第29話 魔女は周囲を見返したい
正体がバレバレだから気を付けろと、レナートに長々と説教をされてから約十日が経過した。
婚約式までもう少し時間があるとはいえ、テネリがレナートの婚約者であることは既に周知の事実となっている。
社交期に開催される夜会のうち、重要と思われるものにはレナートやアレッシオも出席していた。そしてテネリも引きずられるようにして、それらの夜会へ顔を出しているのだ。
「今夜はベリーニ伯爵邸だ。対立派閥である貴族派の筆頭で発言力も強い」
「対立してんのに出席するんだ、人間って面倒だね」
「魔女は対立する相手とは会わないのか?」
「そもそも、集会くらいでしか誰にも会わない」
馬車が到着し、レナートのエスコートでベリーニ伯爵の屋敷へと足を踏み入れた。アルジェント邸ほどではないが、十分に大きな屋敷と言える。
「アレッシオとソフィアはもう着いてる。もっと気を遣ってゆっくり来いって言ってやらないと」
「レナートが遅すぎるだけじゃないの」
王太子と聖女の組み合わせは、いつでもどこでも人だかりができるので、フロアへ入ってすぐに見つけることができる。
テネリとレナートは開催者であるチェルソ・ベリーニの姿を求めて目を彷徨わせたが、挨拶に訪れる様子はない。
「忙しいのかもしれないな、先に殿下のほうへ行こうか」
足を進めるふたりの耳に、周囲の囁き声が届いた。
「婚約式、どちらのお家もご両親がいらっしゃらないそうですわ」
「ブローネ家では少々バランスが悪いですが、どうして閣下は……」
「過去の栄華を求めて、侯爵家の弱みを握ったと聞きましたよ」
「何か事情があるのは確かでしょうな」
最近はどこへ出かけても似たような陰口を聞く。ブローネ家は歴史のあるしっかりした家柄だが、今は歴史しか誇れるものがない。
由緒正しい家であるという意味では、侯爵家との縁談話が持ち上がるのは不思議ではないが、資産状況などを踏まえればやはりあり得ないのだ。
「そろそろ腹立ってきた」
「騒ぎは困る。が、噂を放置しておくのも良くないな」
前を見たまま小声で愚痴るテネリに、レナートも苦笑を浮かべる。軽口がいずれ尾ひれをまとって重大な事態に発展することはままあるため、手を打つ必要があるのは確かだ。
テネリはエスコートするレナートの右手をぎゅっと掴んで立ち止まらせた。腕を引き、耳元に顔を近づける。
「私をはちゃめちゃに愛してるって思わせたらどう?」
家格のバランスがとれない分は愛情でカバーだ。アルジェント侯爵家ほどの力をもってすれば、一代や二代、政略結婚でなくともビクともしないことは、テネリも最近のお勉強でよく理解できている。
薄桃色のドレスの裾では、テネリの動きに合わせてエメラルドグリーンの刺繍が光る。顔を離すとレナートが意味ありげに笑った。そしてお返しとばかりにレナートの唇がテネリの耳に触れ、吐息がかかる。
「御心のままに」
「なっ――!」
がばっと顔を上げたものの、気づかないうちに肩を抱かれていたテネリは、レナートから身体を離すことはできない。
顔から火が出るという言葉の意味を実体験を伴って理解したわけだが、どうせ火が点いたなら、このまま憎たらしく笑っているレナートまで燃やしてしまいたいものだ。
ちょっと腹黒い優等生なんかではない。彼は悪魔だ。魔女より質が悪い。
「侯爵閣下! ようこそお越しくださいました」
「ベリーニ伯爵、本日は素晴らしいパーティーに招待いただきありがとう」
テネリもレナートの紹介を受け、挨拶をする。頭髪が少々寂しくなりつつあるが、恰幅のいい、いかにも精力的に活動しそうな男性だ。
「娘が今年デビューでして、例年より規模を大きくしました。ああ、こちらにいるのが息子のコルラドと娘のマルティナです」
ベリーニ伯爵の背後に控えていた若い男女が一歩前に出た。どちらもチェルソ・ベリーニとは似ていない、美しい容姿を持っている。
洗練された動作でレナートとテネリに礼をし、それぞれが自己紹介をした。
「デビュタントというには随分大人っぽいですね」
「まぁ。恥ずかしいですわ、侯爵閣下」
マルティナは妖艶な微笑みでレナートにさらに一歩近づいて手を伸ばす。レナートが自然に移動してテネリの方を向いたため、その手は空を切ったが……。
テネリは魔女の勘か女の勘かわからないが、マルティナがレナートに色目を使っているのだと気づいた。
誓約のせいもあって異性と接する機会が極端に少ないテネリだからこそ、余計にそう感じるのかもしれないが、横に婚約者のいる男性にボディタッチをしようとするのは、かなりの手練れではないだろうか。
「何か飲もうか、お姫様」
レナートはテネリの腰に腕を回し、伯爵の前であるにも関わらず額にキスを落とした。
演技とわかっていても心臓に悪い。だが演技とわかっていても、今のテネリには気分が良かった。魔女は執着心が強いのだ。自分の物に手を出されるのは酷く腹が立つ。




