22話 飛び入り参加は迷惑なのですよ
埠頭は多くの騎士の咆哮が響き、金属鎧のガチャガチャと鳴る音がうるさく奏でていた。
「魔術にて対抗しろ!」
騎士隊長がその異様さを見て、恐怖から後退る。常ならば数多の魔物を倒してきた騎士隊長は戦闘において冷静沈着だ。恐怖から後退ることなどない。
しかしながら、目の前の敵は未知の魔物であり、まるで死者の国から這い出てきたような悍ましさを感じさせてきたのだ。まるで人間を恐怖させるために作られた魔物のように見えた。
表れた化け物は苔に覆われた人骨たちであった。苔を毛皮のように纏い、筋肉繊維の欠片を貼り付けた人骨が足を引きずるように近寄ってくる。
その手は生者を死に誘う恐ろしきものであり、触られたら生気を吸い取られて殺されるだろう力を感じさせてきた。
そのため、騎士たちは近接戦闘を嫌がり、魔法にて対抗しようとした。『生気吸収掌』などを使うゴーストたちと同じ対応をしようと考えたのだ。それは触られたら危険な魔物に対する常套手段であり、貴族から成る騎士たちは初級魔術ならば使用できる者は多い。
だが、騎士隊長が恐怖からか怒鳴り散らして指示を出しても、騎士たちは困ったように立ち尽くす。
「だ、駄目です隊長。魔術攻撃が水の精霊に当たれば大惨事となります」
見たこともない化け物の周囲には酔わせた水の精霊が浮かんでいた。酔っ払い精霊だが、傷つけたら、狂った精霊と同じように、怒り狂い攻撃をしてくるだろう。倒せるだろうが、大きな損害を覚悟しなくてはならない。
「くそっ。ならば近接戦闘だ!」
こんなことになるとはと、事情を知っている騎士隊長は歯噛みをするが、もはや後悔先に立たず。ラルグスは神話の化け物が現れたと騎士団長に話していたのを知っている。
とはいえ、ラルグスも半信半疑であった。そんな言い伝えは聞いたことはなく、傭兵たちを殺したらしい魔術師が魔物に変身したのは、幻影であったのだろうと推測されたためだ。
それはそうだろう。どのような攻撃も効かない化け物などいる訳はない。恐らくは腕の良い幻術師に傭兵たちは騙されたのだ。目的は不明だが、精霊を酔っ払いにさせることを防ごうとしたのだろうと。
まさか、本物が現れるとは、露とも思わなかった。
騎士隊長は己を奮い立たせて、自らの体内に眠るマナを活性化させて、身体強化を行う。
アキがその姿を見れば、騎士は平民と能力がかけ離れていると感心するだろう。だいたいの騎士は保有マナが100〜200。身体強化は1分で1消費するが、ステータスを本来の倍以上に変える驚異の魔術だ。継戦能力が高く、魔技を使用すれば平民出身の傭兵3人程度なら楽に勝てる力を持っていた。
前傾姿勢をとり、剣を構えて騎士隊長は突撃する。埠頭の硬い石畳がその力で浮き上がり、雨粒が弾ける。一気に化け物に肉薄した騎士隊長は、攻撃を繰り出す。魔力を帯びた魔鉄でできている幅広のブロードソードが雨粒を弾き、苔に身体を覆わせた化け物の胴体を切り裂く。
「おおっ! やったか!」
あっさりと切り裂いた騎士隊長の姿に騎士たちは喜びの声をあげて、すぐに青褪める。
分断された骨はゆっくりと繋がり、何事もなかったのように動き出したからだ。騎士隊長の攻撃は少しの痛痒も与えていなかった。
そのままズルリズルリと近づいてくる化け物。傭兵たちはここで戦意を失い殺されていった。だが、騎士隊長は違った。
「致し方あるまい!」
目を険しく変えて、騎士隊長は全力で戦闘することにした。それは必殺の切り札。使用すればマナを10は消耗する秘技。
『魔技 強撃』
触れれば砕け散るマナの技。岩を砕く強力な必殺技、鉄をも切り裂く魔技を放つ。
騎士隊長の剣は輝き、先程とまったく違う強力な力を持つ。その輝きを放つ剣にて、騎士隊長は再度化け物を切り裂く。マナによる一撃は化け物の体内を衝撃波として駆け巡り、爆発させた。
バラバラと、苔や人骨が砕けて周囲へと散らばっていく。しかし、先程と同じように再生するのではと、騎士たちは恐れとともにその死骸を眺め………煙を出すと消えていってしまった。まるで元から何もいなかったかのように、文字通り煙となってしまったのだ。
そして、その後を眺めても復活はしなかった。
「やった! やったぞ! 化け物は討ち取ったり! お前ら、魔技なら倒せる! 精霊に当たらないように気をつけて攻撃をせよ!」
「おおー!」
