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エチュード 〜即興劇はお好きですか  作者: バッド
2幕 薬屋繁盛記なのです
25/52

25話 精霊の巫女なのです

 神話の世界より蘇りしカリブディス。絶望を齎す暴食の怪物を前に、騎士団は絶望し、老エルフたちもなす術もなかった。残るは一斉にカリブディスを攻撃し、その体積を少しでも削るのみと、悲壮な覚悟を決めていたのだが、突如としてコロコロと鈴を転がすような可愛らしい思念が皆に届き、思わず皆は周りを見渡した。


 そして気づく。埠頭にいつの間にか小柄な体躯の者が立っている。純白のローブは金糸に彩られて、本物と見紛うような生き生きとした木々の枝葉を刺繍されている。フードをかぶっており、その顔は純白のベールに覆われていてわからない。さらりと煌めく銀髪が腰まで伸びており、笹のような耳が頭から覗いている。


 エルフだとわかる。恐らくは少女だ。その声音から美少女だと思わせる者だ。先端に虹色に輝く宝石を付けた蒼き水晶の杖をその手に持ち、ただ立つだけで、その強力な存在感を見せていた。


『私は精霊神の巫女。カリブディスよ、神託によりあなたを滅しに来ました』


 その思念にカリブディスは反応した。触手を船や人々に絡みつかせて、まったく見ていないように見えたが、反応した。


『精霊神の巫女だと……! よもや、再び神々は我を封印に来たか!』


 その轟くような強烈なカリブディスの思念には、憎々しいと恨みを感じさせる。びったんびったんと、触手で船を叩き潰して、残骸を吸収するのに夢中な気もするが、カリブディスは反応した。


 なにやらこの怪物と、埠頭に立つエルフは因縁がありそうだと、その思念のやり取りから皆は理解する。


『いえ、カリブディス。今回は封印ではありません。神の慈悲は終わり、滅するようにとの神託です!』


 手に持つ強大なる魔力が籠もっているだろう杖を掲げて、エルフの少女は宣言し、


『我を滅するだと! 矮小なるハイエルフ如きが、不遜な物言いを。吸収して我の糧にしてくれるわ』


 カリブディスはその言葉に烈火の如き怒りを見せる。もしゃもしゃと魔導船の残骸を夢中になって食べているようにも見えるが、気のせいだろう。カリブディスの頭はどこに向いているかわからないが、たぶんエルフを向いている。


『そのとおりです。神の力を見よ、カリブディス!』


精霊神降臨コールエレメントゴッド


 少女が宣言するのと同時にその周辺に光の柱が聳え立つ。3メートル程度の光の柱が何本も立ち、少女を照らす。そうして、ピカリと閃光が走ったかと思うと、エルフの少女の足元からなにかが現れた。


 そのなにかはエルフを呑み込み、その姿を現す。


 人々は姿を現した者を仰ぎ見て、驚嘆する。


「おぉ!」


「なんだあれは?」


 騎士たちは戦うことを忘れて、現れた者に驚きの声をあげる。そこには聳え立つ巨人がいた。全長70メートルはある巨人の女性だ。純白のローブの上に蒼き鎧を身に着けて、羽飾りのついた兜を装備し、宝石のついた小手が雨空の中でも光りかがやいていた。


 いつの間にか雨は止み、雲の合間から日差しが女性を照らす。


 巨人の女性。明らかに神々に列せる者だろう姿を見て、その神々しさに人々は見惚れて、触手は気にせず、びたんびたんと人々を叩いていた。


 どこからか清い音色が、神の出現を祝う福音が聞こえてくる。


 巨人の女性は厳かに片手をあげて、カリブディスへと告げる。


『精霊神エレメンタルが貴方を裁きます。罪深き暴食のカリブディスよ』


『精霊神エレメンタルか! だが、我は負けぬぞ!』


 カリブディスは女神を脅威と感じて、触手を生やしエレメンタルに向かわせる。何本もの大木のような触手がエレメンタルを襲う。その動きは遅いが、巨大な触手は迫力がある。


 だが、エレメンタルは迫る触手を回避することもなく、悠然と立っていた。なぜ回避しないかと、人々が心配に思う。


 だが、すぐに回避しない理由を理解した。触手はエレメンタルの身体に命中すると、ジュ〜と音を立てて、泡立ち溶けていってしまった。全ての触手がエレメンタルに触れると同時に溶けていき、エレメンタルの女神たる力を見せつける。


