32話 宿場町なのですよ
王都へは表街道を使うとアクアマリンから2週間少しかかる。そのためにアキたちはいくつもある宿場町の一つにいた。王都まで残り一週間といったところだ。
宿場町は2メートルほどの木の柵と土壁が街を囲っており簡易的な防壁となっている。周りには田畑は少なく、狭い川が街の中を通っていることから、水源を目的に作られた本当に旅人が休むための町といったところだ。
町の中も酒場兼宿屋が建ち並んでおり、馬車が道を行き来しており、店はあまりない上に、通常なら存在する農民などの一般的な仕事につく人の家屋は少ない。宿屋に住み込みの者が殆どだからだ。
もちろん宿屋もランクがあり、石造りで綺麗な新築同様の宿屋もあれば、木の板の寄せ集めのような幽霊屋敷と言って良いレベルのボロの宿屋も存在する。
殆どの行商人はそこそこ良い宿屋をとり、休むことにしている。商品を盗まれたら嫌だからである。疲れを取るために、サウナに入り汗を流すと就寝し、次の日に目的地に向かう者がほとんどなので、商品を売買する者もおらず、町という雰囲気はあまりない。
多くの人々が跡を残さずに去っていく。深い付き合いがない町。それが宿場町なのである。
そんな宿場町でも中規模程度の商人が宿泊する宿屋の1階、食堂にてアキは新たなる仲間と共に食事をしていた。商人相手であるからだろう。分厚い木製の頑丈なテーブルを汚れのないテーブルクロスが覆っており、その上に料理が並ぶ。銀の食器類が並べられており、コース料理となるようだ。この世界では珍しいと言わざるを得ない。
貴族、金持ち、商人に普通の平民。今のところそれだけ見ているがはっきりと格差があるなとアキは思いながら前菜のサラダを口に運ぶ。バジルソースをかけたサラダはさっぱりとして美味い。この後のコース料理も期待できるというものだ。そして、薬師の少女は料理ができないことが完全に判明した。
ニコニコと笑顔を絶やさずに、上品な所作で食べるアキは一介の行商人には見えない。中程度の商会を持つ者なのだろうと、周りの客は推測する。
が、商人にしては変な組み合わせだとも思いながら、チラチラとアキたちを見る者もいた。
アキのテーブルには4人が座っていた。一人は背丈は170はあるだろう女性だ。獅子のような耳と尻尾を生やし、黄金のように輝く金髪を肩まで伸ばしている。その顔は美しくあるが、それは獅子などの獰猛なる獣が持つ威厳ある高慢そうな美しさを持つ。眼光の鋭い目は見つめられたら、気の弱い者なら震えてしまうかもしれない。口元は自信ありげに薄く微笑み、料理をパクパクと下品にはならぬ程度の所作で食べている。
健康そうな褐色の肌をしており、鍛えられているのだろう腰はキュッとくびれており、服を押し上げるはちきれんばかりの胸が目立つ。革鎧を丈夫そうな服の上に着込んでおり、テーブルに立てかけられている剣は使い込まれていそうで、革の鞘が色褪せていた。人の良さそうな、戦いとは無縁そうな男の護衛なのだろうと、その女性を見て納得する。
だが、次からが変であった。
モキュモキュと小動物が餌を頬張るように食べているおさげの可愛らしい幼女がいるのだ。足をパタパタ振ってご機嫌な様子で食べている愛らしさ抜群の幼女は見ていて癒やされるが、なぜ宿場町にと疑問で首を傾げる。男の娘だろうか。
もう一人は旅をしているからだろう、男装をしている少女だ。赤毛できつそうな、多少釣り目の勝ち気そうな顔立ちの美少女である。杖を立て掛けているので魔術師なのだろう。男物の服をローブの下に着込んでいるが、スタイルは良くその胸が女性だと示していた。
