第37話 魔女は魔女と話をする
アルジェント家の屋敷では婚約パーティーが催されている。テネリもレナートも、それぞれに引っ張りだことなっていた。
「テネリちゃん、とっても素敵だったわー!」
今は王妃陛下がテネリの手をとって赤茶の目をキラキラさせている。おっとりした喋り方のイメージそのままに、かなり乙女趣味なところがあるらしい。
「レナート様があんなに優しく微笑むの、初めて見たかもしれません」
ソフィアの言葉に王妃も大きく頷きながら、握ったテネリの手をぶんぶんと振っている。
レナートは少し離れたところで誰かに捕まっていて、この気まずい空間から助け出してくれる人物はいない。彼女たちが望むようなロマンスは実在しないというのに。
王妃やソフィアが離れたあとも、テネリの元には入れ代わり立ち代わり貴族のご令嬢たちがやって来た。アルジェント侯爵はこれまで聖騎士団の職務にばかり邁進し、女性たちが担うべき情報交換ができていない。彼女たちはここぞとばかりに、侯爵家の内情に探りを入れたいらしい。
「レナート様ぁ!」
甘ったるくレナートを呼ぶ声がして、テネリと周囲の令嬢たちが一斉に振り返る。紳士の集まりから抜け出てひとりになったレナートの腕に、すかさず横から来たマルティナが両手でしがみつくという一連の光景が見えた。
令嬢たちがわかりやすく顔をしかめる。魔女であるテネリがかつて聞きかじった貴族の世界は、こういったスキャンダルをみんな喜ぶものだったはずだが。
「マルティナ様、ちょっと軽やかすぎて目で追うことも難しいですね」
「少し前まで、百合とスミレの間を行ったり来たりしているようでしたのに」
「それにしたって、番を見つけた鷲に触れるのは勇気があるわ」
声のトーンを落として語られる話の真意を理解して、テネリは思わず苦笑してしまう。軽やかは恐らくお尻のことだし、その軽やかさを蝶に例えたようだ。百合とスミレの花はそれぞれを紋章のモチーフにしている貴族家があり、紋章繋がりでレナートを鷲と呼んだのだと考えられた。
以前マルティナが同じようにレナートの腕に自らの腕を絡ませたときには、テネリも無性にもやもやとしたわだかまりを感じたものだ。けれども今は違う。正式に婚約をしたから――というよりは、今のレナートは彼女もまた魔女であると知っているからだ。
同じ魔女ならわざわざ国家に敵対するほうを選ぶはずがない。
テネリは令嬢たちの嘲笑を聞きながら、そんなつまらない考え方でしかレナートを信じることができていないのを自覚した。
「どうも熱気にあてられたようです。少し失礼しますね」
難しいことは考えたくないし魔法の威力を加減するのも苦手だが、人間に紛れて暮らすための演技力だけはミアにも叱られたことがない。
令嬢たちの同情に満ちた視線に、薄幸そうな微笑を返して会場を後にする。
休憩室にも自室にも向かわず、気の向くままに訪れたのはギャラリーだった。人気の画家の絵や、歴代アルジェント家当主や家族の肖像画が置いてある。きっとここにテネリの絵が並ぶことはない。
「レナートって兄弟いないんだよね」
静かな部屋にテネリの口からこぼれ落ちた言葉が吸い込まれていった。
未来のことは未来に考えればいい、と大きく深呼吸をしてギャラリーを出る。会場へ戻ろうともと来た道を行くと、前方から会いたくない人物がやって来た。
マルティナは周囲に人がいないことを確認してから、意地悪く笑う。
「あら、テネリ様。……ねぇ、わたくし知ってるのよ。この結婚に愛なんてないんでしょう?」
「なんのことです?」
もし本当にマルティナが曇天の魔女なら、テネリの顔も名前も知っている。これはテネリが薔薇の魔女であることをわかった上での発言のはずだ。
「わたくし、聖騎士団の方から聞いてしまったの。あなたが薔薇の魔女にそっくりだって」
「よくある顔ですから」
あくまで自分の素性は隠し通すつもりらしい。確かにソフィアが処刑されかけた場には少なくない数の騎士団員がいたが、実際は突然のことで誰もテネリの顔を覚えてはいなかった。
「それでね、薔薇の魔女って長く生きているのに、異性を寄せ付けないんですって。異性に触れたら力を失うんじゃないかって噂があるの。ねぇあなた、婚約式にも口付けしなかったのね」
「魔女にお詳しいのね。でもちょっと何を仰りたいのか」
「あなたなんかが侯爵様の妻だなんて許せないと言っているのよ。夜のお相手もできないくせに」
誓約の内容を知られたわけではないが、テネリが異性と積極的に交流を持たないことで魔女たちは真実に近づきつつあるようだ。
テネリは両の拳を握った。ここで殺してしまおうか? だが目の前のマルティナが確実に曇天の魔女だとも言い切れない。
「テネリ? 部屋に戻ったかと思ったけどここにいたのか」
私室が並ぶ方向から歩いて来たレナートは、マルティナの姿を認めてテネリの肩を抱いた。




