表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/160

勝負と賭け 4

 眠っているだけ、とは言われている。

 だが、なにが起きるのか、気になっていた。

 おかしなことをされるとは思っていない。

 彼は、自分との間に、一線を引いたのだ。

 

 そもそも、眠っている女性に妙な真似をする輩とは違う。

 必要があれば、起きている相手を誘えばいい。

 彼なら、どんな女性でも簡単に口説き落としてしまいそうだ。

 ティンザー気質のサマンサでさえ、愛がなくてもいいとの考えが、頭によぎったほどなのだから。

 

「少し説明をしておこうか」

 

 彼がベッドの縁に腰かけて来る。

 穏やかなまなざしに、サマンサを映していた。

 気まずい雰囲気より、なにもないほうがいい。

 思えば、彼に怒ってばかりの毎日を、自分は楽しんでいた気がする。

 

「ロズウェルドの者には、体の中に魔力を()めておくための器がある。体の器官のひとつだね。それが、体の造りとして、ほかの国の者たちと、大きく異なる点ではないかと考えられている」

「それで、魔術師がロズウェルドにしか……待って……でも、ロズウェルドの人と他国の人の間にできた子はどうなるの? あなたのお祖母様は、元アドラント国の皇女様でしょう? ロズウェルドの民ではないわよね?」

 

 ロズウェルドは、この大陸唯一の、魔術師のいる国だ。

 その要因が「器」にあるとしても、他国民との婚姻は禁止されていない。

 現に、彼に言ったように、彼の祖母はロズウェルド国民ではなかった。

 

「これも推測の域を出ていない話で、ご婦人に話すには、いささか気が引けるがね。男は種を、女性は実りをもたらすのさ。端的に言えばロズウェルドの男と他国の女性の間には、器ができる。逆はない。種のないところに実りはないだろう?」

「分かり易い説明だけれど、もう少し遠回しに言ってほしかったわ」

 

 わざと渋い顔をしてみせると、彼が、ひょこんと眉をあげる。

 それから、いたずらっぽく笑った。

 

「これが、大人の会話というものだ」

「それなら我慢するしかないようね。私は大人だもの」

「その通り。では、説明を続けよう。その器が魔力を維持できる状態になるのが、魔力顕現(けんげん)する、ということでね。たとえ器を持っていても、魔力顕現しなければ、魔力を溜めることも、それを維持することもできない」

「魔術師にはなれないって意味でしょう? 私も魔力顕現していないから、魔術師にはなれないのよね」

 

 一般的に、魔力顕現は8歳から12歳くらいまでの間に起きる。

 魔力顕現すると、どこからともなく王宮魔術師がやってきて、王宮に連れて行かれると聞いていた。

 魔術師として、様々なことを学ぶ必要があるから、だそうだ。

 

「魔術師というのは、魔力を維持し続けられて初めて魔術師となるのだよ。単に、魔力顕現していれば魔術師になれるのではないのさ」

「そうなると……ああ、そういうことね」

 

 彼が、なにか嬉しそうに、ふっと笑う。

 サマンサは意味がわからず、横になったまま、首をかしげた。

 彼の手が伸びてきて、額にかかる前髪をかきわける。

 その指で、ちょんと額をつつかれた。

 

「きみは、理解が早いな」

「この国の民なら、魔術師が国王陛下から魔力を授かっているって、誰でも知っているじゃない」

 

 すなわち、他国で器を持って産まれた子がおり、その子が魔力顕現したとしても、ロズウェルド国王との契約なしには魔力を維持し続けられない、ということ。

 さっき彼は「魔力が維持し続けられて初めて魔術師となる」と話している。

 国王との契約が結べない他国民では、魔術師になれなくて当然だ。

 なにしろ魔術師の基本となる魔力が与えてもらえないのだから。

 

「例外はあるにしても少数だ。ところで、逆に魔力顕現しなかった者の器は、どうなると思う?」

「使わない器官になるのだから、退化していそうね」

「きみの論理的思考には頭が下がるよ」

 

 どうやら正解だったらしい。

 そこで、ようやく彼の「説明」の意図を悟った。

 

「私に、もう少し蘊蓄(うんちく)を語らせてほしかったなあ」

 

 彼も、サマンサが悟ったのを察したようだ。

 わざとらしく残念がっている。

 しかも、楽しそうに。

 

「私の器は、退化していない」

「退化といっても、なくなるわけではなく、本来は、成長に合わせて小さくなる。だが、きみは、体の成長とともに、器も育ってしまったってふうかな」

「無駄だわ。魔力顕現していないのに」

「だから、エネルギー効率が悪いのさ。普通なら、体が使うはずのエネルギーを、器が食べてしまっているようなものだ」

 

