表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エチュード 〜即興劇はお好きですか  作者: バッド
2章 王国騒乱なのですよ
31/52

31話 新たなる団員なのです

 ゴロゴロと幌馬車がゆっくりと進む。王都へと向かうために裏街道を使用するのではなく、表街道。即ち普通の街道だ。裏街道を使用するのは、あからさまに後ろ暗い輩だと思われるからである。


 アキは光の街道を突っ走る劇作家なのだ。人が少ない劇団で男女両方の主演もやるほどに天才の劇作家である。天才というか、現実を舞台にする、はた迷惑な劇作家なので天災というべきかもしれない。


 闇澤アキ。人の良さそうな笑顔でニコニコと人を地獄に突き落とす悪魔のようなおっさんである。元地獄の獄卒なので、問題はない。たぶん。


 海岸沿いの街道は左手に海岸を臨み、右手に平原が広がり見通しがよく魔物も少なく、山賊も見通しが良すぎるためにいない。土を踏み固めた街道を潮風に当たりながら、おっさんは御者をしながら、ふわぁとのんびりと欠伸をした。暖かく平和で過ごしやすい季節だと。


「世は事もなし、平和で平穏で良いことだな」


「眠そうなのです」


 アキの欠伸に釣られて、幌馬車に乗っている幼女が同じように小さな口をふわぁと開ける。金糸のような流れる金髪をおさげにして、煌めく碧眼と、むちむちほっぺはつついたら柔らかそうな、元気いっぱいな可愛らしい幼女である。


 その正体はチートスキルを幼女にした気合い入り過ぎの迷幼女優の時乃メイ。万能キグルミを活用して活躍する。得意なキグルミは木とか岩で良いだろうとアキは考えたりしています。


「平和を愛する私は、これぐらいの平穏がいつもは相応しいのだよ」


「鏡を見せるのですよ。鏡よ鏡。世界で一番狡猾な腹黒いおっさんは誰なのです〜?」


 ちっこい手をかざして、ふらふらとメイはふざけてからかってくる。人の良い私に失礼なとアキは憤るフリをしようと考えたが、眠気を誘う穏やかな風と気温に心は凪いでやる気をなくした。この間のデビュー作で少し疲れているので、休息をとっているのだ。


「ギャハハ。その名は闇澤アキ。お人好しな顔の裏にはどす黒い邪悪な性根が隠れているぜ」


 アキの頭上に突如として分厚い本が現れる。バタバタと漆黒の本が誰も触ってもいないのに宙に浮き、激しく羽ばたいていた。その異様なる本の真ん中には牙をゾロリと生やした口が開き、人の舌よりも一回り大きな舌がベロリと動く。どう見ても邪悪な魔本である。


「そうなのです。おやつでも食べながら、アキの愚痴を言うのですよ。そろそろあたちを主演とした幼女戦争劇をしても良いのです」


 よいせと、メイが打ち上げの残りのクッキーをポケットから取り出して、可愛らしいリスのようにコリコリと齧る。


「同じような話はあるよぅ」


「幼女たちが戦争をする劇があるのですか」


 ぽふんと煙が巻き起こり、魔本からおどおどとした顔つきの金髪サイドテールの幼女が現れてクッキーに手を伸ばす。幼女はあたちの独占だったと思ったのですよとメイが驚くが、みかん箱を喚びだしてニアは気にせず隠れた。名前はニア。アキの脚本を現実化するはた迷惑な地獄の住人2号である。


 他にも裏方の妖精たちがいるが、主な俳優たちはこの3人である。零細劇団だから仕方ないと言いたいが、3人は少なすぎる。どこの大学の同好会であろうか。


 ともあれ、たった3人でも強力な力を持つ地獄からやってきたチート持ち。一人は脚本、一人は幼女、一人は本化、たぶんチートスキル持ちな3人なので、劇を行うには充分なのである。


「あ〜。俳優がもう少し欲しい」


 充分ではなかったらしい。アキは欠伸をしながら新たなる団員を欲しがっていた。


「キグルミの役は渡さないのですよ」


「独占させてやるから安心しろよ」


 キグルミに命を懸けるメイにジト目を向けて肩をすくめるアキ。ガルルと子犬となって威嚇してきた幼女は安心して、クッキーを食べることに集中した。


 まぁ、劇団員がおっさん、キグルミ幼女、みかん箱幼女では新たなる劇をしようにも難しい。いくら天災たるアキでもできることに限界はあるのだ。主に資金的にだが。人材も欲しいのである。幼女ばかりだから当たり前だろうと、普通の人はツッコミを入れるに違いない。


