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芝居と茶番 4

 彼は、サマンサを腕にしたまま、ソファに腰をおろした。

 見た目に大きく変わっていないのは確かだ。

 それでも、腕に感じる感触が変わっていることには、気づいている。

 あの独特の弾力はなかった。

 

「もうおろしてもらえる?」

「嫌だね」

「あなたが軟弱ではないって証明はできたわよ?」

「私の膝が痺れると、きみは心配しているのだろう? その心配をきれいさっぱり拭い去らなけりゃ、私が納得できない」

 

 サマンサが、溜め息をつく。

 彼が、言い出したらきかないと、わかってきたようだ。

 もちろん、彼はサマンサを膝からおろす気はない。

 あの弾力はないものの、彼女を腕にしているのは気分が良かった。

 膝にある重みやぬくもり、感触も悪くない。

 

「もういいわ。好きなだけ重しになっていてあげるわよ」

「私は、(ろく)でもない男だからなあ」

「初めて聞く言葉ではないわね」

 

 呆れ声で言うサマンサに、手を伸ばす。

 サラリと流れ落ちている髪をすくいあげた。

 それを、じっと見つめる。

 本当に、綺麗な金髪だ。

 

「私は、きみの髪には抵抗感がない」

「金髪を好んではいないということ?」

「貴族には金髪を好む者が多いだろう?」

「女性として美しく見える髪の色だと言われているわね」

 

 その考えを、彼も否定はしていない。

 だが、固執する貴族たちの資質に嫌悪を感じる。

 金色の髪の女性が、他の女性を見下(みくだ)す傾向にあるのも、そのせいだからだ。

 ロズウェルドの貴族界隈では金髪の令嬢はもてはやされることが多い。

 結果、彼にすれば、性格に難あり、となる。

 

「金髪のご令嬢で、良い人には会った試しがない。ほとんどね」

「でも、あなたのお祖母様は、とても優雅な金色の髪の持ち主でしょう?」

「だとしても、面識がないのでは、判断基準にはならないよ」

 

 ローエルハイドの男で、金色の髪の女性を選んだのは、祖父だけだ。

 曾祖父も父も、別の髪色の女性を妻としている。

 髪の色で決めるわけではないが、金髪を、とりわけ好ましいとも思っていない。

 彼のように、嫌気がさす場合もあったのだろう。

 

「劇場に行ったら、きみは目立つだろうな」

「突然、どうしたの? 劇場って、なんの話?」

 

 彼は、サマンサの髪を、するりと手の上で滑らせた。

 肩に、それが落ちる。

 すぐに、またふれたくなるのを我慢した。

 サマンサがめずらしく大人しいので、つい手を伸ばしたくなるのだ。

 

(機嫌を損ねたら、後ろ脚でガツンとやられるだろうが)

 

 彼女は、暴れ馬さながら。

 なかなか懐かないし、気を抜くと振り落とされる。

 乗りこなすには時間がかかるに違いない。

 

(いや……乗りこなす気はない。乗る……乗るだなんて、そういう……)

 

「ちょっと! 劇場というのはどういうことって、訊いているのよ?」

 

 ぺしっと膝を叩かれた。

 彼は、内心で苦笑いする。

 これでは、どちらが「馬」かわからない。

 サマンサに乗馬鞭で、はたかれている気分だ。

 

「いいことを考えたと言っただろう? きみが納得のいく姿になったら、芝居でも観に行こうと思ってね」

「お芝居を?」

「観たことはあるかい?」

「いいえ、ないわ」

 

 そうだろうな、と思う。

 劇場は、夜会とは違うのだ。

 限られた貴族しか入れない場所ではない。

 席に格付けはあるが、下位の貴族や裕福な商人に、金さえ払えれば民でも中には入れてもらえる。

 

 そんな人目のある場所に、ティモシーがサマンサを連れて行ったとは思えない。

 2人が会っていたのは、主にティンザーの別邸だ。

 外に出るとしても、せいぜい夜会くらいのものだっただろう。

 

「王都の劇場か、サハシーの大劇場か。どちらがいい?」

「観光地には行ったことがないし……王都のほうが無難じゃない……?」

 

 サマンサは、どれくらい変われるのか、自信がないらしい。

 眉をひそめ、悩ましげな表情を浮かべている。

 サハシーは、ロズウェルドきっての一大観光地だ。

 貴族だけではなく、様々な人々が行きかっている。

 大勢の人の前に出ることを負担に感じているのかもしれない。

 

「では、まず王都で肩慣らしといこうか」

「私が、自分の姿に納得してからでいいのよね?」

「半月後の芝居の席を取っておくよ」

「あなたは、冷酷な人でなしだわ。心の準備をさせる気もないのね」

 

