35話 人買いなのですよ
助けてくれたのは獣人の女戦士さんであった。筋肉質というわけではないが、身体は引き締まっているにもかかわらず、女性の柔らかさを感じさせる。使い込んでいると思われる多少擦り切れた革の鎧を着込んで、大剣を持つ姿がよく似合っている。黄金の髪が肩まで伸びているが、その頭に生えている猫耳とお尻から生える尻尾も相まって獅子のように見え、その顔は凛々しく意思の強そうな褐色の肌の美女であった。
「大丈夫か?」
少女の前に立つと、油断なく辺りを見渡しながら聞いてくる。既に魔物は倒されており、新たな追加の魔物はいなさそうだ。
相対しただけで、威厳と威圧を感じながらも、命が助かった安心から安堵の息を吐きながら少女はコクリと頷いた。
「は、はい。私たちは大丈夫です」
「それは良かった。どうやら助けに来るのが遅かったようだがな」
剣を背中に背負う鞘に仕舞い女戦士は痛ましそうな表情となる。少女たちはそれを見て、優しそうな人だと思いつつも、傭兵や商人が死んだことに同情心は持てなかった。少女たちを物扱いして、最後には魔物の囮に使おうとしたのだ。当たり前だと思う。
「あ、あの! 私の名前はエメラって言います。助けてくれてありがとうございました!」
「ありがとうございます!」
「死んじゃうかと思ってました」
「お姉さんありがとうございました!」
「まみ〜まみ〜」
エメラと名乗る少女は深く頭を下げて、お礼を言う。周りの少年少女たちも、女戦士に対して頭を下げてお礼を言ってくる。女戦士は優しく微笑み、石ころを草むらに投げた。ゴスンと音がして草むらがガサガサと鳴り、なにかが遠ざかっていった。
「私の名前はニアだ。魔物に襲われていたようなので助けに入った。護衛をしている商人が、あぁ、来たようだな」
目を細めて街道へとニアさんが視線を向けると、パカランパカランとのんびりした蹄の音がして、馬車が1台やって来た。小さな幌馬車であるが、頑丈そうだ。御者席にはニコニコと笑顔で人の良さそうなおじさんと、ぐったりとそのおじさんに杖を抱えて寄りかかっているローブ姿の少女が見えた。
「どうやら助けることができたようでなによりだ」
馬車が目の前に停まり、ゆっくりと降りて片手をあげておじさんはニコニコと笑顔で近づいてくる。とっても人が良さそうだと、エメラは少しだけ安心する。
「うぅ、ニョロニョロ触手のグロいモンスター系は僕は駄目なんだ、なにあれ?」
おじさんの腕を抱き抱えて少女が魔物の死体を見て青ざめていた。たしかに気持ち悪い化け物なので気持ちは痛いほどわかる。
「僕の出番だったのに………。うぅ」
「初めて見る魔物だな。なんだこいつは?」
おじさんは少女をニアさんに渡すと、魔物の死体へと怪訝な顔で歩み寄る。もはや動かない魔物だが……。
シュウシュウと煙を吹き出して、ドロリと溶けて消えてしまった。全ての魔物が溶けてしまい、後には食いちぎられた無残な傭兵たちの死体しか残っていない。
皆が消えてしまった魔物に驚く。もはや魔物がいたという証拠は死体だけとなってしまった。あれほど危険な怪物であったのに、文字通り煙となって消えてしまった。
「今の……昔に本で見たことがある。たしか、瘴気から生まれる魔物さ。名前はワームアイ。ワームをその身体から生やす目玉しかない魔物だよと言うんだ」
「ワームアイ? そんな魔物がいるのかね?」
なんとなくへんてこな語尾の少女の言葉に、おじさんがホゥと顎を擦る。
「博識だな、トオル」
「ふふん。僕はアチョーの塔の出身だからね! これぐらい簡単さ!」
得意げな表情でトオルと呼ばれた少女は胸を張る。アチョーの塔。なんだか凄そうだとエメラたちは思う。杖を持っているし魔術師なのだろうか。
「わかった。なるほどワームアイというのか。倒したのだから良いだろう」
おじさんは頷くと私たちを見てくる。人の良さそうなおじさんは、死体を見て私たちを見てと、何回か視線を往復させると気まずそうに口を開く。
「この様子を見るに、君たちの雇用主は全滅したようだ。残念だが」
「そんな奴、雇用主でもなんでもない! 悪魔だ!」