通常、魔術師は貴族だ。商人などと共には行動はしない。どんな集団だろうと少しだけ考えてしまうのであった。
そのような周囲の人々からの視線を気にせずに、アキはトオルヘと話しかける。
「どうやら私の忠告通りにしたようだな。何よりだ」
出会った時はさらしを巻いて、ぎゅうぎゅうと胸を抑えつけていたトオル。だが今は普通に胸の膨らみが見えるので、下着を素直に着た模様。
「あぁ、僕も将来を気にするからね。でもなかなかの慧眼の持ち主だ、僕が男装をしているのを見抜くなんてさ」
フォークを行儀悪くフリフリと振りながら、ニヒルな笑みになるトオルだが、冷淡なアキの視線にウウッとたじろぐ。
「別に男装が悪いわけじゃない。ただ、君のは少女だと見抜いてほしい気持ちが混ざる中途半端な男装だった。本気で男装をすると男にしか見えないもんなんだ。なんだ、劇団員になるには個性が必要だと入れ知恵されたのかね?」
「そうなのです。それにこの世界で本気で男装するなら、変身スキルを取れば良かったのですよ。アキなんてモガモガ」
男装だって女装だって本気で変装すれば、わからないものなのだとアキはトオルの薄っぺらい考えを看破して、メイの口にパンを押し込んだ。これ、天然酵母が使われている白パンなのですと、幼女はおとなしくモキュモキュ食べていた。あと、変身スキルを取得するとたぶんおっさんに変身とかに限定されそうだから、お勧めはしない。どうも閻魔大王は変身スキルを悪戯に使う気満々らしいし。
「ウウッ……僕っ娘は人気が出ると尊敬している女の人に教えられたんだ。きっと大丈夫さと。ママは劇には詳しくないわと、特に何も言わなかったし」
肩を縮こませて、おどおどと真実を告白するトオル。なるほど、たしかに一理あるかもしれない。
「おばさんもそう思わないウゲッ」
パカンと皿が額に当たってトオルは後へと倒れ込んだ。バタンと痛そうな音がしたので、褐色の女戦士に変身しているニアがため息混じりにポーションをトオルヘと放り投げた。
「だいじょーぶです? いきなり倒れ込むなんてドジっ娘なのですよ」
うるうるお目々で、チートスキルを幼女にしたメイがトオルの胸を短い足でフミフミして、その顔を覗き込んでいた。ウウッとトオルは呻いて答える。
「だ、大丈夫さ。うん、大丈夫」
「あたちは幼女だから心配しちゃうのです。幼女だから」
「ふたまわりぐらい小さくなっただけで、変わらなアイダッ」
「息苦しいです? 背中から倒れたですものね」
トオルの身体の上で幼女はポップなダンスを踊り始めて心配の声をかける。ダンシングダンシングと容赦のないストンプである。わかった、わかりましたとトオルが頷くと、ふむんと頷きメイは自分の椅子にてこてこと戻って、笑顔で食事を再開した。
「トオルは有名な戦神と実家が金持ちのエルフを両親に持つ少女だ。地獄の住人ではない」
「生者が転移してきたのか?」
相変わらず人格がコロコロ変わるニアへとアキが問いかけると、うむと頷き肉料理を口に運ぶ。今のニアは武骨な女戦士にしか見えない。
「どーせ。両親の力を使ったのだ」
「ぼ、僕は親の七光りの下で人生というレールを進むのは嫌だったんだ。だから、劇という親の力が通用しない世界でやっていくことを決心したのさ!」
ニアの言葉に座り直したトオルが苦渋に満ちた表情で激しく抗議をする。なるほど、どこに行っても親の七光りで自分の力は見てくれないと。なるほど?
