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選んだからには 3

 彼は、大きな責任を背負わされている。

 それは、生まれながら、彼の意思に反して担わされたものだ。

 なぜ彼でなければならなかったのか。

 思うと、胸が痛む。

 

(彼だって……したくてするのじゃないのよ……)

 

 カウフマンが、よけいなことをしなければ、犠牲になる者はいなかった。

 実際、彼は「ローエルハイドの血の混じった者」しか殺す気はない。

 カウフマンの血筋に関しては、トリスタンという者にあずけることにしている。

 彼は見境なく人殺しをしようとしているのではないのだ。

 

「サミー、それと、もうひとつ」

 

 彼が、少し体を離し、サマンサの手を取って来る。

 その手を、じっと見つめていた。

 仕草から、察する。

 

「……彼、まだ生きているのね?」

 

 ジェシーという名の奇跡の子。

 あの時、光の粒になって消えていた。

 だが、彼の危惧が、手や視線から伝わってくる。

 サマンサの指には、未だ、あの黒い指輪がはまっていた。

 

 なんとなく外せずにいたのだ。

 あの日以来、ずっと身につけている。

 危険があるとかないとかに関係なく、外す気になれなかった。

 

(もしかして、レジーも気づいていたのかしら? 出がけに、この指輪を見ていたわね。やけに、嫌そうな顔をしていたのは、そのせい?)

 

 レジーの、渋々といった顔を思い出す。

 この指輪は、ジェシーを、彼が認識するためのものだ。

 レジーは、ジェシーが生きている可能性を考え、心配していたのかもしれない。

 

「おそらくね。魔術には、そうした類のものもある。ただ、たとえジェシーでも、失った体を復元するには時間がかかるはずだ。だから、まぁ……きみは安全だと」

 

 サマンサは、ムと口を歪める。

 彼の歯切れの悪さから、ピンと来た。

 

「ジェシーが戻るまでに、私との婚約を解消して、レジーのところに行かせれば、あなたの関心がなくなったっていう意味で、私は安全になると思ったわけね」

 

 彼が、そろりと視線を外す。

 その両頬を、両手で掴んだ。

 ぐいっと、自分のほうに向かせる。

 

「きみの安全を考えてのことだ、とか、そのほうがいいと思った、だとか、無様な言い訳はしないでちょうだい。本気で脛を蹴るわよ?」

「いいかげん、無様を(さら)し過ぎて、私は息も絶え絶えだというのに、まだ脛を蹴るつもりかい?」

 

 彼は、サマンサの腰に両腕を回し、わざとらしくも情けない顔をしてみせた。

 思わず、笑ってしまう。

 深刻な話をしているのに、彼といると「大丈夫」だと感じられた。

 

 1人なら難しくても、2人なら大丈夫。

 

 心の奥に罪や痛みをかかえていても、きっと笑い合える。

 自分たちの幸せを選ぶ決断をしたのだから、それを大事にしなければならない。

 後悔や罪の意識に苛まれ、幸せをないがしろにはしたくなかった。

 そうでないなら、犠牲をはらう意味もない。

 

「今は、どうなの?」

「考えを変えたよ、サミー」

「それなら、今回だけは大目に見てあげる」

「きみの寛大さに、(ひざまず)きたいね」

「皇女殿下にしたみたいに?」

 

 何気なく言った言葉に、彼が、眉をひそめた。

 なにやら面白くないといった表情を浮かべている。

 今夜の彼は、とても表情が豊かだ。

 いつもの無表情さはどこにいったのか、と思える。

 

「きみの記憶がないのは承知しているが、気に食わないな」

「なにが?」

「私は……あのティムだかティミーだかいう奴にも、レジーにも嫉妬をしていた。だが、きみは、少しも妬きやしない」

「皇女殿下とのこと?」

「別に、きみに見せつけようとか、嫉妬させようとかって意図はなかったさ。それでも、少しくらい関心を示してほしかったね」

 

 サマンサは、小さく笑った。

 彼が、本当に不服そうだったからだ。

 サマンサから見れば、彼はとても魅力的な男性だし、多くの女性に、人気があるのは間違いない。

 夜会でも、皇女がいなければ、彼の周りには女性の人垣ができていただろう。

 

「あの大胆なドレスを、あなたが贈ったことには、イラッとしたわよ?」

「あれを、私が贈っただって?」

「違うの?」

「彼女が自分で選んだドレスさ。私は、きみにしかドレスを贈ったことはない」

 

 彼は、嘘はつかないと知っている。

 だが、ちょっぴり疑わしげな気分になった。

 女性を口説くのに苦労をしたこともないのだろうと思えるような男性だ。

 それなりに女性と関係を持ってきたのは、想像に容易い。

 

「私は夜会には出ない主義でね。どうしてもという時も、たいていは1人で行って挨拶だけして帰ることのほうが多かったのだよ」

「そう言えば……そのような話を聞いていたわ」

 

 ケニーが当主になった時の夜会に彼が来ていたと、レジーに聞いている。

 挨拶だけしてすぐに帰った、とのことだった。

 確かに、そういうことなら、連れはいなさそうだ。

 

