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対面と邂逅 2

 

 ぽいっ。

 

 ドサッと音がする。

 2人分の体が、地面に転がっていた。

 

「ひ……っ……」

 

 短く声を上げ、目当ての人物が尻もちをつく。

 その姿を、冷たい視線で捉えていた。

 薄茶色の髪に、薄青い瞳。

 顔立ちは整っているが、平凡な男だ。

 

 フレデリック・ラペル。

 

 ラペル公爵家の長男であり、父親に嫌われている息子でもある。

 臆病で愚か、スノッブ気取りでサロンに入り浸っていることで有名だ。

 ここは、そのサロンの裏手にある空き地だった。

 今日も今日とて3人でサロンに入り浸っていたところを、強制的に連れて来ている。

 

「こいつらは、この程度の転移でも、意識を失ったってのになー。お前、意外と、魔力耐性があるみたいじゃん」

 

 ブルーグレイの髪と瞳。

 

 ジェシーの姿が、月明りに浮かび上がっていた。

 怯えた瞳で、フレデリックがジェシーを見上げている。

 ジェシーは、意味もなく指先をこすっていた。

 

「ぼ、僕らに……なにを……」

「あー、違う。ボクら、じゃなくて、オレが用があんのは、お前だけ」

「ほ、僕……? ど、どうして……」

 

 こすっていた指を、やはり意味もなく、ふっと吹く。

 指についていたものを吹き飛ばすような仕草だが、とくになにかついていたわけでもない。

 

「サマンサ・ティンザー」

「さ、サマンサ……? か、彼女が……なにか……?」

 

 ジェシーは、すうっと瞳を細める。

 フレデリックが、いよいよ恐怖に顔を引き攣らせた。

 

「ラペルの家にいねーってのは、知ってんだよ。どこ行った?」

「ど、どこって……」

「お前のトコから出て、どっか行ったんだろ? 行き先はー?」

 

 フレデリックは首を横に、ふるふると振る。

 ジェシーは、肩をすくめた。

 

 みじっ。

 

 音を立て、転がっていた2人の体が捻じれる。

 当然、意識を取り戻したが、悲鳴は上げられずにいた。

 口だけを、ぱくぱくさせている。

 ジェシーが、そのように魔術をかけているからだ。

 

「あ。助けを呼んでも無駄だぞ? 塞域(そくいき)かけてっから、この辺りは静かなもんさ」

 

 塞域は、他人から見聞きされるのを防ぐ塞間(そくま)の魔術を領域に広げたものだった。

 この空き地を誰かが覗きこんでも、なにも見えないし、音も聞こえない。

 相手が、それを理解できるかどうかは知らないし、興味もなかった。

 ただ、助けを呼べないとわからせるために言っただけだ。

 

 みじっ、みじっ。

 

 2人の体が、絞られた雑巾のように捻じれていく。

 フレデリックは、それを恐怖のまなざしで見つめていた。

 そのフレデリックを、ジェシーは感情の宿らない目で眺めている。

 

「こいつらみたいになりたくなけりゃ、とっとと教えな」

 

 フレデリックは、2人から視線を逸らせずにいるらしい。

 がたがたと震えながら、言葉を失っている。

 その様子に、ジェシーは小さく舌打ちをした。

 

 面倒だから、もう殺してしまおうか。

 

 思った時、ふと別のことが頭に浮かぶ。

 なんとなく引っ掛かったのだ。

 

「お前、あン時、なに話してたの?」

「あ、あの時……?」

「あの赤毛と会ってただろ? セシエヴィルんトコで」

「へ……?」

 

 唐突な質問だったからか、フレデリックが間の抜けた顔をジェシーに向けた。

 その顔を見て、確信する。

 

「あの馬鹿が死ぬ前に、お前は赤毛となんか話してた。間違いねえ、お前だった。オレ、見てたんだぜ? そのあと、お前は屋敷に入ってったよな?」

「あ、あ……あれは……ヘンリーに会いに……」

「それはいいよ。赤毛と、なに話してたかって訊いてんの」

「あいつは……ろ、ローエルハイド公爵の代理とかって……ヘンリーに会いに来たみたいだったけど……僕のほうが先約だって言ってやっただけで……ヘンリーがあいつに会いたがるわけないし……追いはらっておかないと……」

 

 ハインリヒの機嫌が悪くなる、と思ったのだろう。

 そうなれば、金を借りたくても借りにくくなる。

 まあまあ辻褄は合っている気がした。

 確かに、フレデリックと話したあと、あの「赤毛」は消えたのだ。

 

「そのあと、あの馬鹿は死んじまったよなー」

「ぼ、僕だって、お、驚いたさ……へ、ヘンリーは……あの時、アシュリーと婚姻するって……よ、喜んでいた……そ、その話を聞いたあと、ほ、僕は、帰った……な、なにがあったのかは……し、知らない……」

