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思いもよらないこと 2

 サマンサは、3つの街を無事に抜けることができていた。

 ようやく目的地に着いたのだ。

 

(まだ冬なのに大賑わいね……だから、ここを選んだわけだけれど……)

 

 あまりの盛況ぶりに、少し気後れがする。

 王都と同じくらいの広さの街路ではあるが、人の多さがまるで違った。

 幅があっても狭いと感じるほどに、行きかう人々が道にあふれている。

 貴族もいれば、民もいて、多種多様な姿が視界にあった。

 

 サマンサは、立ち寄る街ごとで服を買い、それまで着ていた服は捨てている。

 残しているのは、フレデリックに借りたものだけだ。

 たぶん、捨てても文句は言われないだろう。

 だが、サマンサの性分が、それを許さなかった。

 

 借りたものを返さずに捨てるなど有り得ない。

 金にしても、王都に帰ったら、必ず返すつもりでいる。

 ただし、帰れたら、の話しだ。

 

 父への手紙が、その手に渡る時、フレデリックに返済もされるはずだ。

 なにしろ、そうなるということは、サマンサは殺されている。

 自らの手で返済はできない。

 父への手紙には、そのことも、きちんと記しておいた。

 

(どこか安宿……といっても、ここじゃ安くもないわ……長居せずに出発しないと有り金をはたくはめになりそうね)

 

 ここは、ロズウェルド随一の観光地、サハシー。

 

 どれだけ安い宿であれ、王都の高級宿並みの値段になる。

 サハシーの観光用案内本を見て、溜め息をついたことを思い出した。

 あの頃は、ティモシーと新婚旅行に出かけるのを夢見ていたのだ。

 思いもかけず、それが役に立っている。

 

(毎年、街の造りが変わるそうだから……まずは地図を買わないと)

 

 人並みに紛れながら、サマンサは、それらしい場所を探す。

 街への入り口に近いところで地図は売られているはずだ。

 サハシーは、ほかの街とは違い、観光で潤っている。

 毎年のように建て替えを行い、飽きさせない街造りをしているのだとか。

 そのため、去年の地図が、今年にはもう役に立たない、ということも少なくないらしい。

 

 地図は現地で調達すべし。

 

 そのように案内本にも書いてあった。

 地図売り場を見つけて、その店に立ち寄る。

 同じように地図を手にしている人たちが大勢いた。

 

(これなら怪しまれずにすみそうだわ。それに、身を隠すのにも困らないわね)

 

 仮に、魔術師につけられていても、あちこちウロウロしていれば巻けるだろう。

 サマンサは魔力を持っていないので、魔力感知には引っ掛からない。

 魔術に対して知識は薄いが、アドラントの街に出る前、内容は逆だが、彼が似たようなことを言っていた。

 彼は魔術師なので、直接ふれると魔力感知で悟られるとか。

 

 だとすれば、逆に魔力のない自分は魔力感知にはかからないのだから、魔術師を巻くのも可能ではないか。

 そう考え、あえて人の多いサハシーを選んだのだ。

 魔術師でない者に尾行()けられていても、人の多さは、サマンサの有利に働く。

 

 そして、目立たない宿に1泊か2泊したあと、尾行けている者がいないのを確認してから出発しようと考えていた。

 最終的な目的地の目途も立てている。

 今度は、人目が少なく目立たない場所だ。

 

 サハシーは、王都の南寄りに位置しており、海にも面している。

 少し先には湾があり、半島が突き出していた。

 湾から半島全体までが、ロズウェルドの辺境地のひとつとなっている。

 

 サハシーとは馬車で半日ほどという目と鼻の先だが、景色は一変するに違いない。

 湾により切り離された辺境地は、観光地と言える場所ではなく、寂れている。

 これも、ティモシーのおかげと言えば、そうなのだが、サマンサは辺境地にも、それなりに詳しかった。

 辺境地での生活がどういうものなのかを知るため、ラウズワースの領地以外も調べていたからだ。

 

 辺境地には、2種類の領地がある。

 辺境地および周囲一帯を管理する貴族に属する領地と、王都の領地を主とする貴族が持つ「飛び領地」と呼ばれる場所だ。

 飛び領地の場合、管理すべき貴族が、その土地に住んではいないため、ほとんど放置されているに等しい。

 

 人の出入りを監視する近衛騎士すらいないのだ。

 野党から襲われ人が殺されたり、災害で人が死んだりして初めて、王都の貴族に報告が入るといった具合だった。

 要は、なんらか事が起きるまでは手を付けようとはしない、ということ。

 

 飛び領地は、とくに領民が少ない。

 もとより、税収が見込めないような土地だからこその「辺境地」なのだ。

 土地は貴族が管理するという建前上、領地とされているだけで、実態は、見捨てられた荒れ地と同じだった。

 それでも極端に税が低いため、厳しい環境であっても住み続けている人はいる。

 

(流れ者が住みつくこともあるらしいし……廃屋か空き家もあるはずよね)

 

 いくら小さくても町中に住むのは危険だ。

 食糧を少し買いこみ、町から離れたところで、住めそうな場所を探す。

 どうしてもなければ見つかるまで町の宿屋に泊まるしかないけれども。

 