「ドレス以外に関心を引かれなかったとは、いかに自分に魅力がないか、思い知らされるね」

「だって、嫉妬をする理由がなかったもの」

 

 彼が、いよいよ、むうっと顔をしかめる。

 だが、彼に関心がなかったという話ではない。

 あの時、胸が、ちくちくしたのを覚えていた。

 彼に愛されていないどころか、ゾッとされていたかもしれないと思って、眩暈がするほど苦しくなってもいる。

 

「言葉のペテン」

 

 なぜか、あの時、その言葉が思い浮かんだ。

 だから、傷つかなかった。

 彼の本心は別のところにあると思えたのだ。

 

「なにかは知らないけれど、あなたは、皇女殿下と取引をしていたのじゃない? 注目を集めるためにしていたことだと感じたのよね」

「きみは記憶がないのだろう?」

「ないわ。でも、そういう気がしたのよ」

 

 彼が、しかつめらしい顔をやめ、にっこりする。

 感情を隠さずにいる彼に、サマンサの胸に喜びが広がっていた。

 彼は、今、独りではない。

 本当の意味で、サマンサと一緒にいる。

 

「きみの聡明さは、相変わらずだ。きみの言う通り、私は、彼女と取引をした」

 

 カウフマンの嫌がらせと、皇女との取引について、彼が語ってくれた。

 皇女の最終的な目的が「女王」になることだとも知る。

 聞いて、サマンサは腑に落ちていた。

 

「野心家なのね、皇女殿下は」

「昔からさ。私が手を下しても良かったが、王族のことは王族が始末をつけるのが筋でもある。彼女が、女王となる踏み台にしたいというのなら、差し出すべきだと思ってね。長く腐った宮殿に閉じ込められていて、憂さが()まっているのだろう」

 

 彼は、皇女には興味がないといったふうに、そっけなく言う。

 皇女は野心家のようなので、できればローエルハイドを身内に取り込みたかったのだろうけれど、それはともかく。

 

「あなたが、皇女殿下と親しいのは確かでも、親密ではないとわかったのよね」

「だから、嫉妬はしなかったってわけだ」

 

 サマンサは、軽く肩をすくめた。

 少なくとも、彼に「その気」がないと感じたのは、事実だ。

 そのため、傷つかずにすんでいる。

 記憶はなくても、彼の心のどこかに、常にふれていたのかもしれない。

 

 心が揺れると、必ず、声が聞こえてきたからだ。

 川で溺れたあと、最初に聞こえたのも、彼の声だった。

 忘れていることは多いが、肝心なことは心に残されていたのだろう。

 

「話が、ずいぶんと逸れてしまったわ」

「ああ、ジェシーのことだったな」

「時間はかかっても、また現れるのでしょう?」

「だとしても、ジェシーはカウフマンと連絡が取れない。そこが前とは違うところでね。カウフマンの知恵が借りられないのは、ジェシーには、かなり不利になる」

 

 話を聞いた限りでは、カウフマンは老獪な人物のようだ。

 対して、あの時に見た、ジェシーは少年と言える。

 ジェシーの未熟さを、カウフマンが補っていた、ということに違いない。

 

「でも、自分が不利なら、ジェシーは逃げてしまうのじゃない? なにも、あえて危険を冒す必要はないわけでしょう?」

 

 カウフマンの目的は「種」を広げることにある。

 ジェシーが、それを踏襲するのであれば、逃げてしまえばすむことだ。

 わざわざ彼のいるロズウェルドに(とど)まる必要はない。

 

「一時的には、それも有り得る」

「一時的? 逃げたあと、戻って来る、ということ?」

「理由は不明なのだがね。ロズウェルドと他国とでは、魔力の回復量が違う。私もリフルワンスや北方諸国に行ったことがあるが、ロズウェルドから離れるに従って魔力の回復量が少なくなるのだよ。常には、魔力が減ると感じることなどないのに、他国に行くと感じるくらいだ」

「つまり、一時的に逃げたとしても、魔力を回復するためにロズウェルドに戻って来なくちゃならないのね?」

 

 彼が、また指輪にふれてくる。

 こするようにしながら、苦笑いをもらしていた。

 

「もっと、ちゃんとしたものを贈るつもりだったのになあ」

「そうなの?」

「これは前に用意していたものでね。今は、それほど必要ではない。あの日、私はジェシーの血を手に入れている。もう目視しなくても認識できるはずだ。ただ……万が一ということも、有り得るからね。もうしばらく、この不格好な指輪をはめていてくれないか。早晩、ジェシーは戻ってくる。傷ついた体で長くロズウェルドを離れてはいられないだろう。すべてが終わったら……」

 

 彼の黒い瞳に、サマンサが映っている。

 自分の瞳にも、彼が写っているだろうか、と思った。

 

「私の満足のいくものを、きみに贈らせてほしい」

「私の満足するものではなく?」

「きみは満足するさ」

 

 彼が、眉をひょこんと上げる。

 いたずらっぽい目で、サマンサを見ている。

 

「私からの贈り物なら、なんだって喜んでくれるのじゃないかい?」

 

 言って、ちゅ…と、軽くサマンサに口づけた。

 反論させないように先手を打つなんて、本当に彼は(ろく)でなしだと、彼女は笑う。


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