 

 それも、ジェシーは知っている。

 しばらくして、フレデリックは屋敷から出て来た。

 1人だった。

 フレデリックが帰ってから、赤毛が屋敷に来たのだろう。

 転移で直接、ハインリヒの部屋に現れたに違いない。

 ジェシーは「赤毛」を、目視ではとらえていなかったのだ。

 

 みじっ、みじっ、みじっ。

 

 2人が話している間も、2人の体は捻じれていく。

 アドルーリットの馬鹿2人だった。

 2人とも苦痛に涙や鼻水を垂らしている。

 もう首は折れそうなほど横を向いていた。

 体も骨が砕けそうになっている。

 関節はあちこち外れているだろう。

 

「で? サマンサ・ティンザーは?」

「し、知らな……っ……」

「どうかなー? お前が逃がしたんだろ? なのに、行き先を知らねーなんてコトある? お前が答えなきゃ、こいつら、死んじゃうケド?」

 

 もとより、3人とも生かしておくつもりなんかない。

 だが、助からないとなれば、話さないかもしれないと思ったのだ。

 

「そ、そんなこと……で、できるはず、ない……っ……貴族を殺すのは……じゅ、重罪だぞ! お、お前、つ、捕まったら……」

「オレが捕まるわけねーじゃん。バーカ」

「お、王宮魔術師なら、ま、魔術で、こ、殺されたって、わかる!」

 

 魔術で人が殺されると、王宮魔術師が動く。

 犯人を追跡調査することになっていた。

 なぜなら、魔術師には国王が魔力を与えているからだ。

 人を殺すような者に魔力を与えるわけにはいかない。

 と、いうことらしいのだけれども。

 

「だから、なに? オレには、カンケーない」

 

 ジェシーは、国王と契約していなかった。

 ジェシーの魔力は、誰かから与えられたものでもない。

 勝手に身の内にあふれてくる。

 だから、追跡調査されようが、なんら困らないのだ。

 

「か、関係……ないって……」

「面倒くさい」

 

 ベキベキベキッ。

 

 アドルーリットの2人の体が、完全に捻じ切れる。

 体中のどこも、有り得ないほうに向いていた。

 口からは血があふれている。

 ジェシーは、フレデリックに両手を広げてみせた。

 

「どう? お前が、ぐずぐず言うから、こいつら死んじまったぞ?」

 

 フレデリックが、目を見開いて、2人を見つめている。

 もちろん、2人は、ぴくりとも動かない。

 少しの間のあと、フレデリックは、がくりとうなだれた。

 

「同じ目に合いたくなけりゃ、さっさと教えろよなー」

 

 言いながら、ん?と、首をかしげる。

 やはり、なにかが「引っ掛かる」のだ。

 ジェシーが違和感を覚えている間にも、フレデリックが大きく息をつく。

 

 それから。

 

 空を見上げるようにして、ははっと、陽気に笑った。

 さっきまでの雰囲気とは、まるで違う。

 ジェシーは、きょとんとしていた。

 

「やれやれ、助かったよ。こいつらのことは、死ねばいいと思っていたからね」

 

 フレデリックは言いながら、立ち上がる。

 表情までもが、一変していた。

 

 臆病で愚かな、フレデリック・ラペル。

 

 そのはずだったのに、違っていたらしい。

 見せかけだったのだ。

 気づいて、ジェシーは、笑う。

 

「なんだよ、お前、嘘つきじゃん」

「それが取柄でね」

「ちぇっ。それなら、こいつらのこと殺すんじゃなかった。ズリーぞ」

「僕が手を下すことはできなくてさ。きみには感謝しなくちゃならないな」

 

 ふぅん、と思った。

 フレデリック・ラペルは、こちら側の人間だ。

 人が目の前で殺されても動じない。

 

「僕は、いくつか魔術道具を身につけている。物理と魔術の防御のね」

「あいつらのようにはいかないって?」

「簡単には殺されたりしないって意味では」

 

 少しだけ面白いと感じた。

 ジェシーは、ニッと笑う。

 

「そんじゃ、試してみようぜ」

 

 フレデリックの「本当の」驚いた顔が目に映った。

 瞬時に、その腹をぶち抜く。

 ドサッと、フレデリックが倒れる音が響いた。

 

「オレには魔術なんか意味ねーんだよ」

 

 言って、倒れているフレデリックの(かたわら)にしゃがみこむ。

 顔を覗き込み、無感情な瞳で言った。

 

「まだ死んじゃいねーだろ? サマンサ・ティンザーの行き先を言ったら、助けてやるよ。お前、ちょっと気に入ったからサ」


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