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人でなし主のじゃじゃ馬慣らし 1

 サマンサは、目の前にあるものに、少し唖然としている。

 彼女の想像していたものとは、まるで違っていたからだ。

 

「……これって……」

 

 おそらく、サマンサの思っているもので正しい。

 だが、言葉がうまく出て来なかった。

 どう表現すればいいのかが、わからずにいる。

 

 嬉しくないわけではない。

 なのに、素直に喜べてもいない。

 

 ただただ、ぽかんとしていた。

 どうしてこうなったのか、といった疑問符が頭の上に飛んでいる。

 そのサマンサの肩が抱かれた。

 サマンサの婚約者であり、数日後には婚姻する男性だ。

 

「おや。気に入らなかったかね?」

「え……あの……」

「これでも頑張ったのだけれどなあ。礼装の支度もしなくちゃならなかったのでね。急ごしらえなのは認めざるを得ないが、私なりに努力はしたのだよ?」

 

 頑張ったとか、努力とか。

 

 そういうことで、こんなことができるものなのだろうか。

 彼が「偉大な」魔術師であるのを、ようやく知ったような気分になる。

 

(森小屋……小屋……?? 小屋…………)

 

「まぁね。ちょっとばかし手を抜いたところもあるし、きみに満足してもらえなくてもしかたがないな。気に入らない部分は、今後、相談しながら、手を加えていくことにしようじゃないか、ねえ、きみ」

 

 満足するとか、気に入らないとか。

 

 そういう問題ではない。

 彼は、本気で言っているのだろうか。

 思って、隣に立つ彼を見上げた。

 彼が、首をかしげ、サマンサに顔を向けてくる。

 

「どうかしたかい?」

「どうかって……どうかしているのは、あなたでしょう?」

「なぜ私が? きみに蹴飛ばされるようなことは、なにもしていないと思うがね。とりあえず、今日は」

 

 2人の前には「森小屋」があった。

 とはいえ、とても「小屋」と言えるような代物ではない。

 

「ああ、もう少し、この辺りを切り拓いたほうがいいかな? きみが庭やなんかも作りたいのなら……」

「ちょっと待って!」

 

 サマンサは、彼の言葉を遮る。

 このままだと、森の中に豪邸ができかねない。

 目の前の建屋は、すでに「小屋」ではないのだ。

 

 確かに、木ではできている。

 屋敷にあるはずの、塀や門もなかった。

 それでも「小屋」でないのも間違いない。

 下位の貴族の屋敷に近いものがある。

 

 なにしろ、見上げなければ屋根が見えないのだ。

 2階建てで、バルコニーまである。

 大きさからすると、部屋数はいくつくらいになるのか。

 少なくとも、3つや4つではないだろう。

 

 周囲も、木が綺麗に切り出されていて、もうひとつ、ふたつくらいは「小屋」が建てられそうだった。

 これ以上、広げられたら、庭というより敷地になってしまう。

 庭ならば、今ある土地で十分だ。

 畑だって作れそうな気がする。

 

「ええと……私たち、こじんまりと暮らすのじゃなかったかしら?」

「そうとも。あまり大袈裟な暮らしをする気はないよ。煩わされずに、きみとのんびり暮らしたいからね」

 

 彼は、ちっとも「おかしい」とは思っていないらしい。

 本気で、この建物を「小屋」だと考えている。

 サマンサは、呆れ顔で、彼を見つめた。

 

「あなたと私とでは、大袈裟の認識の規模が違うってことを、忘れていたわ」

「必要最低限の規模にしたつもりなのだがね。気にいらないかい?」

「気に入らないわけではないの。ただ……まぁ、ちょっと…………広いわね」

「だが、ラナも含めて、十人くらいは勤め人を連れて来るのだよ? このくらいはなければ、2人きりになれないじゃないか」

 

 ラナと、何人かの勤め人について来てもらう予定ではある。

 それは、彼とも話し合っていた。

 

(彼に選別を任せたのは間違いだったかもしれないわ)

 

 彼らは、ローエルハイドの勤め人だ。

 サマンサの知らない家庭の事情というものもある。

 そのため、誰を連れて来るかは、彼に任せていた。

 だとしても、サマンサの「こじんまり」からすると、料理人など3,4人程度と考えていたのだ。

 

