18話 妖精の踊りなのです
服を買って帰宅して、夜中である。アキは部屋でベッドに座りながら、魔本を片手にどうしようかと考え込んでいた。
なにを考え込んでいるのかというと、脚本である。今度の劇は大舞台となる予定なのだ。ここは劇作家闇澤アキのデビュー作となるだろう。
「題名は『悪いやつほどよく踊る』……。なかなか良い題名ではないかね?」
『パクリだろ。やめとけよ』
アキのあまりの劇作家としての天才センスぶりに、ニアが真面目な声音で返答する。ニアが真面目になるレベルでまずいらしい。
オマージュ、オマージュだよと、闇澤アキは抗議をするが聞き入れられなかった。魔本に題名を書き込んでも消えてしまうので、NGワードの模様。
溢れる私の才能がわからないのだと、おっさんは魔法のペンをくるくると指で回す。アキの弱点は自分の劇の才能を他者目線で評価できないことであろう。
「今回は大勢のエキストラも雇う予定だ。いくらぐらいかかる?」
『エキストラなら、9級は1000GP、8級なら1万GP。級ごとに桁が変わるな。言っておくが、これはエキストラであり、俳優は天井知らずだぜ。安く雇用できるパターンもあるぞ』
「今のところ、きちんとした俳優は私たち以外いない劇団だからなぁ」
見習い劇作家なのだ。趣味のサークルでも、もう少し俳優を抱え込んでいるだろう。今のアキの劇団所属の俳優はアキ、キグルミ幼女、みかん箱幼女。うむ、精神の安定のために、これ以上考えることはやめておこう。
「今回は特殊メイクでまた誤魔化すか……大勢雇うとなると9級だな、仕方あるまい」
ふぅ、と疲れたため息を吐き、目の前の光景を眺める。劇団の経営は大変だよなぁ。
そこには可愛らしいボンボンだらけの服を着込み、帽子をかぶっている50センチ程度の小人がいた。机に置いてある布地と服に群がり、ジャキジャキハサミで切って、糸を舞うように扱い縫製をしている。
「1番裁断して!」
「ここ縫い方が少し荒くない?」
「ここのデザインは変更しよう」
「小人〜、働く小人なのです〜」
靴屋のお爺さん、夜に寝ている間にとっても素敵な靴ができていました。それは夜中に小人が作っていたのです。と言うお伽噺の妖精たち『洋裁店の小人』だ。靴屋のオマージュである。とりあえずオマージュと言っときゃいいだろというアキのいい加減なところがわかるネームセンスである。
気合を入れて、1人1万GPで5人で5万GP。メイを入れて5万1000GPである。
洋裁店の小人
職業:妖精デザイナー8級
固有スキル:妖精縫製8級
ファンタジーな小人たちが可愛らしく歌い踊りながら縫製をする。みるみるうちにドレスが完成していくというファンタジー的な劇だ。
「………すまない。もう少し可愛らしく踊ったりして、ドレスを縫ってくれないか?」
どこのデスマーチだろうか。見た目は撫でたいぐらいに可愛らしい妖精の小人たちなのに、その可愛らしい顔は真剣で、お互いに連携をとりながら無駄なく効率的に仕事をしている。
もう少しファンタジー的な仕事をしてくれないかなぁと、おっさんが尋ねるとリーダーの小人がキッと険しい表情で睨んでくる。
「なにを言っているんだよ! 普通はドレスの縫製は1週間は欲しいんだよ!」
「そ~だ、そ~だ! 1日でやれなんて厳しいよ!」
「ファンタジーなのは、そこの小娘にやらせとけ!」
怒りの声をあげる小人たち。たしかにそのとおりだなと、アキは反省する。妖精でも1日は無理なのか?
