30話 その頃、王国はなのです
アダマス王国の王都『ブラックダイヤモンド』。その名前のとおり、王城は黒き城だ。遥かな昔、創造神ルーシズが建てたと言われる神代の城だ。女神であるルーシズが建てた城はどのような攻撃でも傷一つつかない。黒き宝石の光は神々しく、王家の威光を表していた。
壁や柱は金剛石のように硬く、いかなる物理攻撃も魔術でも傷一つつかず、猛暑であっても、極寒の寒さでも、城内は春のような室温で過ごしやすい。
それぞれの部屋には洗面台や水洗トイレが完備してあり、その水は尽きることはないし、汚水は流すと同時に浄化されて綺麗な水へと変わる。厨房には無限の水を生み出す蛇口に、温度を自由に変えることのできるコンロやオーブン、マナにより稼働している冷蔵庫から冷凍庫まで完備されている。
庭にある噴水も尽きることはなく、育てた花々は季節にかかわらず美しく咲き乱れる。生活に必要な物は完備しており、不死者や悪魔などは一歩でも立ち入ると浄化の炎に包まれてしまう。まさに神の作りし城であった。
ただ調度品や城門以外の扉などはなかったために、そこには人の手が入っていたが。そこは遥か昔に取り付け済みだ。
黒き城から伸びる上下水道により、人々は水に困らず、浄化されることにより汚水にも顔をしかめる必要もなく暮らしていた。百万という人口を抱える巨大都市として『ブラックダイヤモンド』は存在していた。
その黒き城内部、100人が軽く入れる体育館並みに広い謁見の間は贅沢にも毛足は短いが真っ赤な絨毯が敷き詰められている。なおかつ扉から玉座に続く床には金糸のみで織られて、耐久性の上がる魔法が付与されているきらびやかな絨毯が敷かれており、黄金で作られた玉座には王の威厳を示すようにクリスタルの窓から太陽の日差しが降り注いでいる。
その後ろには創造神である女神ルーシズが白き四角い石に座っている形の彫像が置かれている。これは元から置かれている物であり、やはり傷一つつけることはできない。彫像は白金に輝き、慈しみの笑みで宝石が嵌まった手の指を翳していた。神秘の力が明らかに一目見て分かる神像だ。
玉座に座る王は神の代行者たる者だと称している。この玉座に座る者は支配者だと、神に認められている証明なのだ。
そして現在玉座に座るのはアダマス王国のアダマス・ブラックダイヤモンド18世である。切り揃えた立派な顎髭に、鋭い肉食動物のような目つき、豪放磊落な猛将のような顔つきと、大柄な体躯は太っているのではなく、鍛え上げた筋肉の鎧だ。
その凶暴な顔で、玉座に座るアダマス王は面白そうに跪く若い男を眺めていた。
若い男は王に謁見をして、目の前で話していても、その眼光の鋭さに怯むこともなく、嘆くように話を続けている。謁見の間には、王の他にも壁際には多くの貴族たちが立ち並んでおり、注目しているにもかかわらず、緊張している様子もない。ただ、己の不甲斐なさを嘆くように話を続けている。
父親は不死を求める魔神教団の使徒を見つけることができずに、港湾都市を守れなかったために神の怒りを買い死んでしまったと。お涙頂戴な話だ。
若いのになかなか胆力があるなと、アダマス王は内心で褒めながらも、男が話を終えるのを待つ。しばらくして、男が息を吐いて話を終える。
「激戦の果てに我が父はなんとかラルグスを捕縛。魔神教団の使徒は、父の意志を継ぎ、私が殲滅致しました」
「それはご苦労であったな」
野太い声でアダマス王は若い男に労いの言葉を告げる。白々しい茶番だとわかっているが。若い男はアクアマリン侯爵だ。先代が溺死したために、嫡男が跡を継いだのである。
「ですが、港湾都市に大乱を巻き起こし、危うく他国の魔導船を破壊されたことにより、国際問題ともなるところでした。その責任を取り、王へと、そして王国へと、平に謝罪することと、謝罪の形として大金貨50万枚を国庫に納めたいと申し上げます」
若き侯爵は演技めいた態度で頭を下げる。大金貨50万枚と聞いて、貴族たちがざわめく。途方もない大金だ。それだけ侯爵が貯め込んでいたことも驚きだが、あっさりとそれを国庫に納めると言ったことも驚きであった。
「ふむ。殊勝な物言いだ。その謝罪を受け取ろう。なに、他国の抗議は気にすることはない。奴らが抗議をしてきた場合は魔導船は破壊されたことになる。その場合は、復活した魔導船は我が国が接収できる故な。他の船も気にすることはない。調査したところ、真っ黒な奴らばかりであったゆえ」
「王よ。我が国の魔導船はいかが致しますか? 破壊され、その残骸も回収は不可能でした」
壁際の王に一番近い場所に立っていた老人が手を挙げて発言をする。この国の宰相である。たしかに魔導船が失われたことは痛い。しかしそれをアダマス王は利用するつもりであった。都合が良い事柄でもあるからだ。
「魔導船の建造に侯爵から受け取った金を使用する。指揮は余自らがとろう」
重々しい声音の返答に宰相はハハッと答えて後ろに下がる。大金貨50万枚を使用すればたしかに新たなる魔導船を建造できる。3隻は建造できるのであるからして。
それを一隻のみ建造するのに使用する。それが示す意味は、残りの金は王が懐に納めると言うわけだ。