騎士団は300人あまりいる。たいして、化け物は200匹程度。楽勝だと、その手応えから悟り、得意げに騎士隊長は剣を翳し指示を出す。新米騎士でも数発は魔技を使用できる。これならばいけると、騎士たちは意気軒昂となり、化け物と戦いを繰り広げるのであった。
わぁわぁと騎士たちの戦意あふれる叫び声を聞いて、アキはうむうむと満足げに頷く。
「なかなかのオープニングだ」
アキは埠頭から少し離れた空き家の屋根に登って、騎士たちの活躍を見ていた。騎士たちは実際に戦えば敵はあまり強くないと知り、武勇伝になると思いながら泥スライムを倒している。
そりゃそうだろう。毎年精霊と戦うのでは視聴者は飽きがくる。映画は作っても2シリーズ目でやめておくべきなのだと、おっさんは考えていた。たまに2の方が傑作となるのだとの持論を持つアキは念話を送る。
『ライトアップお疲れ様。皆驚いているよ』
『良いバイトで、こちらも助かります。最近はライトアップはパッケージ魔法で簡単にできるって言う人が多くって。やっぱりライトアップは息のあった職人たちがやらないと。パッケージ魔法じゃ、みんな同じライトアップになるっての。個性がないだろ、個性が』
海から突き出している黒い光。魔法のライトアップ職人の光源の妖精が操って演出していたのである。
そのまま、最近はパッケージ化された魔法で簡単にできる自動化が増えて……と愚痴になりそうな雰囲気なので、適当に相槌を打っておく。妖精の世界も大変そうだ。だからこそ、安く雇えたのだが。
海中からの黒き光。もちろんアキの仕業だ。照明係を雇ったのだ。ライトアップ妖精は2万GP。魔法を使ってライトアップしてくれるのだ。
実際、禍々しい雰囲気を出してくれて、皆は驚いているぞと、ふふふとアキは笑っていた。あとはクライマックスだけだ。
『呪われしカリブディスの準備は大丈夫か?』
『大丈夫なのです。呪われしカリブ海の旅は万全なのですよ』
思念を送ると、ふんすふんすと興奮気味な幼女の思念が返ってきた。早くもボスキャラの名前を間違えているメイである。
『ツアー旅行にいくんじゃないからな、メイ。ふざけないでもらおうか。私のメジャーデビュー作だぞ? 金もかけているんだ。失敗はできないんだからな』
『名前が長すぎなのです。覚えられないので、もっと単純な名前にしておくべきなのです』
大事なデビューだそ、ふざけないでくれと、幼女にお願いするおっさんの図である。幼女に頼む時点で早くもだめな予感がするのは気のせいだろうか。
『ギャハハハ。任せろよ。俺がきっちり皆に思念を送るから』
魔本ニアが面白そうな感情を乗せて思念を送ってくる。ニアの能力『念話』。それは多くの人々に一方通行の思念を送れるという能力も持っていた。空飛ぶ騒音公害だと言えよう。
その能力を使い、無口なるカリブディスの音声を担当してくれる。
メイとニアはアキが金をかけて作り上げたアバターであるカリブディスに搭乗している。海中で今か今かと待機しているのだ。張りぼてなので、魔法攻撃を受けるとあっさりと倒されてしまうボスキャラである。
中身は前回のグラーゲンと同じ。外見は10メートルほどの背丈を持つ化け物であるが、姿格好も同じである。巨大なる魔物アバターのコックピットにはメイとニアが搭乗していた。巨大なるアバターを操るためのロボットを操作するようなコックピットらしい。
『泥スライムたちが全滅する前に出現するんだ』
『あまり大きくないし、弱いですよ?』
リーフがカリブディスの弱点を尋ねてくるが、それはわかっている。
『復活したてで力を回復していないことにする』
『貧乏劇団は大変だよなぁ。プハハ』
ありがちだとニアが笑う。たしかにあまり強そうではない。そこは残念だが金がないのだ、仕方ない。
『メイ。お前の演技にかかっている。頼んだぞ』
『任せてくださいなのです、時乃メイ、カンブリデス行きまーす』
白熱する埠頭での戦いに、まったくボスの名前を覚える気のない幼女類アホ科のメイはカリブディスを海中から発進させる。
今いるのはアバターカリブディスの内部。巨大なアバターはロボットのコックピットのように内部が変化しており、そこに搭乗する。脳波コントロールシステムで考えただけで操作できるシステムだが一応レバーとキーボード、フットペダルに各種スイッチがあり、マニュアルでも操作できるようになっている。
前面の小さな古ぼけたモニターは視界不良で、曇っていてヒビも入っているので、前が見にくい。よくよく見るとコックピットも古ぼけてレバーは外れそう、フットペダルは壊れそうだった。
