第12話 魔女は聖騎士様に求婚される
「いや驚いたな、ダンスまでそつなくこなして、本当に貴族のご令嬢のようだよ」
他に人のいない休憩室でアレッシオが言う。その意味ありげな表情と言葉にテネリとソフィアは顔を見合わせたが、横に座るレナートだけは眉根を寄せた。
「殿下は君が魔女であることを知ってる」
「なるほど。私は魔女としての技術を磨くより、ヒトと共に生きる術に重きをおいて生きてまいりましたから。当然の結果です」
「アハ。他に誰もいないから、堅苦しいのはやめていいよ」
「ほんと? ありがとう!」
テネリの変わり身の速さにアレッシオは腹を抱えて笑い、レナートは頭を抱えた。ソフィアは苦笑いを浮かべたが、何がいけなかったのかは教えてくれない。
こういう時に、とかく人間の世界は生き辛いと思う。
「レナート、これからどうするべきかわかったよね」
「多少の噂は覚悟していましたが、話が回るのが速すぎるし、それに注目を集めすぎて危険だ」
「お二人ともなんの話をしてらっしゃるんですか?」
ソフィアが問うと、「実はね」とアレッシオが含みのある表情で語り出した。彼の話によると、社交界はいまレナートの恋人の話題で持ちきりなのだと言う。
レナートは今年で25歳。未だかつて浮いた話の一つもなく、なんなら同性愛の噂すら出ないほど堅実な人物らしい。
「要はボッチってこと?」
「言葉は選んだほうがいい」
「いや、仕事に真面目過ぎたってことだよ。でね、そんなカタブツのレナートが遠縁とは言え伯爵令嬢を連れて戻ってくるんだから、噂くらい立つでしょ」
「それにしたって――」
「肩、抱いたよね。ドゥラクナ伯爵が急いで戻って来て『愛を感じましたなー』って言いふらしてたよ」
レナートは顎が外れたかのようにポカンと口を開けて固まってしまった。テネリはアレッシオを何度も見直したが、冗談を言っている様子ではないと知る。
「え、その、レナートの恋人って私?」
「ああ。道中で君たちを泊めた屋敷のうち二人ばかり早馬が来てね、当初はみんな半信半疑だったが……ドゥラクナ伯爵が言うんだから間違いないってことになったんだ」
ドゥラクナ伯爵は「近いから」と言う理由で、シーズンの聖都からわざわざ聖女一行を迎えるために領地へ戻って来た人物だ。テネリたちが魔法薬の対応で出発を遅らせている間、彼は先に聖都へと戻ったのだった。
レナートは相変わらず頭を抱えているし、ソフィアは必死で笑うのを耐えている。
どうりで刺さるほどの視線があったわけだ、と合点がいく。よくよく考えればレナートは若き侯爵閣下であり、彫像のような肉体と顔立ちを持つ聖騎士団長だ。彼の恋人の有無は女性たちにとって最も重要な情報だろう。
「親戚でしょ、私」
「女性を横に置くだけで噂が立つレナートが悪いんだけど、事情があったとはいえ聖女を連れ帰る一団に君を混ぜるのも、同じ馬車に乗るのも、さらに今日のデビューを実現させたのも、君が特別な存在だって噂の信憑性を高めている」
「でも、そんなの違うって言えばいいじゃない」
大きな溜め息がテネリとアレッシオの会話を止めた。レナートがテネリのほうへ体を向けて諭すように言う。
「違うと言うほどに真実だと思うだろう。君には申し訳ないことをした、時間はかかるが噂が解消されるように――」
「レナート、目的を違えるな」
王になる者の威厳、とでも言うのだろうか。一段低い声色で発せられたアレッシオの言葉に、テネリは背筋が凍る思いがした。ソフィアも驚いたのか、そっと手を伸ばしてテネリの背を撫でる。
先ほどまでとは違って、レナートの表情は迷いを断ち切ったかのような精悍なものに変わっていた。ちらっとソフィアに視線を投げてから、改めてテネリに向き直り、深く息を吐く。
「テネリ、結婚しよう」
「は? ……はぁぁああっ?」
「ぶはっ」
アレッシオがたまらずに吹き出した。先ほどの「王になる者の威厳」は演技だったのか。
誰よりも腹黒い王太子に嵌められただけだというのに、レナートはまるで周りが見えていない。ただ真っ直ぐにテネリだけを見つめていた。
「君はこの国に永住したい。俺はこの国で暗躍しソフィアの命を狙う魔女を捕らえたい。君が魔女の捕縛に協力する対価として、俺は君に何者にも脅かされない地位と身分を与えられる」
「うんうん、お互いに好都合だよねー」
「え、おかしいでしょ。魔女と結婚する人間なんて聞いたことない」
「例えば犯人を捕らえることに成功し、かつ君が信頼に足る人物だと国が認めれば、改めて離婚と君の永住申請をしよう。それまでは、俺が君を見張るという体裁がないと難しいだろう」
テネリは助けを求めるように正面に座るふたりを見る。ソフィアは心配そうに二人を見つめているが、その青い瞳の奥の好奇心は隠しおおせていない。アレッシオは笑い過ぎて息苦しそうだ。
人間も、魔女と同じくらい嗜虐心を持っているのではないか、と考えなおすことにした。