37話 王都なのです
王都『ブラックダイアモンド』はアダマス王国のきらびやかな都だ。遥か昔、神が作りし黒き王城を中心に広がる百万都市である。
外壁は広がっていく都市の大きさに合わせて、建て替えられていったので、普通の石造りだが、魔法を駆使しているために、継ぎ目はなく魔法抵抗も付与されており強固だ。外壁の上にはワイバーンをも撃ち落とせる巨大な弩が何基も配置されており、魔術師も各所に配備されていた。
とはいえ、外敵などここに来るわけもない。魔物でも外壁の高さを見れば怖じ気づき、近寄って来ないのだから見張りは気楽なものである。
大変なのは外門の門番たちだ。ずらりと行列を作り王都に入ろうとする者をチェックしなければならないのである。皆、訪れる者は馬車であり、徒歩などはいない。なので、面倒くさいが、馬車をおざなりにでも調べて中に入れるのだ。長い行列のために、おざなりでもかなり時間を食う大変な仕事であった。
「次」
疲れた声で、門番は次に並ぶ馬車を呼ぶ。赤錆が浮く鉄の胸当てに鉄の槍の装備。下は古着でお世辞にも有能な兵士には見えない。惰性で仕事としてやってますよ的な兵士は夕方はどこの飯屋で食べようかと考えながら、次にやってきた馬車へと顔を向ける。
適当にあしらって、次にいこうと考えていたが、馬車を見て疑問が顔に浮かんでしまう。
「ん?」
なぜならば、護衛らしき女戦士と人の良さそうな男以外は子供だったからだ。しかも小さな幼女も入れると10人を越える。殆どは薄汚い格好をしており、旅をする格好にはとてもではないが見えない。
女衒にも見えない。女衒にしては、この男は人が良さそうだ。そのような仕事の男は多かれ少なかれ危険な匂いをさせている。そのような様子は欠片も見えなかった。
「どのような用件で王都に来ましたか?」
もしも貴族との繋がりが商人だと困ったことになるため、門番は丁寧な言葉を心掛けながら男に話しかける。ちらりと子供たちへと視線を送り、どういった関係なのだと、遠回しに告げながら。
「はい。私は南大陸からやってきた商人アキと申します」
「僕は旦那様の妻のトオル!」
御者席に座っていた男が優しげな表情で頭を下げて、隣の杖を持つ少女がふんふんと嬉しそうに言ってくる。歳が離れすぎているので、意外だが結婚しているようだと内心で多少驚く。お貴族様なら、稀にあることだが、困窮した貴族が娘を差し出す代わりに、支援を求めたとかいうパターンだろうか。
それにしては少女は幸せいっぱいに男の腕にしがみついているので、政略結婚ではないのだろうか? それとも政略結婚でも、金に困らない生活になって、優しくされたので懐いたという感じなのだろうか。
よく分からないが、それは良い。仕立ての良い明らかに新品の服を着る幼女がまみーまみーとその少女の頭をボカポカ叩いているが、それも気にしなくて良い。
「ニアだ。商人の護衛」
ギラリと獰猛そうな眼光を見せる褐色肌の凄腕そうな女戦士も別に良い。護衛ということに嘘はないのだろう。
問題は薄汚れた子供たちである。
「この者たちは?」
「旅の途中で拾いまして。どうやら王都に働きに向かうつもりだったようですが、買った、失礼。契約金を払って王都に連れてきた商人が魔物に襲われて全財産無くしたので、困った商人が私にこの子供たちを奉公させる契約書を売り払ったのですよ。控えの契約書がありますが見ますか?」
男が懐から羊皮紙の契約書を取り出す。ひと目見て魔術の契約書だとわかる代物だ。何しろ文字が青く光っている。人数分の名前が書かれており、子供たちの名前なのだろう。稀に見ることが商売柄あるが、この契約を破ると魔法による罰があるらしい。
「なるほど。その商人はどうしたのですか?」
妻の少女は魔術師みたいだし、この男は貴族との繋がりがあるのだと確信して、ますます腰を低くして尋ねると、ニコリと男は笑い返してきた。
「さて、遠くに行くようなことを言っていましたよ。何やらもうおしまいだとか呟いていたので、何か商売で失敗したのでしょう。後ろ暗いお仕事のようですしな」
「あぁ、なるほど。そうなのですか」
顎を擦り、門番はちらりと同僚へと視線を向ける。同僚もなるほどと納得して、小さく頷き返す。理解したのだ。恐らくは相手は女衒。だが、雇われ女衒だったのだろう。子供たちを買い付けする金を預かり、各村を訪問していて、金を盗まれたのだ。きっと、巨額を盗まれた。
返す宛のない女衒は困った挙げ句に、たまたまいた裕福な商人に子供たちを売り、逃げる費用を工面して立ち去った。こんなところだろう。この商人もそのことを理解して、魔術契約にて問題がないようにしたに違いない。人の良さそうな男だが、抜け目のない商人でもあるのだ。
「まぁ、たいした金でもなかったですしね。それよりもおすすめの宿などありますかな? 私はこの国には初めて来たのでね」
握手を求められるので、素直に手を差し出しながら、にこやかな笑みにて答えることにする。
「そうですね。見る限り、裕福な方でいらっしゃる。えぇと……な!」
握手を終えて、手のひらをちらりと見て、言葉を失う。同僚も握手を求められたので同じようにして、手のひらを見て、目を剥き言葉を失っていた。
何しろ、己の手のひらにはキラリと黄金の輝きがあったのだ。自分の月給分だ!
