4話 プロローグは終わりなのです
異世界『インクルージョン』
剣と魔法の世界。精霊魔術の使い手のエルフ族、繊細なる指先を持ち器用にして、怪力のドワーフ族、強力なる獣の力を一部に持つ俊敏にして力も強い獣人族、全てに対して一定の万能たる力を持つ人間族、強靭な力と膨大な魔力を持つ最強と呼ばれる竜人族。他にも様々な知性ある種族が住む異世界だ。
宝石のような世界の中に内包する力は何なのだろうか。剣と魔法の世界。夢あふれるファンタジー世界といえよう。
それだけ聞くとファンタジー世界だ。王道たるファンタジー世界。過去に滅亡せし超古代文明もあれば完璧だったが、残念ながら古代文明はあるが、今よりも文明度も魔術学も低い文明だったらしい。
だが、ファンタジー世界だ。紛れもなくファンタジー世界。見た目はファンタジー世界だ。
森林を貫く街道を、泥濘を物ともせずに、1頭立ての箱馬車がバシャバシャと泥を跳ねながら疾走していた。
ガラガラと馬車が音を立てて、振動で身体が浮き、椅子に尻が叩きつけられる。サスペンションのない馬車はこれ程酷いのかと、アキは馬車の窓を珍しそうに覗いていたが、痛みで顔を歪める。
「タクシーにすれば良かったな」
タクシーならお尻は痛くないよなと、ファンタジーを早くも壊そうとするおっさんである。ファンタジーよりも、快適さの方が重要なのだ。
「異世界に出張してもらうと、かなり金額が張るぜ? ヒヒヒ」
アキの肩の上で、ニアがケタケタと笑うので、そうだなと舌打ちして諦めると、他のことをすることで痛みを誤魔化すことにする。
「『情報収集』をしようと思う、ニア」
「了解だぜ。ほら確認しろよ」
魔本は口を閉じると、普通の本へと変わった。アキは本へと手を添えて、魔法を使うための燃料。己に眠る万能エネルギー『マナ』を込めて呟く。
『情報収集』
本が淡く光り、目の前にいくつものホログラムのボードが現れる。本の意味がまったくない結果である。まぁ、タブレットよりも本の方がそれらしくて見栄えが良いと思いながら、映し出された内容を見る。
「向かう先の街は港町『アクアマリン』。人口32万? かなり多いな。種族はてんでバラバラ。多種多様か。ふむ……二つ名持ちの将軍とかはいるが、よほどの有名人でなければ二つ名はない。というか、二つ名持ちが少なすぎるな。他国との貿易は盛んであり、汚職は当たり前、怪しい輩も大勢いる、と」
港町のあらゆる情報がボードには記載されていた。詳細は表示されていないが、少し調べればわかる情報は全て記載されている。
「アキの劇団長の級じゃ、あんまり良い情報は載ってないだろ?」
「いや、そうでもない。人々の信賞必罰が載っているからある程度はわかる。……殆どくだらない内容ばかりだな。ここに来る前に聞いたとおりだ」
ファンタジー世界『インクルージョン』
見かけは確かにファンタジー世界そのままだ。だが、この情報には戦争での勇壮なる二つ名が付いた将軍しかいなかった。錬金術師や裏の世界のボスなどに二つ名は付いていない。
「二つ名だけではファンタジー世界らしくないとは言えないが、閻魔大王の言うとおりに、普通の世界だとは推測できる」
真面目な表情になり、アキは呟くようにニアへと言う。地球1の劇作家になりたいと、転生時に閻魔大王にアキは伝えた時、地球1は無理だと言われた。もはや地球には大勢の劇作家が存在し、誰が地球1と呼ばれるか、比較基準がバラバラなので無理だと。
そして、悪魔のような笑みで閻魔大王は1つの提案をしてきた。即ち、この世界『インクルージョン』を舞台にした劇をやってみないかと。
剣と魔法の世界『インクルージョン』
銃が剣に代わり、科学が魔法に代わった世界。少しばかり文明度が低いだけの世界。
竜はいるが、倒すべき勇者はおらず、軍にて退治しに行く。
魔物が溢れ村が襲われれば、颯爽と英雄が現れて防ぐこともなく、滅んでゆく。