『なぁなぁ、妖精縫製魔法なら一瞬だろ?』
ニアが魔本をバタバタと羽ばたかせて尋ねる。余計な一言を。
「あぁーん? あんな魔法に頼れるか!」
「そ~だそ~だ! 縫製も雑だし、デザインもパターン化されるんだよ!」
「マナを籠めて手縫い! うちの店は手縫いにこだわってんの!」
「ひぁぁ、ごめんなさいだょぅ」
噛み付く勢いで小人たちは怒気を纏わせて怒鳴り、ニアは本当の性格を見せて、アキの後ろに隠れてしまった。
どうやらこだわりある職人さんを雇ってしまったらしい。既製品には負けねぇぞと、江戸っ子気質な小人さんたちである。
仕方ないかと、アキも申し訳ないと頭を下げて謝罪をすると、再び猛然と小人たちはドレスを縫い始める。もはや画面には他の小人の邪魔しかしていないキグルミ幼女を写すしかないだろう。
「小人〜、小人なのですよ〜」
クルリンクルリンと可愛らしくメイは歌って踊って、幼女スマイルをニパァと浮かべる。メイだけ写すと可愛らしいが、背景に真剣な顔で働く小人たちが写っているのでシュールである。あと、メイはセリフをそろそろ考えてほしい。
「………まぁ、良いか。背景のバックダンサーだと思えば」
主役はメイねと、バックダンサーにはどう見ても思えない小人たちを気にしないことにして、アキはドレスが完成するのをのんびりと待つのであった。
『洋裁店のデスマーチ』
『売り上げ決算:プラス5万GP』
『人件費:裁縫小人5人、メイ:合計金額マイナス51000GP』
『幼女への投げ銭:プラス8万GP』
『小人への投げ銭:20万』
『純利益:27万9000GP※100GP以下は手数料として、ニアが徴収させてもらいます』
デスマーチの小人を同情した投げ銭が多かった。
次の日である。リーフは出来上がったドレスを見せてもらい、息を呑み目をキラキラと輝かせていた。
「これを一晩で作ったんですか?」
「あぁ、少し苦労したかな」
小人が苦労しました。デスマーチでしたと内心で思いつつ、たいしたことのないような態度でダンディにアキは肩をすくめる。小人が見たら激昂するのは間違いない。
テーブルに置かれたドレス。元はワンピースとはとても思えない出来であった。ファンタジーな力が働いた模様。
薄っすらと緑の光沢が優しく光り、布地は軟らかくそして、滑らかだ。服に付いているフリルもファンシー過ぎず、可愛らしい。きらびやかでもあり、神秘的な空気を纏わせる貴族が夜会に着てもおかしくなさそうなドレスである。魔力を宿す魔物のマナを引き出して、着ている人の身体能力を僅かにあげる能力付きの上に、薄手であるのに、かなり頑丈だ。
なるほど、妖精縫製8級は伊達ではないらしい。縫製8級とも格が違う。8級でこれかぁとアキが感心するぐらいだ。
リーフは感動で目を潤ませている。素人目にもこのドレスが凄いと肌で感じ感動していた。
「はぁ〜………あんた、こんなに凄い腕があるなら、貴族お抱えになれるよ」
高価な布地を買っていき、駄目にしていたらもったいないと、気にして訪れたマハナのおばちゃんもドレスの出来栄えを見て感心していた。
『妖精のドレス』、普通は出来栄えが8級でも滅多に手に入らない代物だ。確実に金貨1000枚はするだろう価値はある。
「これが錬金術の力なんですね、アキさん」
さすがは錬金術師の力だと口を滑らせるリーフ。ハッと気づき自分が迂闊なる一言を漏らしたことに慌てて口を押さえる。
だが、マハナはその一言をしっかりと耳に入れた。錬金術はよく知らないが、このようなことをできるのだろうと納得して、この人の良さそうな男が、金に無頓着な態度なのも納得した。その証拠も目の前にある。自分の店の職人では、ここまでの物を作ることは絶対に無理だ。
「あらあら、アキさんは錬金術師だったの? だから、ポンと金貨を惜しげもなく使えたのね。なるほどねぇ、おばちゃん驚いてしまったよ。そういえば、うちには娘がいるんだけどねぇ、良い人がいないか探しているのよぉ」
新たなるジャッカルが生まれようとしていた。あらあらと笑顔でバシバシとアキの肩を叩いてくる。
「マハナさんのお子さん、まだ9歳じゃないですか!」
「もう結婚適齢期だと思わないかねぇ?」