 彼は、むすっとしているサマンサの頬に、手をあてる。

 サマンサが「納得しない」なんて有り得ないのだ。

 あと半月。

 その時がきたら、きっと彼女にもわかる。

 

「きみのエスコート役を人任せにするのは、とても癪だが、しかたがない」

「え……? あなたが連れて行ってくれるのではないの?」

「席まで案内するのは、別の者に任せる」

 

 彼がついていけば、周りが怯えて近づいて来ない。

 サマンサのエスコートとなれば、自ずと彼だと知れる。

 魔術で髪や目の色は変えられても、骨格や顔立ちまでは変えられないのだ。

 帰りはともかく、行きは別の者にエスコートさせる必要があった。

 

 サマンサに注目を集めるために。

 

 将来的には、彼女の望んでいた「愛」に、そこから繋がるかもしれない。

 サマンサが去る時のために、種を蒔いておく。

 良い「芽」かどうかの判断はするつもりだ。

 再び悪い「芽」に絡め取られ、また彼女が傷つくことは避けたかった。

 

「そう……わかったわ。でも、そのエスコート役、あの執事ではないわよね?」

「ジョバンニではないよ。きみが、アシュリーに気を遣うとわかっているのでね」

「そうでなくても、私、彼とは折り合いが悪いの」

「ジョバンニは反省しているさ」

 

 アシュリーを大事にするあまり、ジョバンニは、サマンサを敵視していた。

 そのため、きつく当たったこともあるはずだ。

 サマンサが、彼を、小さくにらんでくる。

 

「反省というなら、あなたでしょう? アシュリー様を、自分の婚約者だと、彼に誤解させたまま、放置していたのだから」

 

 彼は、ひょいと肩をすくめた。

 サマンサは正しい。

 

 ジョバンニとアシュリーが、婚姻を約束する仲になるかどうかは、彼にとっても未知数だった。

 可能性は高くなく、アシュリーの傷が深くなるのを防ぐため、最善をとった。

 誤解を正さず、サマンサを「当てつけ」に使ったのだ。

 2人の仲が進展したからといって、利用した事実は変わらない。

 

「でも、そのことはいいわ。私は対価を支払うために、ここにいる。あなたの膝に座っているのもね」

 

 それは違う、と言いたくなった。

 ジョバンニの誤解を正さず、サマンサを利用したのは認める。

 そのためにこそ、彼女を「特別な客人」として迎え入れたのも認める。

 だが、今、サマンサを膝に乗せているのは「対価」としてではない。

 

 彼がしたくて、している。

 

 そう言いたかったが、やめておいた。

 少し距離を縮め過ぎたようだ。

 サマンサが、彼との間にある「線引き」を示している。

 彼が、その線を越えないと知っているからだ。

 

 サマンサは、暴れ馬ではあるが、聡明だった。

 手綱を引かなくても、危険と判断すれば、自ら足を止める。

 

「きみが、わきまえている女性で、とても助かる」

「あなたのペテンに引っ掛からないように注意しているのよ」

「それなら、きみを引っ掛ける新しい手を考えなくちゃならないな」

 

 自分には軽口がお似合いだ。

 愛を囁くような心は持ち合わせていない。

 彼は、本音を明かすことはないが、サマンサは時々それを掴みとっていく。

 心地良くも危うい感覚があった。

 

「ところで、私を劇場に連れて行くのは誰かしら?」

「それは、当日のお楽しみとしておこう」

「知らない誰か、っていう心の準備をしておくわ」

「きみが席についたら、隣にいるのは私だがね」

「そうなの? あなたは来ないのかと思ったのに」

 

 彼は、わざと顔をしかめる。

 まるで道化になった気分だ。

 とっくに「芝居」は終わっているのに。

 

「あまり残念そうに言わないでくれ、サミー。私が傷つくじゃあないか」

「しかたないでしょう? 本当に残念なのだから。あの執事以外なら、きっと私は気に入るもの」

 

 ちょっぴりイラっとして、癪に障った。

 彼は、フレデリックに、その役に任せようと考えていたのだ。

 2人は歳も近いし、フレデリックは女性の扱いにも慣れている。

 サマンサの言うように、きっと気に入るに違いない。

 

(先々ではともかく……今は時期ではないと、フレディに釘を刺しておくか)

 

 つまらないことを考えている、と思った。

 だが、ここにいる間は、サマンサは彼の「特別な客人」なのだ。

 彼の腕の中にていもらわなければ困る。

 

「それでも、きみは私と芝居を観ることになるのさ、サミー」


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