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策略と謀略 2

 サマンサは、ベッドの中で考えていた。

 これまでのことと、これからのことを、だ。

 

 昨日、劇場から馬車で王都の屋敷に戻り、そこから、彼の魔術でアドラントまで帰ってきている。

 気づかずにいたものの、疲れていたらしい。

 ベッドに入ったあとの記憶はなかった。

 記憶にある限り、初めてというくらい、ぐっすり眠れている。

 

 物心ついた頃から、彼女は「ぐっすり」とは縁遠くなっていた。

 自分と周りにいる女性との違いを意識するようになったからだ。

 ひと頃は、男性である兄ですら、すらっとしていて羨ましく感じた。

 なぜ自分はこうなのかと、思い悩むようになり、その悩みは最近まで解消されることはなかったのだ。

 

 昨日は、ようやくティモシーとの関係を終わらせている。

 十年もの間、想い続けてきた相手との決別だ。

 なのに、今朝は、体も頭も、やけにすっきりしていた。

 容姿が変わったのも理由のひとつだが、それよりも、自分の意思を明確にできたことが、サマンサに自信を与えている。

 

 嫌われるのが怖くて、言いたいことも言えずにいた自分にも気づけた。

 サマンサなりに強い自分を演出してきたが、それも間違いだったと思う。

 ティモシーに、あれこれ言いはした。

 だが、結局、サマンサ自身「なにもかも」は、話していなかったのだ。

 

(それにしても……ティミー……ティモシーは、まだ王都にいたのね)

 

 昨日は混乱していたし、動揺もしていた。

 そのため、気に()める余裕はなかったが、考えてみると妙な感じがする。

 

 あの夜会で、サマンサは、ティモシーのみならず、ラウズワースの面々に大恥をかかせることになった。

 婚約が公にされていなかったとはいえ、彼女とティモシーの仲は周知の事実。

 あの夜会で、2人の婚約は、公にされるはずだった。

 サマンサが返事を保留にしていたため、正式なものにできなかっただけだ。

 

(たまたま王都にいたのよね……でも、それ自体、不自然じゃないかしら……? ラウズワース夫人って、私の印象では、夜会の翌日に息子を辺境地に追いはらっていてもおかしくないもの。ティモシーは、いつも母親に怯えていたわ)

 

 いつだったか、ティモシーが「辺境地に行くことになったらどうする」と訊いてきたことがあるほど、ティモシーは母親から切り捨てられるのを恐れていた。

 その時は、もちろんついて行くつもりでいたが、それはともかく。

 

 ほかにも、様々、ティモシーから弱音や愚痴を聞かされている。

 ラウズワース夫人は、家門内での、相当な権力者だった。

 息子ですら簡単に切り捨てる人物だとの印象が、サマンサの中には残っている。

 だから、婚姻を認めてもらえるだろうかと、心配していたのだし。

 

(……劇場にティモシーが現れたのは、本当に偶然かしら?)

 

 とはいえ、サマンサの身を案じて「見守っていた」彼ですら、ティモシーの登場については想定外だったようだ。

 つまり、あれが偶然でなかったとしても、彼は関係ない。

 ティモシーが母親にたきつけられて、劇場に現れた可能性は、大いにある。

 

(夫人が、ティモシーと私を復縁させようとした、とか……?」

 

 どうにも釈然としなかった。

 夫人は、サマンサの「特別な客人」という立場が、便宜上のものだとは知らないはずだ。

 ローエルハイドを、あれほど恐れる貴族が考えることとは思えない。

 第一、大恥をかいたあとに、さらに傷を広げかねない愚かな行動でもある。

 

 そこまで考えて、サマンサは、原点に立ち戻った。

 ティモシーは、父と懇意になり、近づくべくして彼女に近づいている。

 とても長期的な計画だった、ということだ。

 

(そもそも、なぜ、私だったの? そこまでして、ティンザーを取り込みたかった理由というのは、なに? 破談になっても、まだ諦めないような……)

 

 ラウズワースは、元々、アドルーリットと懇意にしている。

 ティンザーなどアドルーリットに比べれば、格下もいいところだ。

 たとえ次男であっても、アドルーリットから正妻を迎えるのが自然だろう。

 実際、アドルーリットには、マチルダがいる。

 

(私個人ではなく、ティンザーとの婚姻……姻戚になることが重要だったのね)

 

 格下のティンザーと姻戚関係になることの「利」があるとすれば、なにか。

 しばし考えたのち、サマンサは、ハッとなる。

 

(王宮での裁定に、ティンザーの票がほしかったのだわ)

 

 魔術に関しては無頓着だった彼女だが、(まつりごと)には関心を寄せていた。

 ラウズワースでは、女性が政にも関与している。

 ティモシーとの婚姻を考えていたサマンサは、遅れを取るまいと、そこでも努力していたのだ。

 

(……アドラントに関わること……まさか領地返還させるつもり?)

 

 法を変えるには、王宮に属する重臣の過半数の票が必要となる。

 ローエルハイドは、基本的に政には干渉せずにいた。

 とはいえ、ローエルハイドがロズウェルドの貴族である以上、王宮の裁定に従わざるを得ない。

 

(まぁ、彼なら、王宮の裁定を引っ繰り返せなくはないだろうけれど……)

 

 正当な手続きを踏まれると、不利にはなる。

 裁定を引っ繰り返すため、彼は「力」に物を言わせることになるからだ。

 彼が、体裁やら外聞を気にするとは思わない。

 

(もちろん、やる時は、手段なんて選ばないはず……もしかして、今は、その手を使うのが難しいのじゃない?)

