26話 精霊神エレメンタルなのですよ
エレメンタルとカリブディスの神話の戦いを人々は見守っていた。なんだか、パンチしかしていないようにも見えるが、唯一の救世主だ。ひたすらパンチしかしていないので、もう少し派手な戦いが良かったような気がするが、それでも巨人同士の戦闘は大迫力だ。
「頑張ってくれ、エレメンタル!」
「頼んだぞ、エレメンタル」
「滅びよ、カリブディス!」
わぁわぁと声をあげて、人々がその勇姿を見て、エレメンタルを応援する。
『ウォォォォォォォォォォ』
カリブディスが地の底から響くような咆哮をあげて、エレメンタルに食いつく。エレメンタルを危険な敵だと悟り、周囲全ての触手がエレメンタルに向かう。
コックピット内で、ハルはニヤリと笑い、ニアへと振り返る。
「ニア、水のカーテンだ!」
『あいよぉ、お前ら、水の鎧だ!』
ニアの念話に偽精霊王たちはコクリと頷く。
『らじゃ!』
『みんな、水の鎧だ〜』
『おー!』
融合していた水の下級精霊は息を合わせて、『水の鎧』を発動する。外から見ると、周囲を漂う水の精霊王がその前に立ちはだかり、手を翳していた。
『清浄なる水壁』
城壁のような高さと広さを持つ透明な水の壁が生み出されて、触手は全て阻まれて溶けていく。水の障壁は強力で、触手による激しい攻撃を防ぎ、破れることはない。実際はただの『水の鎧』だが、数百人の下級精霊が使用するので、上級魔法に見える。
あれだけ強力な触手を防ぐ精霊王たち。その間にエレメンタルはカリブディスに繰り返しパンチを繰り出し、着実にダメージを与えていく。
「ウォォォォォォォォォォ」
咆哮をあげて、カリブディスは必死になって抵抗するが、その攻撃は精霊神エレメンタルの体に触れることもできずに溶けていく。
ドロドロと溶けていくカリブディス。パンチしか出さないので、見栄えが悪い神話の戦闘。いや、壮絶なる戦闘。
グネグネと体を揺らし、カリブディスはその動きをどんどん鈍くしていく。中身はただの泥スライムの群体だ。巨体での水の鎧で覆ったパンチに耐えられない。火にあぶられる発泡スチロールのように簡単に溶けていく。
『ハル! 敵の核が見えたぞ』
ニアがなにかを見つけて叫ぶ。ハイエルフの少女はレバーを握りながら目を凝らすと、泥スライムの中に赤い粘体が見えた。菌糸のように広がって、泥スライムに侵食しているが、水晶のような核が脈動して、その中心にいるのが見えた。
ハルは花咲くような笑みを浮かべて、レバーを引く。
「貰った! 精霊たちよ、最後の仕事だ!」
『お〜!』
精霊たちは、のりのりで掛け声を上げる。
精霊神エレメンタルはトドメと手を翳して力を込める。
『集え、精霊王よ』
『精霊神の槍』
その思念が辺りの人々に響く。そして、精霊王たちがその指示に従い、エレメンタルの手に集まっていく。精霊王たちはその姿を変え、膨大なる水の精霊力を集めただろうその塊はエレメンタルを上回る長さの水の槍へと変形した。
実際は水の下級精霊たちの集まりだが、400体の下級精霊たちと、酔っ払い精霊たちも面白そうだと融合して槍の姿へと変わったのだが。
だが、その見かけは素晴らしい。巨大で内包する膨大なるマナを辺りの生き物に感じさせ、否が応でもその強力そうな力を感じさせた。
『私達を使え、エレメンタル!』
『キャー、たのしー!』
『あなたに力をー』
『ハイパーマナ力切りだー!』
精霊たちはキャーキャーと大喜びだ。後からきっとこの劇のボックスを買ってくれるだろう。地獄の言葉でなければ、エルフにおかしいと思われてしまうところである。
「ログインボーナス、アクアランス! 最終なんとか許可なのですよ」
あたちもあたちも目立ちたいと、メイがフンフンと鼻息荒く、両手をぶんぶん振って、わけわからないセリフを言う。興奮しすぎて、幼女言語になったらしい。
