28話 第一回打ち上げなのです
アダマス王国の王都『ブラックダイヤモンド』と港湾都市『アクアマリン』を繋ぐ大森林内の裏街道。森林を迂回すれば2週間はかかるために、後ろ暗い仕事か、時間が必要な商人が危険を犯して使う裏道。
広大な大森林が存在し、幾度となく森林を開拓しようとする人間たちを跳ね除けてきた魔の森。魔物はもちろんのこと、精霊力が満ち溢れているために、開拓をしようと木々を切り倒しても、すぐに若芽が、続いて若木が、最後に柔らかい若芽を食べに凶悪な戦闘力を持つ魔物が現れるために、開拓が不可能な魔の森。
人間といえば、裏街道を使う商人たちを狙う山賊か、犯罪を犯して隠れ住もうとする者たちのみ。そんな山賊たちも魔物に襲われて餌となるために拠点とはしない魔の森に聳え立つ小高い山の山頂。
夜の帳が落ちてきて、既に光は空に小さく輝く星と月のみ。そのはずであるのに、山頂には灯りが見えた。篝火だろうか、人がいるのは明らかだ。
この危険な森の山頂で篝火など命知らずも程がある。山賊であろうか。裏街道を使う者たちは、遠く離れた山頂に輝く明かりを見て、何者だろうが、関わり合いにはなりたくないと、忘れることにするのであった。
そんな命知らずな行動をとっている者は誰かというと、もちろんのこと零細劇団の団長にして脚本家、なんだったら、男女両方の主演もできる変身スキル付きの闇澤アキである。あまり変身スキルを使うと副作用として、おっさんいらね、ハイエルフたん希望とか、そろそろおっさん祓いを雇おうとか、劇の視聴者からはコメントが入るだろう。
そんな恐ろしい副作用を持つスキル持ちのアキは山頂の岩肌を背にしてもたれかかり、今夜は打ち上げだと、ふふふとダンディに笑っていた。
篝火というか、LEDライトの強力な光により、辺りを照らし、仲間たちがバーベキューをやっていた。ガスボンベ式バーベキューコンロの熱した鉄板の上に肉やら野菜やらをたっぷりと乗せて、ジュージューと焼いている。テーブルにはお酒やジュースなども置いてある。
「お肉〜、お肉なのですよ〜」
幼女のメイが鼻歌を口ずさみながら、紙のお皿にジュージューと焼けたお肉を乗せて、パクパクと食べている。お肉、椎茸、長ねぎ、椎茸と食べている。
「肉厚の椎茸は丸焼きが最高なのですよ」
焼肉のたれに椎茸をべたべたとつけて、幼女はちっこいお口をめいいっぱい開けて、モキュモキュと。
「なぁ、幼女の前は何歳だったんだ?」
椎茸の方が好きとか子供っぽくないだろと、アキがジト目で見つめると、プンプンと頬を膨らませて、メイは怒った顔になる。
「あたちは幼女ですよ。幼女スキルを手に入れると、どんどん精神も幼女化するので幼女で間違いないのです」
プシューと、ノンアルコールビールを開けて、小柄な体を伸ばしてグビグビと飲むメイ。どこからどう見ても幼女である。ブハァと美味いと泡だらけの口をちっこい手で拭う。どこからどう見ても幼女であると言えよう。次はノンアルコール日本酒を飲むのですとグラスにノンアルコール日本酒を注いでいた。
ノンアルコールとつけておけば、幼女でも飲めるのだ。なので、メイが飲んでいるのは全てノンアルコール飲料です。
「乙女には秘密があるんだよぅ」
みかん箱がガタガタと揺れて、ニアが小さな手を出してバーベキューの肉をゲットする。器用に肉を取る様子にアキは感心してしまう。
「まぁ、いいんじゃない? 転職は自由だし」
「そうそう。私たちも好きで工作しているんだしね」
