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伸ばした手にあるものは 3

 ジェシーは動かしにくい体を、無理に動かす。

 人の体を使うのが、こんなに面倒だとは思っていなかった。

 ロズウェルドにいたほうが、やはり回復が早いようだ。

 体の復元も、予想より、うまくいっている。

 

「あーあー、お前のせいで、ヒデー目に合ったぜ」

 

 ティンザーの娘は、赤髪を入れた檻にしがみついていた。

 なにができるわけでもないのにと、首をかしげる。

 べきっと音がした。

 どうやら、首が折れてしまったらしい。

 

 まったく使えない体だ。

 役に立たなかったわけではないが、これは「使い捨て」だと思う。

 1回しか使えない。

 この体の持ち主であるラウズワースの息子は、すでに死んでいるらしかった。

 

 というのも、ジェシーには、魂の死を感じられずにいる。

 所詮は、人の体に過ぎないからだ。

 魂のようなものがあるのだかないのだか。

 人のものまで認識できるはずがない。

 その必要もなかったし。

 

 ジェシーは、あの時、最初に腕を斬られている。

 ティンザーの娘を殺し損ねた瞬間、魔術を発動していた。

 そこからは「逃げる」ことしか考えていない。

 

 もとより、あの森に向かう直前、魂は「置いて」きている。

 殺されるのは体だけだ。

 首を落とされたあと、リフルワンスに置いてあった魂で、体を適度に復元した。

 すぐに魂と体を繋ぎ戻している。

 長く魂と体を切り離したままでいると、たとえ復元しても魔力の減少は著しく、体を支えていられなくなるのだ。

 魔力が尽きた瞬間、体も朽ちる。

 

 だから、復元しきれていなくても、真っ先に魂を体に、呼び戻した。

 これで体が朽ちる心配はなくなったのだけれども。

 

(ロズウェルドに入ったのは、ヤバかったよなー)

 

 ふっと、誰かに見られている気がしたのだ。

 それでも、どうしても、一瞬はロズウェルドに行く必要があった。

 このラウズワースの息子と会わなければならなかったのだ。

 最低限の魔力を使い、辺境地に転移している。

 

(しっかし、体がなくなるってのが、こういうコトだったなんて知らねーっての)

 

 元々、持っていた能力が、うまく使えなくなっている。

 魔力とは関係ないはずなので、体の消失に伴うものに違いない。

 いったん体がなくなっても、復元すればなんとかなると思っていた。

 ジェシーの能力は、魔力とは無関係に存在していたからだ。

 

 なのに、思ったほど「元通り」とはいかなかった。

 姿を変えるのにも時間がかかる。

 おまけに、元に戻るにも時間がかかる。

 あげく、次に姿を変えられるようになるのにも時間がかかる。

 体が半端だったからか、以前のように、自由自在にはならなかったのだ。

 

(でも、ま。こいつの中に()めといた魔力でしのげたから、いいや)

 

 ラウズワースの息子とティンザーの娘を婚姻させるという話が出たのは、十年前のことになる。

 祖父は、それ以前から、ラウズワースに配下のメイドを入り込ませていた。

 そのメイドに、ジェシーの魔力を「食わせる」ことを指示していたのだ。

 

 ジェシーが魔力顕現(けんげん)して以来、8年間。

 

 ラウズワースの息子は食事や飲み物を通し、ジェシーの魔力を溜めておくための入れ物となっていた。

 どういう理屈かは、よくわからない。

 祖父曰く「魔力は血肉に混ぜても暴走は起きない」のだそうだ。

 

(中に入ると、魔力があんのはわかった。使えるのも、マジだった)

 

 ジェシーは、ラウズワースの息子の中にいる。

 魂を体に呼び戻したあと、ロズウェルドに戻った。

 そして、ラウズワースの息子を見つけ、その体に潜り込んでいる。

 思うようにならない能力を使って、ジェシーは、小さな虫になったのだ。

 

 幼い頃から、祖父に様々な虫や動物を見せられてきた。

 その中には、人の体内でも生きられる虫もいる。

 あとは、ラウズワースの息子の体にあった、ジェシー自らの魔力を使っていた。

 虫とはいえ体を維持するには魔力が必要だったのだ。

 

