17話 服を買うのですよ
「いらっしゃーい」
リーフがたまに買いに来る服屋『野に咲く花』。オーダーメイドから既製品まで、平民向けに新品の服を売るお店だ。値段は噂によるとオーダーメイドは大金貨を支払わないといけないらしい。
まぁ、リーフには縁のない話だ。既製品でも大銀貨数枚はする。安いので1枚。頑丈で長持ちする平民の懐に優しい作業服が多い。自分たちで縫えば良いが、やはり裁縫は職人に任せた方が良い。昔とは違い既製品は高価だが、手の届かない値段ではなくなったのだ。買った方が良い。
とはいえ、両親が亡くなってからは、とんと足が遠のいていた場所なのだが。
リーフが少し胸を張って、アキの腕を極めながら入ると、知り合いの店主のおばさんが出迎えてくれる。服屋は棚に布地が何種類かと、20着程度の服が置かれてある。見本であり、決めたら自分のサイズの物を店主は持ってきてくれる。後は少しサイズを調整するだけだ。
おばさんはリーフの現状を知っている。既に噂は広がっているのだ。曰く両親の知人が助けてくれたと。尾ひれ背びれキマイラ化させた噂は、だが正直にそれを鵜呑みにする者はいない。
人の良さそうな、いや、お人好しそうな行商人。行商人は店を構えることができない、その程度の稼ぎしかない者が多いのに、ポンと金貨10枚をくれるやり手。リーフが子猫のように、アキを狙っていると知っている。リーフが噂をガンガン流したので。
錬金術師とは伝えていない。錬金術師となると話は違う。リーフの話は半信半疑、両親の亡くなった娘が懸命に婿を探しているのねと、生暖かい目で見守ってくれるだろうが、錬金術師は安い薬草を金貨1枚のポーションに変える者である。文字通り、物を金に変える職業なのだ。聞けば目の色を変えてアタックをしてくるのは目に見えているので。
リーフもアキさんの金に無頓着なのは、行商人で金を稼いでいるからではなく、錬金術を使って、金貨1枚以上のポーションなどを売り捌いているからだろうと推測している。フーガンさんへの提案を聞いて、行商の方も腕が良いと考えを少し変えているが。
それでも錬金術師なのは秘密だ。なので、頑張って人の良い男を捕まえようと頑張っている健気な少女を見せている。
「お久しぶりです、マハナさん。服を買いに来ました。こちらはアキさんです」
「あら、久しぶりね。リーフちゃん。大変だったとは聞いているけど、元気なようで安心したわ。この人が噂のアキさんね」
おばちゃんは、あらあらとアキを上から下までジロジロと見てくる。リーフと知り合いだという気安さからだろう。正直、接客の態度ではない。まぁ良いけどとアキは肩をすくめるだけに留めて、おばちゃんは着ている服装と履いている靴から見るにまぁまぁの男ねと値踏みを終えていた。
「マハナさんと仰るのだな。私はアキ。よろしく。今日はリーフさんの仕事着を買いに着た」
「あら? 作業服なの?」
マハナとしては、リーフの旦那さん候補が少女にプレゼントとしてドレスを買いに来たのだろうと思っていた。リーフは随分とこの男を買っているようだが、マハナの考えは違う。店持ちのリーフは、年若く美少女だ。
この人の良さそうな男はもう30歳を超えているだろう。それなのに店を持てないとは、そこまで商才が無いのだ。お人好しそうだし。なのでリーフが両親を亡くしたと聞いて、親切そうな顔で近づいて、結婚をして店を持とうとしているのだろうと推測していた。
金貨10枚はこの男の一世一代の賭けであったのだと、噂から予想していたのだ。なので、店に入ってきたリーフがアキを紹介してくれた際には、てっきりプレゼントだとばかり思っていたが、違うので少し驚いた。
驚くマハナを見て、アキはなんで驚いているんだろうと首を傾げて不思議に思ったが、気にすることはないと思い、話を続けることにする。
「彼女は精霊術を少しだけ使える。なので、水の下級精霊と契約してもらおうと思ってな」
「精霊術! あんたそんな能力があるのかい!」
マハナはアキが何でもないかのように言った言葉に驚愕して、バッとリーフへと顔を向ける。リーフはアハハと頬をかきながら、コクリと頷き肯定する。
