38話 王都の宿屋はスイートなのです
アキたちは騎士が紹介状を書いてくれた宿屋に到着した。馬車は幌馬車、薄汚い格好の子供たちを大勢連れている。しかしながらアキやメイは仕立ての良い服装で、トオルは魔術師としての証、魔法の杖を持っている。すなわち貴族だ。
正直、どう対応すれば良いか判断に苦しむところだと、宿屋の主人は戸惑っていた。だがすぐにどう対応するか決定した。
「新品の服をこの子供たちの人数分買ってきて欲しい」
アキが大金貨を惜しげもなく2枚渡してきたからだ。そして連泊するということで、大金貨10枚もポンと手渡してきたからである。下級貴族も泊まるとはいえ、一人大銀貨2枚か3枚が良いところだ。しかも従者は押入れのような狭い部屋でもっと宿賃は安い。
ここまで金払いの良いお客様はいないと、下にも置かぬ扱いで、スイートルームへと案内するのであった。
お客様こちらですと支配人自らが案内をしてくれ、周りの人々はいったい誰なのだろうと興味津々な表情で見つめてくる。人の良さそうな笑みでアキは、周囲の注目に物怖じしせずついていく。メイもニアもトオルも同じく気にしない。
気にするのは子供たちだ。村では見たことのない綺麗なガラス窓、建物も広く暖かで、床にはゴミ一つ落ちていない。絨毯が敷かれており、お客も新品の服で裕福そうだ。なので、オドオドしながらアキから離れないように後に続く。
アキとしては、手に入れた金貨を大事にするつもりはない。欲しいのはGPなのである。金貨は正直、ゲーム内通貨の感じだ。稼ごうと思えばいくらでも稼げるので、常に湯水のように使っていた。それに元は女衒の金だし。
「私の宿屋でも一番良い部屋でございます」
「あぁ、ありがとう」
揉み手をしながら支配人が案内してくれたのは、たしかに広い部屋であった。地球のスイートルームと同じぐらいだろうか。スイートルームの紹介をテレビで見たことしかないので、よく知らんけど。
広々とした部屋に絨毯が敷かれているのはもちろんのこと、内装も金がかかっていそうで、上等な家具や調度品が置いてある。そして、一番目についたのは、魔道具が置いてあることだ。
ろうそくの燭台の代わりに、水晶玉が置いてあり、部屋を照らしているが、蛍光灯の明るさより少し暗いぐらいなだけだ。水の魔道具もあり、トイレも魔道具付きらしい。
「うちは貴族様の御用達のものでして、それなりの魔道具を揃えております。平民区画では最高と自負しておりますよ。なにかありましたら侍女を付けますのでご用命を」
支配人は多少自慢げに説明してくるが、なるほど、たいしたものである。壁際にはメイド服姿の女性が立っていて、私が見ると笑顔で頭を下げてくる。
「わかった。案内ご苦労でしたね」
チップだと、金貨を放ると支配人は訓練された犬のように飛びつく。また金貨だとその目はギラギラと輝かせて、深く頭を下げて、ご用命があればすぐに呼んでくださいと、何回も繰り返して去って行った。
「君、私たちだけの話があるので、席を外してくれたまえ」
大銀貨を侍女に放ると、驚きで目を見張って、やはり支配人と同じように飛びつくと、すぐに呼んでくださいねと去って行った。
「少し金を使い過ぎではないか?」
ソファに座ったニアが呆れてアキを見てくる。何かあるたびにチップを大盤振る舞いするつもりかと目で語っている。
「どこが使い過ぎなの? 僕の父様はいつもホテルの階層を借り切ってたけど?」
どこかの箱入り娘は心底不思議そうな顔に首を傾げる。この娘のお金への価値観は一度聞いてみないといけないかもしれない。もしかしたら、全部カードで決済していたりするかも。
「トオルのことはおいておいて、子供たちは2部屋で良かったかな?」
