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真実に向き合うこと 3

 サマンサは、周囲からの視線を痛いくらいに感じている。

 これだから夜会は嫌いなのだ。

 とはいえ、ティモシーに誘われたのだから、断れない。

 彼と出かけること自体は、嬉しいと感じている。

 

 会場の最も端にあるテーブル席で、サマンサは、ケーキを食べていた。

 ティモシーが男性の友人と話し込むのは、いつものことだ。

 こういう場でなければ話せないことがあるらしい。

 家の問題や(まつりごと)に関して情報交換をしたり、相談しあったりするのだという。

 

(マクシミリアンは三男だから家督には関わらないと思うけれど、本人にとっては、なにかと心配ごとがあるのでしょうね)

 

 ティモシーとマクシミリアンは仲がいい。

 マクシミリアンも、きっと弱味を見せられるのはティモシーだけなのだろう。

 貴族は、どこも足の引っ張り合いをする。

 だからこそ、ティンザーは中立を掲げ、その馬鹿馬鹿しさから距離を置いているわけだが、それはともかく。

 

 下手(へた)に相談などをすれば、足元をすくわれることもあるのだ。

 よほどの信頼関係がないと、簡単な相談ひとつできない。

 そういう意味で言えば、サマンサはティモシーに信頼されていると思えた。

 気を許しているのだろう、少し甘えたことも、彼は言う。

 

(別宅のことも、彼がそうしたいって言い出したのよね)

 

 思い出して、ケーキを食べている口に笑みが浮かんだ。

 周りからは、ケーキに満足していると受け止められているようだったが、彼女は気づいていない。

 

 『きみと2人でいられる時間を増やせないものかな。きみの父上をないがしろにする気はないが、これじゃあ、2人きりになれるのは玄関ホールくらいだ』

 

 ティモシーを出迎えたり、見送ったりするのはサマンサの役目だった。

 けれど、そのほかは、食事も含め、両親と一緒に過ごすことが多かったのだ。

 少し拗ねたような、甘えたような言いかたが、愛しく感じられた。

 サマンサが別邸に住み始めてから、気軽に訪ねられるからか、ティモシーは3日と空けずに、顔を見せる。

 

「あら? ティミーったら、外に行くのかしら?」

 

 サマンサは、フォークを皿に置いて立ち上がった。

 マクシミリアンの姿は見えない。

 一緒ではないようだ。

 それなら邪魔にはならないだろう。


 ティモシーを追って、彼女も中庭に出る。

 サマンサを嘲笑する以外に、気にかけている者はいない。

 彼女が席を立っても、誰も見向きもしなかった。

 

 彼の向かったと思われるほうに向かう。

 ほかの人と鉢合わせることを考え、静かにゆっくりと歩いた。

 そのサマンサの耳に、かすかな声が聞こえてくる。

 ティモシーは1人だったように見えたので、別の人かもしれない。

 ほかの道を行こうとした時だ。

 

「………ィム……だと……」

 

 声は、マクシミリアンのものに似ている。

 サマンサは好奇心に負け、そちらにそっと近づいて行った。

 姿は見えないが、声だけは聞こえるようになる。

 

「きみが、母親に逆らえないのはわかっているよ。なにしろ、きみはラウズワースだものな。前に聞いた、きみの家がティンザーを取り込みたがっていて、そこに、きみが選ばれたってのも、理解はしている」

「そのために、僕が、どれほどの努力をし、屈辱に耐えてきたかも、かい?」

 

 2人の会話に、サマンサの体は凍りついた。

 逃げ出したいのに、全身が震え、足が動かない。

 頭の中は混乱しており、なにも考えられずにいる。

 

「知っているさ。そうまでして、婚姻を引き延ばしてきたのだからな」

 

 マクシミリアンは、いったいなにを、誰の話をしているのだろう。

 ティモシーは、分家の家督を継ぐまで待ってくれと言っていただけだ。

 引き延ばしたりなんかしていない。

 

「だが、彼女も、もう少しで19になる。これ以上は、無理だ」

 

 頭を棒切れかなにかで殴られたら、こういう感覚になるのだろうか。

 眩暈がして、目の前の光景が、ぐらぐらと揺れている。

 ティモシーは、マクシミリアンの言葉を肯定したのだ。

 

「なぁ、ティム。モードのことを、考えてやってくれないか? あいつは、お前を好いている。お前だって満更でもないはずだ」

 

 モードというのは、マクシミリアンの妹、マチルダの愛称に違いない。

 ティモシーは、確か、ティリーと呼んでいた気がする。

 マチルダは、今年で16歳になった。

 赤毛で青い瞳の可愛らしい女性だ。

 