 

 そして、ふっと思い出す。

 ラウズワースの夜会の日のことだった。

 

(あの執事だわ。事情はともかく、彼は王宮に“無理”を通した。ローエルハイドの下位貴族なんて聞いたことがないもの。きっと新しい家門を作らせたのよ)

 

 短期間に、そう何度も「無理」を押し通せば、さすがに反感を買う。

 ローエルハイドは、力でなんでも押し切るとされてもしかたがないのだ。

 それを、彼は避けようとしたのだろう。

 普段、政に関与していないからこそ、無理が通せるということもある。

 

(しばらく、そのカードは使えないってことね。しかも、領地の問題は、国全体に関わる問題だもの。たとえ彼でも、簡単に、ごり押しはできない)

 

 わかるようでいて、わからない。

 王宮を動かしてまで、アドラントに領地返還させることの意味だ。

 アドラントは魅力的な領地だとは言える。

 だとしても、70年以上、手つかずでいた。

 今さら、との気持ちがぬぐえない。

 

 しかも、正当な手続きを踏まえたとしても、ローエルハイドに喧嘩を売るも同然の行為だ。

 アドラントが、長く法治外でやってこられたのも、それがある。

 ローエルハイドの逆鱗にふれたがる貴族などいない。

 

(そういえば、彼、言っていたわよね)

 

 『きみは、カウフマンを知っているかい? そこでだ。ちょいとばかし、きみに頼みがあってね。もうしばらく、ここに滞在してほしい』

 

 カウフマン。

 

 ロズウェルド屈指の豪商だ。

 その名とともに、彼は、サマンサに「滞在」を依頼している。

 彼女が、ここにいることが、対抗措置になるからに違いない。

 

(つまり、後ろで操っているのは、カウフマンということ? でも、彼は商人だし、すでにアドラントでも商売をしているのよ? 領地返還することに、なんの利益があるというの?)

 

 もしカウフマンが裏で王宮を操っていたのなら、サマンサとティモシーの婚姻もカウフマンの差し金ということになる。

 ただし、その芽は摘まれているのだ。

 ティンザーとラウズワースが姻戚関係になることはない。

 父が、ラウズワースと足並みを揃え、領地返還に合意することはないだろう。

 

(…………もう私の役割は終わっているのじゃない? 仮に、ティモシーが劇場に来たのが、カウフマンの仕組んだことだったとしても、私は拒絶した)

 

 結果としては、無駄な一手だと思わざるを得なかった。

 だいたい、サマンサは、彼の「特別な客人」だ。

 彼女になにか起きれば、彼が出て来るのは明白だろう。

 であれば、復縁を阻止されるのを前提にティモシーをぶつけてきたことになる。

 果たしてカウフマンが、そんな無駄な手を打つだろうか。

 

 サマンサは、カウフマンを、よく知らない。

 他国も含めた流通経路を多く持ち、手広く商売をしている豪商だというくらいだ。

 どこの貴族屋敷にも、カウフマンと関わる商人が出入りしている。

 

(まぁ、ティンザーはロズウェルド生粋の昔気質(かたぎ)な商人の出入りしか認めていないけれど……古くからのつきあいを、お父様は大事にしているから)

 

 彼らは、商売というものが好きなのだと、以前、父が言っていた。

 自らの足で品物を選び、自らの手で客に売る。

 楽ができるとわかっていても、カウフマンの流通経路を利用せずにいた。

 そのため、時間はかかるし、値段も少し割高になる。

 

 『信用というのは、金では買えないものだ。私は誠実な者と取引がしたい』

 

 ティンザーの財が、多少、圧迫されるが、サマンサも父と同意見だ。

 わけのわからない商人と取引をしようとは思わない。

 便利さと値段を優先させる、ほかの貴族とは違う。

 カウフマンと関わらずにいるティンザーのほうがめずらしいのだ。

 

(それだけカウフマンは上手くやっている。なのに、無駄なことをする? 確か、カウフマンは、アシュリー様の従兄弟の祖父、だったわよね? 孫を殺された私怨かしら? ティモシーと復縁させて、彼から、私を奪おうとした……?)

 

 その考えに、軽く肩をすくめる。

 それでは、報復には成り得ない。

 とても孫の命とは、つり合いが取れないだろう。

 サマンサの命を狙ったというのなら、ともかく。

 

(私たちの関係が便宜上のものだと知らないからって、愛妾を奪われたごときで、彼が傷心するはずがないことくらい、わかりそうなものよ)

 

 だとすると、目的はなんだったのか。

 考えても、それ以上のことは思いつかなかった。

 それよりも。

 

(カウフマンだけじゃないわ……私は、彼の片棒を担ぐと決めているけれど、彼にとって、私は……どういう価値があるの? ティンザーの票がカウフマンに流れることはなくなったのよ? ここに(とど)まらせる理由なんて……)

 

 あるとすれば、カウフマンが刺客を送り、サマンサを篭絡しようとする可能性。

 それくらいだ。

 だが、サマンサも馬鹿ではない。

 近づいてくる男性が、ティンザー狙いなのかの判断はつけられる。

 ティモシーが、そのやり口を教えてくれたからだ。

 

(なんだか彼の役に立てるとは思えなくなってきたわ。そろそろ用済みかしら)

 

 サマンサには、彼を独りにしたくないとの気持ちがある。

 ただ、それは、彼女の勝手な想いに過ぎない。

 便宜上の関係には必要のない想いだということは、サマンサにもわかっていた。


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