マハナにリーフがツッコむが、ケロリとして9歳の娘をおっさんの嫁に仕立て上げようとしていた。ファンタジーな世界はどこにあるのかね。金に群がる肉食動物しか、未だに見ていないぞ。
『ギャハハハ! ファンタジー世界なら、純粋に主人公を全肯定してくれて、身も心も捧げてくれるファンタジーチョロインが欲しいよな』
『あたちはキグルミに身も心も捧げているです』
ニアが馬鹿笑いをして、メイがよくわからん発言をしてくる。
『まぁ、現実だからな。たとえ、買った奴隷の欠損を治してやっても、忠誠心は生まれにくいかもな。それより裏切られる可能性が高い。奴隷はきっと自分の解放と金を望むだろうし』
悲惨な環境だからこそ、歯を食いしばり成り上がることを望む者も多いだろう。ファンタジー世界の奴隷ってそんな感じだと思うんだよ。
『まぁ、この世界にファンタジーな隷属魔法はないからな。奴隷は焼き印と主の財力、権力、武力による支配だ。それこそファンタジーなチョロイン奴隷はいないだろう』
その点も調査済みだ。こっそりとそんな魔法があれば、劇団員として買おうと思ったのだが、なかった。たしかに精神支配系魔術はあるが、その級は2級レベル以上になるらしい。まぁ、ファンタジーでも普通に考えればそうだよな。隷属魔法って、ファンタジー魔法は何処にもなかったのだ。
なので、風来坊の男が奴隷を買うのは不可能だった。たとえ買えても、奴隷は即行裏切って逃げるか、殺そうとしてくるかのどちらかだろう。奴隷を持つには貴族のような力を持っていないと駄目なのだ。金持ちの平民だって、奴隷は所持していなかったので、その難易度が高いのがわかる。
とりあえず、その話はここまでと、アキは気を取り直しリーフたちに視線を戻す。リーフとマハナのおばちゃんは何やら言い争いをしている。錬金術師は大人気らしいな。
「マハナさん。私は行商人なんだ。そして幼女を嫁にするつもりはない。が、困ったことになるかもしれないから、このことは黙っていてくれ。君の伝手を使って作った服だと噂を流しても良い」
大金貨をピンと弾いて、マハナに渡す。マハナはワタワタと慌てて大金貨を受け取り、ゴクリと喉を鳴らす。まるで子供にあげるお小遣いのように、大金貨を扱う男に圧倒された。
「わ、わかったよ。へへ、それならうちの店の名前も上がるってもんだし、リーフのドレスは高価すぎると噂をすりゃ、同じドレスをくれと言う者もいないだろうしね」
ヘッヘと笑い、マハナは素直に頷く。黄金の魔力はこの世界ではよく効くようだ。
「さて、リーフさん。ドレスは用意できたからな。明日、港で精霊契約を行うぞ」
「は。はい! でも大金貨………」
マハナを見て口籠るリーフだが、どちらにしても、精霊契約をする儀式をすれば、ドレスのことは誰かに聞かれるのだ。スケープゴートは必要なのだ。ちょうどよい取引だよ。
マハナはもうこの大金貨は渡さないよと、ポケットを押さえているので、微かにその姿に笑ってしまいながら、指をパチリと鳴らす。
「ご近所さんも集めるんだ。少しばかり肉なども振る舞って良いだろう。マハナさん手伝ってもらって良いかな? その金で人々に振る舞う料理を用意してもらいたい」
金貨を弾いてマハナに渡す。既に大金貨を貰ったマハナは、あいよと頷いて、食材を買いに行くのと、リーフの精霊契約の儀式が明日やるのとをご近所に伝えるために去って行った。顔の広そうなおばちゃんなので、明日はそこそこ集まるに違いない。
「では、リーフさん。明日は精霊契約の由緒正しい踊りを踊ってもらうので、今日は徹夜で練習しよう」
「え? て、徹夜ですか?」
「そのとおり。徹夜だ。明日無様な踊りを披露したくなければ頑張ってくれたまえ」
精霊契約の儀式は悪魔モードに変身した時に確認した。錬金術師って、何でも知っているよな、ほんと。
顔が引きつるリーフへと、アキはニコリと微笑んであげた。とりあえずリーフの件を片付けて、万全を期して、大劇作家闇澤アキのデビュー作を披露したいからな。
アキは精霊酒毒薬はまだ使われるには日があるだろうと考えて行動した。
その予想が間違っていたと明日に知ることになるのだが。