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エチュード 〜即興劇はお好きですか  作者: バッド
2章 王国騒乱なのですよ
33/52

33話 よくいる女衒なのですよ

 この宿屋に泊まるには金を持っていないといけない。以上終わり。


 いや、冗談を言っているわけではない。この宿屋は金貨払いだったのだ。4人で金貨一枚。これを安いと見るか、高いと見るかは、支払う者の懐次第だ。アキの懐にはまだ金貨が20枚程度あるから大丈夫だ。


 しかし当たり前のことであるが、その当たり前のことは、荒々しくテーブルにつく男たちの集団には適用されないみたいだ。


 迷惑そうに視線を向ける他の客に、あぁんと凄むチンピラのような男。関わり合いになりたくないと、慌てて視線をそらす。見るからに危険な相手だ。この場合、強そうな相手というわけではない。厄介な相手だと言うことだ。


 絡まれたら損をする。裏家業の人間に見えるからだ。即ち、勧善懲悪を求める少女にとっては大好物なのだろう。トオルは横目で男たちを見つつ、何もない皿をフォークでカツカツと叩いていた。


 身なりの良い男と、武装をしている男たちが荒々しくテーブルについて、注文を始める。それを貫頭衣のようなみすぼらしい服装を着た少年少女たちは壁際に立ち、おどおどと眺めていた。


「おい、エールだ、エールを頼む!」

「こっちもだ。エールを持って来い」

「喉がカラカラなんだ。さっさともってこいや!」


 荒々しく注文をして、バンバンとテーブルを叩いて、ギャハハと何がおかしいのか大笑いをするチンピラたち。素晴らしい小悪党っぷりだと、アキは感心してしまうぐらいだ。


 ふふふとニヒルに笑おうとして、どうしても子猫が鳴くように可愛らしい笑みに変わるトオルがアキを見てソワソワと体を揺らす。


「団長、彼らはどうなんだい?」


 ここは僕が活躍しようと、杖を手に持ち早くも臨戦態勢の少女へと嘆息で返して、アキはスキルを使用する。


「ふむ。少し待て」


『情報収集』


 ピピッと音がして、空中に半透明のボードが浮かびあがり、男たちの情報を映し出す。


『ヨルヌ:職業女衒:戦闘力28』

『賞罰:殺人84件、強盗26件、暴行354件、誘拐2件』


 ふむふむとその結果を見てアキは感心した。清々しい程の悪人だ。詳細情報も少し読んでみよう。


 フレーバーテキストをアキは軽く読み流し、ほうほうと顎を擦る。なかなか面白い経歴だこと。


「善人だったな」


「嘘だっ!」


 アキの返答に、バンとテーブルを叩いてトオルは睨んできて、お皿が落ちるのですとメイとニアは料理を避難させた。なんだろうと周りがちらりと見てくるので、恥ずかしそうにトオルは座り直すとコホンと咳払いをつく。


「なぁ、嘘だろう? 悪人じゃないのか?」


「あぁ、ああ見えて罪は無かったな。普通の女衒だ」


 アキが見たところ善人だったよと答えてあげる。私にとっては善人なのだ。私の劇に参加してくれる善い人。即ち善人である。


 ちなみに女衒とは寒村から安い金で少女を買い取り、娼館に売り払う真っ当な職業である。真っ当ではないと非難する人もいるだろうが、一応少女たちは年季というものが設定されているので、年季分働けば解放されるし、子供を売らないとその冬を過ごせない村々にとっては女衒は必要な存在なので、真っ当な職業といえるであろう。だいたい少女は年季明けまで生きてはいないが。


 ニコニコと笑顔でトオルヘと答えると、本当なのかいと、少女はアキの顔をじっと見てくる。なので、目を合わせてジッと見つめ返すと、恥ずかしくなり目線をトオルは外した。女子高出なのかな?


