第13話 魔女はパニックに陥る
レナートの言い分はおおよそ正しいだろうとテネリも頷かざるを得ない。しかし、テネリには人間と結婚するわけにはいかない理由がある。
「は、はっきり言って、私を見張れる人間なんていませんけどっっ」
窮地に陥ってつい口走ってしまったが、これでは警戒させてしまうだけではないかと焦る。
実際、人間が魔女を見張ったり拘束したりするのは条件が揃わない限り難しい話だ。例えば魔女が力を出せない環境にある時や、または聖女が相手である場合などがそれにあたる。
「レナートなら大丈夫だよ」
「え?」
アレッシオの言葉を機にレナートがテネリの手首を掴んだ。決して痛くはないが、振りほどくのは不可能だろうと思わせる強さだ。
さらに目の前にクッションが差し出された。先ほどまでアレッシオの背中を支えていたものだろう。
「これを燃やして見せてもらおうか。火を生むのも消すのも自在だと豪語したと報告を受けているよ」
「持ったままじゃ火傷するよ」
「大丈夫」
「後悔しても知らないから」
自信満々な様子に、テネリは憤慨する。薔薇の魔女と言えば、魔力だけで言えば一目置かれる存在だ。これまでは人間と共生してきたから、人間界での知名度はそんなに高くないかもしれないが。
クッションの他に、この部屋も全部燃やしてやろうと考える。すぐに消せば焦げるくらいで済むだろう。魔女を馬鹿にしたら痛い目を見ると教えてやらなければいけない。
テネリは目を閉じて腹の奥に意識を集中した。火力の調整も、消火の準備も、間違いがあってはならないため、いつものように適当なノリで火を放つことはできないのだ。
3、2、1。腹の中で数をかぞえる。
が、何も起こらない。手順は完璧だ。なのに、魔力の放出がどこかで阻害される感覚があった。初めての体験に胃の中がぐるぐるとまわり始める。外に出せなかった魔力が体内で暴れているのだ。
「なに!? なんなのっ?」
パニックに陥りかけたテネリをレナートが抱き締める。背中を撫でられるうちに、少しずつ呼吸が平常に戻っていった。
「落ち着くんだテネリ、もうわかったろう」
「これなに、ソフィアなの……?」
「いえ、私は何も――っ」
「レナートだよ。魔法を無効化できるのは、聖女だけじゃないってこと」
アレッシオの言葉に耳を疑い、弾けるように顔を上げた。王太子のしたり顔に腹が立つが、先ずは説明を受けるのが先だ。
「どういうこと?」
「魔女に契約と誓約があるように、聖女にもあるんだ、同じものが」
「殿下」
テネリが話を続けるよう促し、アレッシオが口を開いたのを慌ててレナートが止める。そしてテネリの目を真っ直ぐに見つめた。
「この先を聞いてしまったら、もう後戻りはできない。君の人生は完全に拘束されてしまうぞ」
テネリにはその言葉の意味が全くわからなかった。魔法を無効化されるのは確かに面倒だが、解決策はあるだろう。それに、人間と魔女とでは人生の長さが違う。多少ここで足踏みをすることはあっても完全に拘束されるというのはピンとこない。
もちろん、聖女もいる状態で全員から攻撃されれば死ぬだろうが、すぐに殺すつもりがないのなら脅威ではない。
「魔女の人生を縛れると思うの?」
「だってよ、レナート。どうする?」
「こういうのを詐欺って言うんですよ」
「いいから教えてよ。……嫌ならいいけど」
レナートもアレッシオも押し黙り、ソフィアは両手を合わせて祈るようにテネリとレナートを見つめている。落ち着かないまま時間だけが経過して、水差しの中で氷がからりと音をたてた。
その間に、テネリはアレッシオの言葉を振り返っていた。
契約と誓約について。魔女の用いる魔法の中で生物の身体や精神に干渉するものは大抵、契約を行う。例えばラナラーナやウルがそれで、個別の条件を元に主従関係が構築されている。
誓約は契約の上位互換で、内容によっては命より優先されることさえある。
ミアは誓約によって結ばれた関係で、彼女は主が死ぬまで死ぬことができない。さらに魔女は、成人する際に自分自身に誓約を行うのが普通だ。それを守ることでより大きな魔力を得ることができる。
半ば諦めたようにレナートがポツリと口を開いた。
「最初の聖女と、最初の聖王は誓約を交わしたんだ。魔力の分割譲渡と、未来永劫の愛を」
「未来永劫って、あり得ない……!」
彼の目はどこまでも真面目だが、テネリにはイマイチ信頼しきれない。というのも、未来永劫というのは魂さえもお互いに縛りつけることになるからだ。
それはほとんど不可能な話だ。どれだけの犠牲を払えばそれが可能になるのか予想もつかない。
「もちろん、条件はある。例えば、双方100年に一度の生まれ変わりとすること、生まれ変わりの度に誓約を新たにすること、とかね」
「つまり次の100年に限定しつつ、必ず同じ誓約をすることで実質的には未来永劫ってことね。それでも十分……あっ! もしかして未来永劫の愛こそが対価なのね?」
「そうゆーこと」
アレッシオが大仰に頷いた。