顔になるトオルへと顎を擦りながら、自身の推理を伝える。身元が保証されない人間は職にもつけない世界だ。個人の経営する孤児院は怪しすぎる。娼館や暗殺ギルドなどと組んでいてもおかしくないと、一般人ならば考えてしまうだろう。たとえ経営している人間が善人であってもだ。風評被害というのは結構重要なファクターなのである。
「それに教会にとっても利益がある。神官として育てれば良いんだからな」
「孤児院から神の教えを伝えれば敬虔な神官が生まれるというわけだね。子供の頃から神へと仕える者が作り出せれば、高位の神聖魔法を使える神官も増える。よく考えられたシステムというわけさ」
フフンと得意げに指を振るトオル。そのとおり、大きな利益となるのだ。
「剣と魔法の世界だからこそだな。これが地球と違うところだ。魔法というのは人間の生活を根底から変える」
孤児を育てる理由の一つだ。子供の頃から育てると盲目的な暗殺者などが作れるのと同じだ。この世界で一番孤児を育てることに利益を持つのは神官なわけ。
治癒魔術は魔術師も使えるが、神聖魔法はやはり治癒専用ということで一歩抜きん出ているからな。盲目的に子供の頃から神に祈りを捧げる神官ならば、さぞ神聖魔法レベルが上がるだろうさ。
「だからか、困窮した孤児院ってないよな」
辻馬車をゆっくりと進めて、教会の横に併設されている孤児院を眺める。庭で小さな子供たちが楽しそうに走り回り、年少組を大きな子が世話をしている。後ろでシスターが優しげな目でその様子を見守っていた。
子供たちはパッチの当たっている古着だが、しっかりと洗濯されており、体もそこそこ綺麗だ。質素な暮らしをしているようだが、その顔には陰はない。幸せそうである。
「小説とかなら困窮した孤児院の1つや2つあるもんなんだけどなぁ」
「祈りの深さにより神聖魔法がレベルアップする世界だと普通はこうなるよね。治癒魔法はお金になるしさ」
「そうだな。金の卵を長期計画で育てているんだものな。スラム街の連中より断然裕福だ」
想定と違うパターンだった。テンプレなら困窮している孤児院があるはずなのに。
「なにか劇の素材があると思ったのだがね。困ったなぁ」
参ったねと嘆息しながら御者へと合図をする。まだまだ王都には他にも孤児院があるとフレーバーテキストには記載されているのだ。1つぐらいはあるよね?
僅かな期待を胸にアキは馬車に揺られるのであった。お金に困っている孤児院よ在れと。今日食べるものにも困る孤児たちよ、いてくれよと、かなり酷いことを考えつつ。
結局、辻馬車に揺られて数時間。ほとんどの孤児院は困窮していなかった。横領しまくる院長先生とか、子供を虐める先生もいなかった。それどころか、転んで傷を負った孤児にヒールをかけて癒やしていた。そりゃそうか。悲惨な暮らしをさせて、神に祈らなくなったら困るもんな。ぬううぅ。
「天才劇作家の私が見に来ているのだから、借金まみれの孤児院とか一軒ぐらいあって欲しいのだが」
「担保は子供なの?」
悔しそうに歯噛みするアキに、疲れてきたのかウトウトしながら適当な相槌をうつトオル。こりゃ駄目だなとアプローチを変えて、他の素材を探そうかなと考える。義母や義妹に虐められる高位の貴族の娘とか探そうかしらん。
諦め半分で私も帰って寝ようかなとあくびをして
「旦那。ここが最後の教会になりますよ」
「ありがとう」
まぁ期待できないよねと、御者へと頷き、外を見る。外壁に近い場所にある孤児院なのだろう。やはり教会が併設されており、分譲住宅かよと眠そうな眼を向けて、入ってきた光景に目を覚ましてニヤリと笑う。
「なにか面白そうな光景が繰り広げられているな」
「ムャニャ……なにかあるの〜?」
「あぁ、見てみろよ」
辻馬車から覗いた先、他の教会よりも明らかに古ぼけている建物を前に多くの人が集まっていた。
片方は神官たちだ。神父が困った表情で相手へと話しかけている。もう片方はひと目で上等な服だとわかる服を着込んでいる。小太りで、鼻の下にびょんと巻髭を生やしている。それ以外は普通の中年のおっさんだった。
だが、その態度は尊大そうで、後ろにはハーフプレートを着込み、剣を腰に下げている騎士たちが10人程度立っている。騎士である証明は、マントに紋章を刺繍させているからだ。皆、立派な体格の騎士である。
「トオル。何を話しているのか盗み聞きできる魔術を使ってくれ」
「わかった」
メモ帳を胸から取り出すと、ぺらぺらと捲っていく。ちゃんと攻撃、防御、支援と付箋が貼ってあるのは偉い。暗記してくれればもっと偉いんだけどな。