仲間の一人が憎々しげな目つきで怒鳴ると、そうだそうだと周りも同調して頷く。酷い男だったので、皆は怒っていた。私もそうだそうだと頷き、おじさんはそうなのかと気の毒そうな表情になる。
「悪魔か。それだけ酷い男も珍しい。あぁ、私は南大陸からやって来た、しがない商人のアキ」
「はいはーい! 僕はかくさんをやってあげるよ! あ、僕はかくさんの……いや、なんでもない。魔塔出身のトオルさ」
ふんふんと勢いこんで話し始めたが、なぜかトオルさんは、途中で顔を引きつらせて言い直す。何だったんだろうと不思議に思いながら、私たちも自己紹介をする。
「エメラか、よろしく。で、君たちは死んだ男とどういった関係か教えてもらっても良いかな?」
「はい。実は……」
そうして、エメラたちは寒村出であること。死んだヨルヌに買われたことを話す。子供たちは人の良さそうなアキならば、なんとか助けてくれるのではと一縷の希望を持って。
エメラたちの話を聞き終えたアキさんは、ほうほうと頷いて、死んだヨルヌの馬車を覗き込み始めた。
「ここで君たちをヨルヌの関係者に渡すと悲惨な目に遭いそうだな」
馬車を覗き込み、食糧が入っている木箱や麻袋をアキさんは調べながら、エメラたちへと言ってくる。そこには同情するような声音が感じられる。
「たしかにそうだな。この子たちを王都へとそのまま運んだら夢見が悪そうだぞ」
腕組みをしてニアさんが重々しく頷いてくれる。このままヨルヌが運ぶ先に私たちが運ばれたらどうなるか。エメラたちは顔を真っ青にする。きっと何人かはすぐに死んでしまうだろうし、生き残っても悲惨な暮らしが待っている。
「しかし村に返すこともできない。彼女らは村に戻っても、再び売り払われる運命だろうからな」
「ならどうするんだよ! 僕はハッピーエンド以外は認めないつもりだけど」
荷物にろくな物はなかったのか、再び馬車を調べ始めるアキさんに、頬を膨らませるトオルさん。どうやら、トオルさんも良い人らしい。
「わかってる。だがらこうして……。お、あったな」
這いつくばって、車体の裏を覗き込んでいたアキさんは、手を伸ばしてガタガタと音をたてて板を外していた。外した板を放り投げると、なにか油紙に包まれている物を取り出す。どうやら、馬車の車体裏に隠してあったらしい。
「あの手の輩が隠す場所など、簡単に読めると言うものだ。見ろ」
ガサガサと油紙を取ると、中には銅の箱があり、箱を開けると………。
「ほぅ。大金貨か。それとも契約書か?」
「そうだ。これはこの子たちの契約書だろう。それとそこの男の全財産といったところか」
そこには紙とたくさんの金貨が入っていた。アキさんとニアさんはお互いにわかっているというふうに話し合っている。
「こんなにお金を持っていたのに女衒をやっていたのかい?」
「まぁ、トオルの言うとおり女衒だったのだろう。なかなかの推理だ。銀行のない世界だからな。誰も信じることはできなかったのだろうさ」
なぜかトオルさんの頭を拳でグリグリしながらアキさんは金貨を数える。何枚あるのかわからないが、たくさんだ。数を学んだことのないエメラたちにとってはたくさんだ。
「信じられる者がいないと、こうなるわけか。悲しい末路だ」
「領地や武力、権力がない一匹狼だったからだろう。そんなことよりも、この契約書は金貨2枚で奉公させる。給料は衣食住の表をさっぴいて年に金貨2枚。年季を終えるには大金貨3枚とある」
「2年近く働かないといけないのか。大変なんだね」
「トオル。15年だ。しかも何も使わずに15年。少年たちはそのまま鉱山に運ばれることになっている。鉱山の中でも危険な場所だな。本来は犯罪奴隷のみの場所だ。人手が足りないから、違法に少年たちを運んでいたのだろう」
「15年。ふ、ふーん。ほら、僕はパソコン世代だからさ、漢字と計算は少しだけ苦手なんだ。本当だよ? ねぇ、本当だよ団長?」
顔を真っ赤にするトオルさんをジト目で見つめると私たちをアキさんはちょいちょいと呼び寄せる。なんだろうと思っていたら、金貨を数枚手渡された。くれるのだろうか?