アダマス王は金が手に入り、しかも膨れ上がる財力を持つ侯爵から金貨を分捕れた。港湾都市を支配する侯爵は昔からその力を弱体化させたかったのだ。転封も考えたが、港湾都市の支配者となるとそれなりの家格が必要だ。他の高位貴族にまかせたくはなかったのである。王の直轄領とすると貴族たちはやかましく非難の声をあげることは容易に想像できたゆえに。
なので、ここで港湾都市の騒動は手打ちである。先代の侯爵が死んだことも都合が良かった。
アダマス王は自身は神に愛されていると内心でほくそ笑む。王家はなんの瑕疵もつかない。それであるのに大金が手に入り、邪魔な侯爵を弱体化させたのだから。
「さて、この話はここまで。次の話こそ、これからの王国の未来を担う重要な案件だ」
頬杖をつき、アダマス王は威厳ある声音で侯爵を見て、次いで周りの貴族たちを見渡して告げる。そのとおりだと、貴族たちは口を閉じて頷く。
「マーブリ、前へ」
ハッ、と貴族たちの中からローブを着込んだエルフが歩み出てくる。次席宮廷魔術師の老エルフマーブリだ。王の前へと来ると頭を下げる。鷹揚に片手を挙げてアダマス王は頭を上げるように命じた。
「カリブディスという化け物を倒す際に貴様が出会ったエルフ。たしかハイエルフと言ったか。間違いないのか?」
「はい。全てのエルフは金髪です。精霊の血を継いでいるならば緑色。白銀の髪はおりませぬ」
「変装の魔術を使用していた可能性はあるのか?」
「たしかにその可能性は否定できませぬな。しかし神を降臨させた腕前から、ハイエルフとカリブディスが呼んだことからも間違いないかと」
マーブリの言葉に、ふむとアダマス王は考え込む。たしかに髪の色は変えられても、神を降臨させることは力のない者には不可能だ。神が降臨するなどと、この国はおろか、他国でも聞いたことがない。それこそお伽噺の中の話だ。この国を建国した王はかつて創造神ルーシズを召喚したと言われているが、正直眉唾ものである。
「その者を配下に是非加えたい。我が国の貴族に列しても良い」
神を降臨できる魔術師など、逃すわけにはいかない。それだけの腕前ならば、一軍に匹敵する力の持ち主。自国で抱え込めば、強力な切り札になる。しかして、他国が抱え込めば脅威だ。
今や吟遊詩人はこぞって、神話の戦いが再現されたと歌っている。締め括りは、港湾都市は平和となりました、で終わる。
だが現実はそうはいかない。連綿と続くのである。神話の怪物を倒した英雄はどこともしれぬところに消えましたを国としては素直に頷くことなどできないのだ。
「ハイエルフは伝説によると老いることなく、永遠を生きると言われております。しかしながら、その存在を見た者は誰もおりませぬ。儂もこの歳になって初めて見ましたゆえ」
「どこに住んでいるのかもわからぬか? ハイエルフならば、森と共に生きているのではないか? 誰か心当たりはおらぬのか?」
困ったように顎を擦りながらマーブリが答えるのを聞き、まぁ、そうだろうなとアダマス王も思いながらも尋ねる。たしかにハイエルフなどがいたら、どこかで噂になるはずだ。しかし、そんな噂は聞いたこともない。
「大神官。そなたは聞いたことはないか? 神々の代行者と名乗っていたらしいぞ」
壁際で金糸銀糸をふんだんに使っている豪奢な法衣を着込んでいる太った男に尋ねる。エルフが知らなくとも神官ならば聞いたことがあるのではと思いながら。
「王よ。私たちもその話を聞いて驚いております。神々の代行者を耳にしたことはありませんので。ですので、『神託』の魔術を行使しました」
大神官の本気が分かる発言だ。『神託』は大掛かりな儀式が必要であるために、滅多に行わない。なにしろ多くの高位神官が祈りを捧げて、聖杯を宝石で満たしてようやく返答があるのだ。ちなみに神託が終わると聖杯の宝石は消えてなくなる。それも滅多に『神託』を行えない理由の一つだ。
「で、神託はどうであった?」
だが、神託は嘘はつかない。絶対の情報のために、アダマス王は身を乗り出して、返答を待つ。
「私共の問いは『ハイエルフの神々の代行者はいるでしょうか』でした。返答は『いる』でした」
たった一言の返答だったらしいが、やはりいるようだとアダマス王は驚く。半信半疑であったのだ。だが神の言葉は絶対であり、このことについて、神官が偽りを言う訳はない。神官が神託について偽りを述べれば、神罰として、神聖魔術を使用できなくなる。神託を使用できるほどの高位の神官にとっては、それは致命的なことであるからだ。
「その居場所まではわからぬか」
「はい、陛下。神託は真実を告げますが、居場所となると移動された場合は無駄になります」
「そうか。……良し、それでは皆に告げる。ハイエルフと思わしき少女を探すのだ。見つけた者には、大金貨10万枚を褒賞とする」
少しだけ考えたあとにアダマス王は立ち上がり、手を振って貴族たちに指示を出した。大金貨10万枚という巨額の褒賞を餌にして。
「ハハッ」
皆が頭を下げて、探すことに決意する。その目は爛々とぎらつき肉食動物のように光らせていた。
「他国も恐らくは探しているはずだ。良いか? 絶対に遅れをとってはならんぞ!」
そうして市井にもハイエルフ捕縛令が出されて、皆は目の色を変えて探すのだが……。
偽物ばかりで本物は杳として知れず、その姿を見つける者はいなかった。
活動報告にて更新頻度について記載しました。