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エチュード 〜即興劇はお好きですか  作者: バッド
2幕 薬屋繁盛記なのです
13/52

13話 キノコ取りに行くのです

 アキはガラガラと揺れる馬車に座り、もう馬車には乗らないぞと誓っていた。尻が痛い。アバターを使っているのにもかかわらず、痛い。痛覚耐性があるんじゃないのか?


 劇にて使われる俳優たちのアバター。アキやメイ、ニアの場合は薄皮1枚が身体を覆っている感じだ。なので、動きにほとんど阻害はない。殺られた場合は予め決めておいた楽屋というか、設定した地点に転送される。ちなみに半径100メートル以内にしか楽屋は設定できない。


 便利極まるチート能力だ。劇の間しか通用しないので、これに慣れないようにしないと、通常の時に危険かもしれない。


 で、今は老魔術師のアバターを使っている。こんな感じだ。


老魔術師 グラーゲン 8級魔物俳優

スキル:鞭8級、水魔術8級、変身(正体を現す)


 薄汚れたローブを羽織る皺だらけの老人。8級2つと変身スキル、そして見かけによらない高ステータスを持つアバターは計3万GPの金がかかっている。8級がどれぐらいかというと、ホブレベルの魔物の強さだ。一般人などは簡単に捻り潰せる力を持つ。そしてアキは今回の主演である。


 もう一度言おう。主演である。怪奇映画の主演であるが、主演には間違いない。


 アキは劇に嵌っており、この世界で劇を見せるために、悲喜こもごもの現実を舞台にした劇をやるために転生した。赤ん坊から転生したのではなく、おっさんに転生したので、転生とは言わないのかもしれない。


 さりとて、転移でもない。地獄の獄卒から人間に転生したのだ。この場合は転生で良いのではなかろうか。


 なにが言いたいかと言うと、演技をするのは憧れだったのだ。主演である。主演。怪奇映画の主演でも主演は主演。初めての主演に狂喜して、緊張もしていた。ホラー映画ではなく、怪奇映画と表現する辺り、おっさんの歳がわかるかもしれない。


 女戦士の悲劇は、女戦士が主演だった。恐怖、ブラウニーの棲む店はブラウニーが主演だった。端役なら、緊張しなくてもなんとか演じることができたが、今回は主演である。


 絶対に投げ銭は幼女に負けないと心に強く誓って、初主演にて、地獄オスカー賞をとる気満々であったりした。


 なので、ダンディなおっさんは老魔術師を全力で演じていた。


「クククク」

「クククク」

「クククク」


 小鳥でも、そんなに鳴かないと思えるほど、ククククと含み笑いをしていた。もはやククククと鳴く老人の人形のようである。馬車の揺れに合わせて、ククククと鳴く老人。不気味というより、変にしか見えない。


 この老人は大丈夫なのかと、ザモンたちは不安げだ。恐怖からではなく、お爺ちゃん大丈夫かしらと、家族が心配する類の不安だ。


 いつものアキならば、こんなアホな演技はしない。だが初主演という大役に混乱して動揺して変な演技を自信満々にしていた。世界を移動してまで憧れていた劇の主演なので仕方ないのかもしれない。


『あたちも、あたちも、主演やるのです。クククク、ククククって、できるのです』


 早くも幼女ハツカネズミが悪影響を受けて、チューチューと口に手をあてて鳴いていた。幼女ハツカネズミがククククと含み笑いをした方が受けが良いかもしれない。


 ということで、おっさんは箱馬車に一緒に乗っているザモンたちの怪訝な視線を気にせずに、ククククと含み笑いを続けていた。


『おいおい、そろそろ素面に戻らないと怪しまれるぞ』


 いつもの不可視モードである魔本ニアがさすがに見かねて声をかけてくる。その言葉でようやくアキは正気に戻った。


『む? そうか。少し含み笑いの演技をやりすぎたか』


 少しではない。出発してから4時間近く、その間ずっとアキは含み笑いをしていた。しかしながら、仕事では有能でも、趣味となると変人になる類のように、アキも主演ということで、冷静に自分を見ることができなかった。これからも主演の時には張り切りすぎる可能性があるおっさんだった。


