表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/160

正式と代理 4

 サマンサが、軽く手を腕に乗せている。

 その手を、ぐいっと引っ張り、彼は自分の腕に、しっかりと掴まらせた。

 

「きみが転んで怪我をしてはいけないからね」

 

 声をかけても、彼女は黙っている。

 ファーストダンスを踊るはめになったのが、腹立たしくてしかたがないのだ。

 サマンサは、アシュリーを気にかけている。

 自らの境遇と、どうしても重ね合わせてしまうに違いない。

 

(まぁ、いいさ。彼女も、いずれ気づく)

 

 不機嫌そのもののサマンサを連れ、ダンスホールに入った。

 とたん、貴族たちが踊るのやめ、壁際へと散っていく。

 王族相手でもあるまいし、と彼らの臆病さに呆れた。

 視線だけで、サマンサを窺う。

 彼女は、なにやら思案深げに眉をひそめていた。

 

「どうかしたかい?」

「さっきも思ったのだけれど、あなた、すごく恐れられているのね」

「頼んた覚えはなくとも、道を譲ってくれる者は多いな」

「どうしてなの? なにもされていないのに怯えるなんて、おかしな話だわ」

 

 サマンサは、彼らの「後ろ暗さ」を知らずにいる。

 ティンザーとは関わりがないからだ。

 常に中立の立場を守り、己の誠実さによってのみ判断をくだすのがティンザーの家風だった。

 日和見主義なブレインバークや損得で動く者たちとは、基準を異にしている。

 

 サマンサは、そういう家で育った。

 そのため、いつ彼の逆鱗にふれるかわからないといった、彼らの恐怖を理解できないのだろう。

 

「だが、きみだって、私を冷酷な人でなしだと言うじゃないか」

「あら、(ろく)でなしが抜けているわよ?」

「それは、失礼」

「だとしても、危害を加えられてはいないし、害される覚えもないもの」

 

 ホールの中央に立ち、サマンサの手を取る。

 音楽に合わせて、足を踏み出した。

 軽く腰に手を添えるだけで、サマンサは楽々と踊り始める。

 彼の足を踏む心配はなさそうだ。

 

「きみのように言い切れる者ばかりではないのさ。正直、私は今まで彼らを害したことはないのだよ。まだ、ね」

「予定でもあるような言いかただわ」

「そう遠くないうちに起こり得ることだな」

 

 彼は、サマンサの反応を見ている。

 最初に屋敷を訪ねてきた時から、サマンサは、彼を恐れてはいなかった。

 さっき彼女自身が言ったように、害されるとは思わずにいたからだろう。

 だが、彼が、ほかの者に対して取る行動までは、想像していなかったはずだ。

 

「どこかと戦争をするわけではないでしょう?」

「そこまで剛毅ではないよ」

「大公様は、敵兵数十万を、ひと晩で壊滅させたとされているわよね?」

「当家の文献によると、事実のようだ」

 

 サマンサは、くるんっとターンをしても、軽々と体勢を維持している。

 体型を考えれば、相当に練習を積んできたのは間違いない。

 披露する場はなかっただろうけれども。

 

(ティモシー・ラウズワース。馬鹿な男だ。彼女の真価もわからずにいたとは)

 

 サマンサは、例の夜会でティモシーの真意に気づくまで、尽くしてきたはずだ。

 幼い憧憬から、年齢に伴い、その心は恋へと変化した。

 

 彼女は、確かにティモシーを愛していたのだ。

 

 復縁は有り得ないと、サマンサは言っている。

 だが、それは両親や家門を守るための選択をした結果だ。

 彼女の心にティモシーがいないとは言い切れない。

 

 自分でも、なぜそれが気になるのか、気づいている。

 愛とは無関係であっても、サマンサに好意をいだいていた。

 彼が、彼女に女性的な魅力を感じていると言っているのは戯言ではない。

 なにしろ、サマンサは面白い。

 そして、彼を理解していた。 

 

 割り切ったというほどではなく、けれど踏み込み過ぎないような、ちょうど良い距離感でつきあいたいと思っている。

 その「ちょうど良い距離感」の中に、本当は、ベッドでのことも含めたいのだ。

 

「おかげで、ロズウェルドは長く平和を保っているじゃない?」

 

 サマンサは、彼の内心には気づかず、話を続けていた。

 彼は、サマンサの聡明さに強く惹かれている。

 説明を省略しても、話が通じるところやなんかに。

 

