40話 絡む相手は考えてなのです
ラムレーズンは好評であった。いや、好評どころではない、大好評だ。
「なかなかの稼ぎだな、そうだ、全部子供たちにあげよう。働いたのだからな」
宿のスイートルームでのんびりと欠伸をしながら、アキはテーブルの上に鈍い銅の輝きを見せる山となった銅貨をにこやかな笑みで多少棒読みで押し付ける。こんな小銭を持っていても仕方ないしな。10円玉を千枚持っていても仕方ないんだ。
メイたちも同様にのんびりとしている。エメラたち数人がなにかご用はないかと、侍女と共に壁際に立っていたので、座らせたりもしていた。
「あ、ありがとうございます! 大切に使いますね!」
「……あぁ、普通に使ってくれたまえ」
エメラたちはゴクリとつばを飲み込み、震える手で銅貨の山を見る。なにか銅貨を入れる袋をと探すと、侍女が素早く麻袋を手渡す。ナイスだなと銀貨を放ると、ワオンと侍女はジャンプして受け取る。だいぶメイドたちは芸を覚えてきた模様。そして、アキは少しだけ罪悪感を持ったが、すぐに気を取り直す。
大人にとっては邪魔でしかないが、子供にとっては大金なのだ。特に罪悪感を覚える必要もないだろう。
ラムレーズンを売り始めてから1週間が経過していた。ラムレーズンを銅貨1枚で売ったので、銅貨が山となった。即ち、ラムレーズンは大好評で連日完売であった。皆は食べたことのない味に、われもわれもと群がったのである。
「アキ様、商人が参っております、いかがいたしましょうか?」
侍女の一人が頭を下げて、恭しく尋ねてくる。もはやアキはこの宿屋にとっては王侯貴族のようなもので、侍女たちは貴族よりも恭しい態度をとっていた。そして、そのことがアキにはプラスへと働いていた。
なにがプラスかというと
「どんな商人か知っているかね?」
「はい。下級貴族へとようやく人脈ができたらしい商人で、成り上がりですね。少々強引なところがあり、黒い噂も聞こえてきます」
侍女たちは自身が知った内容を教えてくれるのだ。どうやら宿屋の侍女全体で情報を共有しているらしく、高級宿屋の情報はかなり役に立つ。
この宿屋、侍女は顔である程度選んでいる。娼館の真似事をしてはいないようなので、純粋にその方が接客業には良いということだ。そして、顔の良い侍女たちはさり気なく情報を商人や下級貴族の話を盗み聞きして集めていた。
この1週間、目敏い商人が何人も入れ代わり立ち代わりアキに会いに来たが侍女が毎回親切に商人の素性を教えてくれるので助かっている。
「ふむ……多少の黒い噂なのかね?」
大銀貨を手のひらで弄びながらアキは静かな声音で問いかけると、親切な侍女はゴクリとつばを飲み込み、その銀の輝きを注視する。
「少しお客様には待っていただき、私の同僚に確認してまいります」
「ここはサービスが良いので気に入っている」
少しお待ちをと、侍女は風のような速さで去っていき、バタバタと音がしたら他の侍女を5人ほど連れて戻ってきた。
「わかりました、アキ様。酒問屋をしている商人ですね。通常、酒問屋は果樹園を持つ貴族と密接に繋がっておりますので、先祖代々の商人が多いのです。ですが今回の商人、ヘンシデンは最近現れた酒問屋であり、急速に成り上がってきました。これはおかしいことです。成り上がると同時に本来の酒問屋の何人かが事故で死亡しているとの黒い噂がありました」
「それとグレックスという女衒も来ています。この男は荒事を主としており、裏町の顔の一人です」
「そうか。皆さんご苦労」
6枚の大銀貨を取り出して、放り投げる。やったぁと、侍女たちは大銀貨に飛びつく。おかーさん、またピカピカしたのが貰えたよと、やけにちっこい侍女が母親らしき侍女に笑顔を向けていたりもしたが、見なかったことにしよう。
「ふむ、ここの宿屋はしーあいえーとかなのか?」
「なかなかの情報力なのです。下位組織として使うと良いのです。あたちもシティアドベンチャーをやるのですよ」
ニアが宿屋の情報収集能力にドン引きし、メイがサイコロを取り出したので、取り上げておく。シティアドベンチャーの大失敗は洒落にならないのだよ。最悪、お尋ね者になったりするからな。