 のんびりとざざぁんと波が浜辺に打ち付けられる様子を眺めて、アキはどうするかねと考える。現地人を雇うのはアウトだ。秘密がザルに注ぐ水のようにあっさりと漏れるだろう。


 となると、地獄の住人か妖精か、元の世界の人間しか選択肢はない。だが、こんな不便な世界に来る物好きなんているのかねぇ。地獄は現代地球と同等の技術力だ。苦しい生活に嫌気を指すに違いない。


「一応募集はかけておいたよぅ。初心者歓迎、アットホームな職場ですと」


「それはブラック企業の募集だろ。福利厚生や給与、賞与に触れないのは酷い企業の証明だ」


 そんな募集に引っかかるのは、素直で仕事をした経験のない人だけだ。


「ん〜、でも一人応募に来ているよぅ」


「採用だ」


 間髪入れずに採用するアキ。人材不足がわかるというものである。恐らくはミジンコが応募してきても採用するだろう。


「で、その一人はどこにいるんだね? いつ面接に来る?」


 来たら即座に契約だと、地獄の獄卒は目を光らせる。アットホームで初心者大歓迎の職場です。劇が終わったら打ち上げもやっています。


 福利のことを一切考慮に入れない団長である。まぁ、拠点もない同好会レベルなので仕方ないが。それを覚悟で皆は来ているのだ。ちなみに妖精たちはアルバイトを外でしています。零細劇団とは厳しいものなのだ。


「んと〜。あそこかな?」


 ちっこい手を箱から覗かせて、ニアが前方を指差す。広がる平原の片隅に岩に座ったローブ姿の人の姿があったのだった。




 馬車を止めて、アキたちは岩に座り込む人の側へと歩み寄る。アキはいつもの人の良さそうな笑顔でニコニコと両手をあげて大歓迎の意を示していた。穿った目で見ると悪人が相手を騙そうとする図である。


 フードをその顔に深く被って、顔が見えない相手だ。その傍らにふしくれだった木の杖が置いてある。魔術師なのだろうか。


「どうも、この旅は我が劇団に応募してくれてありがとうございます。零細劇団だがアットホームな職場だよ」


 先程、ブラックな言い回しだと非難していたおっさんは飄々と同じことを口にした。さすがは鉄の面をかぶるアキである。


 ちらりと岩に座る者はアキを見てきて、フッと覗かせる口元を微かに笑みに変える。


「団長さん、貴方は詰めが甘いようだね。逃した悪人は僕が倒しておいたけど、そんなに甘くてやっていけるのかね」


 少し高いソプラノがその口から漏れる。そして、ポイと手から何かを投げてくる。トスンと落ちたそれは指輪であった。


「ザモン。甘い貴方が逃した傭兵が持っていた『暗視』の魔術具さ。プレゼントするよ」


「ザモン………。私が逃してしまったあの男か。君が始末してくれたのか」


 厳しい表情になり、甘い男と言われたアキは苦虫を噛んだ顔になる。あの男はいつの間にか消えていたのだ。倒そうとしても見つけることができなかったのだと、悔しそうに握り拳を作る。


 フフンとその様子を見て、岩に座る者は嘲笑し、メイとニアはそもそも気にしていなかったんじゃと、甘い男アキをあんぐりと口を開けて見ていた。甘いんだよ、私は砂糖菓子より甘い男なのだ。


 甘い男アキは、くぅぅと悔しそうに表情を浮かべて、それでも感謝の言葉を告げる。


「ザモンの対処をしてくれてありがとう。助かった」


「脇役っぽいし、劇には関係ないから別に良いって言ってたのです」


「気のせいだ。私はザモンを追いかける気満々だった」


 メイのジト目をそよ風のように受け流して、目の前の人物をアキは眺める。と、岩から立ち上がり、フッと笑うとその人物はよろよろと歩き始めた。


 頭をさり気なく上げて、アキがどこにいるのか確認すると、ふらふらと近寄ってきて


「へぶっ」


 小石につまずいてコケた。ものの見事に顔から。


「痛っ! いったーい!」


 ざりっ、と痛そうな音を立ててコケて、ゴロゴロと転がる人物。


「フードを深くかぶりすぎなのですよ」


「前方を見ることは現実だとできないからな。だからハイエルフ時はベールをかぶっていたんだし」


「はわわ。ポーション。ポーションあげるよぅ」


「ありがとう」


 優しいニアが錠剤ポーションを手渡すと、転がるのをやめて、コキュンと飲んで仄かな光りに覆われた。どうやら思い切り顔を擦ったらしく、皮がめくれていたが、すぐに癒やされる。