 理屈がわかると、納得ができた。

 今の体型自体が器の影響による。

 そして、食べてもエネルギーは器が消費しているため、太りはしない。

 だが、食べなければ器にかかるエネルギー不足のため、ぶっ倒れる。

 

「でも、食べられる量には制限があるみたいよ? 1度に、たくさん食べることはできなかったもの」

「器が食べるのは、あくまでもエネルギーだけなのだろうな」

()(ごの)みするなんて、器って厄介ね。どうせ食べるのなら、好き嫌いせずにいてくれれば、私が苦労することはなかったのに」

「器は、魔力を溜める器官として存在しているようだからね。物理的なものは受け付けないのじゃないかな」

 

 サマンサは、自分の体について、なにも知らなかったのだと知った。

 この体型に、魔力や器が関係しているとは、考えたことがない。

 そういうものは、魔力顕現した魔術師だけの話だと思っていたからだ。

 

「それなら、あなたは私が眠っている間に、その器をどうにかしてくれるのね?」

「ご明察」

「魔力顕現していない場合の、体に見合った大きさにするとか?」

 

 彼が、軽く肩をすくめる。

 きっと返事をしないのが、返事だ。

 

「え……まさか、あなた、私の体の中に手を突っ込んで……」

「具体的には、考えないがいいよ、きみ」

「そうね……そのほうがいいって気がするわ……」

 

 彼の「処置」中、眠っていられるのは幸いだった。

 意識のあるまま、体内をかき回されるなんて、ゾッとする。

 痛くはないのかもしれないが、相当に気持ちが悪いことになりそうだ。

 

「明日の夜、目が覚めた時には、器の問題は解決しているだろう」

「そのあと、私は苦しむのかしら」

「半日か、それ以上は、動くのも難しいってほどに」

「それを乗り越えたら?」

「動けるようにはなるが、しばらく体調不良が続く。体が変化に馴染むまではね」

 

 しばらくというのが、どのくらいの期間かはともかく、我慢するよりない。

 永遠に呻き続けるわけではないのだし。

 

「すぐに、すらっと細身になれるのかと思っていたわ」

「そこまで魔術は万能ではない」

 

 風船がしぼむみたいには、いかないのだろう。

 それでも、最終的に望む姿になれるのなら、贅沢は言えなかった。

 変われるだけでも奇跡に近いことなのだ。

 彼と関わらずに生きていたら、生涯、この姿のままだった。

 

「だが、きちんと食事をして、睡眠をとらなければいけないよ?」

「そうなの?」

「急に、今までの生活を変えれば体がついていけなくなる。むしろ、馴染みにくくなるだろう。それと、尖塔を登ったり降りたりするのは禁止だ。普通に倒れる」

「今だって、していないじゃない」

 

 サマンサは答えながら、ちょっぴり笑う。

 自分の愚痴やら弱音やらを、彼は笑い話にしてくれた。

 その話をする時は、惨めな気分になるかと思っていたのに、逆だったのだ。

 とても気楽に、笑いながら話していた自分を覚えている。

 

「きみは、なにをしたい?」

 

 変わったあと、ということだろう。

 実際的なことは、なにも考えていなかった。

 生涯、この姿で嘲られ続けるのが、嫌だっただけだ。

 けれど、なにも考えていないだなんて、せっかく手を貸してくれる彼に、申し訳ない気がした。

 無理矢理に、したいことを捻り出す。

 

「大胆なドレスを着てみたいわね」

「用意しておこう」

「そのドレスを着て、外出をして、みんなを驚かせたいかも」

「考慮する」

 

 サマンサは、手を伸ばし、彼の手を握った。

 黒い瞳を見つめて言う。

 

「やけに大盤振る舞いしてくれるのね」

 

 彼は、後ろめたさを感じているのだろうか。

 この提案は、彼にとっての「埋め合わせ」なのだ。

 愛を不要としたことに、罪悪感をいだいているのかもしれない。

 

 彼の手を握っているサマンサの手を、彼が掴み直してきた。

 その彼女の指先に、彼は、そっと口づける。

 そうしながら、じっと目をつむっていた。

 

「これから、きみを寝かしつける」

 

 サマンサは、口を開きかけて、やめる。

 なんとなく、この静かな時間を大事にしたかったのだ。

 

「そのためではないが……そのためだと思ってくれ」

 

 彼が、サマンサの手を離す。

 その手で、彼女の目を覆った。

 彼の手の下で、サマンサは目を伏せる。

 

「おやすみ……サミー……」

 

 ふわりとした感触が唇にあった。

 これは、けして「おやすみ」の口づけではない。

 わかっていたけれど、サマンサは、なにも言わず、その口づけを受け入れる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