ニアの対面に座り、隣にピッタリとトオルが貼り付く。メイはソファに寝っ転がり、もう寝そうな予感。
「うむ。オドオドしていたが、侍女に金貨を渡しておいたから大丈夫であろう」
「なぁ、その話し方ずっと続くのかね?」
凄腕の剣士には見えるけど、本の時とのギャップが激しい。それにその剣は伊達で本来は魔術師だしな。
「我も食べ歩きとかしたいので この姿の時は、これでいく。話を戻すが、本当に今の浪費の仕方で良いのか?」
本では食べ歩きができないから、不満だった模様。さりとてみかん箱モードでは食べ歩きできないと。難儀な幼女である。
「構わない。王都は劇の題材が多くあるだろうし、金持ちの商人というのは、色々面白そうなことがあると思うんだよ」
手をひらひらと振って答える。
「にしても、ここの人間は金貨に弱いな。まぁ、当然かもしれないが」
地球で言うと10万円をポンと渡されるんだもんな。そりゃ、弱くもなるか。でも、もう少し怪しいとか考えてもいいと思うんだ。
「それはこの世界の創造神の影響かもしれないのです」
「創造神?」
「あれなのです」
壁際に小さな像が置いてあり、メイが指差す。白い台座に座っていて、手を翳している女性の像だ。
「あたちが調べたところ、創造神ルーシズは、遥かな昔に白いモノリスの力を用いて世界を作ったのですが、本来は貴金属を司る女神だったらしいのです。なので、この世界の住民は皆貴金属好きなのですよ」
「難儀な女神様だな。貴金属なんかいくらでも創れるだろうに」
「自分で創造した貴金属は豆腐の味しかないと気づいて、この世界をあっさりと捨てたのです。その後は神の保護なき世界となって放置されたのですよ。一応責任とって白いモノリスの神力で世界を満たしてあるので神聖魔術は使えるのですが。なので、この世界の住民は基本貴金属大好きなのです」
「それ白いモノリスが本体じゃね? だから金貨の魔力がよく効くのか。汚職も激しくて、悪人が蔓延る世界になったと。私がなぜこの地に送られたのかわかるな」
地獄の獄卒を送るぐらいに、この世界は酷かったわけね。
「そういうことなのです。でも劇をできるのだから良いと思うんです。ちなみに創造神は絶対にこの世界には帰ってこないのです。そういう伝説らしいのです」
酷い創造神もあったものである。そんな創造神は嫌だなぁ。
「勧善懲悪の物語がたくさんできるよね! 僕頑張るよ!」
「期待してるよ、トオル」
「うん! 頭を撫でて良いよ!」
グイグイと子犬が撫でてと強請るように頭を押し付けてくるので、甘えん坊すぎるだろと思いながらも撫でてやる。柔らかい髪質で感触が心地良い。そのまま俺の膝に頭を乗せて寝てしまうので、どれだけ甘やかされていたのか良くわかる。
まぁ、この娘は演技の練習からだなと思いながら、次の話に移る。
「とりあえずは何か商売したいよな。できれば南大陸から持ち込んだ風にして。船で時折商品を持ってくるようにカモフラージュもしたい」
「船なのですか。よくわかっているのです。持ち込みだと奪われる可能性があるのですよ」
「それも美味しいイベントになるんだが、継続的に題材は欲しいと思うんだ」
クククと悪代官アキはほくそ笑み、お主も悪なのですと、メイもちっこいおててで口を押さえて笑う。次のキグルミは何にするのですのと、目もキラキラと輝かせている幼女は可愛らしい。
「とりあえずは王都を散策して、何が売れるかを考えるとしよう」
「了解だ」
「ラジャーなのです」
「うにゃうにゃ」
約1名、頭を撫でられながら寝てしまったが。
その後は、部屋で食事ができるのことなので、頼んで部屋食にする。部屋食はゆっくりとできるよなと、出てきた食事を見て、少し驚いたりもした。
