19話 精霊契約なのですよ
空は生憎の曇模様。雨が降ってきそうな天気である。あんまり良い天気ではないなぁと、アキは不満げに空を見ていた。
天候を操る級に上げることができない見習い劇作家は、天気を見て撮影をしたいのだが、現実の人々を巻き込む以上選べない。
リーフが精霊契約の儀式をするということで、観客を集めたのだ。近所の連中である。タダ酒に、タダ飯もセットとなれば集まらない理由はない。
空き地に置かれたテーブルには焼いた肉の塊やら、肉串、干し果物など、たくさんの料理が並んでいて、肉にはソースもかかって美味しそうだ。酒を樽で用意してある。どうやらリーフは料理が下手なのが判明した。考えてみれば14歳で一人暮らし。そりゃ、料理は下手でも当たり前か。
今は港が見える空き地にて、しょぼい舞台を作り儀式をする準備をしている。単純に魔法陣を描いて、簡単な木組みの祭壇を作る。祭壇の上には魔力水をガラスのコップに入れて捧げておく。これで水の下級精霊なら契約に来てくれるはずである。
変身した際の悪魔の知識を閲覧したのだから間違いない。魔法陣の書き方から、触媒の用意まで。完璧な知識があったのだ。
というか、錬金術師って、あらゆることを知っているようだ。4級となると人間が手に入れられる知識のほとんどは持っているのではとアキは訝んでいる。
「わははは、頑張れよリーフちゃん」
どこかのおっさんたちが早くも銅のジョッキになみなみと注がれたエールを片手にほろ酔い加減で騒いでいる。
「あらあら、凄い綺麗な格好ね。あのドレスはいくらしたのかしら?」
「結婚式のドレスではないの?」
「あの行商人、随分お金を持っているのね」
おばちゃん連中が肉の塊を切り分けながら、アキの噂話に花を咲かしている。
「わーい。お祭りだ〜」
「お肉食べるぞ〜」
「干し果物もあるよ」
子供たちは、なんだかよくわからないがご馳走を食べられるとあって、満面の笑みで料理を懸命に頬張っている。まぁ、お肉が食べられれば、祭りという認識なんだろう。
港が見える空き地。埠頭には何隻もの帆船や、帆のない船が停泊している。帆のない船は奴隷を使った手漕ぎ船ではない。どうやら魔術船の模様。なにせ、マストの無い船であるが、手漕ぎ船ではない証拠に、船の側面にオールを出す穴もないし、船体もガレオン船並みに巨大だ。
まぁ、そんなことはどうでも良い。埠頭には大勢の人足が荷物を抱えて忙しそうに運んでおり、商人が下ろした積み荷の中身を確認している。さすがは大港湾都市『アクアマリン』。活気がある港である。
シチュエーションとしては、まぁまぁ良い感じだとは思う。あとは天気さえ完璧ならなぁとアキはやり直しができないのは残念だと、雨だけは降らないように祈る。
「ちょっといいかね。君、これは精霊契約の魔法陣だろう? だが、私の知らない文字があるんだが、これはどういう意味だね?」
興味深げにエルフの男がアキの描いた魔法陣を見て質問をしてくる。どうやら精霊使いの模様。まぁ、エルフのほとんどは天然の精霊使いなんだが。
「私もよくは知らないが、以前に出会ったエルフの女性から聞いた方法だ」
嘘は言っていないよ、嘘は。
「ううむ………マナの消費を抑えて、下級精霊でも自我を持つ者を選ぶように書かれている。既に我が故郷では失伝した技かもしれない。自我を持つ精霊は通常より少しばかり強力だが扱い難いから、下級精霊の契約では省かれた箇所だな」
「そうなのですね、師よ」
その男に、老齢のエルフが教えている。ふむふむとアキは訳知り顔で頷き、悪魔の知識って、もしかして失伝した知識もあるんじゃないだろうなと疑う。
………あり得る話だ。たぶん地獄のデータベースには人類の4級と判断された知識が全て保管されているんじゃなかろうか。これからは、知識を使うのは、用心をしなくてはなるまい。
騒ぎすぎなのか、ちらちらと巡回している衛兵が見てくる。やけに衛兵が多いな?
