45話 連合を組む悪党たちなのですよ
太陽はすっかりと落ちて、闇夜が広がるスラム街。本来ならば、蝋燭代も出せない住人たちだ。真っ暗な闇夜だけが王都の中で染みのようにあるはずであった。しかし、一軒だけスラム街の奥地で灯りをつけている屋敷があった。
スラム街の奥にぽつんとある大きな屋敷だ。ゴミだらけの細道、薄汚れている木板で作った家とも言えないバラック、壁が壊れ屋根に穴が空いている廃屋のような家が建ち並ぶ中で、5メートルの高さの石壁に囲まれている頑丈な石造りの立派な屋敷のために、周りから浮いていた。
本来、そのようないかにも金がある屋敷はスラムの人間たちの格好の餌食だ。しかし、危険すぎて騎士たちも入ることはない治外法権のスラム街の奥地、一般人が入ればもはや出てくることは叶わないと噂されるこの地に住まうことのできる豪の者たちは、屋敷には決して手を出さない。
なぜならば、この屋敷に住む者が旅に出たグレックスとスラム街の勢力を二分していた支配者だと知っているからだ。それに加えて、その支配者を守る部下もあった。屋敷の人間から一声かけられれば、すぐに武器を手に持って戦う戦士でもある。そのために夜に閉められた木窓から魔道具の光が煌々と漏れてきても、誰もそのことを気にしなかった。
「まみーまみー」
「ぎゃ」
「な、なにが」
闇夜の月明かりの元で、ズルズルと無数のなにかが蠢く影が薄っすらと壁に映り、くぐもった声が微かに聞こえてくるのも原因なのかもしれないが。
スラム街に似つかわしくない豪奢な内装の応接間に6人ほどの男女が集まっていた。ソファに座り、イライラと貧乏ゆすりをする者から、忙しなく部屋を行き来する者、我関せずとのんびりとお茶を飲んでいる者たちまで様々だ。
共通するのは、皆は武装をしており、どこかしらに魔道具を身に着けていることだ。男性ならば、指輪や腕輪、女性ならばネックレスなど。さらに共通するのは、滲み出る悪人の空気。どのように笑っても、化粧で顔を美しく変えても、その性根が歪んでいるとひと目でわかる悪人顔であり、当人たちも気にするどころか、箔がつくと喜んでいるところだった。
その中の一人、痩せぎすの男がイライラと爪を噛みながら貧乏ゆすりをして、周りを見渡す。
「おい、たったこれだけなのか? スラム街のボスたちに声をかけたんじゃないのか?」
必死な声の男はヘンシデンであった。グレッグスと組んでアキへと脅しをかけた男は、今や余裕は全くなく、眠れないのか隈を浮かべて疲れ切った様子を見せていた。
「……そうだ。これだけだ。まぁ、罠だと考えたんだろうよ」
対面に座る大柄な熊のような体格の男がぐぐもった声で答える。ワイバーンの革を鞣した革鎧を着込んており、歴戦の戦士だと言うことを表すようにその顔は古傷だらけの男だ。鍛え上げた筋肉は革鎧の下からもはっきりとわかる。
ムンバル。この屋敷の持ち主であり、スラム街の中でも最大勢力を持ち、奥地に屋敷を構えることができる男だ。この王都の殺人、強盗の殆どに絡んでいると噂されている危険な男だ。
「ムンバル。本当にそう思っていやがるのか? 欠片もそんなことは思ってねぇだろうがっ! ここにいるのはでかい縄張りを持つ奴らばかり。縄張りが小さな奴らが顔を出さないなんて、今の状況じゃありえねえんだよ!」
バンとテーブルを強く叩いてヘンシデンは怒鳴る。その様子を見て、常ならば余裕のない奴と鼻で笑うはずの者たちは一様に難しい顔でからかうことはしなかった。
「ちょっと一緒にしないでくれるかい? あたしゃ、スラム街なんぞに縄張りなんか持っていないからね。お天道さんのもと真っ当に仕事をしているのさ」