「凄い!」


 騎士たちは握り拳を作り、神の力を目の当たりにして、喝采する。


「精霊神エレメンタルだと! 聞いたことがない。古の神々の一柱か!」


 マーブリはその強大なる力に目を見開き戦慄く。老エルフは様々な精霊を知り、神々の名前を知っている。だが、エレメンタルという女神の名前は知らなかった。


 驚くマーブリを前に、エレメンタルは厳かに口を開く。


『来たれ、精霊たちよ』


 その声と共に、エレメンタルの周囲に数多の水滴が生まれる。雨粒のようにエレメンタルの周りを舞うと、集まっていき、10メートルはある人型へと変わっていく。その数は30体近い。


 半透明の体の女性の姿だ。背中から水晶のような羽を生やす彫刻のような顔の美女たちである。


「おぉ……まさか精霊王たちか! それが30体だと!」


 1体召喚することも困難で、最高の精霊使いが全霊を傾けてようやく喚びだすことのできる精霊王。1体で嵐を巻き起こし、街を水没させることのできる水の精霊王が、30体。あり得ない光景にマーブリは圧倒されてしまう。


『エレメンタル』

『精霊神だ』

『いっしょにあそぶー』


 周囲に漂っていた酔っ払い精霊たちも、エレメンタルを見て、そのそばに集まっていく。


『おのれ、エレメンタル!』


 カリブディスがようやく危機が迫っていると気づき、猛然と触手による攻撃を始める。肉塊の表面は蠕き、森林のように無数の触手が生えて、エレメンタルを倒さんと、槍のように刺そうとし、絡みついて絞め殺そうとする。


 だが、全ては無駄であった。その攻撃はエレメンタルに触れると同時に溶けていき、異臭と煙を辺りに漂わすのみ。


『無駄です、カリブディス。神々の代行者たるこの私にあなたの力は通用しません』


 悠然とエレメンタルは歩き出す。カリブディスの身体にエレメンタルが踏み出すと、まるで氷のようにあっさりと溶けていく。


『おのれ、おのれ、おのれ〜!』


 気が狂ったように触手で攻撃を仕掛けるカリブディスだが、エレメンタルは痛痒も感じず、カリブディスが生やす頭へと迫るのであった。


 人々はその力に希望の光を持ち、神の戦いを固唾をのんで見守るのであった。




 精霊神エレメンタル。神々の代行者たる世界に秩序を齎す女神の体内にはコックピットがあった。240度モニターを持つコックピットだ。宙に浮いているように3つの座席があり、コンソールが取り付けられている。


「うふふ〜。スライム対策完璧すぎなのですよ〜」


 座席は前部に1席、後部左右に2席が取り付けられている。後部に座るメイがちっこい手で口元を押さえて、ふふふと得意げに笑っていた。


「『水の鎧』。触れた相手に追加ダメージ1しか与えられない初級魔術なのに、スライムたちはあっさりと倒されていくな。盲点というやつか」


 前部に座るアキが肩にかかる銀髪を鬱陶しげに払いながら言う。精霊神エレメンタルは周りに漂う精霊王から、9級魔術『水の鎧』を付与してもらっていた。


 そのため、エレメンタルは触れるとちこっと痛い存在となっていた。エレメンタルが痛い女性というわけではない。


 そして、脆弱なるスライムたちは、そのちこっとのダメージに耐えることができなかった。


「あの娘たち、とっても器用なのですぅ」


 残りの座席に座るサイドテールの金髪幼女がプルプルと震えながら言う。


「たしかにな。あそこまで見事に化けるとは思わなかった」


 ウンウンとアキは頷いて、そのルビーのような瞳を輝かせる。精霊王たちは、全て下級精霊たちだ。なけなしの40万GPを支払い、400体雇用したのである。そして、厳密には形を保たない水の精霊たちは融合し、精霊王に化けていた。


