人でなし主のじゃじゃ馬慣らし 3
「だから、どうして、あなたまでついて来るのよ!」
「こっちにはこっちの事情があるんだ! お前について来たわけじゃない!」
「お前ですって! あなたに、お前呼ばわりされる筋合いないわ!」
またか。
そう思いながら、軽く溜め息をつく。
仲裁すべきか否か。
いつも悩むところなのだ。
2人の関係性が、今ひとつわからない。
仲が良いのか、悪いのか。
判断がつきかねている。
とはいえ、結局、仲裁に入るのが常だった。
面倒には違いないが、しかたがないのだ。
なにしろ、2人は、とてもうるさい。
1人は同じ歳の14歳、もう1人は2つ下で12歳。
大人として扱われるには少し早いが、子供というような歳ではなくなっている。
つきあいも、そろそろ5年近くになっていた。
だが、2人は出会った頃から、たいして変わらない。
最も、そう思う本人も変わっていないのだが、それはともかく。
「2人とも、うるさいぞ。集中できんではないか」
言うと、2人が、ずかずかと近づいて来る。
険悪な空気をまとったままでいるところが、面倒だ。
どちらが正しいかを判定させようとすると、わかっていた。
答えも決まっている。
どちらも悪い、だ。
「エヴァンが悪いのよ! いちいち突っかかってきて!」
「違うね! サビナが悪いんだ! いちいちケチばかりつけて!」
「ねえ、ディーン、どちらが悪いと思うっ?」
「おい、ディーン、お前は、どっちの味方だ!」
どちらも悪いし、どちらの味方になる気もない。
思いつつ、溜め息をつく。
2人は幼馴染みであり、数少ない友人だ。
できれば、仲良くしてもらいたいと思っている。
ディーンこと、ディーナリアス・ガルベリー。
彼は、ロズウェルド王国の王族だった。
現国王の第2王子だ。
王太子である腹違いの兄は5歳年上で、あまりつきあいはない。
そして、ディーナリアスには野心もなかった。
国王になる気など、これっぽっちもないのだ。
面倒事は嫌いだったし、1日中、図書室に籠って、史実を読んでいるほうが性に合っている。
時間がありさえすれば、この図書室や王族しか入れない書庫に入り浸っていた。
およそ、文献にしか関心がない。
何事にも関心を示さない、それがディーナリアス・ガルベリーという少年だ。
周りからも無関心でいてほしいと思うのだが、この2人は、なぜか、まとわりついてくる。
長く、その状態が続いているので、次第にディーナリアスも慣れてしまった。
同い年の、エヴァンことオーウェン・シャートレー。
そして年下の、サビナこと、サビーナサリーナ・キースリー。
キースリーは、シャートレーの下位貴族だ。
にもかかわらず、サビナはオーウェンに対して容赦がない。
無礼ともとれる態度ではある。
(しかし、サビナが小言を言われると、オーウェンが黙っておらん……なぜだ? 意味がわからんな)
サビナの態度に、周りが小言を言うこともあった。
だが、サビナが、シャートレー側のメイドに手厳しく注意されたりすると、どういうわけか、オーウェンが必ず割って入るのだ。
そして、逆にメイドを叱ったりする。
ディーナリアスからすれば、理解不能な言動だった。
サビナに腹を立てているのなら、メイドに小言を言わせておけばいい。
なにも割って入る必要はないと思える。
「ところで、ここまで来たのは喧嘩をするためではなかろう? 何用だ?」
2人は、ディーナリアスのように文献に興味など持っていない。
オーウェンは、シャートレーらしく剣の鍛錬に熱心だし、サビナは、12歳ではあるが、すでに王宮魔術師として魔術の腕を磨いている。
図書室に来る用があるとすれば、ディーナリアスに会いに来たとしか考えようがなかった。
「あれ? さっきまでついて来てたのに……」
「本当だ。どこに行った?」
「ちょっと! エヴァンが騒ぐから、怖がって逃げたじゃないの!」
「それを言うなら、サビナを怖がって逃げたのさ!」
「……騒いでおる場合か? その者を見失っておるのだ。探すのが先ではないか」
2人は、誰かをディーナリアスに引き合わせようとしていたらしい。
なのに、喧嘩をしていて、肝心な、その相手を「迷子」にさせたようだ。
しかたなく、ディーナリアスは、手にしていた文献を書棚に戻す。
「どこで見失ったのだ?」
「……入って来た時にはいたわ……」
「ええと……どこだったかな……」
まったく呆れてしまった。
どこで見失ったかも、2人は覚えていないらしい。
この図書室は、相応の広さがある。
書棚と書棚の間は狭く、見通しも悪いのだ。
(リロイ)
ディーナリアスは、彼に仕える魔術師を呼ぶ。
若干9歳ではあるが、かなりの腕の持ち主だった。
王宮魔術師ではあっても、王宮ではなく、ディーナリアスだけに仕えたいと言うので、傍に置いている。
(ここに、見かけぬ者はいるか?)
(魔術師であれば、1人いるようです)
(しばし待て)
リロイを待たせ、2人に声をかけた。
興味がなかったせいで、どういう者を連れて来たのか訊いていなかったのだ。
「その者は、どういう者だ? 魔術師ならば、サビナでも魔力感知で探せよう?」
「魔術師じゃないわ、ディーン」
「サビナのところであずかっているウィリュアートンの息子」
「リシャール・ウィリュアートン。リスって呼んでいるの。もうすぐで5歳になる子供よ」
「わかった。俺も探す。お前たちも、各々で探しておれ」
2人が、ふんっと顔を背け合ってから、別々の方向に走り出す。
図書室では静かにするものなのだが、ディーナリアスは気にしない。
文献が傷つけられさえしなければ、それでいいのだ。
(魔術師ではない。子供を探せ。魔力を持たぬ5歳に満たぬ者らしい)
(かしこまりました、我が君)
(……即言葉は不便だ。ほかの者とも話せれば便利なのだがな……)
いちいち仲介するのが、面倒に感じられて、なんとなくつぶやいた。
即言葉は、1対1のやりとりにしか使えないからだ。
(姿を消している魔術師は、いかがいたしましょう?)
(放っておけ)
答えてから、即言葉を切る。
王宮には魔術師が大勢いた。
いちいち構ってはいられない。
攻撃でもしかけられれば別だが、そういう雰囲気は感じられずにいる。
実のところ、ディーナリアスも魔術が使えた。
8歳で魔力顕現している。
彼は、自分の存在が「なにか」を知っていた。
リロイも気づいているのだろうが、あえて、なにも言っていない。
彼本来の姿は、黒髪、黒眼。
ロズウェルドで「人ならざる者」と呼ばれている者だ。
だが、血筋の関係もあり、2種類の力を有している。
常には、魔術師としての力を使っており、人ならざる者の力は封印していた。
人に知られると面倒だからだ。
「む。そこにおる者、出て来るが良い。隠れておっても無駄だぞ」
ひょこ。
小さな子供が書棚の間から顔を出す。
2人が連れてきた子だろうと思った。
ブルーグレイの髪と瞳。
ディーナリアスは、ゆっくりと歩み寄る。
それから、しゃがみこんだ。
子供の瞳を見つめて問う。
「お前が、リスか」
リシャール・ウィリュアートンという名の子供が、小さくうなずいた。
ディーナリアスは、手を伸ばし、リスを抱き上げる。
そして、言った。
「俺は、ディーナリアス・ガルベリー。ディーンと呼べ」