ドレスを着込み、化粧をぬたくっている女性がつまらなそうにワインを口に運ぶ。中年に入っており、美しさを残しているが、歪んだ笑みがその性根を表している。
「はっ、真っ当だ? ポイナン、てめえの娼館は死体を毎日毎日何体出せばいいんだ? ええっ?」
激しくテーブルを叩くヘンシデンにポイナンと呼ばれた女性は薄ら笑いでワイングラスを揺らす。
「客が買ったんだ。どうなろうと知らないよ。うちは客の出したゴミを片付けているだけさね」
ポイナンは平民地区の繁華街、その片隅に娼館を持っている女性だ。だが、その娼館は一部の金持ちたちが出入りすることで、知る人ぞ知る娼館だ。
女を買うことは普通の娼館と同じだが、大金を支払った場合は少し扱いが違う。買われた女がどうなろうと娼館は気にしない。切り刻まれて帰ってこようが、死体となって戻ってこようが笑顔で見送るのだ。
そう、嗜虐的な趣味を持つ者たちを相手にする娼館。それがポイナンの娼館であった。その娼館に入った娼婦の殆どは年季が開ける前に死ぬし、運良く年季が開けても、なぜか帰郷途中で山賊に遭って死ぬ。なので、スラム街や奴隷商人から常に格安の人間を買い入れている悪党だ。
「それよりもグレッグスがいなくなって、うちは仕入れができないんで困っているんだけどね。誰か後任は決まらないのかい? ヘンシデン、あんた奴隷商人の仕事にもう少し身を入れてもいいんじゃないのかい? 酒ばかり売ってないでさ」
「俺は表の仕事をすることにしたんだ。もう奴隷商人からは足を洗うんだよ。グレッグスが後任だったんだが……そのことについて話があって、てめえらを集めたんだ」
ヘンシデンは息を吐いて、気を落ち着けると周りを見渡す。他の面々もその話を聞いて集まったので、静かに聞く。
「グレックスが酒場を売って、旅に出た? そんなことあるわきゃねぇ。あいつは大金を持って、外でやり直そうなんて考えるやつじゃねぇんだよ。金を持って偉そうにスラム街のボスを続ける。そんな奴だ。長い付き合いの俺だからこそ、あいつの性格はわかっているんだ」
金はあればあるだけ良い。その金で1からやり直す奴ではない。ヘンシデンはグレックスの性格を知りすぎるほど知っていた。
「だがあいつが役所で酒場をなんと言ったか……商人に売ったのは大勢が見ている。王都を出ていった姿もな。脅されている様子もなかったようだ」
王都の門には、乞食に扮した者たちが座り込み、出入りを確認している。その情報からグレックスが外に出ていったのも確認しているとボスの一人が言ってくる。
無論、ヘンシデンもその情報は得ていた。だが、その情報を得ても、グレックスが旅に出たとは到底思えない。
「なにかグレックスにしたんだ。精神魔術ってのか? そんなやつだ」
「スラム街のボス程度にか? そんな魔術が使えるやつが、スラム街の酒場を支配するために? それに精神魔術ってのは短時間しか作用しないと聞いたことがあるぜ?」
たしかにその通りだと、馬鹿にしてくるボスの一人の言葉にヘンシデンは反論できない。そのような魔術があったとしても、スラム街のボス程度に使うことなどするまい。そして、グレックスが脅されていたとも考えにくい。だが、それでもグレックスが旅に出るなどあり得ないと思うのだ。
まさか死霊に取り憑かれて去っていったとは、ヘンシデンではわからない。だが、その行動の不自然さは認められないことであった。
どうなってやがるんだと、ヘンシデンは苛つき、また爪を噛む。そんなヘンシデンをムンバルが冷たい視線で見ながら口を挟む。
「いなくなった奴などどうでも良い……いつもなら俺もそう言うんだが、今回は様子が変だ。スラム街の連中が次々といなくなっていやがる」
「アキとか言う商人のせいだ! あいつ、南大陸から殺し屋も連れてきてやがるんだぜ!」