(今が冬でなければ野宿もできたけれど、この時期では凍死してしまうもの)

 

 なるべく早く住めそうなところが見つかるのを願うだけだ。

 金は、ほとんど、このサハシーで使うことになるだろう。

 銀貨と銅貨だけを残して、ここでは金貨を使っておくことにする。

 小さな町で金貨など使えば目立ってしようがないからだ。

 

(なににしても高過ぎだわ。アドラントの人たちが見たら、驚くでしょうね)

 

 同じ果物が3倍の値段で売られている。

 同じ果物と言っても、綺麗に包装されていたり、大袈裟な箱に入れられたりしているせいだ。

 観光地であるがゆえに、こうした「見掛け倒し」も必要なのだろう。

 なにか高級感があるような錯覚に陥る。

 

(まぁ、そうなるのもしかたがないわよ。ここは観光地だもの。遊びに来ているのだし、散財したくもなるじゃない。あんなふうに包まれると、無駄に美味しそうに見えるのも、購買意欲をそそるわ。雰囲気って大事なのよね)

 

 それに、貴族は見栄張りが多い。

 高位になればなるほど、その傾向は強かった。

 誰それが、サハシーで、このくらいの散財をしたとの噂が流れれば、負けじと、散財しに来る。

 

(当家に、無駄遣いをする習慣がなくて助かったわ。これほど贅沢をしていたら、あっという間に破産よ)

 

 貴族の暮らしを賄っている税収は、実は、安定的なものではない。

 大きな変動がある年もあった。

 それを加味せず、贅沢をしていれば、身を持ち崩すこともあるのだ。

 

 貴族が破産するとどうなるか。

 領地は没収され、爵位は停止される。

 それが、いわゆる「没落貴族」と言われていた。

 

 サマンサは、地図を見ながら、憂鬱になる。

 これから「散財」することになると、わかっていた。

 だが、必要な費用だと諦めて、目的の店に入る。

 店内も人でごった返していた。

 

(た、高っ……アドラントの5倍……やっぱり王都より3倍は高いわ……)

 

 肩を、がっくりと落としつつも、ショーケースに近づく。

 売り子が、サマンサを胡散臭そうに見ていた。

 彼女は、今、民服を着ている。

 貴族が入るような店に入れる姿ではない。

 

「あの……お嬢様のための品なのですが……」

 

 我と我が身を「お嬢様」と称するのは恥ずかしいが、我慢する。

 その言葉に、売り子が納得顔をしたからだ。

 内心、安堵しながら、売っている品を購入する。

 必要以上に綺麗な瓶を4本。

 

(これで、6日分……その間に、なんとしても身を隠せる場所を探さないと、またここに来なければならなくなるわ)

 

 髪と目の色を変えるための薬を2種類、2瓶ずつ買ったのだ。

 1瓶で、だいたい3日。

 サハシーに着くまで、2日半以上かかっている。

 そろそろ薬が切れる頃だった。

 

 辺境地に行く前に飲んでおかなければならない。

 王都で買うことも考えたのだが、あまり荷物を増やしたくなかった。

 だから、現地調達で賄うことにしたのだ。

 だが、辺境地の町で、こういう薬を売っているとは考えられないためサハシーで買うしかなかった。

 

(観光で来たなら……この可愛らしい瓶を楽しめたかもしれないわね……)

 

 色とりどりで、形も可愛らしい瓶が、店内には、ずらりと並んでいる。

 遊び気分なら、あれこれ手に取って見ていたに違いない。

 ふと、そんな自分をからかう彼の姿が目に浮かぶ。

 

 『私は自然な色が好みだと言ったのになあ。きみときたら、私の言うことなんて川の流れよりも早く聞き流してしまうのだから、傷つくよ』

 『どうせなら、もっと奇抜な色にしてみちゃあどうだい? リフルワンスの色の物も売っているようじゃないか。ほら、そこにピンクがある』

 

 サマンサの胸が、きゅっと締めつけられた。

 彼の軽口に、ムっとしたり、笑ったりする自分を懐かしく感じる。

 どこにいようと、彼とであれば、そんな調子だったはずだ。

 不安も心もとなさもなく、無条件で、安心できていたに違いない。

 

 だからこそ、言いたいことが言えて、好きに振る舞えた。

 

 嫌われたくない、と考えることさえせずにすんだのだと、今ならわかる。

 彼の前では、本来のサマンサでいられたのだ。

 

 『私に対して礼儀正しく振る舞わないこと』

 

 彼との交渉において、出された条件のひとつだった。

 以来、サマンサは、彼に対等な口をきいている。

 礼儀正しい貴族令嬢でいるより、ずっと気兼ねがなくなった。

 それも、彼の「策」だったのかもしれない。

 

(そうね……私は、彼の策にはまったわ。でも……私への策は、とても優しいものばかり……これで愛さずにいろだなんて……本当に冷酷な人でなしね……)

 

 瓶を、肩提げの荷袋に入れ、サマンサは店を出る。

 彼を愛しているから、彼女は引き返さない。

 自分のやるべきことをやる決意は固く、覆す気にはならなかった。


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