人でなし主のじゃじゃ馬慣らし 4
サマンサは、久しぶりに見たリスの姿を見つめている。
元気そうで、胸が詰まった。
(2人から離れた時にはハラハラしたけれど……)
もう1人いた少年に抱きかかえられ、無事に2人と合流できたのだ。
最初にリスを連れていた2人は、リスを可愛がってくれている様子だった。
頭を撫でたり、なにかと声をかけたりしてくれている。
ここに入って来た時も、女の子と手を繋いでいた。
レジーの予想は外れかもしれないと思う。
リスは、女の子に人気が出そうだ。
あずけられた当初はともかく、今は、3人に対して警戒心は感じられなかった。
人見知りをして、大泣きをしたりはしなくなっているのかもしれない。
当然というべきか、まだホウキで引っ叩かれてはいないようだ。
リスは、彼女に怯えてもいなかった。
ほんの少しだが、懐いている気配もある。
3人に囲まれているリスの姿に、サマンサは胸がいっぱいになった。
(あの子は、上手くやっていけそうかな?)
(ええ……大丈夫みたい……)
目の縁に溜まった涙を、彼が指先でぬぐってくれる。
ここにリスがいると知っていたに違いない。
サマンサが、リスを大事に思っていたのを、覚えていてくれたのだ。
あの頃は記憶をなくしていて、彼には酷い態度をとっていたのに。
(あの子、とっても頭がいいの……だから、傷つくことも多いけれど……すぐに、大きくなるわ……大きくなって、人との関わりを怖がらなくなるでしょうね)
(たった1人でも抱き締めてくれる人がいれば、平気になれるものさ)
彼の心遣いに、感謝した。
この先、リスがサマンサを忘れ、新しい環境に馴染んでも心に残るものはある。
そう言ってくれているのだ。
「なにか菓子でも食すとしよう」
「甘いものがいいわ」
「サビナは、1日1回ケーキを食べなきゃ寝込む病気なんだよな」
「リスだって甘いものは好きなのよ? 嫌ならエヴァンは食べなきゃいいでしょ」
女の子は、リスがあずけられているキースリーの娘だろう。
茶色い髪の少年は、レジーの甥のエヴァンに違いない。
3人目の少年が、誰かはわからなかった。
その金色の髪の少年がリスを抱きかかえ、歩き出す。
リスのもとに駆け寄り、抱きしめたくなるのを我慢した。
リスは、新しい生活に慣れているところなのだ。
今は、独りぼっちでもない。
不意に、金髪の少年が足を止める。
ほかの2人は気づかず、先を歩いていた。
リスの耳に、なにかを囁いている。
リスは、首をかしげていた。
が、きょとんとした顔を、こちらに向ける。
それから、手を振った。
意味は、わかっていないのだろう。
サマンサは、両手で口を押さえる。
必死で、声を出さないように堪えた。
涙が、ぽろぽろとこぼれる。
金髪の少年は、何事もなかったかのように、歩いて行った。
こちらに気づいていたのかは、わからない。
けれど、リスに手を振らせたのは、あの少年だ。
(なかなか、いい奴じゃないか。これなら安心だな)
彼が、感慨深げに言う。
黙って、抱きかかえられていたということは、リスも、あの少年を、嫌がってはいないのだ。
本当に、良かった、と思う。
(あの子が、本当に笑えるようになるまで、時間はあまり必要なさそうね)
サマンサも、いつまでも泣いてはいられない。
リスだって「新しい自分」で頑張っているのだ。
彼が、サッとハンカチを取り出し、彼女の涙を拭く。
「そろそろ、会場の下見に行こうか」
「そうね」
自分も前に進むのだ。
彼の腕を取り、一緒に図書室を出る。
しばらく歩き、広間についた。
入って、また唖然とする。
「いったい……何人、招待するつもり……?」
広間は、豪華絢爛。
吹き抜けになってはいるが、2階席まであった。
まるで劇場のような造りだ。
ずらりと並べられた長椅子に、くらりとする。
その最も奥に、檀上があった。
「あの場所で、誓うことになっているのは、忘れていないね?」
「ひと通り、式の流れは頭に入れているわ」
だとしても、百人に見守られているのと千人に見守られているのとでは、かかる緊張の度合いが違う。