『なにか変だぞアキ。金属鎧の奴らがちらほらと歩いている』
『この潮風の中で金属鎧か。たしかにおかしいな』
不可視モードのニアが注意を促して来る。たしかに金属鎧を着込み、剣を履いている者が何人かいる。潮風で錆びるから、通常ここの兵士たちは革鎧に骨の槍だ。
それが鏡のようにピカピカの金属鎧に、柄に宝石の嵌った意匠の入った銀色の剣。港には不釣り合いな整った髪型、潮風にやられていない綺麗な肌。埠頭で働く衛兵は、髪の毛はボサボサ、肌は陽光と潮風でガサガサだ。あまりに違いすぎる。
騎士だ。あの金属鎧は魔力が付与されており、錆びにくいのだ。槍よりも剣を好むのはファンタジーだ。ワクワクするね。
『今、この場ではまずいな。もしかしてもしかするのかも。情報収集の悪いところがわかったのかもしれない』
情報収集は多量の情報を教えてくれるが、それはあくまでも少し調べたらわかるというレベルで、全てではない。もしも少しばかり調べてもわからない程度に隠れて行動したらわからない。過信しすぎてはいけないのである。
酒毒薬や精霊酒毒薬のことがわかったのは、金貨程度に目が眩んで情報を漏らす奴がいたからだ。少し調べればわかるレベルだったわけだ。今回は機密レベルを高めているとなると、アキにはわからない。
『急いでリーフの劇を終わらせよう。次の劇までの時間はあまりないのかもしれないからな』
リーフの劇を終わらせる必要がある。
「リーフさん、それでは精霊契約を始めてくれ。皆がお待ちかねだ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
美しいドレスを着る美少女へと合図を出す。少し離れた場所でカチンコチンに緊張しているリーフはカクカクとブリキ人形のように頷く。
「大丈夫だ。君ならできる。今日まで頑張ってきたじゃないか」
「は、はぁ、そうですかね?」
昨日からなので、約1日である。一夜漬けという最高の練習量である。弱小劇団には練習期間がないなんてよくあることだ。
真剣な表情で、アキはリーフの肩を押さえて気分はスパルタだが優しいコーチである。
ちなみに精霊契約の踊りは難しい。
大丈夫、大丈夫。できるからとアキはリーフに囁く。
「難しそうなところはとりあえず両手を広げて回転しながらジャンプすれば良いから」
雑な劇作家闇澤アキであった。リーフはコクリ頷く。それならできそうかもと。
「では、始めよう。これまでの練習を思い出すんだ」
きりりとおっさんは真面目な顔で、繋がらないセリフを吐く。当然、劇が始まっているからこその発言である。
「それに酒を強くしておいた。皆は酔っぱらうから、リーフの踊りを見ても、変なところに気づきはしない」
すこしだけ酒毒薬を混ぜておいたアキである。既に男性たちが酔っている理由の1つである。これで拍手喝采は間違いない。酔っていれば、だいたい拍手喝采してくれるはず。
手段を選ばない男。闇澤アキである。
「それなら大丈夫ですね、行ってきます!」
リーフがアキの力強い言葉に頷き、舞台へと走り出す。後ろから肉串を持った幼女がふんふんと鼻息荒く、てこてことついて行くが、きっと近所の幼女だろう。たぶんバックダンサーをする気だ。
皆はリーフが舞台に立ち、深呼吸をすると、ようやく精霊契約の儀式が始まるのかと注目する。
「それでは精霊契約の舞を始めます!」
真剣な顔でリーフは踊り始める。
精霊契約の舞を。美しいドレスを着込み、幻想的な雰囲気を出して。
両手を広げて回転をしてジャンプをする。
最初からどう踊れば良いか忘れたらしい。ミスキャストであるのが判明した。というか、やはり1日では無理だった。
この踊り、エルフはもちろん知っている。二人のエルフがリーフを見て怒らないかと、アキは焦るが
「あぁ、やるやる。子供の頃は覚えるのが大変だから、ああやって誤魔化すんですよね」
「お主はもっと酷かったぞ。踊れなくて、座り込み泣いてしまったではないか」
生暖かい目でリーフを眺めていた。学芸会に出ている娘を見守る気分の模様。どこでも同じらしい。
まったくファンタジーではない。幻想的な踊りを踊るシーンのはずなんだが。バックダンサーは肉串を振り回して踊るので服にソースが飛び跳ねて、ベトベトである。親切なおばちゃんが濡れたタオルを用意もしていた。
