36話 眼魔との戦いなのですよ
眼魔ゲイザー。たぶん恐らくは恐ろしい化け物だ。7級のハイブリッドなので、強いはずだ。
「君の技はもう見切っている! ふふふふ」
トオルが杖を得意気に掲げて、なにもまだしていないゲイザーへと技を見切ったと告げる。ゲイザーメイはアキを困ったようにちらりと見てくるが、見てくんな。私も予想外だった。トオルめ、アホすぎる。目立ちたがり屋のアホという最悪のタイプだ。
「僕の魔術を食らうが良い! えっと、マナよ……ウイーあー、ランダあろー? これ、なんて読むんだっけ」
腰のホルスターに仕舞っていた手帳を取り出して、詠唱を読みながら行うトオルちゃん。こいつ、アホすぎるかな? コテンと小首を傾げている美少女は一応可愛らしいので、それだけが救いだろうか。七光りめ、この七光りめ。
「ねぇちょっと。これなんて書いてあるかわかるかな?」
あまつさえ、敵にメモ帳を見せようとてこてこと近づく始末。ねぇ、これは練習じゃないんだぞ? やばい、今までのメンバーが優秀だったのがわかった。やっぱり練習は必要だったんだな。
エメラたちが、そのアホさと不自然さに気づく前に、メイはすぐさまフォローに入った。
「油断させての不意打ちか、人間!」
もうこの娘は退場させようと、アキの劇団員の心は一つとなり、とりあえず気絶させるかと、メイは腕を振りかざす。
「まみー!」
怪しげな掛け声にて繰り出した腕はワームであった。その腕は人にあらざるものであり、鞭のように伸びて攻撃をしてくる。ブニョブニョとした茶色い土のような肌、本来は手である箇所は口となっており、牙がびっしりと生えている。
エメラたちはその腕を見て、ヒッと身体をすくめて恐怖の表情を浮かべる。化け物の不気味で怖気を感じさせる攻撃に青ざめる。
アキは鳴き声をもう少し変えてくれよと、微妙な表情をしていたが、それでも7級となったキグルミの力に感心していた。結構鋭い攻撃だ。魔法使いのトオルならば、一撃で倒されるはず。倒されてくれ。
「甘いっ!」
だが、トオルは襲いかかるワームハンドに怯むどころか、腰をかがめるとバネのように飛び出して立ち向かう。トンと踏み込むと半身をずらして、迫る怪腕の躱して懐に入ろうとする。
「有線式ワームコムなのです!」
ゲイザーは身体にあるいくつもの瘤をパカリと開く。瘤の中からワームが飛び出してきて、間合いを詰めようとするトオルへ喰らいつこうと口を大きく開く。
「シッ」
僅かな呼気を吐き、トオルは大きく飛翔する。有線式ワームコムとやらの遥か上に飛翔したトオルは背を反らして、綺麗な動きで回避すると、ゲイザーの頭上でくるりと手に持つ杖をくるりと回す。
『骨砕』
ゲイザーの頭へと杖は振り下ろされて、その頭に命中する。グシャリと音がしてゲイザーの頭がへこみ、その身体が揺らぐ。着地したトオルは身体を回転させると追撃のハイキックを喰らわした。
「ウグッ」
その一撃はかなりの威力があり、ゲイザーは吹き飛ばされて地面をゴロゴロと転がった。
「しまった! また武技を使っちゃった! 僕は魔術師なのに!」
やっちゃったと、悲しそうな表情で叫ぶトオル。
やってくれたなと、悲しそうな表情で叫びたいアキ。
ゲイザーは顔見せなのに、ポコポコにしないでくれ。容赦のない攻撃なので、ボコボコなのかもしれない。あれ、人間だと死んでたぞ。
予想以上にトオルが強い。アホの娘だが、その戦闘力はかなりのものだ。魔術師の力ではなく、思い切り脳筋の力だが。その動きは達人のものに見えるんだけど。
「わぁっ! やりましたね!」
「すげー!」
「かっこいい〜!」
奴隷として売られそうだったエメラたちは、トオルの勇姿にはしゃぎまくる。まさに英雄っぽい娘の戦いっぷりだが、あの娘は知性派女優を望んでいます。
「ねえ、団長。この文字なんて読むのなぁ。自分で書いたんだけど読めないや。読める?」
カットと告げてもいないのに、ぽてぽてとアキの元へと今度はやってくるトオル。ゲイザーガン無視である。そして手帳のミミズが這ったような文字は私も読めません。古代文字かな?