格安巨大魔物を作るために、中古のまた中古のアバターコックピットを使っているのだ。魔本に巨大な魔物と書いたら、カタログが出現してきて、アキは少ない予算を考えて買い揃えたためである。これでも貧乏劇団にはぎりぎり、20万GPかかっているのだ。
だが、幼女には関係ない。古ぼけたコックピットでも、ロマンなのだ。古ぼけた感じがまた良いよねと、フンフンとメイは鼻息荒くホッペを興奮気味にリンゴのように紅潮させてレバーを引き脳波でコントロールした。
カリブディスはくねくねと身体を揺らしながら、音が鳴ると踊る花の玩具のように踊り、海中から浮かび上がろうとする。脳波コントロールシステムは幼女の思考を全て反映してしまうので、ソワソワとして集中できない幼女にはあまり相性が良くなかった。
しかも巨大なロボットを操作するような気分の幼女はかなりこの状況を楽しんでいた。ロマン、ロマンですよと、海面から顔を覗かせる。
埠頭では多くの騎士たちが、必死の形相で戦っていたが、少し楽しそうでもある。戦ってみれば、弱い魔物であり、水の精霊の茶番に飽きていたので、絶好の娯楽となったのだろう。
このままなら、一生ものの武勇伝を手に入れられそうである。騎士たちは身体能力も高く強化もしているし、いざとなれば魔技もある。敵は不気味だが、繰り出す触手は遅すぎる。盾で弾くと、剣を振るい泥スライムを斬る。
あまりダメージを与えられないので、魔技を発動する。
「神話の怪物よ、ここは抜かせんっ!」
『魔技 鋭刃剣』
その剣身に剃刀の様なマナを纏わせて、騎士は大きく振りかぶり、鋭い一撃を繰り出す。はァァァァ、と大声で叫び、決め顔で。
水の精霊との茶番で、すっかり見栄えの良い戦いを覚えた騎士たちである。弱くて楽な化け物相手だが、回避なども無駄な動きが多く、騎士の一人は回転して回避するが、間合いを間違えて海へと落ちていく。
素人視聴者参加型劇である。これは地獄ナンバーワンも間違いないと、メイはニヤリと幼女スマイルを作る。もちろん地獄幼女ナンバーワン映画だ。他に幼女映画はないだろうから、ナンバーワンで間違いない。
「なかなかアキもやるのです。幼女映画の主演にあたちを抜擢するとは」
アキには幼女を主演にしたつもりはないが、特撮キグルミを着ていても、メイが主演なのだ。
「ニア。呪われしカリブディスの叫びをあげるのです」
『了解だ。我こそは……ん? なんだ?』
格安邪神カリブディスを海上に浮かび上がらせようとして、足元がぐらりと揺れて2人は戸惑う。海中なので足元が揺らぐ事などないのに、まるで持ち上げられるようにカリブディスが浮かんでいくのだ。
「モニター。モニターには何が映っているのです? あぁっ! 安物はこれだから駄目なのです」
なにしろタブレットより少し大きい程度のカメラモニターが前面についているだけだ。足元がどうなっているのか、雨の中、濁っている海中を見通せる程性能は良くない。幼女はぺしぺしとカメラを叩くが、何が起こっているのか、まるでカメラは映さない。
そうしてカリブディスは海上へと浮上した。10メートルの大きさを持つ泥スライム改カリブディスが。それなりの大きさを持つ泥スライムが足元から持ち上げられて浮上した。
泥スライム改カリブディスが海水をざぁざぁと、身体から流しながら現れると、騎士団はぽかんと口を開けていた。
「な、なんだか後ろを見たら駄目なパターンだと思うです」
『奇遇だな。俺もだ………』
本来ならカリブディスを見て驚くシーンのはずだが、メイもニアも嫌な予感しかしなかった。なぜならば騎士たちはカリブディスではなく、その後方を見ているからだ。
メイはカリブディスを後ろに向ける。何があるのか見なければいけないだろうと。恐る恐ると後ろを向いたカリブディスのモニターに映るのは
「ウォォォォォォォォォォ」
おどろおどろしい声をあげる闇の底から這い出てきた化け物であった。モニターいっぱいに映り込み、その体躯がどれほど巨大かわからない。
漆黒の体躯には、腐った木材や石ころ、ヘドロのような藻を纏わせて、全体像もわからない化け物が現れていた。目鼻もなく、頭の部分は蠟燭が溶けたような怪物だ。どうやらこの怪物の身体の上に立っているとメイとニアは理解した。
「ぎゃー! 本物のカリブディスが現れたです!」
『ギャー、なんでこんな化け物がいるんだー!』
2人の悲鳴が轟き、本物らしい化け物は辺りを振動させるほどの咆哮をあげるのであった。