表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/160

正式と代理 1

 サマンサは、馬車で夜会の会場に向かっていた。

 正面には、ジョバンニが座っている。

 無表情ではあったが、サマンサを観察している気配を感じた。

 よほど「特別な客人」に不満をいだいているのたろう。

 

 気持ちは理解できるが、サマンサとて、好きで、この立場にいるのではない。

 そのため、ジョバンニの無表情さと目つきが癇に障った。

 結局、髪を結ってしまったので、顔が隠せずにいる。

 それもあって、じろじろ見られている気分にさせられた。

 

「値踏みするような目で見るのは、やめてちょうだい」

 

 ぴしゃりと言ったが、ジョバンニは平然としている。

 

「値踏みする必要があるとでも? 旦那様の“特別なお客様”だというのに?」

 

 淡々とした口調で言い返され、サマンサは眉をひそめる。

 当てこすりの類は嫌いだ。

 ジョバンニの言葉は、直線的に過ぎる。

 遠回しな皮肉なら避けようもあるが、直線で来られると真正面からの打ち合いをしなければならない。

 

「ラウズワースのご子息との婚姻が、それほど不本意だったとは」

 

 その言葉に、キッと、ジョバンニをにらみつける。

 ジョバンニは、どうしても彼女を、狩場に引き出したいようだ。

 サマンサがにらんでも、口を閉じようとしなかった。

 

「政略的な婚姻は、めずらしいことではないかと」

「あなたには関係ないわ。よけいな詮索はしないほうがいいわよ?」

「一般論を口にしたまでですが」

「人には、いろいろな事情があるでしょう?」

「ええ、もちろん。婚姻を拒むために、特別な客人になるかたも……」

「私にとっても、予定外だったわ!」

 

 これだから、正面からのやり合いは嫌いなのだ。

 言わなくてもいいことを言ってしまった。

 ジョバンニが、わずかに目を細める。

 それだけで、自分の意図を悟られたことに気づいた。

 

「つまり、あなたは旦那様との婚姻を望んでおられたと?」

「どうかしら」

 

 短く答え、横を向く。

 これ以上、ジョバンニに答えを渡すのは不本意だ。

 条件には、口外しないことも含まれている。

 

「旦那様が婚約されていると、ご存知でない?」

「今は“存じて”いるわよ」

「なにを対価に?」

 

 はっきり言って「対価」については、棚上げになっていた。

 愛妾本来の「対価」は条件に含まれていないと念押しもされている。

 だから、訊かれたって、答えようがない。

 サマンサは、顔を横に向けたまま、ぶっきらぼうに言った。

 

「あら、あなたは知らないの? “特別な客人”が、なにを対価にするか。それとも、私にそうした魅力がないと言うつもり? だとすれば、あのかたの趣味を馬鹿にしている、ということになるわね」

「旦那様は、悪ふざけが過ぎるおかたですので」

 

 その言葉に、サマンサはたじろぐ。

 自分の感情に、戸惑っていた。

 彼の甘い囁きやなんかが「悪ふざけ」だと、わかっていたはずだ。

 なのに、胸の奥が、ちくちくする。

 

(ああ、まずい……ティミーのことで、あれほど懲りたと思っていたのに……)

 

 うっかり彼の言葉を本気にするところだった。

 どこかで、本気ならいいのに、と考えていたのかもしれない。

 ともかく、彼が魅力のある男性だというのは事実なのだし。

 

「彼は、あなたに、そう思われていると知っているのかしら?」

「もちろん、ご承知かと」

 

 だとすれば、彼の態度を真に受けてはいけない、ということになる。

 ジョバンニは執事以上の存在だ。

 それほど近くにいる者が「悪ふざけ」と言っている。

 サマンサは、ジョバンニほど彼を知らないため、印象で受け止めざるを得ない。

 比べれば、どちらが正しいかは判断に容易かった。

 

 小さく息を突いた時、馬車が止まる。

 会場についたらしい。

 ようやく、この不愉快な会談も終わりだ。

 

「私を気に食わないと思っているのは、よくわかったわ。でも、ここからは態度を改めてちょうだい。あなたは“私の”エスコート役だってことを忘れないで」

「片時も忘れることはございませんので、ご安心を」

 

 どうだか、とは思ったが、口には出さない。

 すでに馬車の扉は開かれている。

 ジョバンニには、上手くやってもらわなければ困るのだ。

 機嫌を取る気はないが、機嫌を損ねる気もなかった。

 