サマンサは、今から、体がこわばる気持ちになっていた。
なのに、彼は、平然と檀上に向かって歩みを進める。
「そうそう。見とどけ人は、ラスに頼んだのだよ。ノアとユディも来るそうだ」
「大丈夫なの? あの場所は、人に知られてはいけないのでしょう?」
「髪と瞳の色を変えて、ロズウェルドの正装をすれば問題ないさ」
彼には、いとこが3人いる。
まだ会ったことはないが、1人はユディという女性だ。
それにもまた緊張してしまう。
気に入ってもらえなかったら、と心配になる。
「婚姻をするのは、私たちだよ、サミー?」
「それはそうだけれど、こういうことって、家同士のことでもあるじゃない」
「あちらとは、そうそう行き来はしないと思うね。それに、ユディとは気が合うのじゃないかな。きみほどではないが、彼女も、じゃじゃ馬だったからなあ」
言葉に、少しムッとした。
彼が「礼儀正しく」してくれれば、サマンサとて「じゃじゃ馬」になどならずにすむのだ。
つまり、サマンサだけの問題ではない、ということ。
壇上の前で、彼が足を止めた。
予行演習をしたいのかもしれない。
サマンサと、彼は向き合って立っている。
さっきまでとは打って変わって、彼が、真面目な表情を浮かべた。
「人が聞けば笑うようなことでも、私にとっては大きな理由となりえることがある」
「そういうことは、いくらでもあるわ」
お芝居でもする気だろうか。
思って、サマンサは、調子を合わせる。
「愛のある婚姻をしたい」
「それで?」
少し、そっけなく答えてみせた。
彼だって、そんなふうだったのだから、文句は言われないだろう。
ちょっぴり笑いたくなっているのを我慢する。
「だが、きみと私なら、そういう関係になれる」
「いやに、はっきりと言い切るけど、根拠は?」
彼が、サマンサの手を取ってきた。
ひどく真剣なまなざしに、胸が、どきりとする。
もしかして、と思った。
「きみを愛しているからだよ。私が生きている間中、きみを、これ以上ないってくらいに愛さずにはいられないほどにね」
彼は「芝居」なんてしていなかったのだ。
本気の言葉を、投げかけている。
そして、彼の心を、サマンサに見せていた。
「あなたの話は、それで終わり?」
「いいや」
すいっと、彼が体を折り曲げる。
手にしたサマンサの指に口づけた。
とたん、白金の指輪が現れる。
向かい合う2羽の鳥の周りに植物の描かれた模様が入っていた。
「私と婚姻し、妻になってほしい。どうか、今回ばかりは後ろ脚で蹴飛ばさずに、交渉成立だと言ってくれ、サマンサ・ティンザー」
「……あなたは……人でなしだわ……私を、こんなに泣かせて……」
止まっていたはずの、涙が、またこぼれ落ちる。
胸が痛くなるほど、喜びに満ちていた。
彼の黒い瞳を見つめ、その首に抱き着く。
「交渉成立よ……あなたを愛しているから、妻になるわ」
指輪の模様は、ローエルハイドの紋章だった。
婚姻したら、どんな指輪をくれるつもりなのか。
少し気になった。
なにしろ、彼とサマンサとでは「大袈裟」の規模が違うので。
彼が、サマンサを、そっと抱き締め返す。
どちらからともなく、唇を重ねた。
彼は、いつだって正しいのだ。
「誓いの口づけまで待たされることはないと言っただろう、ねえ、きみ」
全40話(160部分(頁))まで、お読み頂き、ありがとうございました。
前後編と長い話におつきあい頂けたこと、心から感謝いたします。
ご感想、ブックマーク、評価を頂き、とても嬉しいです。
お忙しい中、足をお運び頂けて、本当にありがたいことだと感じております。
いつも足をお運び頂いているかた、初めましてのかた、
皆々様、おつきあい頂きまして、本当にありがとうございました!
—————-
同じ世界観で書かせて頂いてから、10本(同主人公は1本として)となりました。
ひとつの時代(日本史で言えば、平安時代くらい)の流れが完了しましたので、この世界の話は、いったん停止とさせて頂きます。
この世界観の話を気に入ってくださっていたみなさま、毎回のご支援を賜りまして本当に、ありがとうございました!!