「サマンサとの間に男の子ができれば、分家で側室を迎えるのは難しくなる」

「マックス」

 

 ティモシーの声が、ひどく固くなっていて、サマンサは怖くなってくる。

 足がすくんでさえいなければ、すぐにも立ち去りたかった。

 これ以上、聞いてはいけない気がする。

 2人の会話の先には、恐ろしいことが待っているに違いないのだ。

 

「僕は、サマンサとの間に、子をもうける気はない」

 

 瞬間、サマンサの頭の中が真っ白になる。

 思い描いていた、両親のような温かい家族の光景が、砕け散っていた。

 

「え……でも、それじゃあ……」

「別邸に通ってはいても、僕が、彼女にふれたことはないよ、マックス。ベッドをともにしたいとも思えないのに、子が成せるはずないだろう」

「そうか。だから、引き延ばしてきたってことかい?」

「あと1年ちょっとでサマンサは20歳を越える。出産は危険だと言えば、彼女も納得するはずだ」

「ああ、それを聞けば、モードも喜ぶ。あいつは1年くらい待てるさ。側室の三女だからな。それに、モードは1年後でも17か8だ。側室なら、ちょうどいい」

 

 彼らの会話が、耳に入っては抜け出ていく。

 サマンサにとっては、衝撃以外のなにものでもない。

 ティモシーが自分に見せていたのは、彼のほんのわずかな姿だけだった。

 表面上のものであり、内心では違う部分もあったのだ。

 だが、それを、ティモシーは完璧なまでに隠していた。

 

「きみの気持ちもわかる。あの体ではなぁ。頼むから服を着ていてくれと言いたくなる。私なら、エスコートも無理だよ。あの、ぶにゃぶにゃした手で掴まれるかと考えただけで、ゾッとする。本当に、きみは、よく耐えていると感心するね」

「十年だからな。慣れれば、たいしたことではないさ」

 

 すべての言葉が、サマンサの心を、すり潰していく。

 愛されているとは思っていなかったが、好意はあると信じていた。

 それほど嫌がられているとは思いもしなかったのだ。

 ティモシーは、1度も、彼女の外見に意見を述べていない。

 なにも言わなかった。

 

「婚姻の式の終わりに花嫁を抱き上げるというのが、最近の流行りだが、きみは、その波に乗れそうにないな」

 

 マクシミリアンが、おかしそうに笑っている。

 ティモシーの友人ということで、何度か挨拶をしたことがあった。

 マクシミリアンも、いい人だと思っていたのに、内心では、やはり、ほかの貴族たちと同じように、嘲笑っていたのだと気づく。

 

「サマンサも期待してはいないだろう」

「それは、そうだ。期待していたら、あんなにケーキを食べたりしないさ」

「彼女は……本当に食べるのが好きみたいでね」

 

 うんざりしたような口調だ。

 ティモシーとは頻繁に、一緒に食事をしている。

 なのに、食事を制限したほうがいいだとか、提案されたことはない。

 サマンサは、てっきりティモシーは、自分の体型を気にしていないのだと、思い込んでいた。

 

 貴族が外見にこだわると知ってはいても。

 

 今さら、こだわっていたと知るはめになるなんて、最悪な気分だ。

 その場で泣き崩れたくなるのを、必死で(こら)える。

 それでも、知らない間に、涙だけは、こぼれ落ちていた。

 胸が痛くて苦しくてしかたがない。

 

 誰に相手にされなくても、ティモシーだけは自分を好ましく思ってくれている。

 その気持ちが、今までサマンサを支えていたのだ。

 婚姻を待つことだって、平気だった。

 すべてティモシーの言葉を信じていたからだ。

 

(ティモシーは、嘘をついたわけじゃない……彼は、私との婚姻を望んでいるもの……ただ……とても不正直だった、というだけ……)

 

 彼はサマンサとの婚姻を望んでいるが、それは母親からの指示。

 彼女を愛しているとは言わなかったし、後継者について語ったこともない。

 だが、サマンサとは子を成さず、側室を迎えるつもりだとは話さなかった。

 彼女が誤認してもしかたがないところだけを切り取って、印象を操作している。

 

(こんな婚姻したくないわ……ティンザーを利用することも許さない……)

 

 ようやく、サマンサの思考が動き始めていた。

 立ち直ったわけではなかったが、自分のせいで両親や兄が巻き込まれてしまうのだけは阻止しなければならないと思ったのだ。


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