 気を取り直すと、よぼよぼ爺さんの演技をして、口を開く。


「そろそろかのぅ、その場所は」


 森林にある抜け道の様な街道から逸れて、箱馬車は杜の中に入っている。不思議なことに馬車が通れる道があり、人の手が入っていることがわかる。


 ザモンたちは騒音公害とも言える爺さんの含み笑いが終わって、安心しながら頷く。


「あと30分程度だ。魔物にも遭遇しないし、幸運だったな」


 街から馬車を飛ばして5時間。だいたい50キロというところか。アキは最初に女戦士と出逢った場所と近かったと思い出す。


 即ち、ザモンたちをどうにかしろとの閻魔大王のメッセージであったのかもしれない。いや、きっと劇に使える題材だろうとサービスでここに転移させたのだろう。閻魔大王はそういう男だ。

 

「魔物と出会わないのが幸運か……」


 連なる木々の合間に時折魔物の死骸が転がっているのをアキは気づいていた。それがなにを意味するのかも。ザモンはなかなか用心深いらしい。中年まで傭兵をやってきて、生き残っているだけはある。


 フードの下で、薄く嗤う老魔術師。アキの今度の含み笑いは極めて場に合っていた。


 


 太陽が真上に来る頃に、ようやく馬車は目的地に到着した。森林奥深くにポツリとある沼。その横に不自然に空き地があり、真ん中に切り株がポツンとある。切り株の周りにはキノコが環を作っていた。


 フェアリーリングである。だが常ならば、エリンギみたいな無害そうなキノコが生えているはずなのに、そこに生えているのは、紫色の模様があるあからさまな毒キノコであった。


 そばにある沼の影響を受けているのは間違いない。沼は泡がブクブクと湧いており、ヘドロのような臭いを発している。瘴気に満ちた死の底なし沼なのだ。そして、その瘴気はフェアリーリングに影響を与えていた。


 『混沌』という属性をキノコに付与していた。この属性を持つ食べ物は食した生物を狂気に向かわせる。抵抗に失敗すればだが、フェアリーリングの妖精のキノコは元々強い魔力を内包しており、その魔力と合わさって、かなりの毒性を持たせていた。


 『精霊酒毒薬』は水の精霊によく効く。酒に混ぜて海に流せば、酔っ払いだらけとなり、大宴会となるに違いない。セコい悪巧みであるので、普通は見逃しても良いかもしれない。からくりを知った人間を尽く殺さなければ。まぁ、騎士団も知っているはずだ。他国の者に知られたらどうなるか警戒しているのだろう。


 アキは冷え冷えとした目つきで、フェアリーリングへと近づく。老魔術師の演技は中々のものであり、ザモンたちは疑問を覚えないようだった。疑問に思っても気にしないだけだろうとは思うが。


 妖精のキノコに手を伸ばして、採取をしようとする寸前に


「おい、爺さん。ご要望どおりの場所に案内したんだ。報酬を貰おうか」


 と、ザモンのからかうような声に、手を引っ込めて振り向く。


「街に帰ってからだ。そう言わなかったかね?」


 老魔術師演じるアキは凍るような冷え冷えとした声音でザモンを見つめる。


「もちろん聞いてはいたさ。だが、街に着いて逃げられたら敵わない。現物を見せてほしいね」


 肩をすくめて、ザモンはヘラリと笑った。その姿を見て、アキも面白そうに笑ってしまう。ケラケラと。ケタケタと。まるで人間ではないように。


 何回も練習した笑い声のように。


「よろしい。見せてやろう。これが欲しいのだろう、人間よ」


 老魔術師の笑い声に、ザモンたちは僅かに怯えを見せて、数歩後退る。なにかおかしいと警戒心が膨れ上がるが、すぐにその警戒心は消え去った。


 アキが懐から取り出した革の袋。口を開いて、下に向けるとザラザラと金貨が流れ落ちていく。


「どうかね? これだけあれば、周りに隠れている者たちも満足かね?」


 からかうように、老魔術師がザモンへと伝えると、チッとザモンは舌打ちをして、片手を上げる。すると、薄暗い木々の合間や草むらの中から男たちがニヤニヤと笑いながら出てきた。


 合わせて10人。半分は弓矢を持ち、残りの半分は短槍を手にしている。汚れた革鎧や錆びが見える鎖帷子を着込み、手慣れた様子でアキを取り囲んできた。


「気づいていたんなら、なぜ逃げなかった? それにどうやって気づいた?」


「穢れしフェアリーリングの場所を知りたかったからのう。気づいたのは当たり前だ。魔物と出会わなくて幸運だった? 笑わせおる。貴様の仲間が先行していたから、出会った魔物を駆逐していたにすぎん」


