勝負と賭け 4
眠っているだけ、とは言われている。
だが、なにが起きるのか、気になっていた。
おかしなことをされるとは思っていない。
彼は、自分との間に、一線を引いたのだ。
そもそも、眠っている女性に妙な真似をする輩とは違う。
必要があれば、起きている相手を誘えばいい。
彼なら、どんな女性でも簡単に口説き落としてしまいそうだ。
ティンザー気質のサマンサでさえ、愛がなくてもいいとの考えが、頭によぎったほどなのだから。
「少し説明をしておこうか」
彼がベッドの縁に腰かけて来る。
穏やかなまなざしに、サマンサを映していた。
気まずい雰囲気より、なにもないほうがいい。
思えば、彼に怒ってばかりの毎日を、自分は楽しんでいた気がする。
「ロズウェルドの者には、体の中に魔力を溜めておくための器がある。体の器官のひとつだね。それが、体の造りとして、ほかの国の者たちと、大きく異なる点ではないかと考えられている」
「それで、魔術師がロズウェルドにしか……待って……でも、ロズウェルドの人と他国の人の間にできた子はどうなるの? あなたのお祖母様は、元アドラント国の皇女様でしょう? ロズウェルドの民ではないわよね?」
ロズウェルドは、この大陸唯一の、魔術師のいる国だ。
その要因が「器」にあるとしても、他国民との婚姻は禁止されていない。
現に、彼に言ったように、彼の祖母はロズウェルド国民ではなかった。
「これも推測の域を出ていない話で、ご婦人に話すには、いささか気が引けるがね。男は種を、女性は実りをもたらすのさ。端的に言えばロズウェルドの男と他国の女性の間には、器ができる。逆はない。種のないところに実りはないだろう?」
「分かり易い説明だけれど、もう少し遠回しに言ってほしかったわ」
わざと渋い顔をしてみせると、彼が、ひょこんと眉をあげる。
それから、いたずらっぽく笑った。
「これが、大人の会話というものだ」
「それなら我慢するしかないようね。私は大人だもの」
「その通り。では、説明を続けよう。その器が魔力を維持できる状態になるのが、魔力顕現する、ということでね。たとえ器を持っていても、魔力顕現しなければ、魔力を溜めることも、それを維持することもできない」
「魔術師にはなれないって意味でしょう? 私も魔力顕現していないから、魔術師にはなれないのよね」
一般的に、魔力顕現は8歳から12歳くらいまでの間に起きる。
魔力顕現すると、どこからともなく王宮魔術師がやってきて、王宮に連れて行かれると聞いていた。
魔術師として、様々なことを学ぶ必要があるから、だそうだ。
「魔術師というのは、魔力を維持し続けられて初めて魔術師となるのだよ。単に、魔力顕現していれば魔術師になれるのではないのさ」
「そうなると……ああ、そういうことね」
彼が、なにか嬉しそうに、ふっと笑う。
サマンサは意味がわからず、横になったまま、首をかしげた。
彼の手が伸びてきて、額にかかる前髪をかきわける。
その指で、ちょんと額をつつかれた。
「きみは、理解が早いな」
「この国の民なら、魔術師が国王陛下から魔力を授かっているって、誰でも知っているじゃない」
すなわち、他国で器を持って産まれた子がおり、その子が魔力顕現したとしても、ロズウェルド国王との契約なしには魔力を維持し続けられない、ということ。
さっき彼は「魔力が維持し続けられて初めて魔術師となる」と話している。
国王との契約が結べない他国民では、魔術師になれなくて当然だ。
なにしろ魔術師の基本となる魔力が与えてもらえないのだから。
「例外はあるにしても少数だ。ところで、逆に魔力顕現しなかった者の器は、どうなると思う?」
「使わない器官になるのだから、退化していそうね」
「きみの論理的思考には頭が下がるよ」
どうやら正解だったらしい。
そこで、ようやく彼の「説明」の意図を悟った。
「私に、もう少し蘊蓄を語らせてほしかったなあ」
彼も、サマンサが悟ったのを察したようだ。
わざとらしく残念がっている。
しかも、楽しそうに。
「私の器は、退化していない」
「退化といっても、なくなるわけではなく、本来は、成長に合わせて小さくなる。だが、きみは、体の成長とともに、器も育ってしまったってふうかな」
「無駄だわ。魔力顕現していないのに」
「だから、エネルギー効率が悪いのさ。普通なら、体が使うはずのエネルギーを、器が食べてしまっているようなものだ」