「失礼。アキ様。そうですね、よろしければ隊長を呼んできます。隊長ならば、紹介状を書いてくれますので、貴族御用達の宿屋に泊まれるかと」
「そうですか。それではお願いします」
門番たちはもはや跪く勢いで恭しくアキ様に声をかける。何しろ金貨だ。金貨なのだ。
急いで同僚が隊長の貧乏騎士を連れてくると、隊長は面倒臭そうに不精髭を擦りながらやってきて、アキ様と握手した。そして手のひらを見て、飛び上がった。
「だ、大金貨! コホン。えー、アキ様と仰るか。お任せください。そうですね、下級貴族の宿屋ならばお泊りになれます。なに、下級貴族と言っても領地持ち。金があるものの王都に屋敷を構える必要はない者たちが使う宿屋。大商人も使う宿屋ですので、アキ様も満足していただけます」
隊長は騎士である。騎士爵だが貧乏だ。半年分ぐらいの金を数分で手に入れられたのだ。喜び低姿勢になるのも当然であろう。
「それは良かった。これから王都にて商売をしようと思いましてね。人脈作りもできればと思ったのですよ」
「そうですか。なにかありましたら、ご用命ください。いつでも飛んていきますので」
隊長は名前を告げて、是非と再び握手する。アキ様はにこやかな笑みで、その時はお願いしますと告げる。隊長は何やら眉を顰めて、再び手のひらを見て飛び上がった。
「また大金貨! お任せください。すぐに、すぐに紹介状をお持ちしますので!」
ダッシュで隊長は駐屯所に走っていく。あまりにも焦りすぎて、途中で躓いて転げたりもした。あわわ、すぐに、すぐにと立ち上がり、急いで紹介状を書いて戻ってきた。
多分最速である。あんなに素早く走る隊長を見るのは初めてだと、門番たちはジト目となったが。俺たちも握手をすれば、もう一枚金貨を貰えるだろうか?
門番たちの視線に気づいたのだろう。ニコリと微笑み、アキ様は手を差し出してくるので、ゴクリとつばを飲み込むと握手する。そうして手のひらを見れば金貨があった。同僚どころか、他の兵士もそのことに気づく。アキ様は気にせずに握手を求め、結局10人の兵士たちは皆金貨を手に入れるのであった。
「では、王都にて商売が上手くいくのをお祈りしております」
隊長その他兵士たちは勢揃いで万歳三唱でアキ様を見送り、トコトコと馬車が王都に入っていくのを見送るのであった。もはやこの面子はアキ様の名前をしっかりと覚えたのである。なにかあれば、我先にと助けに行くことは間違いない。
トコトコと馬車が門から離れていく。石畳の上をトコトコと。ガタガタといっても良いだろう。サスペンションは本当に必要だなと、ニコニコと人の良さそうな笑みの下で、苦々しくアキは思う。尻がとっても痛いです。
「良かったのです? 行列に並んでいた人々の注目の的だったのですよ」
俺の脇にヒョコリとメイが頭を覗かせて聞いてくるので、小さく鼻で嗤う。お人好しそうな表情には似つかわしくない悪そうな笑みだ。
「劇団長というのは、常に劇の題材を考えないといけないんだ」
「ふむ……騒動のネタには充分というわけか」
ニアが目を細めて、腕組みをしながら子供たちへと視線を向ける。彼女たちがどこからやってきたか、調べればすぐにわかるだろう。さて、買い取る予定であった者たちはどう動くかな? 金払いの良い裕福そうなお人好しの商人が自分たちの商品を買い取ったのだ。どうでるか、とても楽しみである。
「なんだかよくわからないけど、旦那様はかっこいい!」
「なぁ、なんか混乱の魔術とか受けてないか? トオル、君は少しチョロインすぎだぞ? 正直とてもドン引きなんだが?」
「正直な旦那様も良いね! でも僕は状態異常にはかかったことがないのが自慢なんだよ」
フフンと自慢げに胸を張るトオル。チョロインと呼ばれても嬉しそうなのはどうなの? なんでいつの間にか旦那様呼び?
「アホは状態異常耐性があるのは本当だったんだな………」
治る見込みはないと。なるほどな。
「実は暗い過去とかがあるとか?」
「この娘は甘やかされていたので、明るい過去しかないのです。ようやく反抗期になったぐらいなのですよ」
ぎゅうぎゅうと俺の腕にしがみつくコアラを呆れた表情でメイが言う。もうフォローのしようがないね、それは。
「まぁ良いか。それよりも一応知識はあるんだな」
先程門番に見せた羊皮紙の契約書。ひらひらと振る。蛍光ペンで名前を書いた一見魔術の契約書に見える代物だ。
「ここに来る前に勉強しておいたんだ。旦那様の役に立てて嬉しいよ!」
魔道具の契約書の存在を教えてくれたのは、トオルである。かなり高価なものだが、貴族の間では重要な契約書はこのような契約書を使うらしい。
「これ破ったら死ぬのか?」
それなら隷属魔法みたいなもんだ。使い道は色々ある。トオルは顎に人差し指をピトリとつけると、可愛らしく小首を傾げる。
「たしか1D6ー3のダメージを受ける」
「予想以上にしょぼかった! ゲームかよ!」
ダメージ受けることないだろ、それ。
「面子の問題らしいよ。契約を破ると魔法がその者に飛んでいくから、契約を破ったことが周りに知られてしまうんだって」
「あぁ、そういう魔法なのね」
誇りを大事にするのが貴族だ。なるほどねぇ、たしかに低コストで使える契約書だこと。上手く考えたもんである。
「それならそれで使い道はあるか。まぁ、良いや。さて、宿屋に到着だ」
高価な硝子窓が嵌っている、綺麗な屋敷。いや、宿屋に到着したので、身体を休めますかと、アキはあくびをした。少し疲れたんだよ。