「それは大金貨だ。3枚ある。契約書を持つ者に渡せば年季は終わりだ。その大金貨を借金の返済に渡してくれ」
「えと、渡せばいいんですか?」
「ああ。これで君の年期は終わった。すぐに破るんだ」
契約書を金貨と引き換えにエメラにアキは手渡す。あれぇ? と首を傾げてしまうが、破るんだと再度言われたので素直に破る。他の子供たちも同じやり取りを終えて、全ての契約書は紙切れとなり、風に吹かれて散っていった。
「ええっ! そんなやり方で良いの? ここは頭を駆使して運び先の娼館オーナーと知恵比べをして、出し抜いて勝つ展開じゃないの?」
トオルさんが、素っ頓狂な声をあげるが、アキさんは肩を竦めて返す。
「この契約書は所有者に有利だ。勝利するのは難しいが、反対に契約書を持つ者と限定しているので、私に還せば問題はない」
この世界の契約は恐ろしいなとアキさんはピンと金貨を弾き薄笑いをする。
「むぅ。これじゃ僕の活躍ないじゃん! ぶーぶー」
「これでこの子たちは自由だ。君たちはどこにでも好きな所に行くと良い」
ぶーぶーと口を尖らせるトオルさんをスルーしつつ、アキさんは私たちにニコリと微笑む。
「あ、ありがとうございました?」
「なんで疑問系なのからわからないが、どういたしまして」
あっという間に、どうやら私たちは助かったらしいと唖然としてアキさんをまじまじと見つめる。
「あの……これからどうすれば良いんでしょうか?」
「一人に一枚ずつ、大金貨を渡そう。これでしばらくは暮らせるはずだ。どうすれば良いかは……どうやら長居しすぎたらしい」
「そのようだ。面倒くさいことになったぞアキ」
アキさんが目を細めて、ニアさんが剣を抜く。なにがあるのかと聞こうとしてギクリとする。
草むらがガサガサと音を立てると、草を掻き分けて黒いローブ姿の人が現れたのだ。
「やれやれ。眷属が戻ってこないと思えば……。全て倒されているとはな」
ローブ姿の人はフードをかぶっており、その顔は見えない。だが、人ではないとエメラは感じて怖気を覚える。なぜならば、その声音が硝子を引っ掻くような音だったからだ。
細身の人だと思ったが、よくよく見ると違う。靴を履いていないその足がちらりと見えたが、人の皮はなく、皮の下の筋肉が丸見えであり、獣のような鋭く長い爪を生やしていた。
「まぁ、ここで我が殺せば構うまい」
「何者だ? どう見ても人には見えないが?」
そう。人ではない。その纏う空気も禍々しく、ペタラペタラと音を立ててコチラに向かってくるのは人ではないと悟る。
「現れたな、眼魔ゲイザーよ!」
杖を掲げて、トオルさんが前に躍り出る。どうやら、この相手の正体を知っていた模様。
「私の姿を『透視』で暴いたかなのです。そのとおり、眼魔ゲイザーとは我のことよ! この名前を記憶して死ぬが良い!」
ローブを払うように脱ぎ捨てると、相手の正体がわかった。枯れ木のような細い体中に瞳がまるで瘤の様についている。明らかに邪悪なる化け物だとエメラたちは恐怖し、トオルさんたちの戦いを見守るのであった。