「マナは風となり、風は音となり、我が耳に聞こえよ。私の指定する風を届け給え」
『風声』
戦闘中でなければ、トオルの魔術はまったく問題はない。『力ある言葉』を朗々と連ねて、トオルは魔術を発動させる。トオルの眼前の空気がゆらりと陽炎のように揺らいだと思ったら、声が聴こえてくるのであった。
教会前でどんなイベントが発生しているかと思えば……。
「なにが不満なんだね? 私が寄付すると言っているじゃないか」
貴族服を着込んだ男が巻髭を触りながら、見下すように神父へと話しかけると、60代に見えるお人好しそうなおじいちゃん神父は困った顔になる。
「もちろんありがたく存じます。この教会も建設されてからだいぶ経過しており、再建して頂けるとあれば感謝の言葉もありません、ジルコニア伯爵」
額にかいた汗をハンカチで拭いつつ答える老神父の言葉にジルコニア伯爵と呼ばれた男は満足そうに頷く。
「であろう? 本来は私が出向くまでもなかったのだが、ルーシズ様の教会であるので、わざわざ出向いたのだぞ? 伯爵たる我がわざわざ出向いたことに感謝の念を送り、頭を下げて提案を飲めば良いのだ」
偉そうに胸をそらして、ジルコニア伯爵が伝えると神父はコクコクと頷きながらも、言い出しにくいように言葉を連ねる。
「再建にあたり、建物を接収するのは困ります」
「良いではないか。この教会はかなり古い。必要な家具などは持ち出して、建て直すまで他の教会や孤児院に身を寄せれば良いと言っているであろう? なにが不満なのか、私にはさっぱりわからんのだが?」
古い教会を建て直すのに、全額寄付をして、家具などは予め他の教会に運んでおく。真っ当な提案だろうとジルコニア伯爵は首を傾げて不思議そうにする。
たしかにそのとおりですと、神父も同意する。王都の外れに建つ教会は老朽化が激しかったが、周りの住民からの寄付もたいしたことはないので修復は後回しだった。
そこへジルコニア伯爵が現れて、全額負担して教会の建て直しをしてくれると提案してきた。その提案はびっくりするほどの好条件であった。事実、本神殿は喜んでオーケーを出したので、この教会を管理する神父も諸手をあげて賛成した。
最後の1つの条件さえなければ。
「困るのです。この教会に設置されている女神像は古き時代より存在していると言われております。それらも全て接収するというのはどうも……」
「運べば良いではないか。取り外しの大工も用意してやるぞ?」
礼拝堂に女神像は設置されている。外せば良いと言うのはわかるのだが……。
「駄目なのです。その………伝説がありまして。女神像の下には悪魔が封印されているという噂が……そのありまして」
「あん? ここの女神像は神器ではあるまい。この教会もそうだ。神器ならば破壊不能であろう? その話は本当なのか?」
「は、はい。仰るとおり神器ではありません。古い神像でありますが………。女神像を動かすことなく……その再建して頂けないでしょうか?」
古代からの伝説ではない。その場合は神像は女神の作りし神器。破壊不能であるのに、今の神像は破壊できる。汚れがつくと掃除しないといけないのが、神器ではない証明だ。神器ならば汚れることはないのである。
なので、真偽不明の言い伝えだ。
「貴様は再建が終わった教会にあの古ぼけた石像をおけと? このジルコニア伯爵が建てた教会で古ぼけた石像を置けと? 恥になるだろうが! 私の名声に傷がつくわっ!」
顔を真っ赤にさせて、怒鳴るジルコニア伯爵の気持ちがわかると神父はますます汗をかく。この教会に全額寄付したのは社交界での名声のためだろうと考えているからだ。
新築の教会の礼拝堂に神器でもないのに、古ぼけた石像が置かれている。金をケチったと笑われるのがオチだ。悪魔が封印されているとの与太話を信じても、社交界では嘘だろうと笑われるに決まっている。女神像が神像ならば説得力もあったのだが……。
「代々引き継がれておりまして。魔物を操ることができる悪魔が封印されていると。悪魔を決して封印から解いてはならぬと」
「話にならぬ! わかった、それでは私のお抱え魔術師を連れてきてやる! 騎士の精鋭もだ! たとえ悪魔が封印から解けても倒せる戦力をな!」
「いや、しかし………。もう一度本神殿にも問い合わせをしますので……」
延々と話し合いは平行線で、進捗を見せることはなく、夕闇が降りてジルコニア伯爵は立ち去った。
それを見ていた辻馬車もトコトコと帰るのであった。




