20話 ブランド化すると高値なのです
リーフを近所のおばちゃんや子供が囲んで、良い舞だったと褒めている。お世辞も入っているが、音楽は素晴らしかったし、最後の契約は幻想的であったので感動した模様。劇などは貴族や金持ちが見るものらしいから、物珍しいのだろう。子供などは目をキラッキラッさせて興奮気味だ。
「むむむ。この魔法陣を写しておくのだ」
「はっ! 了解しました師よ」
堂々と魔法陣を盗もうとするエルフたち。あんまりにも堂々としているので止める気はない。それに少女の姿はアキが選んだからであるし。普通は水滴型だ。
アクアンは劇に雇用する際に、リーフと契約する条件を付け加えておいたのだ。そこで応募してきたのが、アクアンである。閻魔コーポレーション所属のベテラン下級精霊。下級精霊はノルマが少ないから楽だよねと、中級精霊に近い力を持っているのに、中級精霊に上がらない怠け者である。
なので、この世界の精霊ではない。そのため少女姿の下級精霊を召喚するのは、ほとんど不可能だと思われる。なので、好きなように魔法陣を写してくれ。
老人エルフがアキへとズカズカと近寄って、険しい顔つきで声をかけてくる。
「あれはパーンであろう! パーンは下半身が羊の姿の、角笛を持った男の精霊のはず! なぜ少女の姿なのだ? どうして見たこともない楽器を手にしている?」
約1名電子ピアノを持ってやがるからな。なぜにこの世界に持ってきたのか、精霊の頭を覗いてやりたい。
しかし、全然違う姿なのに、パーンだとわかるのか。さすがはエルフだ。
『いや〜、雇用ありがとうございます。これで今月はなんとかなります』
『ありがとう、アキさん! これを契機にふわふわーずも名前が売れるといいんですけど』
『これからもよろしくお願いしますね』
『あぁ、機会があったら頼む。音楽が必要な場面は多いと思うからな』
パーンたちが売れないバンドのように、ペコペコ頭を下げて礼を言って地獄に帰っていく。なんというか、ファンタジーっぽくないよな、本当に。
「今のは精霊語ではないな! もしや神代の時代の精霊言語か! なぜそなたは知っている? どうして使いこなせるのだ? どうやってあのパーンたちと契約したのだ」
アキの肩を掴んで、ガクガクと揺さぶる老エルフ。危険なほどに興奮している。神代の言語って、たしかに地獄の言語は神代の言語だ。
「私もよくは知らないな。知り合いのエルフに教えてもらったのだ。私も簡単な挨拶程度しかわからない。私がパーンと契約した際も、契約儀式その他はエルフに手伝ってもらった」
冷たい声音で、片言で話せる程度なんだと、アキは誤魔化して返答をする。もはや、そのエルフはなんでも知っているかと思われる。エルフではなくて猫娘にした方が良かったか。
「そうか……そのエルフはどこにおる? 名前は? どの部族なのだ?」
「友人の個人情報を赤の他人に教えるわけにはいかないな」
個人情報の漏洩は罰則がつくんだよ。
「ぐぬぬ。たしかにそれほどの叡智の持ち主だ。そう簡単には教えることはできんか。で、いくらじゃ?」
そこで金の話をするあたり、まったくファンタジーのエルフっぽくない。この街の連中は本当に金、金、金だな。地球と全然変わらないじゃないか。
「信頼はお金では買えないのだよ。さて、リーフに精霊契約をした効果を見るとするか」
老エルフにお断りして、ダンディにポケットに手を入れて、リーフへと近づく。ここからが重要なのである。精霊契約はその過程だ。
「リーフ。ではやってみてくれ」
集まった人々を掻き分けて、リーフへと声をかける。ここからが本番だ。用意しておいた薬草を祭壇に置く。多少葉が萎れているひと束の薬草だ。だいたい大銅貨3枚程度。