「……コメディとかではよくある表現だが、リアルだと痛々しいな……」


「少女の顔が血塗れになるのですよ。たぶん放送コードに引っかかるのです」


 よくあるテンプレ。ドシな少女が顔からびたんとコケるシーン。実際にやるとかなりドン引きである。そうですねと、メイたちもコクコクと頷く中で、立ち上がって目の前の人物はローブの埃を恥ずかしそうにはたき落とす。


「あ〜。失礼。ちょっとふざけてしまったかな?」


「そういうことにしてやるから、自己紹介をしてくれ」


 咳払いをして誤魔化そうとする相手に多少ぞんざいな扱いとなるアキ。無能な働き者は最大の敵なのであるからして。この人物から危険な匂いを敏感に感じ取ったのである。


 フフンと胸を張ると、その人物はバッとローブを脱ごうとする。もちろん、バッと脱ぐことはできずに、顔やら腕に絡まってワタワタと慌て始めた。


「あうあう。あ、黒髪黒目の変装もポーションで解けた! 高かった幻影だったのに!」


「いいよいいよ、そのままで。今解いてやるから、自己紹介をしてくれ」


 ため息を吐きながら、アキが絡まっているローブを解いてやると、不満そうにぷっくりと頬を膨らませて、相手は口を開く。


「僕の名前は軍畑いくさばトオル。将来は知的俳優にして、世界一の魔術師になる者さ」


 ローブをとってやると、そこには赤毛のショートカットヘアー、僅かに耳が笹のように尖っており、きつそうな性格と思わせる多少釣り目の目をしており、勝ち気そうな顔つきだ。背丈は150程。分厚い布の服を着込み、腰にホルスターを付けている。銃が入っているのかと思いきや、メモ帳が入っているのがちらりと見えた。


 その醸し出す雰囲気は小動物が威嚇しているように見える。


「よろしくトオル。私の名前は闇澤アキだ。この劇団の団長をしている」


「あたちは時乃メイ。主演女優をしているのです」


「ニアだよぅ。脚本をしているんだよぅ」


 自己紹介を終えると、トオルはフフンと胸をそらす。


「これからは僕がこの劇団を引っ張ってあげよう。安心するんだね」


「自信ありそうで何よりだ。期待しよう。採用決定だ」


 ミジンコよりはマシだろうとアキは採用することにして、にこやかに手を差し出す。トオルもフフンと鼻を鳴らして、手を差し出そうとして、ふらふらとその手を彷徨わせた。握手を拒むというか、躊躇っている。なんとなく思いつくことがあるので、アキは嘆息し、とりあえずは良いかと手を引っ込めた。


「まぁ、良いか。では、トオル。まずはお願いだ」


「ふふん、早くも僕を頼るなんて仕方のない団長だね。わかった、言ってご覧?」


「さらしを巻くのはやめた方が良いぞ。大人になって絶対に後悔するから」


「へ?」


「さらしを巻いているだろ。ぎゅうぎゅうに巻いていると、形が崩れると昔聞いたことがあるんだ」


 アキが淡々と告げる言葉にトオルはみるみる内に熟れた林檎のような表情となり


「キャーーーー!」


 大声で恥ずかしそうに叫ぶのであった。新たなる団員は恥ずかしがり屋の僕っ娘のようである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  コメディ系統の劇団から、脱出ならず。  こうなるとアキが一人だけおっさんと言う立場だから、世間の目がドンドコ厳しいものに(((;゜Д゜)))
[良い点] ほう、男装僕っ娘ですか たいしたものですね サラシを巻いた僕っ娘はエネルギーの効率がきわめて高いらしく仕事直前に愛飲する読者もいるくらいです
[気になる点] >いくら"天災"たるアキでもできること 誤字かとも思いましたが 作者さんの意図した表現と解釈しました。 その場合、上記のように強調しておくと 誤解されずに済むと思いますよ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