『暇つぶし〜』

『お小遣いだよね〜』

『何食べよっかな〜』


 精霊たちは、融合して精霊王のフリをするだけだ。楽ちんなお仕事だと大喜びである。


「あと、もう一つお願いしてあるのだから、頼むぞ」


 鈴を転がすような声で笹のような長く尖った耳をピコピコとアキは動かす。


「あたちの強運にも感謝するのです。大成功で3回もダイスを回したから、これだけ立派なキグルミとコックピットに変わったのです」


「そうだな。なぜか456しか目が無いように見えたダイスだったが」


「薄暗いところだったので、気のせいです」


 ふんすふんすと鼻息荒いメイに苦笑を浮かべてしまう。まぁ、これだけ巨大なるキグルミを用意できたのだ。文句は言うまい。


 薄暗い空き家にて、運命のダイスを振って、大成功をメイは繰り返し出した。なんだか、イカサマっぽいが、それでも3回も大成功を出したのだ。


 そのおかけで巨大なるキグルミ女神とコックピットを作り出すことができた。


「しかし、アキには呆れるのです。一人で全部の役をやろうと思っていたのです? 変身スキルまで手に入れて」


「劇団員はいないと思っていたからな。仕方ない選択肢だったんだ」


 桜のような色合いの唇を尖らせて、アキはむくれる。メイとニアが仲間になると知っていたら、他のスキルをとったのにと。


「ハイエルフの少女、似合っているのですよ、アキ」


「ぬかせ。私が姿を見せるわけにはいかなかったからな。仕方なかったんだ」


 クスクスと笑うメイにアキは嘆息混じりに、レバーを押す。ズシンズシンとエレメンタルが歩き、カリブディスの中心、赤潮スライムキングがある場所まで迫っていく。


 アキの今の姿は銀髪紅目のハイエルフの少女だった。女優がいないと困るよなと、変身スキルで手に入れた姿だ。こんな感じ。


光澤ハル  

ハイエルフ 女

保有マナ:1000

職業:美少女錬金術師

資格:錬金術師4級

固有スキル:ハイクオリティ錬金術4級、亜空間ポーチ、状態異常無効


「まぁ、劇で使うだけだ。別に気にしなくても良いだろ。念の為に名前はハルに改名しておいた」


 特に気にすることもないと言いながらも、かなり恥ずかしいおっさんである。あの時、変身スキルではなくて、女優が欲しいと願っておけばよかったのだと後悔している。悪魔のような美貌を持つハイエルフだ。彼女の叡智は役に立つが、表舞台に立つつもりはない。謎の少女扱いにしておくつもりだ。


「劇なら珍しいこともないです。それじゃその姿の時はハルと呼べば良いのです?」


「外でアキと呼ばれても困るからな。それでよろしく頼む。ニア、接敵するぞ!」


 メイの問いかけに答えながら、レバーを引く。


「任せろだよぅ」


 喚び出したみかん箱に隠れて、思念役のニアが気弱そうに答える。ニアはカリブディスとエレメンタルの両方の思念をやっていた。器用な幼女である。


 目の前には抵抗を続けるカリブディスの姿がある。吸収した残骸を弾丸のように放ってくるが、遅いし鈍い。その質量を耐えられる存在であれば、悠然と防げる。


 しかもキグルミは痛みを感じないのだ。僅かに衝撃で揺れるのみ。

 

「エレメンタルパンチだ!」


『エレメンタルぱぁぁんち!』


 エルフ娘の間はハルとなった少女は、レバーを押しエレメンタルにパンチを出させる。ニアがその動きに合わせて周囲に思念を送る。


 巨大な質量パンチは勢いよくカリブディスにぶつかりその身体を溶かす。


『グァァ! 負けぬぞエレメンタル』


『暴食のアギト』


 カリブディスがエレメンタルに食いつく。身体が溶けながらも、倒そうとするらしい。なお、カリブディス役ももちろんニアである。


『無駄な足掻きを!』


 ハルもその白魚のような手でバシバシとボタンを押す。弱パンチ、強パンチ、強パンチ。


 神と神話の怪物の戦いが繰り広げられ、世界の命運がどうなるか、人々は見つめるのであった。


 なお、エレメンタルは『歩く』『パンチ』『武器攻撃』しかできない。キグルミの級が低いので仕方ない。昔のアクションゲームキャラのような精霊神であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 怪獣VSウルトラ○ンみたいな戦いですな!そして、精霊王疑惑のある方も味方にいるので精霊神を名乗ってもちょっと盛ったというかミエはっただけで済むよね!
[気になる点] 不正はなかった [一言] 班長「ククク…カイジ⚫ん」 何を言うっ..!わしのイカサマは言うなら商売だ....!ただ奪ってるわけではない..........!おまえらだってテキトーに楽し…
[一言] これも一種のバ美肉だろうか・・・ いや、リアルだからリ美肉か
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