「わかりました。では」
マナを手のひらに集中して、リーフは精霊魔術を行使する。
「アクアン。この薬草に加護を」
「はーい」
小さな精霊は元気よく手を挙げて、キラキラと水の粒を生み出し力を放つ。
『水精霊の加護』
薬草の束にアクアンの精霊魔術はかかり、その葉が青々と鮮やかに変わる。まるで採取したばかりのように、萎れていた葉もピンと伸びて艶々だ。仄かに緑の光も宿っており神秘的でもある。
「おお〜!」
周りで見ていた者たちが、その光景にどよめきをあげる。魔術などは見る機会の無い人々だ。
「たった今、薬草の束は水精霊の加護を受けし薬草となった。その効果は精霊の力が宿り上がることになった」
厳かにアキは手を振って周りへと告げる。その言葉に皆はなるほどと感心する。
「それじゃリーフちゃんの店の薬は他の店よりも効果が高いんだね」
「そのとおりだ」
だいたい効果は1.1倍になります。言うつもりはないが。
人々はざわめき、魔法の光を放つ薬草を眺める。確かに効きそうだと顔を見合わせて話し合っていた。
『詐欺なのです?』
『詐欺ではない。実際に効果は上がっているし、見た目も良い。プラシーボ効果もあるだろう』
もしゃもしゃ肉串を食べて、口元をソースでベタベタにしているメイがじっとりとした目で思念を送ってくるので、否定する。詐欺とはまったく人聞きの悪い。
これがリーフの店を繁盛させる策だ。エルフがハハァンとニヤニヤ笑っているので、その効果を知っているのだろう。だが、確かに効果は上がっているので、周りに嘘だとは言わないようだ。
安心感も違うだろうしな。やはり魔法の光を放つ薬草の方が効き目がありそうだ。詐欺ではない。パッケージを豪華にするのと同じ手段である。
リーフのマナ保有量はわからないが、通常の平民の人間は平均12〜15。リーフは精霊の血が混じっているから20〜か。9級の消費マナ10。8級となれば5に減少するが、とりあえずリーフは2回は加護が使えるはず。今はひと束だけだったが、1回で10束は加護をかけられる。
少し値段を上げても、魔法の薬草を皆が買いに来るだろうから、これからはリーフの店はそこそこ繁盛するだろう。
アクアンも10分程度の拘束で仕事が終わるから、ウハウハ。近所の皆も魔法の薬草が買えるようになるので喜ぶ。
私も劇の収入が入ってウハウハ。全員が幸せになる作戦だったのだ。
『狡猾なのです』
『まぁ、大銅貨1枚程度の値上げだ。値段が上がった方が有り難みがでるし問題はない』
これなら領主などから目をつけられることもない。そこまで良いスキルではないし、ずる賢い商法だと思うだけだ。
『ふっ。大岡裁きというやつだな。めでたしめでたし』
『大岡裁きって、意味がちげーだろ。ギャハハハ』
魔本ニアがケラケラと笑う。そうだっけと、首をひねりながらも、嬉しそうに近所の人々に再び囲まれるリーフを見つめる。これで、リーフの商売繁盛記は終わりだな。うむうむ。
『そうして、将来精霊薬師として、リーフは有名になるのだが、それはまた別の話』
『締めとしてはありきたりの終わり方なのです』
アキがエピローグを語ると、辛い採点をメアがつけてくる。
『こういう終わり方が1番良いんだ。リーフの劇はこれで終わりだとわかるからな』
これでリーフの元を去れる。後は知らない間にアキたちが去っていれば完璧だ。現実だと夜逃げに見える感じもするが、完璧だ。
「その前に片付けをしておくか」
劇の後は綺麗にしておかないと、次回に空き地を借りることができないからな。
そうして、学芸会は終わり、皆で片付けをする。まぁ、片付けるといっても、たいしたことはない。料理は残らなかったし、魔法陣を消して、テーブルを片付けるだけだ。