「さて、面白そうな相手だと言うことだな。わかった、会ってみるとしよう」
「夫婦で」
「トオルはここで待っていてくれ。君を見られて、相手が怯んでは困るのでね」
杖を持った少女が隣にいたら相手は萎縮してしまうかもしれない。気にせずに話し合いをしたいのだよ。商人同士、友好を深めたいので、トオルの姿はあまり見られたくない。まぁ、情報集めているだろうけど。
ニコニコとお人好しな笑顔を見せて、アキは立ち上がる。その様子は商人と友好を深めたい善人にしか見えない。
「次の劇の準備は万端なのですよ」
「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ」
メイがむふふと口元にちっこい手をあてて面白そうに笑うので、肩を竦めてニヤリと笑い返すのであった。きっと善人な商人だと思うんだよね。
商人は気を利かせたのか、この宿屋の特徴の一つである個室で待っていた。秘密の話し合いをする必要がある貴族たちにとっては必須らしい。備え付けられている風の魔道具が発動している間は盗み聞きを防止できるらしい。精霊魔法とかで、盗み聞きできる魔法があるから、なかなか考えられている。千里眼などの高位魔術を防げるかはわからんけど。この世界は本当に魔術が進歩しているよ、まったく感心してしまう。
上品な内装の個室はソファに既に2人の男が座っていた。一人はやけにひらひらとした服を着た痩身の男だ。布地は上等で、その指には指輪がいくつか嵌めてある。指輪は自然ではあり得ない光を僅かに放っているので、魔道具に違いない。
もう一人は顔に古傷を持つ強面の男だった。大柄で筋肉だるまみたいな鍛えられた体躯をしている。その姿は威圧感があり、腰に下げている剣が拍車をかけている。アキに気づくとニヤリと笑って見せるので、交友を求める善人な商人だろう。
こちらもニコリと微笑み、対面に座るとにこやかに挨拶をする。ニアが腕組みをして壁際に寄りかかり、メイが私の隣にちょこんと座った。
「どうもアキさん。私の名前はヘンシデン。こちらはグレックスと申します。お会いできて光栄です」
「アキと申します。ヘンシデンさんに、グレックスさん。王都で最近名を上げている方にお会いできて光栄ですよ」
ヘンシデンは暗い薄笑いを見せて、アキの顔を覗き込むように挨拶を返してくる。その友好的な態度に内心で笑ってしまうな。
「あんたの話は聞いている。グレックスだ。下町の元締めをしている」
ズイと身を乗り出し、グレックスとやらはアキへと凄んでくる。メイはその威圧感を受けて、怖さからぶるぶる震えてあくびをしていた。ケーキはないのですかと侍女に頼もうともしていた。もう少し演技してくれ。
「今回はどのような用件でしょうか?」
にこやかに答えると、グレックスは動揺しないアキに僅かに眉根を顰める。予想と違っている態度に、拍子抜けしたようで、フンと鼻を鳴らす。
「実は私はアキさんの持つラム酒と言う物に興味がありまして。酒問屋としてその一部を扱いたいと考えております」
ラム酒はラムレーズンとは別に、この宿屋に少しだけ卸した。かなり強烈なインパクトを王都では与えたらしい。新しい酒は貴族平民を問わず人気の模様ですぐに知れ渡った。この世界はウイスキーもないっぽいしな。まぁ、神様は適当極まるウイスキーの作り方を伝授したんだろう。
そのため、目端の利く商人がラム酒を扱わせてくれと訪れていた。
「申し訳ない。ラム酒はその数が少ないのでね。今は売り先を考えている最中なんです」
「左様ですか。その話は私もよく知っています。数人の商人が取引を持ちかけたがお断りなさったとか」
穏便に断る私に、ヘンシデンは目を細めて頷く。まぁ、それぐらいは知っているだろう。それなのに余裕の態度だ。というか、ヘンシデンは丁寧な話し方が全然似合っていない。
「私もその話を聞いて、訪ねる予定はなかったのですが、知り合いがアキさんにお会いしたいと言っておりまして。話を聞いてこれはいけないと、私も同席した次第なのですよ」
大袈裟に両手を掲げて、私を薄笑いと共に見てくるヘンシデン。その態度からは余裕が見える。ふむ?