困窮した孤児院を救うのは、腕の良いお人好しの冒険者ではなくて、予算を組んだ領主たち。
新たなる発明は、研究所にて発表されて、マッドサイエンティストや怪しげな個人の魔法使いが世に出ることもない。
既得権益を巡り、人々は争うが、怪しげな闇の組織がいるのではなく、魔王を復活させるべく、強者の揃う組織もない。
全てが地球とあまり変わらない。即ち、とてもつまらない世界。普通の世界。吟遊詩人は神話を語り、御伽話を唄うのみ。
ファンタジー世界なのに、もったいないと閻魔大王は笑っていった。
なので、勇者や英雄。天才たる発明家に、有能なるお人好しの冒険者から、世界を支配する魔王軍や宗教団体でも現れないかと。そのような劇を作らないかと。
悲喜こもごも。喜劇、悲劇、なんでもあれ。とても面白そうな話だと闇澤アキは頷いて同意したのだ。
ついでに悪人を殺してくれとも言われたが。すこしばかり悪人が多いので、英雄譚が生まれれば、正義感を持つ者が多くなり、善人が増えるだろうと。
そちらが本命だろと勘付いたが、まぁ、記憶保持のチケットは天文学的な金額。アキでは絶対に無理なので、これはチャンスだと了解した。
そうして、アキはこの世界に来たのである。
とりあえずチュートリアルとして、女戦士を手駒にしてみたが上手く行った。あの女戦士は元は他の土地で強盗を繰り返していたクズであった。そこそこ腕が良いのと、顔立ちが整っているので、強盗とは思われずにいたのだが、遂にバレて逃げていた悪人であったのだ。
殺したことに、まったく忌避感をアキは持たない。地獄の獄卒であっただけはある。ニアもメイももちろん忌避感は持たない。残酷な部分をこの3人は持っていた。
「この世界を舞台にした劇ねぇ。最初はなにをするべきだろうか?」
「それじゃ、俺らのスキルを見ながら説明しようか。『ステータス閲覧』」
魔本が口を開き、自己のスキルを使う。アキたちの目の前にホログラムボードが現れる。
闇澤アキ
人間 男
保有マナ:100
職業:劇団団長見習い
資格:劇作家8級、獄卒5級
固有スキル:変身(固定)、リアリティエチュード8級、獄卒法5級、状態異常大耐性、多言語読解
劇団資金:11万9000GP
名声:200
装備:旅人の服、革の靴
持ち物:燻製肉一ヶ月分、水袋、組み立て式12フィート棒、ロープ、カンテラ、火口箱、金貨23枚、大銀貨17枚、銀貨49枚、大銅貨32枚、銅貨55枚
時乃 メイ
人間? 幼女
保有マナ:100
職業:幼女劇団員見習い
資格:女優8級
固有スキル:変身(幼女固定)、運命のダイス、状態異常無効、言語読解
装備:万能キグルミ、皮のドレス
ニア
妖精 女
保有マナ:2/1
職業:脚本見習い
資格:魔術師8級
固有スキル:魔本化、召喚、リアリティブック、状態異常無効、魔術8級
装備:布の服、無尽蔵ミカン箱
「何度見ても酷い持ち物リストだな」
おっさんは額に手を当てて、ハァと嘆息する。おわかりだろうか? チートを貰ったアキであるが、ほとんどのスキルは異世界に来るにあたり、必須条件だ。状態異常大耐性がなければ、未知のウイルスに罹患したかもしれない。言語読解がなければ、現地人と話すことすらできない。
閻魔大王はジャンボ早期退職クジの景品として、4つのスキルかアイテムをくれると言った。その中で既に2つは決まっていたのだ。詐欺である。獄卒法は使い慣れているので、これまで稼いだ貯金をはたいて、持ち越すチケットを買ったので、元からのスキルである。なので、実質貰ったスキルは『リアリティエチュード』と『変身』のみだ。
「さて、それじゃ改めて説明をしようじゃねぇか。てめえのスキル『リアリティエチュード』は俺のリアリティブックと合わせて1つ。俺の魔本に書き込んだストーリーを現実に実現可能とするスキルだぜ。ヒヒヒ」
「人間を操るのではなく、演技をお願いする人材を雇用、またはアイテムを用意できる。レンタルもアイテムは可能だな。人材に対するスキルなども演技中は付与可能となる」