「私に任せろ!」
白銀の髪をたなびかせて、ハルものりのりでコンソールのボタンを押して、レバーを押す。トドメの一撃だ。
槍の圧倒的な力を感じて、カリブディスは慌てて逃げようと身体を沈めようとするが遅かった。
水の槍を構えて、精霊神エレメンタルはカリブディスに必殺の技を繰り出す。
『水神超斬撃アクアドライバー!』
必殺のかけ声をエレメンタルは叫び、槍を構えてカリブディスへと猛然と突き出す。山のようなカリブディスの体躯は神の槍により、あっさりと貫かれて、大きく歪む。
『ウォォォォォォォォォォ、ま、まさかこのカリブディスが敗れるとはっ』
斬撃なんだか、突きなのかよくわからない必殺技は、カリブディスの体内で水へと変わり、駆け巡る。僅かな魔力のダメージを与えながら。
カリブディスは断末魔をあげるのであった。
薄く広く水の精霊たちは流れていき、カリブディスの身体を全て流すのであった。周囲一帯の泥スライムは、水の鎧をその身に覆う水の精霊たちが辺りへと広がりダメージを与えていったために、バタバタと死んでいき、どす黒い赤い体色は元の泥の色へと変わっていく。
そうして、全ての泥スライムが死に、エレメンタルは泥スライムの混じる水の中へと沈んでいく。
『人間たちよ、カリブディスは滅びました。だが、この世にはあなたたちの想像もつかない者たちがいます。気をつけることですね』
厳かな声音で告げて、手を振るエレメンタル。騎士たちは水の中に沈んでいくエレメンタルを見て、そして、立っている肉塊が沈んで行くことに気づき、慌てて逃げて埠頭へと登る。
そうして皆が埠頭へと登るのと、ほぼ同時にエレメンタルは消えていき、光の柱が立ち昇り、その姿を消す。光の柱が消えていくと同時に、カリブディスの死骸も消えていき、やがて綺麗な海面が戻ってくるのであった。
消えていくエレメンタルの中から少女の手が伸びて、その死骸と砕けた船の残骸も亜空間ポーチに仕舞いこんだりもしていた。赤潮スライムキングの死骸として、全てを一つのアイテムとして認識されたからである。
そのため、海面を覆っていた泥スライムは全て仕舞えた。その身体に取り込んでいた魔導船の貴重なる残骸も魔導具も全て。亜空間ポーチは無限の広さを持つらしいことが判明した。
そんなことは知らない人々は、美しい海が戻り、黒雲が晴れ、日差しがさしてきたことに、その感動的な光景に喝采をあげる。
「精霊神エレメンタル様バンザーイ!」
騎士の一人が両手を掲げて、感謝の意を示す。
「精霊神に祈りを!」
涙混じりに、逃げずに様子を見ていた女性が涙を流し跪く。あの怪物が埠頭から這い出してきていたら、自分たちは死んでいた。
たとえ避難ができても、家が潰されれば、財産を無くし、一環の終わりだ。金のない難民を助けてくれるもの好きなものなどはいない。
「精霊神エレメンタル……。王都に急ぎ戻って調べねば」
老エルフは険しい顔つきで、海の中に消えていったエレメンタルが再び現れないかと睨んでいた。
「ゲホゲホ。師よ、助けてくださいよ。死ぬかと思いました」
ずぶ濡れで、若いエルフが咳き込みながら埠頭に這い上がってくる。触手の攻撃を受けても耐えられた模様。見ると、次々と埠頭に人々が這い上がってきていた。魔導船の乗組員は騎士であり、その身体は頑強だ。いや、魔導船だけではない。魔物が徘徊する海上では、戦えなければ話にならない。普通の船乗りたちもなんとか生きていたようで、這い上がってきていた。
死人もたしかに出ただろうが、予想よりも少ないだろう。人的被害は極めて少なかった。
それが良いことか、悪いことかはわからないが。
なにしろ、船の残骸は欠片もなく、綺麗な水面だ。助かった船は沖合いに停泊していた船だけだ。流された積み荷はずぶ濡れで、一文なしとなってしまった。命が助かったと感謝をすることは船長は難しいかもしれない。船乗りも新たな雇い主が見つかるか難しいだろう。