「用件っては俺の話だ。あんた、ヨルヌから奴隷を買わなかったか? 俺が受け取る予定だった奴隷だ」
「ヨルヌ? もしかして、私に子供たちを紹介してくれた者かな? それなら失礼だが奴隷ではない。丁稚として雇った者たちだよ」
「はっ! おためごかしはいらねぇよ。そいつらは俺が受け取るはずだったんだ。それをあんたが横からかっさらっていったんだ! あぁん? その点わかっているか?」
自分の筋肉を誇示するようにグレックスはさらに凄む。テーブルにごつい拳を叩きつけて、ぐらぐらと揺らす。
「ほぅ……それは知らなかった。大変申し訳なく思うが、それはヨルヌさんに苦情を言ってくれたまえ。私はたんに子供たちを紹介してもらっただけだからな」
「もちろん逃げたヨルヌにもきっちりと思い知らせてやる。だが、今のところは見つからねぇから、あんたのところに来たわけだ」
なんとイチャモンの付け方が、理不尽な借金とりみたいな感じだと驚いてしまう。君の遠い親戚が借金をこさえたから、支払えというよりも酷い。楽しくなってきたな。
「でだ、子供一人に付き大金貨10枚、合わせて150枚の大金貨を支払えや。いや、俺は優しいから倍の300枚でいいぜ」
ニヤニヤと醜悪な笑みを見せるグレックス。なるほどなぁ、エメラたちの話をどこからか聞きつけてきたのか。胸を反らして、自分の意見が通るだろうと信じているようだ。いや、この場合は違うか。
「グレックス、やめたまえよ。こういうわけなのですよ、アキさん。アキさんもそう簡単に大金貨は用意できないでしょう? この話を聞いて心苦しく思いまして。どうでしょう、ラム酒を扱わせて貰えるならば、私が立て替えますが」
わざとらしくヘンシデンが助け舟を出す。醜悪な笑みを隠そうともしていないので、この男が成り上がれたのが不思議だ。グレックスは追撃をしてくる。
「断ったら王都の流儀を見せてやるぜ? 明日にはドブで寝ていることになるかもなぁ?」
どう考えても理不尽な話である。金の魔力に弱いがここの人たちはそこまで横暴で頭は悪くない。おかしいな、ここまで王都は腐ってはいなさそうなのだが……。
「ふふふ。貴方は王都に来たばかりで知らないと思いますが、私はジルコニア伯爵と少しばかり付き合いがありまして。ヨルヌから無理矢理子供たちを奪った犯罪者かもしれないと伝えてもよろしいのですよ?」
指に嵌めた指輪をいじりながら、ヘンシデンは薄笑いを浮かべる。犯罪者とは酷いな、あいつらは魔物に殺されてしまったんだし。早く話を終えてケーキ食べるのですと隣に座る犯罪者は暇そうに足をプラプラさせています。
伯爵。高位貴族というわけか。それはそれは。だからこそ、このような強引な進め方をしているのだろう。本当に金貨をせしめるつもりはあるまい。さすがにこの程度の話で平民が伯爵に尻拭いはさせまい。
即ちブラフだ。虎の威を刈る狐だが、その虎は屏風に描かれているのかもな。
とはいえだ。この話は面白い。
「わかりました。では大金貨300枚をお支払いしましょう」
「な!」
「払うってのか?」
ガタンと音を立てて、ヘンシデンとグレックスは驚き立ち上がる。君たちが言ってきたのに、なんで驚くんだか。
「もちろんですよ。さて、グレックスさんでしたか? どこに持っていけば良いか教えて頂きますかな?」
王都での劇団の初公演だ。さて、盛り上がっていこう。