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思いもよらないこと 1

 両膝を左右に開き、足首を交差させ、ジェシーがソファの上に座っている。

 その左膝に肘をついて、手のひらに頬を乗せていた。

 まるで首をかしげているような格好になっている。

 

「なぁ、じぃちゃん」

 

 カウフマンは、最も優秀な「出来栄え」の孫を見つめた。

 今夜は、いつもの屋敷とは違う。

 いわゆる「隠れ家」のような場所にいた。

 しばらくは、ここで過ごすことにしている。

 

「偶然って、面倒くさい」

 

 うんざりした口調に、細く薄く笑った。

 ジェシーは、いいかげん退屈している。

 その上、身をひそめるため「隠れ家」に来ていることで、つむじを曲げていた。

 力があると、振るいたくなるものだ。

 

「あいつら、よけいなことしやがってサ。あと少しで詰められたってのに」

「確かにな。アドルーリットの2人が、あんなつまらんことをするとは」

「ティンザーの娘は、ラペルに駆け込んだんだろ?」

「そのようだ」

 

 サマンサ・ティンザーが、王都に戻っていると報告を受けている。

 ラペル公爵家の息子、フレデリックのところに身を寄せていると聞いていた。

 だが、それは表面上の情報に過ぎない。

 カウフマンは、ティンザーの娘が、ラペル家から出たのを知っている。

 

「あいつ、なんてったっけ?」

「フレデリックか?」

「そうそう。あの馬鹿とつきあいがあったよな?」

 

 あの馬鹿というのは、同じく孫のハインリヒのことだ。

 ジェシーはハインリヒを嫌っていたため、いつも馬鹿だと言う。

 ハインリヒが殺された時も、どうでもいいと切り捨てていた。

 カウフマンは「役立つ死」であったと思ってはいるのだけれども。

 

「で? どうすんの? もう偶然はいらねーと思うんだケド?」

 

 不確定要素が多いと、筋道が増える。

 それを、ジェシーは「面倒」に感じているのだろう。

 あまり押さえつけるのも、良くない結果を生むかもしれない。

 カウフマンは、ジェシーの鬱憤を少し晴らすことにする。

 

「ラペルには金をつかませておる。親子の関係は、あまり良くないようだ」

「ラペルの息子は、父親と仲が悪いのかー」

「ハワードの気に入りは次男であろうな」

「へえ。そいじゃ、家督は次男に譲る?」

「理由がなければ長男に譲るほかあるまい? 貴族の習わしはつまらんことだが、奴らは無視できんのさ」

 

 ラペル公爵の妻は亡くなっているが、長男、次男ともに正妻の子だった。

 次男が先に婚姻をして子を成すか、長男に落ち度があるか。

 そうした理由がなければ、いきなり次男に家督を譲ることはできない。

 あらぬ醜聞を立てられかねないからだ。

 

「それに、今はラペルの息子の評判は上がっておるしな」

「ああ。こーしゃくサマから愛妾を奪ったとかいうヤツ? あ、今は婚約者か」

「王都では、かなり噂が広まっておる」

「でもなー、ラペルって、ローエルハイドを超怖がってたはずじゃん? なのに、なぁんで寝取るかなー。あいつらが、そんなに、いい条件出せる?」

「アドルーリットの2人から良い条件を出されたというよりも、ラペルの息子が、その条件に惹かれたということだ」

 

 フレデリックは、臆病な愚か者だった。

 それゆえに、父親から嫌われている。

 サロンに通い詰めて散財し、(ろく)なことをしない。

 子爵家という下位貴族にすら(へつら)うのを、なんとも思っていなかった。

 

 ハインリヒにたかれるだけ、たかっていたのだ。

 カウフマンに言わせれば、父親も似たり寄ったりなのだが、同類嫌いということかもしれない。

 父親は、フレデリックに嫌悪すべき己を見ているとも考えられる。

 

「ちぇっ!」

 

 ジェシーが、ぷいっとそっぽを向いた。

 つまらないと、つむじばかりか、ヘソも曲げている。

 頭が良く、先を見通すこともできるが、ほんの少し忍耐強さには欠けていた。

 ジェシーには、せっかちなところがあるのだ。

 

「あれとやり合ってみたかったか?」

「そりゃそーだよ。こーしゃくサマが、どんだけスゲーのか、1回は確かめておきたいじゃん? もちろん殺される気はねーよ? 危ないってなったら、逃げるって決めてるもん。だけど! やり合う前から逃げるはめになるなんて癪だよな」

 

 アドルーリットの2人が、フレデリックに変なことを吹き込んだ。

 具体的な話は不明だが、ラペルの息子がティンザーの娘に言い寄る原因になったらしい。

 そのせいで、公爵の元からティンザーの娘が去っている。


 2人がアドラントの領地返還の話を、ラペルの息子に囁いた可能性はあった。

 だが、それについては、後押しなど必要ない。

 カウフマンは、ローエルハイドに話が流れるのを避けるため、わざわざラベルを巻き込まなかった。

 金で抱き込んではいても、ラペルは、いつローエルハイドに寝返るかわからないのだ。

 そのため、もとより、ラペルの票をアテにはせずにいる。


 ローエルハイドもラペルならどうにでもなると思っているのだろう。

 でなければ、ティンザーの娘とフレデリックを黙って会わせたりしていない。

 ただし、彼女は、現在、ラペルのところにはいなかった。

 それはともかく、公爵の元にいないという事実は重要だ。

 