だが、今だけは奇跡の目撃者として、命が助かったことに感謝するのであった。
人々が喝采をあげて、消えていったエレメンタルに感謝の念を送る中で、端の方でおっさんと幼女が這い上がってきた。
「あ〜、酷い目にあったな」
「楽しかったのです。全てキグルミのお陰なのですよ」
変身を解除したアキは、頭に乗っていたワカメを剥がして海に捨てる。酷い目に遭ったと言いながらも、その顔は楽しそうである。
メイも満足そうな表情である。次はあたちが主役になりたいのですと呟いてもいた。
『ウハハ、ゲホゲホ。みかん箱に海水が入り込んだよぅ』
苦しげにニアが魔本をバタバタと羽ばたかせる。キグルミは役目が終わったら消えてしまったので、魔本に戻る前に海水が入り込んでしまったのである。
アキも髪の毛がべたべただ。海水のために気持ち悪い。服もべったりと肌にくっついて、歩きにくい。
「キグルミは大丈夫なのです。瞬間洗濯に、瞬間乾燥なのですよ」
「その機能、まさに万能だよな」
「キグルミとゲームコックピットはお気に入りなのです、へっくち」
ふふんと得意げにびしょ濡れ幼女は胸を張るが、寒いので、くしゃみをする。
「今回は疲れたな。グダグダだった。まぁ、デビュー作だし、大目に見てもらおう」
ふぅ、と少し疲れてため息をアキは吐く。もう少し見栄えの良い劇がしたかったのだ。パンチと槍だけではいまいちだった。
『ゲホゲホ。えっと、それでは結果発表〜』
まだ海水が残っているのか、咳き込みながらニアが今回の劇の結果を表示させる。
『精霊神エレメンタル対呪われし海魔カリブディス』
『売り上げ決算:プラス500万GP』
『人件費:下級水精霊400体、光源精霊1体、メイ:合計金額マイナス42万1000GP』
『幼女への投げ銭:プラス5万GP』
『エレメンタルへの投げ銭:プラス100万GP』
『ハルへの投げ銭:プラス50万GP』
『ピンゾロの罰:マイナス200万GP』
『怪物退治:名声プラス3000』
『純利益:412万9000GP※100GP以下は手数料として、ニアが徴収させてもらいます』
『名声が5000に達しました。劇作家がレベルアップしました。零細劇作家へと上がりました。全ての級が7級へと上がりました』
その結果を見て、アキは目を見張ってしまった。一気に資金の桁が変わったのだから無理もない。しかも7級だ。これで新米騎士レベルの俳優を雇用できる。あと、ハルへの投げ銭が幼女を上回ったが見ないことにした。それとイカサマダイスは使わない方が良いことも判明した。
「みたまえ。これが私の力だよ。自分の才能が怖いな」
さっきまで、グダグダだったなと文句を言っていたアキは手のひらを返して調子に乗った。ダンディに笑いを浮かべて腕を組む。
『7級の俳優はエキストラでも10万GPかかるけどな。それに、俳優にはそれなりの武具も渡さないとだぜ?』
「資金が貯まったとは全然思えない発言どーも。だがたしかにそのとおりだな。もう今回のような化け物はいないだろうし」
ニアの鋭いツッコミにジト目となってしまう。
「まぁ、良いか。とりあえずは7級にできることと、装備を整えるとするか。幸い、素材は大量にゲットできたしな」
デビュー作はうまくいった。デビュー作は失敗したとか夢を見たが、それは悪夢であるとアキは決めた。
「さて、それじゃまずは王都で拠点作りと行くとするか」
「王都に拠点を持つのです?」
「今なら破産した奴らが多いだろうから、市民権をこっそりと買えるだろ」
喜ぶ人々だが、後片付けは大変だ。特に金額的に。港湾都市は大混乱となるだろうことは間違いない。
次回作を考えながら、しばらくは地盤固めと行くかと、アキは幼女と魔本を従えて、埠頭から姿を消すのであった。