ちゃんとドレッシングが掛けられているサラダ。まぁ、野菜は湯がいてあるのだが、それでもオリーブオイルを使ったきちんとしたドレッシング。肉料理はちゃんとソースがかけてあり、バターや生クリームが使われている。胡椒も少しだけだが入っていた。スープもコンソメスープとはいかないが、きちんと下ごしらえからやっており、旨味がある。
「これが王都の貴族の食事か」
リーフには悪いが、味が雲泥の差だ。まさしく平民と貴族は別世界に住んでいるとわかる。
「お肉が焼きすぎだね。これはもう少しレアが良いし、ソースは味がバラバラ。これじゃ食材が泣いているよ」
海原トオルが、ステーキを食べながら文句をつけていたりもした。侍女がすまなそうな顔になるので、気にするなとニコリと笑い大銀貨を渡しておく。侍女は先程から面子が入れ代わり、3人目である。何人いるか試してみたいので、大銀貨を渡しまくっていた。
「我は酒が欲しい。このワインをもう一本くれ」
「あたちは日本酒が良いのです。フルーティーな純米大吟醸で」
「無茶言うな。ここにあるわけないだろう」
ニアが傭兵らしく、ガブガブとワインを飲み、メイが無茶を言う。純米大吟醸とは何なのかしらと侍女が戸惑うので、やはり気にしないでくれと伝える。幼女が酒を頼むんじゃない!
ともあれ、この食事のレベルならあまり地球と変わらないかもなと満足する。不味い料理は人生でやる気を失う一つの理由になるからな。
「伝説によると神様が手を付けたのが酒と料理だったのです。お金がかかるのでどうやら平民にはその手法は伝わらないみたいですが。日本酒あると思ったのですが……失伝したようなのです」
「なぁ、その神様は俗すぎないか?」
「米と水を桶に入れれば作れると伝えたですって、いや、あたちが調べたのです」
メイは虚空を見て、何やらふんふんと頷く。物凄い雑な説明だな、その神様。
「それで日本酒できたら奇跡だからな?」
リスのように可愛らしく食べるメイの言葉に呆れるしかない。
ワイワイと食べて、暫し。侍女がドアがノックされたのでドアを開けて確認しこちらへと来る。
「子供たちが来ております、アキ様」
「どうぞ、通してくれたまえ」
銀貨をポンとなげると、ワオンと犬みたいな飛びつき方をしてくれる侍女。ポケットにすぐに仕舞うとドアを開ける。
ぞろぞろと不安そうな顔の子供たちが中に入ってきた。なぜか侍女付きで。なるほど、この宿屋は15人以上、侍女がいるのね。なんか小さい子供もメイド服を着ているけど、誰かの子供にメイド服を着させて、侍女にしてるだろ。
一人につき一人の侍女がついているという異様さの中で、エメラという少女が手に服を抱えて前に出てくる。着替えて新品の服になっているので、何着か買ってもらったのだろう。既製服がある世界だから金貨なら数枚買えると。なかなか気が利くね。
「ありがとうございます! こんなにしてもらって。えっと、一生懸命働きます!」
「ご飯美味しかった〜」
「あんなの初めてだ!」
「あみゃかった」
「豆腐が美味しかったのです」
「私も転職したいのですが」
エメラが頭を下げると、子供たちも一斉に頭を下げてくる。仕事を任せる気はなかったんだが……ふむ。どうしようか、拠点作りにちょうど良いかな。それとどさくさに紛れて侍女も混ざっているんだけど。
「それは後でにしよう。今日はゆっくりと休むが良い。あぁ、侍女さんたちもご苦労さま」
大銀貨を侍女の皆さんにプレゼント。もはや侍女たちは狂喜しており、満面の笑顔だ。おかーさん、なんかもらったよとか、やけにちっこい侍女が隣の女性に言ってるけどな。
まぁ、良いや。さて、掴みは充分だろう。この調子で王都に少しだけ騒ぎを起こすかね。