第17話 魔女は真犯人を特定する
「戻ったらすぐに殿下に報告することになるだろう。君の所見と、先ほどの話について聞かせて欲しい」
帰りの馬車の中、テネリの向かいに座るレナートが静かな声で切り出した。
親衛隊に引き渡した殺人犯は、テネリ達より先に城へ運ばれている。レナートが言うにはどこかの貴族の次男らしく、その調査はアレッシオが勝手にやるだろうとのことだ。
「まずリベルの杖。真犯人がリベルの死に関わってるのは明らか」
テネリが握った拳で自らの膝を二度叩く。師匠の死はもう消化したつもりでいたのに、その怒りは未だテネリの腹の底で煮えたぎっていた。
沈鬱な表情でレナートが同意する。
「そうだな。そして彼女の遺品をソフィアのものと思わせ、聖女も亡き者にしようとしたんだろう」
「あと、遺体のポケットに入ってた丸薬とドゥラクナで使われた物とは同じ魔女が作ってる。魔力の匂いが一緒だもん。効果は食べてみないとわかんないけどね」
ポケットになぜか裸で3つばかり入っていた薬。微かに香った魔力は、数日前にカフェ・ファータのパニーノに感じたそれと同じだ。
ハンカチに包んでいた薬を一つ摘まんで、レナートが鼻を近づける。すぐに首を捻ったのは、魔力を感知できないからだろう。
「食べるのか? 効果もわからないのに?」
「私これでも魔女だよ。ちょっとくらい食べたってどーってことない」
「せめて侍医を呼べるところでやってくれ」
テネリはずいっと手を差し出すが、レナートはその手を差し戻して薬を仕舞ってしまった。
魔女として生まれ、人間の医師に世話になったこともなるつもりもない。だが心配されたような気がして、なんだかくすぐったい気持ちになった。
「ベッファのカバンの中の書類は、商取引許可証に関する資料だった。妖術対策庁の業務とは関係ないものだ」
「この国の法律とか知らないけど、商取引っていうならドゥラクナ絡みな気がするね」
テネリの言葉にレナートが頷き、ハーブや薬液の輸入の許可を求めるものだと説明した。さらに実際には、資料に記載されたものとは違う物品を仕入れていたのだろうと続ける。
馬車の中に沈黙が落ちて、車輪の回る音ばかりが響く。遠くからは酒に酔った男のものと思われる叫び声が聞こえてきた。
「それで、『真犯人がわかる』とはどういうことだ?」
「犯人は曇天の魔女。カエルラに拠点を置いてる」
「カエルラに住んでるから犯人だと?」
テネリはなんと説明するべきか悩んで、視線を下げる。美しかった純白のドレスは、安宿を歩き回ったせいか裾が黒く汚れてしまっていた。
まるでドレスが人間の真似事をする魔女を嘲笑っているみたいで、テネリの口元にも自虐めいた笑みが浮かんだ。
「本人が自白してたから」
「自白? 会ったのか?」
「この国に来る前に顔を出した魔女集会でね。犯行を予告してた。なんの話をしてるのかその時はわからなかったけど、ソフィアの件で気づいた」
ソフィアの処刑未遂のあと、ミアがそう言ったことで思いだした。
確かに曇天の魔女は、薔薇の魔女が動きやすくなるようにすると言ったのだ。
「そんな」
脱力したレナートの身体が、枯れた薔薇の花のようにくしゅっと小さくなった。頭を掻きむしる両の指の隙間から、グレーの髪の毛がはみ出ている。
優等生が困る姿を見るのは気持ちがいいものだが、これは困っているというより考え込んでいるというのが近いだろう。
「それに彼女は薬を作るのが他のどの魔女より上手」
「はは。なるほど、わかりやすい」
「私、絶っ対にリベルの仇とるから! だから結婚はできない、魔力を失うわけにはいかない」
怒りに満ちた真っ赤な顔でレナートに訴える。
リベルは曇天の魔女に嵌められた。テネリの名が彫られた杖をソフィアを断罪する証拠にしたのは、もしもの場合にテネリを犯人にする意図もあったはずだ。
レナートは「その件だが」と視線を彷徨わせながら、言いにくそうに口を開いた。
「純潔が誓約なら……結婚するだけなら問題ないはずだ。俺次第というか、いや俺は大丈夫だから信じてほしい」
「どういうこと?」
「だからその……あ! えっとほら、俺の結婚相手はあくまで『テネリ・ブローネ』だから、ということで一つご納得いただいて」
テネリはムゥと唇を引き結ぶ。
確かに誓約、契約に関して「名前」は重要なファクターであり、レナートの言うことも一理あるだろう。
それに結婚しない選択を王太子が許すとも思えず、すぐに逃げ出さなければ死が待つのみだ。そうするとミアを城に残したままだし、リサスレニスの防御力が弱まったままにもなる。
と、そこまで考えてから、いや待てよとレナートに向き直る。
「聖女と聖王の誓約は、名前が違っても私を妻として認めるの?」
「それはそれ」
挙動不審になったレナートを見て、テネリは嘘を確信する。結局、城に着くまでの間ふたりは「純潔」の定義について話し合うこととなった。