逸れていく筋書きで 4
両親と兄を向かい側に、サマンサは彼と並んで、食堂のテーブルについている。
ほとんどは、彼が話した。
中庭で打ち合わせた筋書き通りだ。
予想したように、3人は落胆している。
とくに兄は、がっかりした様子を隠せずにいた。
「実を言うと、私もがっかりしているのだよ、レヴィ」
食後のお茶をし始めてからだ。
彼の言葉に、サマンサは、なにを言い出すのかと焦る。
まさかと思う間にも、彼が「まさか」を口にした。
「本当に婚姻しないかとの提案を断られてしまってね」
「ちょ……っ……」
遮ろうとしたサマンサを、彼は、あっさりと無視する。
隣にいる彼女に視線すら向けない。
「確かに、恋愛的な婚姻にはならないさ。だとしても、私が彼女を気に入っているのは、間違いないのだよ? 与えられるものも多いし、それほど悪い話ではないと思うのだがなあ。本当に、残念だ」
3人の視線が、サマンサに集まっていた。
サマンサに魔術が使えていたら、彼の頭の中で怒鳴っていたはずだ。
この冷酷な人でなし。
彼女は、家族に、無駄な期待はしてほしくないと思っている。
婚姻相手として、彼は対象外だった。
ティモシー以上に「生涯、愛されない」とわかっている。
そんな男性との婚姻などしくたはない。
サマンサがほしいのは「愛し愛される」関係なのだ。
彼にだって、最初から、そう伝えてきた。
中庭で、彼の提案を聞きもせず断ったのを、根に持っているのだろうか。
そういう姑息さは持たない人のはずなのだけれども。
「サム……私は公爵様の申し出は、悪くないと思う。お前が公爵様の手伝いをしたことで評判を落としたとしても、それはお前も承知の上だったはずだ。それなのに公爵様は、お前の評判の回復に努めてくださろうとしているのだよ?」
兄の言葉に、呻きたくなった。
それは、サマンサにもわかっている。
正直、彼女は自分が役に立っているのかも不明な状態だ。
どちらかといえば、割を食っているのは、彼のほうだった。
「そうね。私も、ありがたいお話だと思うのだけれど……なにか、お断りする理由でもあるの、サム?」
母は、政略的な婚姻から愛が育まれるのを知っている。
最初は望むものとは違っても、時間が解決すると思っているに違いない。
だが、彼は違うのだ。
そもそも「愛は不要」としている。
いくら時間をかけても、愛は育まれない。
とはいえ、それは言えなかった。
まだ「支払い」は終わっていないし、サマンサ自身、彼の味方でありたいという思いはあるからだ。
「もちろん、私も身に余るご提案だと思っているわ。それは嘘ではないのよ?」
あえて「嘘ではない」と強調する。
嘘ではない、けれど、本心でもない。
彼の言葉の「ペテン」を、サマンサも使ったのだ。
当然、彼は、それを理解するだろう。
「では、なにが問題なのだろうねえ」
彼が、穏やかな微笑みを浮かべ、口を挟んでくる。
そのことに、イラっとした。
ガツッ!
テーブルの下で、彼の脛を蹴飛ばす。
が、彼は表情も変えず、サマンサに、にっこりした。
ものすごく厄介で、腹立たしい男性だ。
サマンサは、テーブルを引っ繰り返したくなる、物理的に。
「考えてもみて。私では、ローエルハイド公爵夫人なんて、分不相応でしょう? とても務まるとは思えないわ」
「なにを言う!」
声に、サマンサは驚く。
父が真剣な顔で、サマンサを見ていた。
「お前は賢い! 私は、常々、そう言ってきたではないか! 公爵様に対して無礼とは思うが、宰相の側近でも務まるお前に、公爵家ひとつ切り盛りできないはずがない! 分不相応などと自分を卑下する必要があるものか!」
「あ、あの……お父様……」
「無礼だなんて思いやしないさ、ドワイト。きみの言う通りだもの」
ガツッガツッ!!
サマンサは、彼の口を閉じさせようと、今度は足を何度も踏みつける。
室内履きだったので、夜会用の靴とは違い、踵がない。
むしろ、革靴の硬さに、サマンサの足のほうが痛かった。
「私は、サミーの聡明さを高く評価しているし、称賛もしているよ。そこが、気に入っているところでもある。当然に、彼女の美点は、そこだけではないがね」
「お、お兄様も仰っておられたわよね? 私は社交に疎いって!」
「そんなことを気にしていたのかい? 私が、社交に力を入れていると思うかね、ドワイト、リンディ?」
両親が揃って、首を横に振る。
打ち合わせにない筋書きに、サマンサは動揺していた。
このままでは、本当に婚姻させられる。
まさに、狐から逃げたら狼がいた、という気分だ。
彼の意図が、まったく読めない。
(さっきは中庭で、私とフレデリックを会わせると言っていたじゃないの!)
