10話 見逃す理由は善意からなのですよ
他人の空似なのですが、ミコトの名前をメイに変更しました。申し訳なーい!
衛兵がバタバタと走り回り、店に転がる死体を見聞していた。押し入り強盗をなんとか撃退したアキは、恐怖に震えながら、屯所に向かい衛兵たちを呼んできたのである。
お人好しのおっさんにとって、強盗などとは驚天動地。極めて恐ろしい体験だったのだ。ガタガタ震えていても仕方ないだろう。
まったくか弱いおっさんと小娘がいた店に強盗などと、なんと非道な奴らだ。おかわりはできないだろうか。パート2を開幕しても良いんだが。
「怖かったわ、アキさん」
「リーフさん、ドーソンの親は呼んできてくれたかな?」
アキの胸に顔を押し付けて、恐怖で震える演技をしてきたリーフへと、情け容赦なくお願いしたことを尋ねる。この少女は怖がってはいるが、衛兵に見せつけるように、アキにもたれかかってくるのでたちが悪い。胸は押し付けてこないので、自身のアピールポイントをしっかりと理解している模様。
しかも寝間着にいつの間にか着替えており、アキと一緒にさっきまで寝ていましたアピールをしているので、ますますたちが悪い。普通は寝間着から部屋着に着替えるだろ。この娘はジャッカルかなにかが転生した存在かな?
「はい、伝えてきましたので、すぐに来るかと思います」
「よろしい。ありがとうリーフさん」
ならば良しとアキはダンディに微笑む。キャッと頬に手を当てて赤く染めるリーフ。このストーリーが終わったら、この娘とは縁を切ろうと固く誓いつつ、衛兵たちを眺める。
台所ではガラガラと音がするのだが、気にしないことにしておく。
『不味いのです。冷めてもいるし、とても不味いのです』
『食えたもんじゃねぇぞ。おい、今度劇で美味しい食べ物を喰わしてくれ! グルメ道中でいいぜ!』
『アホが。そんなことにGPを使えるか! カツカツなんだぞ! で、早く収支結果を教えてくれたまえ』
お腹が空いた2人はねずみのように台所に置いてある料理の残りを漁っていた。不味い不味いとクレームも入れてくる始末だ。たしかに不味いけど、オブラートに包んでほしい。
『あいよ。それじゃ収支発表だ! デデーン!』
『恐怖、ブラウニーの棲む家』
『売り上げ決算:プラス5万GP』
『人件費:ブラウニー2体、メイ:合計金額マイナス3000GP』
『幼女への投げ銭:プラス6万GP』
『悪人退治:名声プラス400』
『純利益:10万7000GP※100GP以下は手数料として、ニアが徴収させてもらいます』
おぉ! と、アキは内心ガッツポーズをとり、小躍りした。今までで最高金額だ、ホラー系は一定のコアなファンがいるよなと、満足げである。幼女の投げ銭に負けていることは気にしないことにしておく。
オリジナリティを出すのです、と鳴き声をぶらうにーにしていたのに、なぜに投げ銭が今までよりも多いのかさっぱりわからない。ちくしょー。
悔しさは次なるストーリーの糧にすることに決めて、気を取り直していると、衛兵がアキに近づいて難しい顔で話しかけてくる。
「こいつらは、最近強盗殺人を繰り返していた男たちに間違いない。『解錠』の魔術具を持っていることも確認が取れたし、この連中は働いてもいないのに金遣いが荒いと最近噂になっていたんだ」
「そうですか。では衛兵さんたちのお手柄ですな。なにしろ近隣を恐怖に陥れていた極悪非道の犯罪者たちをその卓越なる手腕で退治したのですから」
アキの言葉に衛兵隊長は驚いた顔となり、周りの兵士たちも動きを止めていた。無理もあるまい。噂になるほど金遣いの荒い奴らを放置していた無能なのだ。この強盗たちから賄賂を貰っていてもおかしくはないと、こっそりと『情報収集』をしたが、罰のところは汚職としか記載されていないので、繋がってはいないようだ。そこまでは腐ってはいないらしい。まぁ、強盗などと繋がれば、強盗が捕まった時が恐ろしい。そこまでは馬鹿ではないか。
だが無能であることは間違いない。しかしながら無能は無能で役に立つこともあるのだ。その者が治安を守る兵士たちという場合は特に。