 馬車を降り、差し出された腕に軽く手を置く。

 ティモシーと夜会に出席していた時は、しっかり腕を回していたが、今となっては、そんな気持ちになれない。

 ジョバンニが相手だからではなく、マクシミリアンの声が、耳にまとわりついているのだ。

 

 ジョバンニは、彼の代理として、否応なしに、サマンサをエスコートしている。

 もしかすると、内心で、ゾッとされているかもしれない。

 想像して、サマンサのほうがゾッとする。

 

 自分の知らないところで、そこまでの不快感を人に与えていた。

 気づいてしまうと、腕に手を乗せるだけでも躊躇(ためら)ってしまう。

 それでも、形だけは整える必要がある。

 ゾッとされていようが、ジョバンニには耐えてもらうしかないのだ。

 

 入り口で、ジョバンニが招待状を渡していた。

 受付係が(いぶか)しそうな表情をしていたが、サマンサも心の中で首をかしげる。

 

(あれは、ティンザー宛の招待状ではなかったわ。お父さまたちは、欠席で返事を出しているって、彼が言っていたし……この人、貴族なのね……)

 

 ジョバンニは貴族爵位を持っているに違いない。

 招待状にも2種類あり、主催者から直接に出されたものと、出席する上位貴族が同伴者として下位貴族を誘うものとがある。

 聞いたことはないが、おそらくローエルハイドの下位貴族なのだろう。

 

(ローエルハイドの下位貴族……名を知らないから、新しい家門ということ?)

 

 話しておいてくれればよかったのにと、少しムッとした。

 会場で、誰かにジョバンニのことを聞かれた際、困るのはサマンサなのだ。

 なにしろ、ジョバンニについては、ローエルハイドの執事で、無礼な人だということくらいしか知らずにいる。

 

 会場の手前で、不意に、ジョバンニがサマンサのほうに顔を向けた。

 穏やかに微笑んでいる。

 無礼な人ではあるが、サマンサに恥をかかせようとは思っていないらしい。

 

「あなた、そういう顔もできるのね」

「自分で言うことではありませんが、私は優秀なので」

 

 (はばか)らない台詞に、思わず、小さく笑った。

 おかげで、緊張がほぐれる。

 なににしろ、ジョバンニに任せて、自分は控えていればいい。

 挨拶さえすませれば、相手に話しかけられたり、連れの男性に促されたりしない限り、女性は率先して話す必要はないのだ。

 

「お心のご準備は?」

「できているわ」

 

 大ホールに足を踏み入れたとたん、一瞬、ざわめきが消える。

 が、すぐに、ひそひそ声が聞こえてきた。

 こういう「うんざり」には慣れっこだ。

 ジョバンニとともに、ラウズワース夫妻に挨拶に行く。

 当然のことながら、2人はサマンサを見て驚いていた。

 

(息子と婚約するはずだった私が別の男性にエスコートされているのだから、驚くわよね。でも、本当に、びっくりするのは、このあとなのだけれど)

 

「私は、ローエルハイド公爵様の代理としてまいりました。サマンサ姫は、公爵様の“特別なお客様”ですので、ご配慮のほど、お願いいたします」

 

 ジョバンニのそつのない言い回しにも、周囲はまた静まり返る。

 ラウズワース夫妻、とくに夫人は、今にも倒れそうなほど顔色が悪い。

 

「ほ、本当に……彼女は、公爵様の……」

「はい。“特別なお客様”にございます。アドラント領、ローエルハイドの屋敷に、サマンサ様が住まわれるようになって、半月は経つでしょうか」

 

 サマンサは笑みを浮かべて、うなずいた。

 

「そうね。だいたい、それくらいになるかしら」

「王都を離れられて、ご不自由はございませんか?」

「ちっとも。むしろ、とても快適ね。彼、私のために、いつも、新しい花で部屋をいっぱいにしてくれるのよ? 私の部屋を出る前に、必ず入れ替えてくれるわ」

 

 本邸はともかく、別邸が快適なのは、本当だ。

 勤め人たちも、サマンサによくしてくれる。

 彼が、しょっちゅう新しい花をくれるのも事実だった。

 気遣いは不要だと言っても、彼は、その習慣を変えようとしない。

 

「ああ、ほかの方々にも、ご挨拶をしなければなりませんので、それでは」

 

 ジョバンニが、やはりそつなく言って、ラウズワース夫妻に背を向ける。

 挨拶もなしに、その場を離れることに罪悪感はいだかなかった。

 彼らは、サマンサの義両親になる人たちではなく、ティンザーの敵なのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