「こーしゃくサマは、もうどうでも良くなっちゃったのかな?」

 

 公爵は、ここのところティンザーの娘と会っていない。

 半月あまりも別邸には現れていないとの報告を受けている。

 あげく、ティンザーの娘がラペルに身を寄せているとの噂は耳に入っているはずなのに、追う様子もないのだ。

 

「せっかく、じぃちゃんが、くっつけてやろーとしたのにサ」

「いいや、ジェシー。あれの心は動いておる。そう簡単には戻らんだろうて」

「そーなのか?」

「ティンザーの娘を捕まえてみればわかろう」

 

 カウフマンの言葉に、ジェシーが目をしばたたかせる。

 それから、ニカッと笑った。

 

「生け捕りにすんの?」

「でなければ価値が落ちる」

「だよなあ、うん」

 

 ジェシーの機嫌が直りつつある。

 カウフマンが話したことを総合的に判断できている証拠だ。

 

「そっか! ラペルの父親は、息子を嫌ってるのかー、そっかー」

「なにかあっても、口出しはすまいよ」

「それって、オレが殺しちゃってもいいってことだ」

「愛息子であれば騒ぎ立てるだろうが、この場合、不慮の事故となろうな」

 

 体裁の悪いことを、貴族は隠す。

 殺されたとなれば「殺されるようななにかがある」と思われるのだ。

 それを()けるため、たとえ殺されたのであっても、事故や病死で片づけることもめずらしくはなかった。

 

 大事にしている息子であれば、犯人捜しに躍起になることはある。

 だが、今回は、それには当てはまらない。

 ハワード・ラペルは長男を厄介者と捉えているのだ。

 犯人捜しより事実の隠蔽を優先するに違いない。

 

「オレ、ちょっと遊んで来てもいい?」

「お前の遊び相手としては不足であろうが、退屈しのぎにはなろう?」

「なんにもないより、マシ! 遊びかたは、オレが決めていいんだろ?」

「好きにすればよいさ」

 

 フレデリックが、ティンザーの娘の居場所を知っているかは不明だった。

 なにか言い残して出た可能性はある。

 だが、ローエルハイドに臆している貴族だ。

 公爵に怯えて告げ口をすることもあるだろう。

 

 そう考えるのは、カウフマンだけではない。

 ティンザーの娘が用心して、行き先を告げずに出たことも有り得る。

 とはいえ、フレデリックが知っていようがいまいが、たいして意味はない。

 これは、ジェシーの退屈しのぎに過ぎないのだから。

 

「それにしても、こーしゃくサマは、なぁにしてんだろな?」

「おそらく我らの血を探しておるのだろう。毎日、どこぞに出かけておるらしい。アドラントには、かなりの数の者がおる。探し出すのも骨が折れるだろうて」

「地道な努力をするヒトなんだなー。てゆーか、無駄な努力?」

「だとしても、そうするより手はない。たとえ時間がかかろうと、あれは、我らの血を絶やそうとする」

 

 ジェシーを見たからには、必ず、そうしようとするはずだ。

 ローエルハイドが、ジェシーのような者たちを許すとは思えない。

 

「でも、どーやって探す? 見分けつかねーんじゃねーの?」

「系譜を辿れんことはないのでな。ガルベリー13世チェスディートが血の元だということは、察しがつくことだ」

「ふぅん。そりゃまた時間かかることすんだな。ゴクローさまなこった」

 

 カウフマンにとって、ジェシー以外の血は「失敗作」だった。

 失うのが痛くないとは言わないが、時間稼ぎになるのなら、使える者は使う。

 公爵の足を引っ張れれば、十分に「活用」できたと言えるのだ。

 その分、こちちに動ける時間が増える。

 

(系譜を辿るには、それなりに時がかかろう。人を使うにしても、かなりの人数になっておるのだからな)

 

 カウフマンですら、正確な人数は把握していない。

 チェスディート・ガルベリーにはローエルハイドの血が混ざっていた。

 当然に、チェスディートの子にもローエルハイドの血は入っている。

 チェスディート本人が関知していない複数の子たち。

 

 女の子は、カウフマンが直接に交わりを持った。

 男の子には、カウフマン直系の娘をあてがっている。

 

 そこから先の系譜は、すべてカウフマンとローエルハイドが混じった血。

 

 その血を、いかに濃くするか。

 カウフマンは、そこに注力して、人を創り上げてきたのだ。

 長い時間をかけている。

 今さらに、公爵が追いつこうとしても、簡単でないのは当然だった。

 

(もう少し、ティンザーの娘に気を取られておってほしかったが、それは欲をかき過ぎというものか。だが、こちらの動きのほうが早い。ティンザーの娘を手にし、あれの心を乱せば、ローエルハイドを消すこともできよう)

 

 カウフマンは、ジェシーに微笑んで見せる。

 現時点で、公爵が直接にジェシーとぶつかる心配はない。

 公爵は、こちらの血筋探しに血道を上げているのだから。

 

 仮に、ジェシーがしくじってもいいのだ。

 そのための1手は、すでに投じてあった。

 

「遊んでおいで、ジェシー」

「あいよ」

 

 ぴょんっと、ジェシーがソファの上から飛び降りる。

 カウフマンに、ニカッと、いい笑顔を見せて言った。

 

「だから、オレ、じぃちゃんのコト、大好きなのサ」


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