「そうなのか……現実はそうは悪人はいないんだなぁ」


「そうだな、私は今のところ善人としか会ったことはないな」


 さすがにデザートとコーヒーは無かった。水で薄めたホットワインが最後に出てきたので飲みながらアキは答える。この世界の料理レベルの基準がわからないな。


「善人……なるほどわかったのです」


「私もわかったぞ」


 理解の早い二人である。アキにとっての善人がどんな意味を持つのか早くも理解した模様。なかなかわかっている二人である。


「僕はわからないんだけど。どういう意味?」


 ねぇねぇ教えてと上目遣いになる甘え方を知っているトオル。今までの生活がわかりそうである。僕っ娘になれるのかね。


 まぁ、アキにとってはどうでも良い。女優として活躍してくれれば良いのであるからして。


「おーい。こいつらには黒パンをくれ! 一番安いやつだ」


 自分たちはコース料理を食べながらの注文に店員は迷惑そうにするが、それでも人数分の黒パンを籠に入れて持ってくる。そのまま少年少女たちに手渡そうとするが


「おいおい、一つにつき3人で食べるんだ。店員、黒パンはもっと少なくて良い!」


 非道なことを平気で口にした。空気を読まない発言に、客は顔をしかめて席を立ち始める。嫌がらせにしても酷いし、それがいつものことなのだろう。10人程の少年少女は何も言わずにカチカチの黒パンを分け合っている。


「ねぇ、本当に悪人じゃないのかい? ここは、うるさい奴らだなと、正義の主人公が因縁をつけるところじゃないか?」


「因縁とか言うなよ。正義の主人公には聞こえないだろ」


 トオルが想像していることはわかる。おいおい、少しうるさいなとか声に出して、あいつらがそれを耳にして絡んできたら痛めつけるつもりだろ。よくあるパターンだが、痛めつけたあとはどうするんだよ。あの少年少女たちは解放できないぞ。


 むぅむぅと頬を膨らませる不満一杯のトオルに苦笑で返すと立ち上がる。もう私たちもお腹いっぱいだ。


「部屋に戻るとしよう。ここは空気が良すぎる」


「そこは空気が悪いというところなのですよ」


「仕方のない男だ」


 メイとニアも席を立ち、それを見て渋々とトオルも席を立ち、部屋へと戻るのであった。2部屋とってあるので、ニアが保護者として先導していった。なんでもできる娘だなぁと、アキはニアの評価を見直していたりもした。


 騒ぐ男たちを凍えるような視線でちらりと見ると、その口元に薄笑いを浮かべて、アキも部屋へと帰るのであった。






 翌日である。女衒のヨルヌは馬車の御者席に乗って、傭兵たちを護衛につけて宿場町を出発した。


「飲み過ぎちまったぜ、ちくしょう」


 久しぶりの酒だったと、寒村を回っていたために酒場には行けなかったヨルヌは、昨日浴びるように酒を飲んで二日酔いであった。胸がムカムカし、頭がズキズキと痛い。


「おりゃあ娼館がなかったのが残念だった」


 隣に座る護衛の傭兵がヘラヘラと笑うので、ジロリと目を動かして睨む。


「手は出すなよ。大事な商品だ」


「わかっているぜ。ったく、早く王都に到着したいもんだ」


 特に気にする様子もなく、傭兵は肩を竦めるだけであった。女衒の護衛なのだ。そんなことをすれば、報酬がパーになるどころか、賠償金を求められる。そんな馬鹿なことをする気はない。


 ヨルヌのような女衒は護衛への報酬が高い。女衒は後ろ暗い職業だ。傭兵の中でも護衛につくことを嫌がる者もいるので、報酬が高いのである。


 まぁ、それはそうだろう。馬車内に座る少年少女たちは顔を俯けて絶望の表情をしている。お喋りをする者も当初はいたが、ヨルヌが食事などで 差を見せつけて、自分たちの立場を思い知らせて心を折ってからはそんな元気のある者もいなくなった。


 馬車は2台。少年少女は15人。女衒のヨルヌと護衛に6人の傭兵。それが人買いの商隊の全てである。


 海沿いの街道は終わり王都がある北に進む道を変えて進む。これからは平原だけがあるわけではない。森林内の道も少しだけあるので、盗賊団や魔物が現れることもある。そのためにヨルヌは油断をせずに馬車は進む。


「へっ。静かなもんだな」


 平原が続き、そよ風が吹く。ぽかぽかした陽気に傭兵たちは欠伸混じりに眠気をとるためにも仲間とお喋りをする。


「この仕事、陰気臭くて仕方ねぇ」


「たしかにな。まぁ、奴らも娼館行きだ。陰気臭くなるのは当たり前だろ」


「ちげえねぇ」


 娼館では、多少なりとも今よりは待遇が良くなることを傭兵たちは知っている。あくまでも多少だが、この一週間カビの生えそうなカチカチの黒パンに、白湯のように味がないスープを飲んできた少年少女たちは喜ぶだろう。