フレデリックを口説くつもりはないが、彼以外の男性と接するのもいいと思っていた。
新しい愛を手にするにしても、まずは男性に慣れる必要があるし、その点、フレデリックは適任だ。
彼の配下という意味で、安心できる。
その、フレデリックの名を出したことこそが原因かもしれないなどと、彼女は、考えもしない。
彼の中にある自分の価値は「駒」としてのものだと、思い続けている。
執着されているのは感じていても、それだって欲望や「駒」の価値からきているものに過ぎないと結論していた。
サマンサは、ティモシーとしかつきあった経験がない。
しかも、男女の親密さはなかったのだ。
そのせいで、やはり男女の機微には疎かった。
嫉妬という感情を向けられたこともなかったので、わからずにいる。
そもそも、彼が嫉妬をする姿など、頭の片隅にも思い浮かべたことがない。
外壁が狭まってくるような感覚に、サマンサは、ひたすら動揺していた。
彼が、なにをしたいのか、意味不明だ。
本当に婚姻なんてしてしまったら、大変なことになるのに。
なんとか、この包囲網から脱出できないかと頭を巡らせる。
だが、動揺し過ぎていて、うまく思考が働かない。
彼と最初に会った時と似ていた。
動揺させられるだけさせられて、正しい判断ができなくなるのだ。
「た、たとえそうでも、私は、夜会で嘲笑の的だったのよ? そのような者と婚姻すれば、彼が侮られてしまうわ」
彼の手が、サマンサの頬にふれてくる。
いかにも親密という仕草に、その手を振りはらいたくなった。
が、家族の前で、暴れるわけにはいかない。
いつも自分を心配してくれていた彼らに、恥をかかせることになる。
「ああ、サミー……私のことで、きみが心を痛める必要はないのに……」
もう我慢がならない。
サマンサは、彼の膝を、思いっきり、つねりあげた。
ふっと、彼がサマンサのほうに顔を向け、眉をひょこんと上げる。
首までかしげ「どうかしたかい?」と言いたげだ。
猛烈に頭にくる。
「私は、新しい愛を見つけたいのよ!」
つい怒鳴ってしまった。
立ち上がってまで、大声で言ってしまった。
「サム……」
「……サム」
「……サム……」
父、母、兄の順で、それぞれに呆れ声を出される。
遠回しに言うでもなく、曖昧に言葉を濁すこともなく、彼を拒絶したのだ。
彼の態度を鑑みれば、サマンサの言い分は、貴族として非常識に過ぎた。
「公爵様……誠に申し訳ございません。我が娘が、このような……」
「いいじゃないか、ドワイト。これが、サミーだ。自分の意思を貫き通す、まさにティンザー気質と言える。そういう彼女を、私は好ましく思っているのでね」
3人が、サマンサではなく、彼に称賛のまなざしを向けている。
ひどくいたたまれない気分で、サマンサは、イスに腰を落とした。
「それに、なにより大事にしなければならないのは、彼女の気持ちだ」
サマンサは、彼の言葉を疑わしく感じる。
彼は嘘はつかないが、言葉の「ペテン」を操るのだ。
なにか落とし穴が待ち受けている気がする。
「ねえ、きみ。ひとつ提案があるのだけれど、いいかい?」
いいも悪いもないくせに、と思った。
家族の前で逃げ場を塞がれ、あわや婚姻の約束をさせられるところだったのだ。
もとより、その提案を受け入れさせるために、追い詰めてきたに違いない。
身構えているサマンサの手を、彼が取る。
そして、わざとらしくも恭しく、手の甲に口づけた。
「きみが、新しい愛とやらを見つけられなかった時は、私と婚姻する。もちろん、きみに諦めがつくまで、私は待つよ」
どうしてこうなったのか。
彼は、新しい愛を見つける手助けをしてくれるはずではなかったのか。
混乱はおさまっていなかったが、家族の手前、うなずくしかなかった。
身動きもままならないほど、サマンサは、すっかり外壁に取り囲まれている。