「しかし………」
「衛兵さん、私は旅から旅の行商人。自分を守る切り札をあまり詮索はしてもらいたくない。そして、貴方は手柄を手に入れて、上司に褒められる。良いことだらけだ。おっと、袖が汚れていますな」
口籠る衛兵隊長へとにこやかな笑みで説得する。袖が汚れているので、綺麗にもしてあげる。アキは善人でお人好しな性格をしているおっさんなのだ。
裾をちらりと衛兵隊長は覗いて、ギョッと顔を強張らせる。アキへと勢いよく顔を向けて、本当に良いのかという表情だ。
「他の衛兵の方もお疲れ様です」
他に4人の兵士がいるので、夜半に来てくれた感謝の意を込めて握手である。皆は握手が終わると喜びで顔を綻ばす。
「そ、そうか。貴方がそういうなら、そのとおりなのだろうな、うん」
金貨を5枚。大切そうにポケットに仕舞うと、衛兵隊長はうむうむと頷く。他の兵士も金貨1枚をポケットに入れて、素知らぬふりをしている。これで、アキの持ち金貨は3枚程度になったが、使う時に使わないと意味がないので、後悔はない。
ジムたちの死体は血はほとんど出ていないが、頭蓋骨は大きく窪み、胸は肋骨が砕けて、手足はあらぬ方向に曲がり、指はグシャグシャだ。はっきり言って酷い死体である。きっと化け物に襲われたに違いない。その顔は恐怖で歪んで、死体を見聞している衛兵たちも死体は何を見たのかと、恐ろしそうな顔をしていた。
なので、衛兵たちはどのようにしてジムたちを殺したか知りたがったが、黄金の魔力を前に、そんな好奇心は霧散した。不可思議なる死体よりも、ポケットの金貨の方が重い。
だが、死体の殺され方を気にするのは止めたが、ジムたちの持ち物などは調べていた。目ぼしい物は無くなるものなのだ。特に財布とかは無くなる運命にある。
強盗に入るような男たちなので、あまり期待はできないが。そうして、ゴソゴソと死体の懐を探って、衛兵の一人がなにかに気づいて舌打ちする。
「隊長、これを見てください」
衛兵が取り出して見せたのは、干した草であった。どす黒い赤い草で、どう見ても毒なので、味見をする気にもなれない。衛兵の顔が険しいので、この世界特有のご禁制の草かなにかかとアキは首を傾げる。
衛兵隊長は草を受け取ると、衛兵と同じように舌打ちする。
「ふむ……『情報収集』」
どんな草なのか興味を持ち、アキは『情報収集』を使用する。と、こんな結果となった。
『酒毒草:乾かして、アルコール類に入れると、度数を魔力的に高める。そのアルコール類を飲んだ者は、魔力抵抗に失敗すると、悪酔いする。酩酊状態となり、判断力が大幅に低下する』
こんな物があるのかと、アキは僅かに驚いた。なるほど、魔法のある世界だ。物理的だけではなく、魔力的な効果も酒には加わるのか。
「ご禁制ではないが、真っ当な商人ならば扱わない。そんな品物ですな」
「あぁ、この草の事を知っていましたか。そのとおりです。副作用は無く簡単に酔えるのですが、少しの酒で酔えるということは、大量の酒を飲めば、天にも昇る気持ちとなるとか。で、最近アルコール中毒になり、神殿や魔術師協会に癒やしの魔法を求める貧民がいるので困っているのです」
中毒も治るのか……とするとご禁制にする薬とかはよほど危険じゃないと対象にならないとアキは舌を巻いた。どうせ癒やしの魔法もポーションも金貨1枚が最低価格だ。そんな草に頼って安酒を飲むのは貧民しかいない。金持ちや貴族たちは飲む必要がないし、中毒になっても、治癒魔法で治る。なるほど、国は動かんな。
剣と魔法の世界。ファンタジーというより、ナイトメアなところがあるなと内心はうんざりするが、表向きは衛兵隊長に同情するような表情を浮かべておく。共感が親近感をもたらすものだしな。
しかし疑問はさらなる疑問を齎す。大酒が飲めるのならば酒毒草は買う必要はない。貧民が買うのは酒をあまり飲むことなく酔えるからだ。とするとだ。酒毒草は安いということになる。わざわざそんな物を店の評判が悪くなることを覚悟で扱う奴がいるのか?