しかしアホの娘であり、なおかつ甘やかされて育ったと分かるトオルの行動に今回は助けられた。ゲイザーメイは頭を振って、なんとか立ち上がることができたからだ。たぶんキグルミの活動限界に達しているはずなのにナイスガッツである。
「む、まだ立ち上がれるとは、そのキグルミって結構じょムガ」
「大変だ! トオル、毒を受けていたのか! 動けない? そうか、大丈夫だ。私たちが守ってやる!」
余計なことしか言わない口を塞ぐべく、トオルの口を抑えて、その身体を抱きしめて動けないようにする。この娘は駄目だよ、ミジンコの方が良かった。次の募集はミジンコ歓迎と条件に追加しておくぞ。
暴れるかと思いきや静かになったトオルに安堵しつつ、アキはナイスガッツのゲイザーを内心で応援する。いける、いけるよメイ。後でご馳走をプレゼントするから、頑張れ。
「我が力もここまで衰えているとはな。しかし、我が主が復活せし時はこの身体の力も再び戻る! それまでの間、平穏を楽しむが良い!」
もうコレは限界なのですと、ゲイザーは空間に穴を開けて、その中に飛び込み立ち去った。アキも限界だったので助かった。緊急避難スキルだが、空間に穴を空けるエフェクトはなかなかかっこいい。
少し演技が入っているので、地球人ならマッチポンプだろと勘づくかもしれないが、子供たちは違和感を感じなかった模様。恐ろしい化け物が逃げていったと笑顔ではしゃいでいる。
アキはフゥと安堵して、トオルを抱きしめていた事に気づく。少女を抱きしめるとは、通報ものである。余計なことを言うなよと、離してトオルをジト目で窺う。
文句を言って来るかと思いきや、トオルは顔を真っ赤にして、私をボーッと眺めていた。うん、とっても嫌な予感がするぞ?
「えっと……まずは友だちから……いや、恋人からでいいかな?」
訳のわからないことを言うトオルちゃん。モジモジと指を絡めて、チラチラと私の顔を見ては俯き、キャッとか可愛らしい声をあげてきた。
「略奪されないようにって、僕の尊敬する人は常々言ってたんだ。ドキドキしたら躊躇わずアタックするべきさって。猛獣みたいに喰いついたら離れないようにって」
「それを口にした女は略奪しようとした方だし、あやつは口だけだぞ。あやつらが優しくなければ結婚はなかったな」
ニアが苦笑混じりに言うが、トオルは聞いちゃいない。ふんふんと鼻息荒く俺を見て言う。
「僕も猛獣みたいに喰いつくことに決めたよ。とりあえず婚約者からね。挙式は来月ぐらいが良いかなぁ?」
頬に手を当てて、友だちから恋人に、恋人から婚約者に、婚約者から結婚へとランクアップするトオル。パチンコのスーパーリーチじゃないんだぞ、なにこの娘? チョロインだね。現実にこんなチョロインがいるわけ?
「この娘は女学校出身の箱入り娘なのです。それに周りにいる人間が変人ばかりなので、常識が変なのです。常識人はあたちだけだったのですよ」
いつの間にか、俺の横に幼女がぽてぽてとやってきていた。一応馬車から現れた風を装っている。
「なるほど、誰も常識人がいなかったと」
出会いを求めるには早すぎる娘だろと思うが……。ぬぬぬ、ここで断ると、どこか適当な男に捕まって、そのまま結婚しそうだ。
「我はわかったぞ。これは押し付けられたのだ。どこかの策略家に両親が泣きついたな。このままだとトオルはまずいと」
「ニア……。報酬がないのに押し付けられても困る。ここは送り返して」
『眼魔ゲイザー現る』
『売り上げ決算:プラス50万GP』
『人件費:ワームアイ20体、ニア、トオル、メイ:合計金額マイナス23万GP』
『幼女への投げ銭:プラス5万GP』
『トオルへの投げ銭:プラス10万GP』
『悪人退治:名声1000』
『純利益:42万GP※100GP以下は手数料として、ニアが徴収させてもらいます』
ピロリンと音がして、今回の収支が表示される。級が上がったことにより支出はでかいが、視聴者が増えてくれたので、収入も多い。……多いが、少し気になるところがある。トオルへの投げ銭だ。かなり大きい。
「トオル、とりあえず婚約者でいこう。他の男には目を移さないように」
投げ銭はありがたい。なので、アキはトオルを引き取ることに決めた。
「わかった! 仕方ないなぁ、団長、いや、アキは僕のことが好きすぎるんだから」
了解と輝く笑顔でトオルは勢いよく頷く。まぁ、子供だから、もう少し成長すれば、きっちりとした恋愛相手を見つけるだろ。
「それにしても、チョロインって現実だと困るな」
「たしかにドン引きなのですよ。悪い男に引っ掛かる可能性大なのです」
引き気味にメイが言うがたしかにそのとおりだ。だから、なんとかしようと押し付けてきたんだろ。
「まぁ、このまま結婚しても逆玉の輿だから援助に期待できるしな」
「既に悪い男に捕まったみたいに感じるが……現実だと、こんなものだろうな」
「むう。僕に聞こえるように話すなんて、アキは優しいんだから」
もぉ〜、と俺の腕にコアラのようにしがみつくトオル。どうやら頭の回転は悪くないようだ。地の頭は良いということか。
「とりあえず、王都へと向かうぞ」
子供たちへと馬車に乗るように促す。なんだか今回の劇は疲れた。トオルは後で猛特訓だな。
「目指すは王都。そこでも面白いことがあるだろうしな」
港湾都市とはまた違うだろうと、アキはコアらを馬車の中に放り込むと、御者席に座る。
「あたちたちの旅はこれからなのです!」
「劇団の拠点も必要だな」
お〜っ、とメイがちっこい手を振り上げて、俺も同意しつつ手綱を振る。
馬車はトコトコと動き始めて、一路王都へと向かうのであった。