「あなたには、アドラントの平和を保つ義務があるものね」

「そこまで、大袈裟なことになるかは、わからない」

「なるに決まっているわ。あなたと私では認識している規模が違うのかもしれないけれど」

 

 彼は、サマンサの腰から少し下へと手を伸ばした。

 傍目(はため)には、サマンサを支えているようにしか見えないはずだ。

 

「なぜ、そう思うのかな?」

「だって、あなた、人を殺す気でしょう?」

 

 平然と、サマンサが言い放つ。

 これほどまでに、きっぱりされると、苦笑いを浮かべるしかない。

 恐れを知らないにもほどがある。

 

 人は「人を殺す」ということに、少なくない恐怖を覚えるものだ。

 野盗などのように、平気で人殺しをする者もいる。

 だが、それは、実際には特殊な部類に入ると言えた。

 誰にでも「殺してやりたい」というほどの怒りの感情はあるにしても、誰でもが実行したりはしない。

 感情に任せて人を殺すより、人殺しになることへの抵抗感のほうが強いからだ。

 

「きみは、そういったことに、ずいぶんと寛大らしい」

「寛大ではないわよ。でも、あなたはアドラントの(あるじ)ですもの。私たちの平和は、大公様が大勢の敵兵を犠牲にした上に成り立っている。それを享受しているのに、非道だのとは言えないわ。同じように、あなたがすることに対して、非難する気はないってだけよ」

 

 サマンサと、あえて体を密着させながら、彼は顔を近づける。

 薄い緑の瞳に、嘘はない。

 というより、彼女が嘘をつくとは思っていなかった。

 

 サマンサは生粋のティンザー気質だ。

 嘘をつくのがいけないことだとか、あたり前の理屈すら必要としていない。

 嘘よりも誠実さが先に立つ。

 

(たとえ相手を思いやる気持ちからであっても、彼女にはついていい嘘などないのだろうな)

 

 彼も、嘘はつかない。

 ただし、本音も語らない。

 自分でも、誠実さには欠けると思っている。

 サマンサとは違うところでもあった。

 

「私が、なにをするかもわからないのに?」

「そうね。なにをするかは知らないし、知ったことでもないわ」

「きみを巻き込むことになるかもしれないよ?」

「やめて。もう巻き込んでいるのに、今さら言い訳じみたことを言う必要ある?」

 

 彼は、くすくすと笑う。

 具体的なことはともかく、サマンサは本気で条件を守ろうとしているのだ。

 彼女が提示した「駒になる」との決意は固いらしい。

 どういうことになろうと、彼の「片棒」を担ぐつもりでいる。

 

「それより……ねえ……ちょっと……」

 

 サマンサの頬が、わずかに赤くなっていた。

 彼の手が、腰より下にあるのを、さっきから意識している。

 ステップを間違わないようにしつつも、居心地が悪そうだった。

 

「体を支えてもらわなくても、あなたの足を踏んだりしないわよ?」

「知っている」

「知っている?」

「きみのステップは完璧だし、バランスを崩すとも思っていない」

 

 彼の言っている意味と行動が、今ひとつ理解できていないという顔をしている。

 ほかのこととは違い、サマンサは、男性とのつきあいかたには(うと)い。

 自らに、女性的な魅力がないと思い込んでいるせいだ。

 

 手の位置はそのままに、サマンサの体を引き寄せる。

 耳元に口を寄せ、囁いた。

 

「きみが言ったのじゃないか」

「なにを……?」

「私が破廉恥な男だと言っただろう? それに、私も言ったはずさ」

 

 口を寄せたサマンサの耳が、赤くなっている。

 悪くない兆候だ。

 

「きみに女性的な魅力を感じていて、それを証明する手立てを持っているってね」

「そ、その手を、今すぐどかさないと……」

「ステップを間違えたり、大声を出したりすると、目立ってしまうよ? ここで、今、踊っているのは、私たちしかいないのだからね」

 

 サマンサは、少し体をこわばらせたが元の調子に戻り、綺麗にターンをする。

 今度は、彼女から顔を寄せてきて、彼に囁いた。

 

「この人でなしの冷血漢。恥知らずの(ろく)でなし」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] この場面、前の話でものすごく気になっていて、いい雰囲気なのでは…??サマンサとジェレミーは実は本気で付き合っているのでは…??と思った場面なので、サマンサ側からの視点が知れて楽しいです。 少…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