理屈がわかると、納得ができた。
今の体型自体が器の影響による。
そして、食べてもエネルギーは器が消費しているため、太りはしない。
だが、食べなければ器にかかるエネルギー不足のため、ぶっ倒れる。
「でも、食べられる量には制限があるみたいよ? 1度に、たくさん食べることはできなかったもの」
「器が食べるのは、あくまでもエネルギーだけなのだろうな」
「選り好みするなんて、器って厄介ね。どうせ食べるのなら、好き嫌いせずにいてくれれば、私が苦労することはなかったのに」
「器は、魔力を溜める器官として存在しているようだからね。物理的なものは受け付けないのじゃないかな」
サマンサは、自分の体について、なにも知らなかったのだと知った。
この体型に、魔力や器が関係しているとは、考えたことがない。
そういうものは、魔力顕現した魔術師だけの話だと思っていたからだ。
「それなら、あなたは私が眠っている間に、その器をどうにかしてくれるのね?」
「ご明察」
「魔力顕現していない場合の、体に見合った大きさにするとか?」
彼が、軽く肩をすくめる。
きっと返事をしないのが、返事だ。
「え……まさか、あなた、私の体の中に手を突っ込んで……」
「具体的には、考えないがいいよ、きみ」
「そうね……そのほうがいいって気がするわ……」
彼の「処置」中、眠っていられるのは幸いだった。
意識のあるまま、体内をかき回されるなんて、ゾッとする。
痛くはないのかもしれないが、相当に気持ちが悪いことになりそうだ。
「明日の夜、目が覚めた時には、器の問題は解決しているだろう」
「そのあと、私は苦しむのかしら」
「半日か、それ以上は、動くのも難しいってほどに」
「それを乗り越えたら?」
「動けるようにはなるが、しばらく体調不良が続く。体が変化に馴染むまではね」
しばらくというのが、どのくらいの期間かはともかく、我慢するよりない。
永遠に呻き続けるわけではないのだし。
「すぐに、すらっと細身になれるのかと思っていたわ」
「そこまで魔術は万能ではない」
風船がしぼむみたいには、いかないのだろう。
それでも、最終的に望む姿になれるのなら、贅沢は言えなかった。
変われるだけでも奇跡に近いことなのだ。
彼と関わらずに生きていたら、生涯、この姿のままだった。
「だが、きちんと食事をして、睡眠をとらなければいけないよ?」
「そうなの?」
「急に、今までの生活を変えれば体がついていけなくなる。むしろ、馴染みにくくなるだろう。それと、尖塔を登ったり降りたりするのは禁止だ。普通に倒れる」
「今だって、していないじゃない」
サマンサは答えながら、ちょっぴり笑う。
自分の愚痴やら弱音やらを、彼は笑い話にしてくれた。
その話をする時は、惨めな気分になるかと思っていたのに、逆だったのだ。
とても気楽に、笑いながら話していた自分を覚えている。
「きみは、なにをしたい?」
変わったあと、ということだろう。
実際的なことは、なにも考えていなかった。
生涯、この姿で嘲られ続けるのが、嫌だっただけだ。
けれど、なにも考えていないだなんて、せっかく手を貸してくれる彼に、申し訳ない気がした。
無理矢理に、したいことを捻り出す。
「大胆なドレスを着てみたいわね」
「用意しておこう」
「そのドレスを着て、外出をして、みんなを驚かせたいかも」
「考慮する」
サマンサは、手を伸ばし、彼の手を握った。
黒い瞳を見つめて言う。
「やけに大盤振る舞いしてくれるのね」
彼は、後ろめたさを感じているのだろうか。
この提案は、彼にとっての「埋め合わせ」なのだ。
愛を不要としたことに、罪悪感をいだいているのかもしれない。
彼の手を握っているサマンサの手を、彼が掴み直してきた。
その彼女の指先に、彼は、そっと口づける。
そうしながら、じっと目をつむっていた。
「これから、きみを寝かしつける」
サマンサは、口を開きかけて、やめる。
なんとなく、この静かな時間を大事にしたかったのだ。
「そのためではないが……そのためだと思ってくれ」
彼が、サマンサの手を離す。
その手で、彼女の目を覆った。
彼の手の下で、サマンサは目を伏せる。
「おやすみ……サミー……」
ふわりとした感触が唇にあった。
これは、けして「おやすみ」の口づけではない。
わかっていたけれど、サマンサは、なにも言わず、その口づけを受け入れる。