精霊術。魔術と同じく平民には手が出ない力だ。それをリーフが持っているのかと、少女をマハナはジロジロと見る。
「あぁ、勘違いしてもらうのは困る。彼女の精霊術はエルフならば、子供でも少し精霊術を習えば使用できる。珍しくもなんともない。ただ、魔術と違い抽象的なイメージで使えるから、リーフでも使える」
「はぁ、よくわからないけど、そんなもんなのかい?」
子供でもと、何でもないかのように言うアキにマハナは拍子抜けしてしまう。嘘はなさそうだし、隠すほどに珍しいものではなさそうだ。エルフなら何人かマハナも見たことがある。たしかに先天的にエルフたちは精霊術を使えるのだ。珍しいものではないのだろう。
魔術を使えないマハナにとっては、それでも羨ましいのだが、そこまでのものでもない。
「はい。下級も下級らしいです。精霊の血が混じっているかららしいですけど」
恥ずかしげにリーフは自分の緑色の髪をくるくると指に絡める。その様子を見て、本当にたいしたことはないのだろうと、マハナは思った。まぁ、こんなところで話すぐらいなのだから、そういうことなのだ。
「彼女の能力ならば、1日に2回ほど庭に水撒きできる程度か」
がっかりする情報をアキは伝える。ちなみにリーフに『情報収集』をかけた時に見つけたのだ。こんな感じであった。
リーフ
人間 女 16歳
職業:薬師
固有スキル:精霊の血(微)
スキル:精霊術9級、薬師9級
精霊の血が混じっているためか、精霊術9級を初期スキルで持っていたのである。これなら下級精霊となら契約できると驚いたものだ。下級精霊契約と薬師の組み合わせは相性がかなり良い。いや、リーフの先祖は元々精霊を操れるから薬師になったのだろう。
ジャッカルの血も混ざっているのではと思ったが、混ざってなかった。
なぜ薬師が9級なのか、低すぎるので頭を掴んで尋ねたいところだが、両親が亡くなった当時は14歳。こんなものかと思い直した。金銭的に恵まれた子供は早々仕事を覚えないものだしな。
どうもこの世界の級というものは、たった1つでだいぶ差があるようなのである。それか、『情報収集』で表示される級がおかしいのか、厳しいのか。
1の差で新米からベテランへ、7級からは新米騎士級であり、そのベテランが3人束になって互角と知識にはあった。思うにそれはおかしい。ベテランが一人で新米騎士を倒せるパターンはあるはずだ。
そこから推測するに、剣術8級と表記されている場合、あらゆる剣術を8級までマスターしていることになるのではなかろうか? それか、魔力や筋力ステータスを見られている。両者かもしれないが、それだけ級は価値があるということなのだろう。
「それじゃ、頑丈な服装が良いのかい?」
マハナは作業服ならあまり稼ぎにならなそうだと、内心でがっかりしたが表面には出さずに尋ねる。
「いや、言い方がまずかったな。そうではない。ドレスが良いんだ。激しくダンスを踊っても良いドレスが欲しい」
作業服とは言い方が悪かったと、アキはかぶりを振って否定する。
精霊の契約にドレス? とマハナが疑問顔になるが、リーフは話を事前に聞いていたので、棚に置かれている服を眺める。
アキは棚の服を一瞥して、ふむと眉根を顰める。やはり平民向けだ、ドレスなどと気の利いたものはない。平民でも金持ちなら高級店に行くし当たり前か。
「これなんかどうですか?」
自分の身体に合わせて、服を翳しながらリーフが尋ねてくる。淡い緑色で、今リーフが着ているものに似ている。精霊の血が混ざるリーフの緑色の髪に瞳。地球では見たことのない光彩だが、その色に良く似合っていた。
「とても可愛らしいよ、リーフさん」
「わっ。やった」
ニコニコと笑顔でリーフを褒めると、アキはスタスタと棚に歩み寄る。
「では、基本はこれでいこう」
「基本?」
コテンと首を傾げてリーフが不思議そうな顔になるのを横目に、アキは布地を大量に抱える。それこそ、店に置いてあるほとんど全てと言っても良い。
「何に使うんですか?」