「ありがとうございます、アキさん。これでなんとかやっていけそうです」
テーブルを運びながら満面の笑みでリーフがお礼を言ってくる。これからは加護をかけるたびに、このドレスを着るとのこと。イメージ戦略というのは大事だからいいんじゃないのか。
「たいしたことはしていない。君は幸運だったのだ。これからは怪しい人物に騙されないように気をつけながら暮らしなさい。そこまで珍しくないスキルだから大丈夫だとは思うが」
怪しい人物筆頭は、ニコニコとお人好しの笑みでリーフに忠告する。アキの面の皮は鉄でできているに違いない。
「これでアキさんは行ってしまうんですか?」
考えたくはないが、そうなるだろうと、リーフは顔を俯けて石畳を歩く。
「そうだな。私はそろそろ旅に戻るつもりだ。欲しい物は買い込んだし、そろそろ他の土地へ行く時だ」
別れの時は近い。数日であったが楽しかった。初めての興行としてはなかなかだろう。アキはクールに口元を薄く笑いに変えるのであった。
空はますます暗くなり、ぽつりぽつりと雨が降ってくる。雨粒は多くなり、ざぁざぁと雨の降りは激しさを増してくる。
リーフにもわかっている。ここで行かないでと言うのは簡単だが、それぞれに仕事があるのだ。
お店を守らなくてはいけない自分は旅に出るアキを止めることはできない。
人を救うのにお金を惜しみなく使い、錬金術師であり、精霊使いだということも先程わかった。他にも色々と隠している力がありそうなアキさん。
そんなアキさんに助けてもらったリーフがやることは決まっているのだ。
今日、絶対に決めてやるぞと握り拳を作る。こんな優良物件に会えることなど今後ないだろう。幸い宴会をするためにお酒はたくさん買い込んでおいた。ワインも買い込んである。
ジャッカルリーフは、ふふふと獰猛なる笑みを浮かべて決意するのであった。おとなしく笑顔で見送るという選択肢はないらしい。肉食動物小娘科なので仕方ない。
この世界ではみすみす機会を逃すのは馬鹿のすることなのである。地球でも同じである。
やはりファンタジーなどはどこにもなかった。
しかし、アキのピンチは別の形で訪れることになった。
雨足が強くなり、急いで店に荷物を仕舞っていると
「精霊が暴れ始めたぞ〜!」
「今年もまた精霊が暴れる日が来たぞ〜」
バシャバシャと水溜りを蹴りながら、大声で周りへと叫び走り去って行く人々が現れた。
「あ、今年も来たんですね。はた迷惑な日が」
以前に手に入れた酒毒薬はどこだったかしらと、トラップマスターリーフが引き出しを探しながら話しかけてくる。
「精霊が暴れる?」
「えぇ、この港の名物なんです。なぜか1年に1回、精霊が暴れる日があるんです。荒れた海面で船が壊れて、騎士団も出てきますし大変なんですよ。面白いと見物にいく人もいますが、この雨じゃ見物は無理かな。それに怪我をすることもありますし」
アキが知らないと思い、リーフが丁寧に教えてくれる。なるほどと、アキはそんなことがあるのかと感心する演技をしながら、リーフにニコリと笑みを浮かべる。
「私が以前に来た時にはそんなことはなかった。それは珍しいな。私も少しだけ見物に行ってこよう」
珍しい見世物だと、野次馬根性丸出しのフリをする。リーフは気をつけてくださいねと、いつものことで、見物人も多いからなのだろう。心配そうにするわけでもなく、手を振って、見送ってくれる。
「あぁ、少し楽しんでこよう」
豪雨となりそうな天気を見て、アキは楽しそうに嗤う。どうやらシチュエーションは完璧だ。リーフの件も終わったし、人類への初デビュー作を大々的に発表することとしようか。
お人好しそうな口元の笑みとは違い、その瞳は怪しく危険な光を放っていた。