「物作りは楽しいし」
「これからよろしくね」
裁縫の小人改め、4人の工作小人ズ。零細劇団に入ってくれた新たなる劇団員だ。俳優ではなく、裏方さんたちである。50センチ程の小人たちは宙に浮いて、バーベキューを食べている。オフでは仕事の時とは違い、ほんわかとして可愛らしく小人っぽい。
「まぁ、俺らも仕事があまりない零細店だから、助かるってもんよ」
黒の作業服を着込んだ光源妖精のおっさんが、ヒョイヒョイと肉ばかりをとって口に忙しなく運んでいる。久しぶりの肉だぜと、喜んでいた。あまり儲かっていなかったらしい。名前は源さんである。
「なぁ、幼女って職業なのか?」
「え? 当たり前でしょ?」
アキのジト目の質問に、当然でしょと、妖精たちはキョトンとした顔で見てくる。どうやらアキの常識が違ったらしい。幼女は職業だったのか。
「奏でまーす」
「おー!」
「鳴らしちゃうよ〜」
パプゥと音楽を鳴らして、パーンの少女たちが肉を食べている。肉ばっか大人気である。こいつら、元は精霊じゃないなと、アキは勘付いたが、転職は自由だよなと考えるのを止めた。
劇団員は、裏方ばかり多くなったが、そんなもんであろう。縁の下の力持ちがいなくては、劇はできないのだ。
「ともあれ、ようやく劇団として行動できるようになったわけだ」
アキも焼けた肉をとって食べながら、ニヤリと笑う。遂に見習いから昇格したのだ。自前の劇団を持てたのだ。一国一城の主となったことが嬉しい。
「それじゃ、最後のエピローグの結果と合わせて、記載するよぅ」
オレンジジュースのペットボトルからみかん箱幼女がコップにトトトとジュースを注ぎながら伝えてくる。ジャジャーンと手を振る。
『港湾都市エピローグ』
『売り上げ決算:プラス100万GP』
『人件費:工作妖精ズ、光源妖精:合計金額マイナス60万GP』
『救済の船:名声プラス1000』
『打ち上げ費用:10万GP』
『純利益:30万GP※100GP以下は手数料として、ニアが徴収させてもらいます』
7級に上がったために、光源妖精も雇用金額の桁が上がった。魔法のライトの機器がレベルアップしたためである。もちろんのこと、工作妖精ズの雇用金額も上がった。
最後は気合を入れたのだ。あの光量は素晴らしい見世物だった。
「劇団員となったことで、妖精さんたちも同じようにレベルアップするようになったんだよぅ」
「裏方として頑張って欲しい。……だが最後は大変だったな」
そうなのだ。劇団員補正が入り、レベルアップするようなった妖精たちである。その妖精たちと一緒に船の修復をしたのだが、大変だったとアキはしみじみと言う。
「情報収集で悪人の船を選んで、他の船の修復素材にしたのはいいが……デスマーチだったな。それにしても、錬金術は想像を絶する力だ」
この一週間、ハルとなって錬金術で船を修復していったのだ。素材はたっぷりとあるとはいえ、まさか50隻近くの船を全て修復できるとは思わなかった。
「俺たちも頑張ったぞ!」
「いつもデスマーチ!」
「すまない。君たちの助けがあってこそだ」
怒るふりをする工作小人たちへと頭下げながらも、ハルの性能は予想よりも遥かに凄いものだという認識は変わらない。竜骨が割れた魔導船。魔法合金でできている大破した船を手を翳すと、時間はかかったが、修復できたのだから。
「4級の錬金術って、人外の力だと思うんだが?」
どう考えてもおかしいレベルだ。あり得なくないか? ちょっとこの世界の4級はおかしくないか?