僅か数週間で、小さな縄張りをもつ奴から、ソロで殺し屋をしていた者たち。悪党と呼ばれる者たちが次々と消えていっていた。いつもなら、空白となった縄張りを奪い合う関係なのだが、あまりにも被害が大きすぎる。このままだと、皆殺しに遭うのではと危機感を持ち、ヘンシデンの提案で皆は集まったのだ。
「ヘンシデンの予想は当たっている。恐らくはアキとか言う商人は隠している戦力を持っている。そいつらを使い、敵対組織を消していっているのだろう。だが、それだけでは説明がつかない」
戦士としての風格を持ち、威圧感のある声音でムンバルはこの場にいる連中に問いかける。
「アキとか言う商人の所に襲撃しに行った奴らは、剣での切り傷で死んでいて、死体も残っている。それは確認済みだ。しかしスラム街でも浅い場所だ。だが、ここらへんの連中も姿を消している。しかも死体を誰も見ていない。残ってないんだよ。明らかに別の手口だ」
「なんだそりゃ。誰か他にもいるってのか? 殺しまくっている奴らが?」
予想外の言葉に驚き、普段はスラム街にいないヘンシデンは他のボスたちに顔を向ける。ポイナンは眉をひそめて、その情報に僅かに驚いているが、他の3人は黙して驚いている様子を見せない。
知っていたのかとヘンシデンは理解するが、疑問も浮かぶ。
「こんな時に、誰か別の奴が縄張りを増やそうと暗躍してるってのか?」
たしかにこの状況なら、そのような考えを持った奴が動いてもおかしくない。弱肉強食のルールが適用されるのが、このスラム街なのだから。
どこの馬鹿野郎だとヘンシデンはますます苛つくが、ムンバルは首を横に振る。
「いや、死体すら残さないのはおかしいんだよ。その地域を支配していたボスが死んでいるのに、そこを新たに奪おうとする奴もいない。それどころか、多くのボスたちが死んでいやがる」
「多くのボス? まさか………」
「そうだ。集まったのがこれだけなのは罠だと思ったからじゃねぇ。もうこれだけしかスラム街の頭は生き残っていないんだよ」
「大小集めて、30人以上いたんだぞ? 全員やられたっていうのか?」
「もう100人近い奴らが消えている。消えていった奴らは姿は見つからない」
ムンバルの言葉にヘンシデンは動揺を露わにするが否定するものは誰もいなかったことで真実だと悟る。それと共に、ゾッと背筋に怖気が走った。
「なんだって! そんなところに、あたしを呼んだってのかい? 恐ろしい、こんなところにいてたまるかってんだ」
ポイナンも知らなかったのだろう。ワイングラスを倒して顔を青褪めて立ち上がると、さっさとこの場から立ち去ろうとドアへと向かう。
当然だ。スラム街とはいえ、それほど多くの人々がいなくなるなど異常としか言えない。ドアノブに手をかけるポイナンへと、ムンバルが眼光を鋭くさせて睨む。
「なにか異常なことが起きている。俺たちは組まないといけないだぞ、ポイナン」
「はっ、そりゃあんたらはスラム街に住んでいるんだからね。だが、あたしゃ関係ないんだ。そういうことなら、帰らせてもらうよ!」
危険な場所に誘い出しやがってと、罵りながらポイナンはドアを開けようとしたが、ギィとドアは先に開く。
「まだお帰りには早いのでは?」
「あぁ〜ん、下っ端が偉そうな口を……ヒッ」
外から入ってきたのは、ムンバルの部下だった。使い古した革鎧に簡素な服装。ポイナンは文句を行って、押しやろうとしたが、なぜか顔を歪めて後退る。
「マだ、お帰リニハ早いノデハ」
同じ言葉を繰り返す男へと、他の者たちも怪訝に思い顔を向け、一人が震える声で指をさす。
「なぁ、お前の目……変じゃ……ないか?」
「マだ、お帰リニハ早いノデハ」
同じ言葉を繰り返す男。その目からは肌色のミミズが飛び出して不気味に蠢いていた。