 わかりやすい罠であった。街に戻ったらすぐに報酬を渡せと言ってきたのは、ここに来る際に金を持っているようにする目的があったためだし、魔物は駆逐済みであったのだ。


 ザモンは命を優先して金貨を山分けにすることに決めたのだ。用意周到にもラルグスの部下の傭兵に声をかけて予め集めておいたのである。


 チラリと周りを見ると、傭兵たちは既に金貨の魔力に目が眩み、今にも襲いかかってきそうだ。『情報収集』を使うまでもなく、こいつらはクズであるのがわかる。


「………随分と余裕だな? たとえ魔術師でも、この人数には敵わないぞ」


 ザモンはそう言いながらも、部下を置いて後退っている。少しずつ少しずつ後退っており、誰もそのことに気づいていない。


 あまりにもおかしいと気づいたのだ。命の危険を察知して逃げようとしている。勘の鋭い奴だ。


 実のところ、穢れしフェアリーリングの場所は知っていた。『情報収集』の条件は少し調べれば分かるというレベルだ。適当にしか隠されていないこの場所は『情報収集』のマップにしっかりと記載されていた。


 だが、こいつらをここに連れてくる必要があったのだ。ストーリーは盛り上がらなくてはならないからな。


「この人数ならば儂を倒せると? さて、試してみよ、人間よ」


「撃てっ!」


 ザモンがアキの不気味なる態度に焦りを覚えて、弓矢持ちに鋭い声音で指示を出す。弓矢持ちはてんでバラバラに構えて、アキを狙う。


 ファンタジーの世界でも、やはり1番の武器は弓矢、次いで短槍らしい。石を投げようとする傭兵はいなかったが、手頃な石があったら投擲もしてきただろう。アキは見栄えが良いから剣を敵に使って欲しかったが、そうはうまくはいかないらしい。


 ヒュヒュッと風斬り音がして、老魔術師の身体に矢が迫る。そこそこ腕は良いのだろう。さすがは傭兵である。


 枯れ木のような身体に何本もの矢が刺さり、老魔術師は死に、ザモンたちは金貨を山分けにする。もしかしたら、この老魔術師は高価な魔術具も持っているかもしれない。その場合の報酬も期待して、傭兵たちは老魔術師が倒れるのを見ていたが……。


 矢が刺さった老魔術師は、倒れ伏すこともなく、その身体から血が流れることもなかった。


「フハハハ。愚かなる人間共よ。感謝しよう、この海魔コラーゲンをこの地に連れてきたことを! このキノコと酒毒草を混ぜれば、我が主、呪われしカリブディスを呼び覚ますことができる!」


 ケタケタと笑いながら、アキは老魔術師のスキル『変身』を使用する。そこそこ高かったスキルだが、やはり真の姿を見せるのは盛り上がるので。


 ムクムクと身体が膨れ上がり、暗い色の緑の海藻に覆われた不気味なる姿に変身をする。潮風に魚が腐った臭いが混じり合い、その臭いは辺りに漂う。


「ま、魔物だ! 魔物だぞ!」


「そんな! こんな化け物見たことないぞ!」


 突き刺さった矢がポロポロと抜け落ちて、3メートルぐらいの体格に変わったアキは、ケラケラと嗤う。


 周囲を取り囲んでいた傭兵たちから悲鳴をあげて、恐怖の表情へと変わる。ここらへんにはいない魔物をチョイスしたのだ。この傭兵たちが知らない魔物なのである。知らない魔物ということで、さらなる恐怖で顔を歪める傭兵たちへとアキは告げる。


「さぁ、腸を食いちぎって、魚の餌に変えてやるわ!」


 そうして、魔物へと変身したアキは上機嫌で、傭兵たちへ攻撃を開始するのであった。




『なぁ、グラーゲンじゃなかったか? コラーゲンだとお肌に良さそうだぞ?』


『………しまった!』

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりおっさんは所詮おっさんだったよ…
[一言] >主演 おや?もしかしてこのおっさん、実年齢が案外若いのかな?w >変身 おお!盛り上がりますねw 健康によさそうな名前も、ネタとしていい感じの塩梅かとw
[一言] ひゃっはー!連続更新だぁー!
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