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踏み出す勇気を 2

 手紙を繰り返し、読んだ。

 けれど、内容が変わることはない。

 あたり前のことだが、それでも、なにか見落としがあるのではないかと、それを期待していた。

 

「どういうことだ、サマンサ……」

 

 手紙には、婚姻しないということと、もうティンザーの屋敷には来ないように、と書かれている。

 その2つだけでも信じられないのに、もっと信じられないことが理由として書き記されていた。

 

「ローエルハイド公爵の……“特別な客人”になった、だって……?」

 

 有り得ない。

 信じられない。

 

 ティモシーは、1人、自室で茫然としている。

 書き物机の前で、手紙を片手に立ち尽くしていた。

 なぜ、こうなったのか、まったくわからないし、理解もできずにいる。

 サマンサの、いつにない行動が気がかりではあったのだ。

 だが、まさか自分との関係をなかったことにしようとするなんて、考えてもいなかった。

 

 直接、問い(ただ)すにも、サマンサはアドラントにいる。

 ティモシーは、アドラントには入れない。

 それに、なにしろ時間がかかり過ぎるのだ。

 今から、なんとかアドラントに行く手筈を整えられたとしても、馬車で3日。

 

「……夜会には、到底、間に合わないじゃないか……」

 

 夜会は5日後に迫っている。

 アドラントは、行けばどうにかなるといった場所ではなかった。

 なにも準備をせず、ただ馬車を駆っても、門前払いをされるに決まっている。

 おまけに魔術師も使えないのだから、近くに移動することさえできない。

 

 アドラント領内に入るための段取りと馬車での移動。

 これを考えると、とても5日では間に合わないのだ。

 どれほど急いでも半月はかかる。

 

 かと言って、秘密裡に入るわけにもいかなかった。

 見つかる可能性のほうが高かったし、見つかった場合、ローエルハイドからどういう目に合わされるか、わからない。

 手紙が真実であれば、サマンサは公爵の「特別な客人」なのだ。

 なおさら、酷い目に合うだろう。

 法治外のため、命を奪われないとは言い切れない。

 

「どうして、こんなことに……」

 

 バンッと机を拳で叩く。

 それから、ハッとして体を返した。

 すぐに部屋を出て、馬車を呼ばせる。

 

 直接、サマンサに訊けないのはしかたがない。

 だが、彼女の家族であれば、なにか聞いているに違いないと思ったのだ。

 馬車に乗り、ティンザーの屋敷に向かう。

 彼らが知らなかったとは考えにくい。

 

(だが、レヴィンスは、帰りの予定は聞いていないと言っていた)

 

 3日前、ティモシーは、ティンザーの屋敷を訪ねた。

 早ければ、サマンサが帰ってくる頃だったからだ。

 アドラントに行っていると聞かされてから、ちょうど7日目。

 滞在期間が1日であれば、昼には帰りついていてもおかしくなかった。

 

 遅くとも、今日あたりには確実に帰ってくる。

 準備は着々と進めていたが、ドレスは仮縫いで止まっていた。

 5日後の夜会に間に合わせるため、仕立て人を屋敷に呼んで待っていたのだ。

 そこに手紙が届けられた。

 

 婚約指輪を用意し、求婚の台詞まで、ティモシーは考えている。

 夜会には公爵家と、いくらかの下位貴族が同行するのだ。

 大々的と言えるほどではないものの、当主のみ出席する内々の夜会とは異なり、参加者は2百人を越える見込みだった。

 

 招待状は執事に任せ、出席者のリストは作らせてある。

 とはいえ、ティモシーは、サマンサのための準備に時間を取られていた。

 そのせいで、リストを確認していない。

 どうせ、いつもの面々だろうと決めつけており、気に()めずにいたのだ。

 

(……招待状は……ローエルハイドにも出している……)

 

 ただし、これは義理に過ぎない。

 ローエルハイド公爵は、よほどのことがなければ、夜会には欠席。

 それは、貴族間では、むしろ、常識となっている。

 出席を期待している者などいないのだ。

 

 来られても困る。

 

 とはいえ、儀礼的には出さざるを得ないというだけの話だった。

 ティモシーも、ご多分に漏れず、招待状のことなど今の今まで頭の端で意識することさえなかったのだ。

 執事に任せきりにし、リストの確認すら、なおざりにしていた。

 

(もし、公爵が夜会に出席するような……いや、それはないよな。そういう特殊なことがあれば、報告があったはずだ)

 

 その報告をないがしろにしていたのは、ティモシー自身だ。

 わずかばかり自覚があるため、不安になっている。

 ティモシーは、顔の前で、両手を、ぎゅっと握り締めた。

 

(いったい、いつからだ。いつから、サマンサは、僕との関係を変えようと考えていた? リディッシュの夜会のあと、彼女は両親に相談すると言っていたのに)

 

 その後、ティモシーに黙って、彼女はアドラントに行っている。

 これも考えにくいことではあったが可能性として残されているのは、家族からの反対くらいのものだった。

 

(ドワイトとはうまくやっていたし、リンディとの不和もない。レヴィンスには、助言を求められるようになっていた。信頼関係はできていたはずだ。その3人が、反対するだろうか?)