これは調べる必要があるな、ワトソン君と、探偵アキが誕生するかと思われたが
「ド、ドーソンが捕まったというのは本当かっ!」
白髪混じりではあるが、筋肉の塊の熊みたい男が店に飛び込んできた。汗だくで、急いで走ってきたのだろう。後ろからは母親だろう女性もついてきている。
「そのとおりです。残念です、フーガンさん。ドーソンはリーフの店に強盗に入りました」
衛兵隊長はフーガンと呼ばれる男と知り合いなのだろう。悲し気な表情を浮かべている。床には縄で縛られたドーソンが倒れており、未だに目を覚まさない。
かなり強めに蹴ったからなとアキは思いながらフーガンという爺さんに近づく。
「ううっ……俺が、俺がいけなかったんだ。40過ぎてからの子供だと甘やかしたばかりに……」
「そんな! 貴方はこの子を甘やかしてなんかいなかったわ。仕事では厳しかったじゃないの!」
「だが、小遣いをせびられれば、気にせずに渡しちまった……やはり俺のせいだ」
熊がオンオン泣き叫び、歳の差婚なのだろう、まだ40歳位の奥さんが慰めるが、その顔は悲痛だ。
このさき、ドーソンがいなくなったら、この家族はどうなるのだろうかと、善人でお人好しのアキは哀しくなり同情心が起こった。なので、リーフには悪いが、ドーソンを助けることにする。一度だけだ。
「フーガンさん? 私はアキ。少しお話をしてよいかね?」
「あぁっ? なんだよ?」
部屋の隅に熊爺さんを呼んで、肩を回し同情心溢れる言葉をアキは伝える。
「もしかしたら、見間違えで、ドーソン君はジムたちからリーフを護ろうと店に飛び込んできたのかもしれない。暗くてよくわからなかったんだ」
「そ、そんなことがあるわけ……」
フーガンでもそんなことがあるわけはないのは理解している。ドーソンがジムの馬鹿と付き合っていたのは皆が知っているからだ。一緒に強盗に入ったのは間違いない。
「そこだよ。ジムとドーソンは仲が良かったんだろ? だからドーソンは強盗計画を知って、慌ててこの店に来たんだ……と思う。多分金貨200枚ほどの灯りがあれば、今の考えを衛兵隊長に伝えようと思うのだが、どうだろうか?」
「な! お、お前……」
「将来を考えると良い。このままだとドーソンは縛り首。君たちの家庭は崩壊して、代々守ってきた鍛冶屋も廃業。弟子たちも仕事を無くして野垂れ死にだ」
フーガンはジッとアキを見つめて、本気かと考え込むので、ウンウンと頷いてやる。若い頃は馬鹿をやるもんだ。今回はまったく積極的ではなくて、ドーソンは及び腰であった。ジムに良いように使われたのだろう。
「わ、わかった……。明日、うちの金をかき集める」
「前途ある若者が勘違いで処罰を受けないで本当に良かった。では、私は衛兵隊長に進言してこよう。勘違いだったと。ドーソン君の名誉を護るよ」
いやぁ、本当に良かった良かった。善人でお人好しな俺の行動は間違っているかもしれないが、やはり前途ある若者は悲惨な目にあってほしくない。いくらでもやり直しがきくからな。
アキはニコニコと笑顔を浮かべて、衛兵隊長に勘違いであったと説明をしに行くのであった。
逆恨みで同じことをすれば、パート2を開幕できるしな。