 娼館のオーナーは優しく少年少女たちに接して、これからは稼げる娼婦になれば、もっと良い暮らしができると伝えるのだ。そうして多少柔らかい黒パンと野菜くずの入ったスープを与える。そうなると、優しさを求めていた少年少女たちはオーナーに少なからず心を許す。娼館で頑張って働く可能性が増えるわけだ。


 マッチポンプである。女衒がわざと少年少女たちに辛い態度をとるのは、ヨルヌの性格もあるが仕事でもあったからだ。


「哀れだねぇ。骨までしゃぶられて、それでもオーナーには恨みを持たないで死ぬんだろ」


「あぁ。あんな立場にはなりたくないな」


 ゲラゲラと傭兵たちは笑い合う。いずれ客として行ってやるかと。だが傭兵の一人が声を潜めて小声で言う。仲間以外は誰もいないが気分の問題である。


「それと一番良いのは伯爵行きだとよ」


「またかよ。女中として何人雇う気だ。この間も雇ったばかりだろ」


「もう逃げたんだろ。あそこに行く奴はさすがに同情するぜ」


 コソコソと話すのはここ最近ヨルヌから女中やらを雇用する伯爵の話だ。よくある話ではあるが、毎回雇用していき、さらには金払いも良いとなると、その女中たちがどうなるかは火を見るよりも明らかだ。貴族に稀にある趣味を持っているのだろう。


 その後も、王都に到着したら何をするかとお喋りをしながら進むと、王都へ続く街道でも多少危険となる森林内へと入る。半日は続くこの森林は魔の森から広がっており、たまに魔物が現れる。


 鬱蒼と生えている草むらや聳え立つ木々。日差しが木立に阻まれて薄暗くなり、広かった街道も細くなる。襲撃ポイントとしては最高であるこの場所では、油断はしない。


 傭兵たちも言葉少なになり、できるだけ速く進む。馬がパカランパカランと蹄の音を立てながら、傭兵たちは草むらを注意しながら確認をしつつ進む。森林からは鳥の鳴き声が時折聞こえて、酷く不気味だ。


「いっそのこと、コボルドが現れりゃ話は簡単になるんだが」


 森林の不気味さに耐えかねて、一人の傭兵が忌々しそうに舌打ちする。


「なんでだよ?」


「コボルドが現れれば、馬を全力で走らせて逃げることもできるだろ。そうしたらこの森林も簡単に抜けれるってもんだ」


 がさりと草むらから音がしたので、そちらへと顔を向けて、何も出てこないかを確認する。どうやら小動物かなにか何だったんだろう。


「ちっ、ああいうのが一番神経を使うよな。な、そう思わないか?」


 それでも何かがいるかもと、傭兵はジッと草むらを見ていたが、何もないことに安堵の息を吐く。そして、隣に座る男から返答がないことに気づく。


「なんだよ、なにかいえ……よ」


 顔を仲間に向けて、軽口の一つでも叩こうとした傭兵は目の前の光景に言葉を詰まらせる。


「な、なぁ、それ、それ、それ、ななんだ?」


 隣の男は頭がなにかに飲み込まれていた。土色のミミズのようなものに頭がすっぽりと呑み込まれて、その身体をビクビクと痙攣させていた。


「は、なん、まもの?」


 人の頭を呑み込める程のなにか。蛇ではないと傭兵が恐怖の表情になると同時に視界が暗くなる。


 なんで急に暗くなったんだと、疑問に思う時間もなく、顔を擦り潰されるような激しい痛みが襲う。


「ギャー!」


 野太い男の声音が響き、木上から何本もの同じような触手が降って来るのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] お金がなくて命が安い世界ってのは残酷ですよね。 現代社会だってつらいこといっぱいですが、即座に生きるか死ぬかって事にはほぼならないだけましなんだろな。
[一言] 清々しいほどの善人で安心した。 大木君はやっぱり極悪人だったんだね!
[一言] >善人としか会ったことはない すげえ、何というポジティブシンキング、思わず感心しちまうぜw >触手 傭兵への触手プレイ&丸呑み、新しすぎる趣向ですねw
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