「あの執事は、なにか言っていなかった?」

「ジョバンニは、少な過ぎるのじゃないかと言っていたが、十人に絞らせたのさ。そこは、私も譲れないところだったからね」

 

 彼は、なにやら自慢げに、そう言う。

 あの執事と、どういう攻防があったのかは知らないけれども。

 

(駄目だわ……2人ともアテにならない……こうなるとわかっていたら、私が口を挟んでいたのに……これが、こじんまりじゃないってことを、教えてあげる必要があったようね……)

 

 サマンサとて、別に吝嗇家(りんしょくか)なわけではない。

 贅沢は好まないが、使うべきところでの財は惜しむべきではないと思っている。

 王都やアドラントの屋敷であれば、貴族的な品位維持にも努める必要はあるのだ。

 

 とはいえ、ここは森の中。

 しかも、辺境地であり、そもそも来客などは想定していなかった。

 夜会を開く予定だってないし、誰に見られるわけでもない。

 品位の維持なんてする意味のない場所だ。

 

「いいかい、きみ。考えてもごらん。私たちが、ティンザーを訪ねるのもいいが、たまには、こちらに家族を招きたくはないかい?」

 

 う…と、言葉に詰まる。

 彼の提案は、かなり魅力的だった。

 

「その際、泊まる部屋がなくて、日帰りをさせるのは寂しくはないかね? 点門(てんもん)で簡単に行き来はできたとしても、だ」

 

 うう…と、呻く。

 どうにも分が悪くなってきた。

 サマンサは、2人で過ごすとしか頭になかったが、居を移すとなれば、ここでの長期的な暮らしを考えることになる。

 

「子供ができたら子供部屋だって必要になるだろう? きみの家族は、きっと孫や姪、甥に会いたがると思うなあ」

 

 反論の余地がなかった。

 この「森小屋」ならぬ「森屋敷」は、今後、2人の家となるのだ。

 

 彼は、正しい。

 

 サマンサも認める。

 大袈裟だと感じていた建物に、親しみがわいてきた。

 屋敷風ではあるものの、木で造られているからか、暖かみがある。

 ふんわりと、将来の光景が目に浮かんだ。

 

 彼とサマンサ、それに子供がいる。

 子供たちと遊ぶ兄や、笑う両親。

 彼らを取り囲む勤め人たち。

 

 彼は、そういう光景を思い浮かべて、この「森屋敷」を造ってくれたのだろう。

 サマンサは、家を見ながら、彼に寄り添う。

 最初は、2人だけかもしれないが、この先は賑やかになっていくのだ。

 彼女が願っていた幸せが、ここには詰まっている。

 

「これで、少しは役に立つ魔術師だと思ってくれるかい?」

「どうかしら。子供のために、あなたがブランコを作ってくれたら、そう思うかもしれないわね」

「手厳しいな」

 

 言いながらも、彼の口調は暖かい。

 頬に落とされた口づけに、サマンサは微笑む。

 結局のところ、彼は、約束を守ってくれたのだ。

 

 『きみの目的に手を貸そう、サマンサ・ティンザー』

 

 当初の「目的」とは違うものになっていたが、彼は、サマンサに応えてくれた。

 暖かく愛のある暮らしに、手を貸してくれている。

 あの日の冷ややかさが信じられないほど、寄り添った体からぬくもりを感じる。

 

「式が終わったら、すぐに越せるように手配しているのでね。きみも準備をしておきたまえ」

「そうね。でも、たいして持って来るものはないと思うわ」

「私は、そういう準備の話なんてしてやしないよ」

 

 一瞬、考えたあと、サマンサは顔を赤くして、彼の腕を、ばしっと叩いた。

 最近は、ますます彼の「誘い」は本気の度合いを濃くしているのだ。

 

「あなたったら、本当に破廉恥な人ね!」

「知っているさ」

 

 真っ赤になって怒っているサマンサに、彼が声をあげて笑った。


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― 新着の感想 ―
[一言] おや。森屋敷登場ですか。 以前の森の家の間取りどこかにあったかな…でも大きい印象はないしつくったというからには別なんですね。後の世代のを確認すると2階はあるけど一人暮らしにちょうどいいという…
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