ファンタジーというか、小学生の学芸会であった。小学生の学芸会よりも酷いかもしれない。
『まぁ、契約にダンスは必要ないし、問題あるまい』
アキは明後日の方向を見ながら呟く。実は魔法陣にマナを注ぐだけで儀式は完了している。踊りを間違えると契約できない程厳しいのは自我が確立して、プライドも高い上級精霊からである。下級精霊は特に気にはしない。
『ギャハハハ! 酷い劇だな』
『いや、まだできることはある』
ニアが笑うが、これだとGPは手に入らない。なので、追加を仕掛ける。
指をパチリと鳴らして、合図を出す。
と、楽器を持った精霊がリーフの頭上に現れた。合わせて5人。皆は羊の角をちょこんと頭から生やし、もふもふドレスを着込んでいる可愛らしい少女たちだ。ほんわかした顔つきで、それぞれフルートやハープ、バイオリンやシンバル、電子ピアノといった楽器を手にして宙に浮いている。
「奏でまーす!」
「おー!」
少女たちは可愛らしく掛け声をかけると、一斉に音楽を奏で出す。神秘的でありながら、ほんわかした音楽だ。リーフはその少女たちを見て驚いたが、舞を続ける。ところどころ舞を覚えているのが、また味があると思いたい。
音楽を奏で出す可愛らしい少女たちに観客が驚く。リーフのダンスだけなら、酒と料理があれば良いやと、出来栄えを気にせずに拍手をしていた近所の人達は、少女たちの音楽に酔いしれる。
「凄えや!」
酔っていても、その演奏は素晴らしく、おっさんたちは飲むのを止めて聞き惚れる。
「初めてだよ、こんな演奏」
「いつもは吟遊詩人の下手くそなハープだからねぇ」
「ふわぁ……」
おばちゃんたちも食べるのをやめて、肉を持ち帰ろうと箱詰めしたのを止める。干し果物を頬張っていた子供たちも口をぽかんと開けて、ぽろりと干し果物が手の中から落ちる。
それほどに見事な演奏であった。学芸会にプロのオーケストラが来た感じである。この場合、なぜか演奏に引きずられて、リーフの回転ジャンプも見事な舞に見えるから不思議である。バックダンサーが演奏の方が良いと思い、タンバリン、タンバリンをくださいですと騒いでいたりもした。
『ふっ、やはり下手くそな劇は音楽で誤魔化せる』
『それ問題発言だろ。まぁ、ここの平民たちはそもそも楽器を見たことのない奴らだからな。ギャハハハ』
アキはこんな事もあろうかと、音楽家を雇っておいたのだ。こんな感じ。
音楽の精霊パーン
職業:音楽家
固有スキル:精霊演奏8級、少女
音楽の精霊パーンである。自由騎士ではない方だ。8級でもその演奏は見事なものだ。高校選手権で優勝できるレベルである。ビジュアル面も考えて、下半身が羊の男の子ではなく、少女を雇った。男の子の姿は万人受けしないと思うので。
曇天であるが、リーフの儀式は皆から喝采を受けて、見回りの衛兵や騎士も足を止めて見ていく。
その中で、空中に水の粒が集まると手のひらサイズの水で形成されている少女の姿になった。
「水の精霊アクアン。コンゴトモヨロシク」
「アクアン。よろしくね!」
汗だくのリーフが息を切らせて、手のひらを翳すと、アクアンはニコリと笑って、契約をする。
リーフの周りに水の粒が弾けて光が覆う。そうして、リーフは水の下級精霊アクアンと契約を結ぶことに成功したのだった。
エルフたちが、パーンが少女の姿! しかも角笛ではないとか、あそこまで水の下級精霊に自我があるのかとか、少女の姿をしているぞ、普通は水滴なのにとか大騒ぎをしているが劇なので見栄えは重要なのである。フィクションだよ、フィクション。中級精霊に昇格できるのに、下級精霊の方が気が楽だねと、グータラしている精霊を事前に雇ったのだよ。
『精霊契約の舞』
『売り上げ決算:プラス5万GP』
『人件費:パーン5体、アクアン、メイ:合計金額マイナス5万2000GP』
『幼女への投げ銭:プラス5万GP』
『パーンへの投げ銭:プラス12万GP』
『リーフへの投げ銭:プラス2000GP』
『純利益:17万GP※100GP以下は手数料として、ニアが徴収させてもらいます』
リーフへの同情票が入った模様。