「そのとおり。ただし、俺らは場を用意できるだけだ。敵は劇だと知らないし、操られもしない。アドリブだらけの即興劇をする能力となる。リアリティエチュードのレベルが上がれば、チュートリアルで使用したみたいに天候なども操れるし、建物とかも用意できるぞ。出演俳優たちに強力なスキルを付与も可能となる予定だぜ」
うむうむとアキは頷く。チートなスキル『リアリティエチュード』。それがアキの武器にして、この世界を変えるための必須スキルでもある。
ようは相手を無理矢理劇に巻き込むのだ。現実なので死ぬこともある残酷な地獄の劇である。
「原則として、雇用できる人材もレベルに依存。見習いに一流俳優が雇用されるわけはないからな。資金は劇をやった際の閻魔コーポレーションからの配当金だ。投げ銭システムもある。これはこの世界の金を使うことはできない。なので、俺の本に記載されているだけの仮想通貨だな。赤字にならないように気をつけろよ」
「レベルを上げるには名声度を上げる必要があると。基本悪人を殺すと名声がなぜか上がりやすい。ここらへんは閻魔大王の思惑もある」
この世界で金銀財宝を手にしても、劇団資金にはできないということだ。
ちなみに人材に渡す武器や防具。アイテムは用意しておけば、雇用資金は安くなるが、ない場合は全て地獄から買い取りかレンタルをする必要がある。ここら辺を上手く使えば、この世界で金は稼ぎ放題なので、劇団資金が仮想通貨なのは、それを防ぐためのものであろう。
「雇用した地獄の人材は死なないからな。アバターを使っているだけだ。アバターを使えるのは地獄の俳優と、アキとメイだけから注意だな。メイは使う気はなさそうだけど。ちなみにアバターの死体も消える設定をして置かなければ現実に残るぞ。痛覚はほとんど無効にしているから、俳優たちが死ぬことなどを気にする必要はない。これはお前も一緒だ」
先程、老魔術師に変装していたアキ。それはアバターという仮の肉体を操っていたに過ぎない。死んだ場合は、楽屋、即ち少し離れた場所に戻るだけだ。なので、劇の最中は俳優は不死であるのが、特徴である。劇に付き合わされる相手は普通に死ぬので、酷いスキルと言えよう。
「雇用金額だが、自分が参加する場合はタダでも可能。だから監督、主演男優など兼務も可能だ。安く済むしな。こんなところか」
他のスキルは別に確認しなくても良いだろうと、アキは多少不自然にも思える程度に話を打ち切る。当初はアバターを使えるとは聞いていなかったので『変身』スキルを手に入れてしまったのだ。1人にしか変身できないスキルを。何に変身できるかは、おっさんは忘れることにした。
「そうですね。これからは3人で世界を目指すのですよ」
メイが片手をあげて、えいえいおーと気合を入れる。この先長い付き合いになるしなと、アキは頷いてやるが
「君は御者をしていなかったか?」
いつの間にか馬車内にいる幼女へと眉根を顰めてアキは尋ねる。なんでこの幼女はここにいるわけ? ペシリペシリと馬が可哀想に思えるほど鞭を馬に叩いて御者をしていたはずじゃなかろうか。
だが、メイはフフンと鼻を鳴らすと、得意げに手のひらに水晶で出来た6面ダイスを2つ取り出す。神秘的な光を放っており、手のひらに突如として現れたのでスキルで呼び出したダイスなのだろう。
「これは理を崩す運命のダイスなのです。1%でも可能性があれば、無理矢理にでも可能にする。振られたダイスの目により、運命を変えるメイの最強スキルなのです。今回はあたちがいなくても、お馬さんは街に向かうようにするのですよ。達成値は5。5以上出せば成功なのです」
自信満々に、メイは宙にダイスを放り投げる。宙に浮きながらくるくるとダイスは回転し、ピタリと止まる。
ピンゾロだった。即ち2である。
「大失敗なのです」
あっけらかんとした口調でメイはアキたちに告げて
馬車は港町の壁に衝突して、ド派手に横転したのだった。