「地獄に格納されているデータベースは、この世界だけじゃないんだよぅ。錬金術が進んだ世界の4級の知識もあるのかもぅ」
「聞かなかったことにしておく。さ、次を表示してくれ」
ニアよ。そういうことは初めに言ってくれ。失伝ってレベルじゃなかった。どうりで妖精縫製なども、素晴らしすぎる出来のはずだ。もっとも技術の進んだ世界の4級なんだろ。効率的な技や、マナの消耗を抑える技術、革新的な錬金術があるに違いない。もはや、他人の前で錬金術は使えないことが判明した。
きっとハルの錬金術を見たら、国は絶対に確保しようとするだろう。ポーションが錠剤の形の点でおかしいと思ったのだ。なにしろ、普通はまずそうな草団子の形だからな。中世時代に現代の薬を持ってきたようなものだ。
聞かなかったことにしようと、おっさんは決意して酒を飲む。久しぶりのビールだ。キンキンに冷えていて美味い。エチュードって、本当に便利で助かります。
「それにしても、悪人の船は復活させないとか、アキは上手く考えたのです。義賊と同じ方法ですよ」
「まぁ、悪人の船の残骸はかなり残ったな。魔導船の残骸は分解してインゴットにしておくつもりだ。行商人の偽装をしなくてはなるまいし」
「皮肉にまったく堪えないのはさすがなのです」
悪人の船は復活させない。正義の女神エレメンタルとしては当たり前だ。善人の船の修復用素材が必要だったし。その際に少し余ったが、それはハルへの手数料だ。まったく問題はない。
飄々とアキは答える。義賊とは照れるねと。義賊、即ちそのやり方は民衆に盗んだ金子を少しばら撒き味方につけて、己のポケットに残りを入れる正義の盗賊である。アキに極めて相応しいと言えよう。
「足がつかないように気をつけるんだよぅ。で、これが皆のステータスぅ」
みかん箱がガタガタ揺れると、それぞれのステータスが表記された。
闇澤アキ
人間 男
戦闘力:150
保有マナ:100
職業:零細劇団団長
資格:劇作家7級、獄卒5級
固有スキル:変身(固定)、リアリティエチュード7級、獄卒法5級、状態異常大耐性、多言語読解
光澤ハル
ハイエルフ 女
戦闘力:150
保有マナ:1000
職業:美少女錬金術師
資格:錬金術師4級
固有スキル:ハイクオリティ錬金術4級、亜空間ポーチ、状態異常無効
時乃 メイ
人間? 幼女
戦闘力:5?
保有マナ:100
職業:幼女劇団員
資格:女優7級
固有スキル:変身(幼女固定)、運命のダイス、状態異常無効、言語読解、万能キグルミ7級
ニア
妖精 女
戦闘力:368
保有マナ:3/2/1
職業:脚本
資格:魔術師7級
固有スキル:魔本化、召喚、リアリティブック、状態異常無効、魔術7級、無限みかん箱
「少し表記が変わっているな。戦闘力ってなんだ? それとニアの保有マナの表記おかしくないか?」
「劇の視聴者から戦闘力を表記してくれとコメントが多かったんだよぅ。それと、ニアのマナは回数制」
「あぁ、7級は一回魔術が使えるのか。どこの魔術師風ゲームだよ、まったく」
懐かしい表記だとアキは苦笑してしまう。魔術を使用できる回数が決まっているとは、懐かしいが弱くないか?
「一般人の戦闘力は10、傭兵は20、新米騎士は100だよぅ。それと、回数制限の魔術だから」
ニアが話を続けるなかで、草むらからコボルドたちがバーベキューの匂いに釣られて飛び出してきた。
「ぐるぁ!」
よだれを垂らし襲いかかってくるコボルドたちへと、ニアは指を向ける。
『ライトニング』
ポツリと可愛らしい小鳥のような呟きが聞こえ、周囲一帯に落雷が雨のように降り注ぐ。雷は正確にコボルドたち全てを貫いて、あっという間に黒焦げにした。森へと雷は降り注ぎ、なにやら悲鳴も聞こえてきたので、他のコボルドたちも倒された模様。壮絶なる威力である。天雷とかそんな名前の方が相応しい気がするのは気のせいかな?
「その分強力だよぅ。今のはグループ攻撃のライトニング、魔術8級」
「……そういや、あのゲームの魔術は全部一撃必殺の威力だったな。それにしてもグループ攻撃とか、酷すぎる魔術だ」
ライトニングには見えなかったニアの魔術である。回数制限ありだとはいえ、凶悪だった。たしかに同レベルの魔物とか、全て一撃で倒せるから、魔術師は凶悪だったんだよなぁと遠い目をするアキである。全体攻撃は最高レベルでしか存在しなかったら使用できなかったな、たしか。少し安心してしまうのは仕方ないだろう。
「まぁ、良いか。今日は食べて飲んで騒ごう! そして、明日からは王都だ! これからよろしく頼む」
「おー! あたちに任せるのです」
「わかったんだよぅ」
「私たちも頑張るよ〜!」
皆が手を掲げて、唱和して、ワイワイとバーベキューを楽しみ夜は更けていくのであった。