 ロズウェルドにいれば、魔力は自然に回復する。

 だとしても、回復した魔力を体の維持に使うより、ずっと効率良く、体の復元に専念できた。

 おかげで、もうじきに体は完全に復元できる。

 

「あ、あなた……ま、魔術師じゃないでしょう……?」

「こいつはね。魔術師じゃねーな」

 

 ラウズワースの息子は、魔術師ではない。

 体内に魔力を蓄積させる「入れ物」だった。

 ローエルハイドの執事だという赤髪が、感知できないのも当然だ。

 

 魔術師が感知できる魔力は、あくまでも「器」に寄る。

 たとえば、グラスに入っているワインの量を見定めるようなものに近い。

 ロズウェルドの国王は、そのグラスに注ぐワインの瓶を持っていると言えた。

 その瓶を、ジェシーは必要としないのだ。

 

 そして、ラウズワースの息子の体は、ワイン樽を格納してある倉庫。

 倉庫になにが格納されているかは、外から見てもわからない。

 いくら優秀な魔術師でも、そこまでは見通せる者などいるはずがなかった。

 たとえローエルハイドであろうとも。

 

(ま、外にいてこそ魔術師だもん。人の体の中までは感知できねーよ)

 

 しかも、体自体は魔力顕現していない、ただの「持たざる者」だ。

 だから、ラウズワースの息子を、祖父は選んだに違いない。

 もちろん都合が良かったというのもあるだろうけれども。

 

 この体に潜み、ロズウェルドの回復量の恩恵にあずかりながら、ジェシーは体の復元に勤しんでいる。

 そろそろという頃合いになったため、今1度、この森小屋に来てみた。

 自分が死んだと思い、油断していれば都合がいいと思ったのだ。

 

(この赤髪さえいなけりゃな。簡単だったのにサ)

 

 公爵に一撃を加えるため、ティンザーの娘を殺そうと思っている。

 それから逃げても遅くはない。

 とはいえ、一緒にいる赤髪が邪魔だった。

 しかたなく、魔術を使っている。

 そのせいで、体が壊れた。

 体の中にいるジェシーが魔術を使ったため、魔力影響をまともに受けたのだ。

 

(もういいケド! どうせ、魔力も尽きてたトコだったから、いらねーや)

 

 8年かけて蓄積していたとはいえ、ジェシーが使うには少な過ぎた。

 体の維持に使っていたこともあり、たったひとつの魔術を発動するのが精一杯。

 完全に、すっからかんだ。

 

「お前が死んだら、こーしゃくサマは悲しむんだろーね」

 

 ティンザーの娘が、びくっと体をすくませる。

 檻の中の赤髪には頼れない。

 それは「刹檻(せっかん)」という魔術で作られていた。

 中の声は外には聞こえないが、外の声は中にとどく。

 

「あ、あなた……ティモシーじゃ、ないのね……?」

 

 もう首も折れてしまっていた。

 肩をすくめることも難しい。

 ひどく面倒になる。

 

 みしっ。

 

 ラウズワースの息子の体を、押しのけた。

 骨が砕ける音が響く。

 ティンザーの娘が悲鳴を上げた。

 

「うへえ。びちょびちょだー! 気持ちわるっ!」

 

 ジェシーは、卵の殻を壊して出てくるヒナ鳥のように、ラウズワースの息子の体から抜け出す。

 中にいるまま、虫の姿から、元の体に戻したのだ。

 そのせいで、血や肉が体中にまとわりついている。

 あまりに気持ちが悪いので、魔術で体を綺麗にした。

 

「魔術は問題ねーな。魔力も戻ってら」

 

 ティンザーの娘が唇を震わせながら、口を開く。

 そして、名を呼んだ。

 

「じ……ジェシー……」

「覚えててくれたみてーだな」

 

 ジェシーは、ブルーグレイの瞳に、彼女を捉えている。

 その瞳には、なんの感情もなかった。

 

「あン時、オレを()れって言ったの、お前だったじゃん? 死ぬ覚悟あるよな?」

 

 自分とは違い、戻ることはできないはずだ。

 まだ能力は使えないが、魔術があれば、人を殺すなど容易い。

 ただの肉塊にすべく鉛の球を、投げ放つ。

 

「これは、効かないと、まだわからないのかい?」

 

 ティンザーの娘の前に、いるはずのない人物が立っていた。

 鉛球が地面にゆっくりと滴り落ちていく。


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