第15話 魔女は事件現場に連れ出される
テネリは純白のドレスのまま馬車へ放り込まれ、レナートと共に聖都の外れの安宿に連れ出されていた。
ベッファ・グラッソが死亡したとされる事件現場だが、アレッシオの采配で今この時間だけ、人払いがなされている。
「ベッファは魔女狩りを管轄する妖術対策庁の副長官だ。殿下が調査していることに勘付いて、口封じに殺されたのだと考えられる」
説明するレナートを横目に左手をぶんぶんと振ってみたが、やはりこの手は剥がれそうにない。
「私にここで何をしろって?」
人が多く集まる聖都では、どうしても埋められない貧富の差が発生してしまう。貴族と平民、中産階級と労働者階級……その日暮らしの者も少なくない。
部屋の中は簡素なベッドと机と椅子があるだけ。少なくとも、国家の要職に就く人物が泊まるには不釣り合いな部屋だ。
「魔女の痕跡がないか探してほしい」
「人使い荒すぎー。そりゃ私に選択肢なんかないけどさ」
「すまない」
アレッシオの提示した選択肢は、結婚か死か。だがわざわざ魔女にこの話を持ち掛けたのだから、結婚さえすればそれで終わり、というわけではないことくらいテネリでもわかる。
「魔女の痕跡なんて簡単に言われてもねぇー。手、離してよ」
いざ室内を探索しようとすれば、やはりレナートの手は邪魔になる。瞬き1回分だけ膠着状態になったが、レナートはテネリが思ったよりもずっと素直に解放してくれた。
死体を確認するのが最も重要であろうことは理解しつつも、積極的に見たいものではないため部屋の隅っこから見て回ることにした。
「殿下は君を気に入ったんだろう。そして、信頼もしたんだと思う」
「じゃなきゃこんなとこ来させないよね」
ベッファのものと思われるカバンをさかさまに振って、中に入っている品物を全て出す。いくつか遠くへ転がってしまったが気にしない。
「さっきの話だが、聖女には聖女の印が現れるように、聖女の伴侶としての聖王にも、同じ印が出ると言われている。それがずいぶん前に殿下に確認されてる」
「そ、そうなんだ。レナートはそれで納得できる?」
テネリは、レナートが聖王の生まれ変わりではないことに安堵し、安堵したことに動揺した。慌てて目の前に転がる物品を手に取って検分する。
「何を言う。俺は国に仕える身であって、国の太陽になりたいわけじゃない」
「さすが優等生。お手本みたいな答えだね。えーっと、手帳に筆記具、資料とお財布ー。目ぼしい物はなし、と」
カバンの中身は手帳や革袋、それに仕事に関わる資料も少しあるようだが、魔女に関係するようなものは見当たらない。
やはり遺体とご対面しなければなるまいか、と重い腰を上げたところでレナートがテネリを呼んだ。
「これもカバンから落ちた。確かソフィアの裁判で証拠品として提出されたものだ。何か感じるか?」
「……っ! ちゃんと見せて!」
レナートの差し出した長細いそれは、先の欠けた杖だった。魔女が使うもので、多くは白い葉と黒い実を持つリンゴの木から作られる。
魔力の出口としての機能を持ち、細かな調整を手伝ったり魔力漏出を防いだりしてくれるものだ。無くても魔法を使うことはできるが、あったほうが精度も高いし術者の負担を減らすことができる。
「これは、何に使うもの?」
「杖。魔女が日常的に使うものよ。これは師匠のだわ。いつかこの杖をくれるって言うから、私と彼女の名前を書こうと思ったの。でもリベルは『これで十分よ』って」
持ち手に薔薇の花があしらわれたこの杖は、不器用な字で「テネリ」と彫ってある。テネリが幼い頃に彫ったものだ。本当は横に「リベル」と記すつもりだった。
みるみるうちにテネリの視界が揺らいでいく。それが、自身の涙のせいだと知ったのはレナートの指が頬を拭ったときだ。
テネリは細い杖を胸にぎゅっと掻き抱く。レナートはジャケットをテネリの肩にかけ、ふわっと抱き締めながらあやすようにその薄い背中を撫で続けた。
「魔女の成人の誓約については知ってる?」
スンスンと鼻を鳴らしてから呟いた声は少し上擦っている。テネリが顔を上げると、思った以上にレナートの顔が近くにあってビクリと体を揺らした。
レナートはすぐに体を離し、短く「いや」と答える。
「自分に枷を与えるの。野菜しか食べないとか、お風呂に入らないとか。その枷が厳しいほど魔力は強くなる。だけど、成人前の子どもが考えるものだから変なのが多くて。魔女って仲が悪いから普通は誰も助言してくれないしね」
口元に笑みを浮かべながら、ごしごしと目をこする。テネリの目元の化粧がよれて少し黒くなり、レナートは苦笑を浮かべた。
「魔法で化粧直しはできるのか?」
「すごくケバくなりそうだからやめとく。それでね、私の誓約は――」
「待て。それは人に言って問題ないのか?」
「本当は駄目だけど、レナートには聞いてもらわないと話が始まらない」
テネリの場合、情報開示範囲を誓約の対価に含めてはいない。が、悪意のある者に知られればテネリの魔女としての人生は簡単に潰されることだろう。
「私の真名はテネリ・カスティ・ローザ。カスティは純潔を意味してるんだ」
テネリが借りたジャケットを差し出しながら発した言葉に、レナートは受け取る手を止めて目を丸くした。