「それはワンピースと言うんだ。マハナさんには悪いが、ドレスとは申し訳ないが言えないな」
布地を情報収集で確認しながら答える。と、マハナが苦笑をしながらこちらへとやってくる。
「ドレスはオーダーメイドなんだよ。それと少し値段がねぇ……金貨数枚は最低でも貰わないと」
言外に、あんたじゃ払えないだろとマハナが意味を込めて話しかけてくる。布地を触って確かめていたアキはピタリと確認するのをやめて、ニコニコとマハナへと視線を向ける。
「ドレスの布地は別なんだな? それでは、そちらも貰おうか」
「いや、布地も高いよ? 魔物から紡いだ糸を縫製した布とかあるし。最低でも金貨1枚はするんだ。それに縫製も難しいんだよ。下手に素人が縫製したら、ボロボロになるかもしれないしねぇ」
「問題ない。見せてもらおうか」
ドレス用の布地は棚には置いていないのかと納得する。そりゃそうか。高価な布地は店先にはおかないわな。
『魔物から縫製した布地って、ファンタジーですよ』
『ギャハハハ。こういう点はファンタジーだよな』
チュウチュウと幼女ハツカネズミが鳴いて、魔本も面白そうに笑う。
『動植物の種類が魔法的なものがあるだけだろ。まぁ、ファンタジーとは言えるが』
もしかしたら、傭兵が冒険者っぽく森に潜って回収しているのかと、少し胸が踊る。ファンタジーな冒険者たちだ。命を賭け金に魔物から素材を集める夢溢れる仕事だ。
「魔物の素材は貴族様が間引きのために、大勢の勢子を用意して魔物を倒す際に手に入るんだ。だから高いんだよ」
マハナが何でもないかのように教えてくれる。うん、やはりファンタジーの世界はどこにもなかったな。
マハナが大丈夫かねぇと、布地を何種類か持ってくる。たしかに肌触りとか光沢が違う。
「これはウッドクロウラーの糸。それはボフボフ鳥の羽毛。で、そこのは巻き巻き蟹のだね」
「なるほどな。全部でいくらかね?」
名前は凄いファンタジーだよなぁと思いながら、価格を確かめる。
「全部で? となるとリーフちゃんが持っている服もこみこみで金貨38枚はするよ?」
「たいした金額ではないな。即金で払おうか。それと補強のために頑丈な糸も欲しい」
財布から大金貨3枚と金貨8枚を手渡すと、あっさりと大金を出したアキにマハナはギョッと驚く。財布の中身がチラリと見えたが、大金貨が何十枚も入っていたように見えたからだ。金貨しか入ってもいなさそうだった。
アキは数枚の大金貨を亜空間ポーチに仕舞って、後は財布に全部入れておいた。なぜそんな危険なことをするかというと、劇の素材のためだ。素材が何なのかは相手による。この財布は悪魔の口のようなものである。
「あ、えと、アキさん? それだけの金貨ならオーダーメイドができるよ?」
「いや、オーダーメイドは数カ月かかるだろう? 悠長にそこまで待つつもりはない」
アキはこの店の級が情報収集で見える。それによると9級。たいした腕ではない。だが店を開けると言うことは、この世界では職人技は9級でもたいしたことがあるということだろう。やはり自分の級に対する考察は正しいと確信する。
「止めておいたほうが良いと思うけどねぇ。それと頑丈な糸はあまりないんだ。ちょうどさっき大量の注文があってね。兵士の装備を補強するためだと思うけど。ほら、そろそろ精霊の暴走が近くなるだろ?」
おすすめしないよと、マハナはリーフへと止めたほうが良いと視線を向けるが、リーフはアキが錬金術でなにかをするのだろうと予測して、止める気はなかった。
そして、アキはというと、マハナの後半のセリフに眉根を顰める。
「今日注文があったのか? 頑丈な糸の?」
「あぁ、そうだよ。結構大量だから使い道は間違いないよ」
チッと舌打ちをしてアキは嘆息する。今年から精霊の暴走は控えると思ったのだが、強行するらしい。ザモンの情報は上にはいかなかったか。
まぁ、人間のやることだ。欲に駆られて、グラーゲンのことは無視することに決めたのだろう。
「それならそれで、新しい劇の幕が開けると言うものだが」
ククッとアキは笑って、リーフの服と布地を全て買うのであった。