よくある青春だと、アキは料理を食べることにする。カチャカチャとフォークの音が鳴る中で、半眼となりトオルを見る。
「異世界転移には親の力を使ったんだろ?」
「それぐらいはいいと思う。これからは僕は自分の力で頑張るつもりさ」
赤毛の少女は偉いだろと、フンスと胸を張る。たしかにそこそこ胸は偉いなと、少しおっさんじみた考えをしながらアキは嘆息した。
「いるんだよな、こういう奴。親の持つ億ションに一人暮らしして、家賃光熱費学費全ては親が支払っているのに、生活費はアルバイトで稼いでいるんだと、苦学生みたいなフリをする大学生のボンボン。この場合は箱入り娘か。ま、本人には言わないが」
心の中にその意見は封じておくよと、優しくて人の良いおっさんはうんうんと頷く。
「アキは全部言っているのです」
「え? なんだって? 親の七光りと言われるやつは、現実では無能だから七光りと呼ばれるんだよとか言ったか? 有能なら嫉妬以外は七光りとは言われないんだよとか、口にしたか?」
「容赦のない口撃だったな」
ありゃりゃ、つい口に出したかと、おっさんは頭をポリポリとかき、トオルは顔を真っ赤にしてぷるぷると涙目で震えていた。少し虐めすぎたらしい。アキとしては産まれもその人の力だと思うから、贅沢ものめとからかいたくなるのだ。
「すまない。だが、これからはたしかに親の七光りは通用しない世界だ。私が君をビシバシきたえるからな? なにしろ可愛らしい顔立ちだ。将来は美女となるだろうし、今から下積みをしていけば、大女優間違いなしだよ」
「ほ、本当にそう思う?」
少しばかり悔しさで退行したのか、子供っぽい口調になるトオルの頭を手を伸ばして、優しく撫でながら微笑む。
「本当だ。見ただけでわかった。君には才能があると」
お父様、お母様。頑張り屋の娘さんに投げ銭よろしく。お子さんはきっと大女優に育ててみせますと、相手をへこませてから、優しく接するアキ。とっても良いおっさんなので、相手はすぐに懐くだろうと思われたが
「だよね! 僕は才能あるよね。そうだと常々思っていたんだ。僕に任せれば、この劇団もメジャーデビュー間違いなしさ。アハハハ」
形の良い胸を張るとアハハハと機嫌良さそうに笑い始めた。何ということでしょう。新興宗教の必殺技が、アホすぎて通じなかった模様。アキの前身が気になるところでもある。
なぜトオルが親の七光りと言われるか、その片鱗を早くも味わうアキである。メイとニアはそんなトオルを見ても驚きもしない。この二人は知り合いだな、コンニャロー。劇団への応募もコネの可能性が出てきた少女にため息を吐きつつ、仕方ないかと採用することにした。ミジンコでも採用するつもりだったし。
というわけで、期待の新人女優はこんな感じ。
軍畑トオル
ハーフエルフ 女 15歳
戦闘力220
保有マナ100
職業:魔術師
資格:武術師7級、魔術師7級
固有スキル:状態異常大耐性、武術7級、魔術7級、半神体(武神)
武術が光る少女だ。アクション俳優が合っているのかな? 粘土でできた龍神ロボを持っていたりしないよな。
「僕は頭の良い役しかやらないから。武術はおまけだと考えてほしい」
「魔術師だし、それでも良いか……」
フフンと得意げにアキに希望を言ってくるトオル。それならそれで、うまく使うとするか。
「あと勧善懲悪の善人の主人公しかやらないから」
「任せておきたまえ。希望は善処するよ」
劇には皆の力が必要だ。即ち劇団員は全員主人公。主演なら話は別だが主人公なら別に良いだろう。だが、勧善懲悪とは珍しい。時代劇かよ。
後は、親交を深めるかと、アキはにこやかにトオルとこれからのことを話し始める。と、どやどやとうるさく食堂に集団が入ってきた。
「おら、てめえらはそこの壁際に座っておけ。そうしないと俺らの食べ残しはやらねえからな」
荒々しく入ってきた集団の先頭の男が後ろに続くみすぼらしい服装の少年少女へと声を荒げていた。偉そうに口元をニヤけさせている。
「どうやら新しい劇はトオルの希望が叶いそうだ」
アキは呟き、ニアへとニヤリと笑みを向けるのであった。