 

 そうは思うが、辻褄が合わないことはない。

 3人にティモシーのことを反対され、サマンサは悩んでアドラントに行った。

 悩んだあげく、突拍子もない口実を作り出したとしか思えない。

 

(サマンサは、僕との婚姻を望んでいた。十年も待っていたのだって、僕に好意をいだいていたからじゃないか)

 

 なぜか、サマンサと過ごした日々の記憶が蘇ってくる。

 食事中の彼女に不快をいだいていたのは確かだ。

 ティモシーのために体型を変える努力をしないことに、腹立ちを覚えた。

 

 だが、それ以外では、サマンサに不満はない。

 2人きりで過ごしていると、気楽で居心地が良かった。

 彼女にとっても同じだったはずだ。

 サマンサは、ティモシーに、いつだって笑いかけてくれていたのだから。

 

 馬車が止まったのを感じ、ティモシーは御者が扉を開くのを待たず外に出る。

 駆け足で、ティンザーの屋敷に向かい、その扉を叩いた。

 出て来た執事に、すぐドワイトに取り次ぐように言う。

 

 いつものように小ホールに通されるとの予測は見事に外された。

 ティモシーは、玄関ホールで待てと言われたのだ。

 怒りがわいてきたが、今はそれどころではない。

 騒ぎを起こし、追いはらわれてしまっては、話が訊けなくなる。

 

「どうしたのだい、ティモシー」

 

 出てきたのは、ドワイトではなくレヴィンスだ。

 この際、どちらでもかまわなかった。

 小ホールに誘われていないことにも、気づかない。

 

「きみは、僕とサマンサのことに、反対なのか?」

「反対? 意味がわからないな」

「僕がサマンサと婚姻することに反対しているのだろう?」

 

 むしろ、レヴィンスには肯定してほしいと思っている。

 そのせいで、レヴィンスの冷めた表情にも気づかず、食い下がっていた。

 

「妹がきみと婚姻するだなんて、いつ、そのような話になったのかも、私は知らずにいたよ。サムからもきみからも、聞いた覚えがない」

「それは……だが、僕は、彼女と別邸で一緒に過ごしていたじゃないか」

「サムには、友人がいなかったからね。ただの友人関係だと思っていた。それに、きみとは、なにかあったようには見えなかったしなぁ」

 

 きゅっと、唇を薄く噛む。

 サマンサとの間に、男女としての親密さはなかった。

 レヴィンスの言うように「友人」だと見做(みな)されてもしかたがないような時間しか過ごしてはいなかったため、指摘されても言い返せない。

 

「ともかく、私は、妹ときみが婚姻するなんて話は、聞いていなかった。だから、反対することもできなかったよ。知らないものは反対のしようがないだろう?」

「サマンサを、アドラントから呼び戻してくれないか? 話し合いが必要だ」

「それは難しいな。だが、まぁ、手紙を出すことくらいはしておくよ」

「手紙……サマンサが心配ではないのかっ? アドラントだぞ?!」

 

 時間がないことで余裕をなくし、ティモシーは、つい声を荒げる。

 とたん、レヴィンスの態度が一変した。

 

「妹にはしたいことをやらせてやりたい。帰りたければ自分の意思で帰ってくる。私だけでなく、きみの心配も無用だ。それから、妹が帰ってくるまでは、離れへの出入りは遠慮してもらいたい。別邸は、“サムの”屋敷だからな」

 

 冷ややかな口調に、ティモシーはティンザーから締め出されたのを知る。

 玄関ホールから先に入れてもらえなかったことに、今さらに気づいた。

 これ以上、押しても、レヴィンスの不興をかうだけだろう。

 

「今日は失礼する。僕が、サマンサの心配をしていると、理解してほしい」

「もちろん、理解しているよ、ティモシー」

 

 わずかな違和感も、動揺しているため気づかずにいる。

 レヴィンスに簡単な見送りをされ、屋敷を出た。

 馬車に乗ってすぐ、ティモシーは頭をかかえる。

 

(母上に、どう説明すればいい……あれほど念を押されていたのに……)


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